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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0461 護国卿の訪問

「失礼します」

そう言って、一人の男が部屋に入ってきた。

スージェー王国第一海軍卿の正装を身に着け、完璧な儀礼。


現在の、スージェー王国護国卿カブイ・ソマル。


部屋に入った瞬間、彼は把握する。


扉を開けた執事長ロンク。

正面に座るイリアジャ姫。

その斜め後ろに、剣士と、ローブを着た恐らく魔法使い。


カブイ・ソマルは疑問に思う。

イリアジャ姫の側近には、この二人に該当する者はいなかった。

もちろん、姫の部下全員を知っているわけではないが、彼女の近衛兵などは全員知っている。


だが、その中には、この二人はいなかった。


(藩王国が付けた監視者か?)

妥当な結論に達する。

藩王国側が望んだのであれば、イリアジャ姫も拒否する事はできなかったであろう。

おそらく彼が望んでも、二人を部屋の外に追い出すことは叶うまい。


(まあ、いいか。その場合は、この二人を部屋の外に出さなければいい。藩王国政府に連絡を取らせなければ、この場でいくつか知られてもなんとかなるか……)

カブイ・ソマルは、穏やかな表情を保ったまま、心の中ではそんな事を考えていた。



イリアジャ姫の前に着くと、拳を握った両腕を胸の前で交差して、片膝をつく。

王族に対する最敬礼だ。


「カブイ・ソマル殿、面を上げてください」

「失礼いたします」

イリアジャ姫が声をかけ、カブイ・ソマルが答える。


「いろいろとお話をしたいですが、ここではなんですので、テラスに行きましょう」

姫はそう言うと立ち上がり、自らテラスに出た。

その後ろを、剣士がついていく。


カブイ・ソマルが立ち上がり、テラスに向かう。

その後ろを、ローブの男がついてくる。


剣士とローブは、護衛の仕事もしているようだ。



テラスには、テーブルが置かれ、それを挟んで椅子が二脚準備されている。


イリアジャ姫が片方に座り、その後ろに剣士とローブが立った。

空いた席にカブイ・ソマルが座る。


「殿下、この度はお時間を取っていただき……」

「お話を聞かせてください」

カブイ・ソマルの社交辞令を、手を挙げて遮り、先を促す姫。


驚きつつも、カブイ・ソマルは、姫の後方に立つ二人を見て言う。

「失礼ですが、王女殿下と一対一でお話したい」

はっきりと言う。


だが、剣士もローブも全く動かない。

表情すら動かない。


代わりに、イリアジャ姫が答えた。

「この方々は大丈夫です。私が願い、守ってくださっているのです」

「ですが、殿下……」

「カブイ・ソマル殿、私は、この二人に全幅の信頼を置いています。それでは足りませんか?」

「いえ……。失礼いたしました」


イリアジャ姫が言った瞬間、カブイ・ソマルは確信した。



自分の行動は正しかったのだと。



亡き主からも、これほどの圧を感じた事は無かった……。



「単刀直入に申します。私どもの願いは、王女殿下に国に戻っていただき、女王として君臨していただくことです」

「女王?」

カブイ・ソマルの言葉に、眉をひそめて訝しげに問うイリアジャ姫。

後ろに立つ涼もアベルも驚いたが、表情に出ないようにじっと立ち続ける。


「はい。全てはそのための行動でした」

「そのために……家族を……」

イリアジャ姫の顔が真っ白になっていく。

だが、それは、悲しみのせいではなく、どちらかといえば怒り……。


「許していただこうとは思っておりません。殿下が女王となり、望まれるのであれば、私は身を引きます。この身もいかようにも……」

「そんな……そんな事を言っているのではありません……なぜ、私を……」

自らの身を差し出す覚悟を述べるカブイ・ソマル、溢れ出る感情が強すぎて言葉にならないイリアジャ姫。



カブイ・ソマルは、そこでしっかりと顔を上げ、力のこもった目で姫を見た。

そして、はっきりと言った。


「国王陛下の勅命(ちょくめい)にございます」


それは、心の底からの敬意のこもった言葉。

それは、自らの全てを捧げた相手への言葉。

それは、たとえ勅命であっても聞きたくなかった……言葉を受け取った記憶。



「今回の件、全て、国王陛下の勅命にございます」

「お父様の……」

もう一度はっきりと、だが目を閉じうっすらと涙さえ浮かべながら言い切るカブイ・ソマル。

呆然と答えるイリアジャ姫。


「こちらが、陛下の、最後の命令書にございます」

カブイ・ソマルはそう言うと、懐から一枚の書類を取り出し、イリアジャ姫に渡した。



『勅命である。あらゆる手段を用いて、イリアジャを女王の地位に就けよ』



そう書いてあった。


「お父様の……字……」

イリアジャの双眸からこぼれる涙。


強く、厳しく、だが同時に優しかった父。

この二年、床に伏すことが多くなり、視力が衰え、城の外を巡察して回ることがなくなった。


それまでは、週に二度は街に出て民とふれあった。

年に三度は、わずかな供を連れて船で国内を巡った。

民の人気の高い国王であった。



だが、二年前、全てが変わった。



「国王陛下の事故は、王太子殿下とアティンジョ大公国が関わっていることが判明しております」

「お兄様と……大公国? それは、確かですか?」

「はい。陛下のご指示により、私が中心となって調べました。それらの結果をもとに、陛下は勅命を……」

「……」


カブイ・ソマルの説明を受けたが、イリアジャ姫は何も言えなかった。


王太子……一番上の兄は、イリアジャには優しかった。

確かに、権力欲は強く、お金にも執着し、他の兄弟、特に弟たちとの仲は非常に悪かったが……それでも、まさか国王を害するほどとは。



「兄上が……王太子殿下がそうであったとしても、他の兄弟姉妹たちまで殺す必要はなかったはずです」

「申し訳ございません……それは、私の不手際です」

「不手際?」

「当初は、王太子殿下以下、ご兄弟姉妹全てを捕え、その上で、陛下より王女殿下に王位を禅譲していただく予定でした。ですが、王太子殿下捕縛の際に……殿下が亡くなられました」

「亡くなった……?」

「普通の状態ではありませんでした……何者かによる謀殺でしょう。ですが、我々の不手際である事に変わりありません。さらに、同じタイミングで国王陛下も亡くなられました。そして、捕縛していた王子、王女様方も全員……」

カブイ・ソマルは、悔しそうに説明している。


「そ、そんな馬鹿な……国王に王太子、王子王女ですよ? 国で、最も厳重な警備が行われ、暗殺などを防ぐ状況だったはずです。それをかいくぐってなど、いったい誰が……」

「誰がではなく、どこがでした。それらが得意な国が……」

「えっ……。まさかアティンジョ大公国が?」


王太子と組んでいたとされたアティンジョ大公国。

繋がっていた証拠となる王太子をさっさと切り、病床の国王にもとどめを刺した。


「それだけの事をやった理由は……」

「国全体の混乱が狙いでした。王族だけでなく、政府、海軍の中枢も、かなりの数が凶刃に倒れました。実は私自身も狙われ……毒によって、三カ月、生死の境をさまよいました」

「私がタマコ州にいる時、中央があまり積極的に動かなかった理由は、それだったのですか」

「はい……」



まさに暗闘という言葉がぴったりな話を聞いて、涼もアベルも驚いていた。


クーデターのタイミングで、上掛けして、完全に国の統治能力を喪失させる。

実は、地球の現実の歴史でも時々起きてきたことではあるが、それでも、これだけぴったりのタイミングで上掛けするのは難しい。

普通は、クーデターから数十日後、あるいは数カ月後に行われるものだ。


一度完全に破壊してから、再構築される際に、新たな政権に操る者を潜り込ませる……。

潜り込ませる者は政治家ではなく、行政官。

つまり官僚機構にだ。



スージェー王国が、どうだったのかは分からないが。



「理解はしました」

イリアジャ姫はそう言うと、顔をあげた。

「お父様の……国王陛下の勅命であったことも理解しました」


そこで、一度言葉を切る。

そして、言葉を続ける。


「カブイ・ソマル殿、あなたにとっては苦しかったでしょう。若い頃から父に仕え……その最後の命令が、あれでは」

「……」

「私は、あなたを責めません」

「殿下?」

「本当に責められるべき者は別にいます。先頃、大陸南端のゲギッシュ・ルー連邦も内戦に突入したとか。あまりにもタイミングが良すぎます。背後には、ゲギッシュ・ルーとその先の、この多島海地域まで一気に飲み込もうとするアティンジョ大公国がいるのかもしれません」


イリアジャ姫はそう言うと、一度目をつむった。



数瞬後、目を開いた。

その目と表情は、決意に満ちていた。



「カブイ・ソマル殿、私は国に戻り、女王の座に就きます」

「おぉ……」

「あなたは、私を支えてくださいますか?」


カブイ・ソマルは、拳を両手で握り、両腕を胸の前で交差して、片膝をついて礼をとった。

そして、はっきりと言い切った。

「このカブイ・ソマル、その全てを女王陛下に捧げます」


カブイ・ソマルの言葉を聞いて、イリアジャ姫は頷いた。



そして、後ろを振り向いた。

「このような事になりました」

「はい……」

「うむ……」

イリアジャ姫の言葉に、涼もアベルも、正直何と答えればいいか分からず、曖昧な返事となる。


状況を理解できていない部分も多い。

だが、状況は動き始めた。

理解の追い付かない二人を待ってはくれない。


「私は、急いで国に戻り、体制を整えたいと思います。私の率直な希望としては、お二人にも一緒に行って欲しいと思っています」

「えっ……」

イリアジャ姫の言葉に、同時に言葉を失う涼とアベル。



一緒に行って欲しいは、完全な想定外であった。



「俺たちは、中央諸国に戻らねばならんのだが……」

「はい、承知しております。もちろん、ずっといて欲しいなどとは言いません。私が即位するまで……。国には、混乱に乗じてであったとはいえ、国王や王太子すら簡単に命を奪えるものが入り込んでいるようです。ですので……」

「僕らに守って欲しいと?」

「近衛がいるだろう……」

「でも、近衛がいても、前の国王陛下とか王太子とか、死んじゃったわけですから」

「むぅ……」

涼とアベルも、簡単には結論が出せない。



そこに、声が割り込んだ。



「失礼ですが、そのお二方はどのような方なのでしょうか?」

護国卿カブイ・ソマルの声だ。


当然であろう。


王女が、国に戻ってくれると決断してくれたのはありがたいが、後ろに控える二人にもついてきて欲しいという。

完全に信頼しているという言葉は嘘ではないようだし、信頼するに足ることがこれまでにあったのだろう。


その点は、今さらカブイ・ソマルがどうこう言うことではない。

だが、どんな人物なのかは知っておきたい。


そもそも、名前すら知らない。


「こちらは、アベルさん。そしてリョウさん。そう、戦友です」

イリアジャ姫はそう言うと、笑った。

それは、カブイ・ソマルには、とても眩しい笑い。


同時に、二人の名前に心当たりがあった。


「なるほど。先の海戦で氷の橋を架けたリョウ殿、その橋を渡って旗艦を制圧したアベル殿」

「なっ……」

「さすが、良く知っているな」

カブイ・ソマルの説明に、驚く涼、頷くアベル。


「そして先日、第二中央広場で、戻ったばかりの私に大声で呼びかけられましたね」

「うむ、それはリョウだ」

「アベル、全てが露見したようです。このままではアベルの悪だくみも、そのうちばれますよ」

「わざわざ誤解されることを言うな」

「アベルは悪人、僕は善人。最初の認識が肝心です」


謀略家涼の暗躍は始まっているのだ。


だが、まずは先に話し合うことがある。

涼とアベル二人で。


「アベル、先ほどの姫様の提案、どうしますか?」

「どうすると言われても……。中央諸国に戻るにしても、まずはゲギッシュ・ルー連邦の内戦が終わらないと、大陸には移動できないんだよな」

「そうです。しかも、スージェー王国に悪い事を仕掛けた何とか大公国は、その連邦の北にある感じですよね」

「会話の中だと、そう読み取れたな。けっこうな力のある国で、ゲギッシュ・ルー連邦と多島海地域を我がものにしようとしている……」


涼とアベルは、コソコソと会話をしている。


「僕は、姫様に協力してもいいかなと思っています」

「リョウなら、そう言うだろうと思っていた」

「心情的にもですが、論理的にもです」

「論理的?」

「姫様に協力して、スージェー王国から大陸に送ってもらうのもありだと思うのです」

「なるほど。それもいいかもしれんが……いいのか?」

「何がですか?」

「『蒼玉亭ワンニャ』での、食べ放題飲み放題がなくなるぞ?」

「くっ……それは確かに悲しいですが……ここまできて、姫様を見捨てるのはあんまりだと思うのです」

「戦友だからな」


涼の言葉に、ニヤリと笑って答えるアベル。

アベルも、涼同様に手伝うつもりだったのだ。


「もちろん、大陸まで送ってもらうのを確約してもらうのが前提だぞ」

「ええ。あ、ちゃんと、蒼玉商会に預けてあるお金は、引き出して持っていかないといけませんね」

「昔、どこかの水属性の魔法使いは、ギルドに預けてあるお金を引き出すのを忘れて、国外に出て大変なことになったらしいからな」

「ええ……あれは大変でした。おかげで、暗殺教団の村を潰す羽目になってしまいましたしね」


アベルが言い、涼は小さく首を振りながら苦い過去を思い出していた。

その経験が、涼を成長させたのだ。



二人は、イリアジャ姫の前に立った。

「後で、大陸に送ってもらえるのなら、手伝おう」

「大船に乗ったつもりで任せてください!」

アベルと涼は、笑顔でそう言った。


「ありがとうございます」

イリアジャ姫は、両腕を胸の前で交差して、王族に対する最敬礼で頭を下げた。


それを、少しだけ首を傾げてカブイ・ソマルは見ていたが、口を開いて出てきたのは、別の言葉であった。

「とりあえずは、この国を出る算段をつけましょう」

「そうね。自ら亡命を希望したとはいえ……藩王国側は、そう簡単にスージェー王国に戻る許可を出してくれないかもしれませんね。ある種の人質ですから」

イリアジャ姫は、少しだけ顔をしかめて頷いた。


仕方なかったとはいえ、自らの行動で、動きにくくなってしまっているのは理解できている。


「そこはお任せください。藩王国側から、出ていけと言わせますので」

「そんな事が可能ですか?」

「はい。グス提督に頑張っていただきます」


そう言ったカブイ・ソマルの表情は、いたずら小僧のようであった……。


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