0463 女王の伝説
あと一時間も進めば、コマキュタ藩王国とスージェー王国の国境に達する。
そこで、問題が起きた。
「前方、本艦の航路を遮るように、船が移動してきています!」
その報告を受けて、カブイ・ソマル、イリアジャ姫、そして涼とアベルが船首に出て、前方水平線の彼方を見る。
距離は、まだかなりある。
「遠眼鏡、船籍は分かるか?」
「国籍旗は掲げておりません。ただ、船の形からすると、大陸のゴーウォー船かと思われます。見える限りで五隻」
「ゴーウォー船?」
涼が小さく首を傾げる。
聞いたことのない船種だからだ。
「大陸の、外海でも航行できる船だ。船速は、正直それほどではないが、遠距離攻撃がある」
「はい?」
カブイ・ソマルの、想定外の説明に素っ頓狂な声を出してしまう涼。
遠距離攻撃?
「遠距離攻撃というのは、魔法使いを並べ、彼らが魔法砲撃を行うんだ」
「ああ、なるほど!」
涼が頭に描いた、地球の海戦のような、大砲による攻撃ではないらしい。
「一隻に二十人の魔法使いだとして、五隻なら百人か……。この船足なら、なんとか突破できるか……」
カブイ・ソマルのその呟きが聞こえたのだろう、涼は、まるでギギギと音を立てながらカブイ・ソマルを向いて言った。
「それは……レインシューター号が傷つくのでは……」
「ああ、無傷とはいかん。ある程度の損害は仕方ない……」
「ダメです! 僕は許しません!」
「え~っと……」
今までの、ゆるい雰囲気だった涼から、一気に豹変したため、カブイ・ソマルはうまくつかみきれていない。
「レインシューター号は僕が守ります! 船の全景が見えるのは……二階席ですね」
「あ、ああ。上階からなら、船も、周囲も見やすい」
レインシューター号は、二階席とも呼べる場所がある。
もちろん、周囲はふきっさらしではあるのだが、景色はいい。
「いちおう聞いておきますけど、相手の船とか、沈めてしまっても問題ないですか?」
「問題ない。国籍旗を掲げていない時点で、海賊と同じ扱いとなる。その船を沈めても、この多島海地域では法的に責任を問われることはない」
「分かりました」
涼はそう言うと、キャビンを出ていきながら、レインシューター号の壁をぺしぺしと叩いた。
「大丈夫、僕が守りますから」
優しく、だが、はっきりとそう言った。
カブイ・ソマルは、隣にいたアベルに問うた。
「アベル殿、どう思う?」
「リョウがやると言ったらやる。そこは信用していい」
「百人の魔法砲撃が相手でも?」
「東方諸国の魔法砲撃がどんなものか、正直俺は知らんが……」
そこで一度言葉を切り、そして言葉を続けた。
「百が千でも、千が万でも、やるといったらやる。それがリョウだ」
「<アイスウォール複層氷50層>」
涼が展開する氷の壁の中でも、最上級に硬く、想定外の物理的、魔法的影響があっても突破されない複層氷をレインシューター号の周りに生成する。
最硬の氷を纏って進むレインシューター号。
敵船五隻は、前方ですでに動きを止め、横一線に並んでいる。
レインシューター号に、一斉砲撃を食らわせるのだろう。
「<アイスウォール>でも問題ないでしょうが、念には念をいれましょう。<動的水蒸気機雷-アクティブ>」
<動的水蒸気機雷>は、涼が好んで使う魔法だ。
空気中の水蒸気を機雷のように設置し、そこに相手の魔法が飛んで来たら、反応して凍りつく。
威力の強い魔法であっても、対消滅の光を発して道連れに消し去る。
しかし、この魔法は、移動しない。
空気中の水蒸気を機雷のように使うだけなので、その場にとどまったままだ。
だが、今回はそれでは困る。
守るべきレインシューター号は移動し続けている。
だから、機雷化した水蒸気も、一緒に移動させることにした。
いつもは、『空気中のどの位置の水蒸気を機雷化』みたいに、座標指定されるのだが、今回は『レインシューター号からの距離がこれくらいの水蒸気を機雷化』みたいにしたのだ。
これで必然的に、機雷化された水蒸気が、レインシューター号と共に動き、その周りで守ることになる。
「魔法でやると簡単です」
涼は呟いた。
これは、錬金術で同じ現象を起こすのに比べて簡単、という意味だ。
魔法なら、イメージするだけでいい。
だが、錬金術ではそうはいかない。
『魔法式あるいは魔法陣が魔法現象を発現する』のが錬金術だ。
その魔法式が魔石に描きこまれている場合もあれば、涼の村雨の鞘のような物に描きこまれている場合もある……どちらも錬金術だと、涼は認識している。
魔法に比べて、錬金術の難しい点は、魔法式や魔法陣で記述するために、多くの式を作り、正確に数値化もしなければならない点だ。
涼は、ロンド級二番艦ニール・アンダーセンを錬金術で生成した時に、嫌というほど、それを経験していた。
それに比べれば、本当に魔法は便利で簡単だ……。
「レインシューター号は、僕が守ります! さあ、来るがいいです!」
涼が叫ぶ。
その声が聞こえたわけではないのだろうが、前方のゴーウォー船五隻から、一斉に魔法が放たれ、レインシューター号を襲った。
数百本にも上る魔法砲撃。
その全てが、火属性の攻撃。
光と闇を除く四つの属性の中で、最も攻撃力が高いと言われるのが火属性の魔法。
その認識は、中央諸国でも東方諸国でも変わりないのだろう。
軍艦だからこそ、そして魔法砲撃によって沈めるつもりだからこそ、火属性の攻撃魔法を放てる魔法使いを揃えてきたに違いない。
だが……。
数百の対消滅の光を放って、全ての魔法が消失した。
ゴーウォー船上が慌てているのが、レインシューター号からでも分かる。
「二度目はありません! <フローティングマジックサークル>」
涼が唱えると、その後ろに、十六の魔法陣が浮かび上がる。
「<アイシクルランスシャワー“扇”>」
その瞬間、涼と魔法陣から、扇状に氷の槍が撃ちだされた。
氷の槍の一斉射。
その数、一万以上。
その一本一本が、今回は驚くほど太い。
成人男性の胴体ほどの太さといえば分かるだろうか。
どこが『アイシクル』なのかというほどに太い。
極太の氷の槍が、横殴りの雨となって降り注ぐ。
帆を破り、マストを折り、舷側を突き破り……喫水下に大穴を空ける。
完璧に計算された氷の槍は、人には当たらず、だが船の機能を完全に破壊。
その結果、五隻全てが沈み始めた。
その横を、悠々と走り抜ける船の女王。
沈みゆく船に掴まりながら、魔法を放つ魔法使いもいたが……当然のように、全て、見えざる氷の壁に弾き返される。
あえて、涼は、人間には攻撃を加えなかった。
どこかの、地球の海戦のように、狙撃しても良かったのだが……。
「砲撃戦こそ海戦の華です」
などと呟いている。
涼の中で、海戦に関するこだわりがあるらしい……。
ゴーウォー船五隻が、全て轟沈するのを彼方に見ながら、レインシューター号は無傷で、戦場を離脱した。
涼はキャビンに戻る。
「リョウ、お疲れ」
「宣言通り、レインシューター号を守り抜きましたよ!」
「ああ、さすがだ」
「いやあ、それほどでも」
アベルが素直に称賛し、涼が照れる。
アベルの横では、イリアジャ姫が頭を下げて言った。
「リョウさん、ありがとうございました」
「いえいえ、当然の事をしたまでです」
イリアジャ姫は、先の海戦で、涼の魔法を見ていたために、この結果も当然の事として受け入れていた。
とんでもない数の氷の槍が、敵船を襲った時には少し驚いたが。
もっと驚いていたのは、カブイ・ソマルと乗組員たちであった。
もちろん、カブイ・ソマルは、副官ナルンを通して、ロックデイ提督からの報告を受けている。
その中で、目の前の涼という水属性魔法使いが、油断ならない相手であると聞いていた。
聞いてはいたし、二百メートルもの氷の橋を架けたとも聞いていたが……。
それでも、想像以上であった。
だが、最も早く理解したのはカブイ・ソマルだ。
深々と頭を下げる。
「リョウ殿、船を守っていただきありがとうございました。深く感謝いたします」
「ああ、いえ、気にしないでください。レインシューター号が傷つくのが嫌だっただけですから」
涼は、あまりにも深々と頭を下げられたので、少し焦った。
「レインシューターには、これからも多島海地域で、船の女王として君臨してもらいたいですからね。女王らしい伝説を作っておかないと」
涼独特の、他者にはよく分からない理論によって、レインシューター号は伝説を作られたらしい。




