0460 お茶会
「いやあ、昨日の晩御飯も、今日の朝御飯もすごく美味しかったですね!」
「確かにな。飯が美味いのはいいな」
涼が嬉しそうに言い、アベルも笑顔で答える。
美味しいご飯は正義。
食べた人を幸せにする。
そんな二人の元へ、受付嬢が手紙を持ってきた。
「今、届きました」
「ありがとう」
そう言ってアベルが受け取り、さっそく開いて中を見る。
一読して、涼に渡した。
「え~っと、イリアジャ姫が会いたがっているんですね。お茶会のお誘いじゃないですか。何々……大陸の良い茶葉が手に入ったと。おぉ、いいですね。ぜひ行きましょう」
涼はコーヒーが大好きだが、紅茶や緑茶といったお茶も大好きだ。
「リョウ、書いてあるのは、それだけじゃないだろう?」
「相談したい事などあるって書いてありますね。いいじゃないですか、そんなものは些事です。場所は……王宮の離れ? 迎賓館があるんですね。そんな所に入っていたら、好きな時に外に遊びに行けないでしょうに。不憫です」
「仕方ないだろう。藩王国としても、姫の身に何かあったら大変だからな。実際、移送途中で襲撃されたのだから、この街の中にいても安全とは限らん」
自由のないイリアジャ姫を思って涼は悲しみ、アベルが同情しつつも事情も解説する。
偉い身分の人には、自由はないのだ。
国王になって、それを嫌というほど経験しているアベルは小さく首を振る。
逆に言うと、だからこそ、今、自由に活動できている時間が貴重であることも知っている。
その点だけ、ほんの少しだけ、魔人ガーウィンを評価していた。
本当に、少しだけだが。
「だが迎賓館に入っているとなると……行ったところで会えるのか?」
「さあ? まあ、行ってみれば分かりますよ」
アベルの疑問に、適当な返事をする涼。
実際、行ってみれば分かるし、行ってみなければ分からない……。
「どうぞ、こちらへ」
二人が、迎賓館正門で、名前と来訪目的を告げると、すぐに案内された。
「通してもらえましたね」
「ああ。俺たちが来ることは伝えられていたようだ」
涼とアベルがコソコソと会話する。
案内は確かにされたのだが……。
「やけにものものしくないか?」
「アベルもそう思いました? 正門も二十人くらいの守備兵がいたでしょう? この道も、曲がり角ごとに兵隊さんが立っていますよ」
迎賓館の中に、かなりの守備兵が配置してあるのだ。
「アベルがヤバい剣士だということが、ばれているんでしょうね」
「なんだそれは……」
「悪逆非道、残酷無比な剣士アベル。その悪名は、コマキュタ藩王国の王宮にまで鳴り響いている」
「そんなわけあるか」
「そうでなければ説明がつかないですよ、これほどの厳重な警戒。逆に、そう考えれば、全て説明がつくでしょう?」
アベルの否定を、自信満々に再否定する涼。
なぜか、自分の解釈に自信があるらしい。
「アベルの所を、リョウに代えても成立するよな?」
「僕は、見るからに人畜無害、温厚篤実な魔法使いですから。アベルとは違うのですよ、アベルとは」
「羊の皮をかぶったドラゴンだな」
「あ、その言い回しはちょっとカッコいいですね。おとなしそうに見えるけど、実は……ってやつですね」
「違うぞ。羊の皮でドラゴンを隠せるわけないだろうが、大きさ的に。自分では隠しているつもりでも、全然隠し切れていないバレバレだというたとえだ」
「なんてひどい……」
コソコソとそんな会話を交わしながら、二人は案内人についていき、ようやく、目的の部屋に到着した。
「アベルさん、リョウさん、よくおいでくださいました」
イリアジャ姫が、二人を出迎えた。
「イリアジャ姫、元気そうで何よりだ」
「姫、ご相伴にあずかりに来ました」
アベルも涼も、笑顔を浮かべてにこやかに挨拶した。
身分は違うとはいえ、共に戦った戦友みたいなものだ。
数日ぶりでも会えば嬉しい。
まあ一応、二人は、国王と筆頭公爵ではあるのだが……。
「どうぞ、こちらへ」
イリアジャ姫が案内したのは、広いテラスであった。
迎賓館じたいの完璧に計算された設計により、広いテラスであっても、敷地外からは見えない造りになっているようだ。
木々も、計算されて植えられている。
ただし、テラスから見える庭にも、多くの兵隊が立っている。
ここまでくると、確かに、姫の逃走を阻むためではなく、外部からの襲撃などを想定しているのではないかと思えてくる。
涼が、多くの兵隊を見て表情を変えたのが見えたのだろう。
イリアジャ姫が苦笑しながら言う。
「守ってもらっていると考えれば、ありがたくなります」
「さすが姫様です。考え方ひとつで、世界は変わる。どこかのアベルにも聞かせてあげたいですね!」
「どこのアベルに聞かせてやるつもりなんだ?」
涼が姫を称賛し、アベルがジト目で涼を見る。
「べ、別に、目の前にいるアベルへの当てつけじゃないですよ~、もう、嫌だな~」
涼がにこやかな笑顔を浮かべてごまかす。
イリアジャ姫は笑い、アベルは小さく首を振り、涼は席に着いた。
運ばれてきたお茶。
それぞれのカップに注がれる。
十分に蒸らされているところを見ると、二人が迎賓館に到着してすぐに淹れられたに違いない。
おそらくは、優秀な執事長によって。
カップには、持ち手がない。
立ち上る、柔らかな香り。
「これは……紅茶ではなく緑茶」
涼は呟いた。
そして、一口啜る。
口内に広がるフレッシュな茶葉の味と、ほんのわずかな渋み。
それは、完璧なバランスの上に成り立つ美味。
「これは、美味いな」
アベルが驚いた顔を見せながら称賛する。
涼も無言のまま頷く。
そして、すぐに二口目を啜る。
口内に広がる、なぜか懐かしさを覚える味。
思い出すそれは、ずっと昔、祖父母の家でよく飲んだお茶の味……。
そして、それぞれの前に出されるお菓子。
それは、オレンジ色の……。
「お団子? お饅頭?」
一口大の団子……その表現が最も近いのかもしれない。
涼はそれを手に取って、半分かじってみた。
中には、これも懐かしい味が。
「芋餡? 懐かしいけど、美味しい」
そう呟くと、思わずお茶を啜る。
「ああ……お茶請けとして完璧です」
思わず微笑む。
それを見て、イリアジャ姫も微笑んだ。
中央諸国から来た二人の口に合うか、少しだけ心配だったのだ。
「それは、カエルプラといって、多島海地域の伝統のお菓子です」
「なるほど! 美味しいですね。これは癖になりそうです」
「ああ。初めて食べたが、中に入っているやつも、甘すぎずにいい感じだな」
イリアジャ姫が説明し、涼が喜び、アベルも気に入った。
カエルプラは、オレンジが基本だが、混ぜるものによって様々な色を付けて目でも楽しませるらしく、カラフルなカエルプラがテーブルに並べられた。
そんな、和やかに進むお茶会の最中に……。
「姫様、こちらが」
一通の手紙が届いた。
一読するイリアジャ姫。
ほんの少しだけ、表情が翳ったのが涼には見えた。
それは、アベルも認識したらしく、二人は小さく頷き合う。
「承知しましたとお伝えください」
「よろしいのですか?」
「はい、構いません。いつかはあることです。早いに越したことはありません」
「……承知いたしました」
イリアジャ姫が答え、執事長ロンクは深々と頭を下げて、部屋を出た。
もちろん、涼もアベルも、あえて今の件について触れたりはしない。
気にはなるのだが、彼らが口を差し挟む事ではないであろうからだ。
だが……。
「アベルさん、リョウさん、今のお手紙は、カブイ・ソマル殿からのお手紙でした」
「なんと……」
姫が自ら告げ、想定外の言葉に驚く涼。
アベルは無言であったが、驚いているのは表情で分かる。
「実は、昨晩、内々に接触がありました。近々こちらに伺って、様々な事を説明したいと。それで、先ほどの手紙では、藩王国の許可が下りたため、これから伺ってもいいかということでした」
「なるほど」
「姫が許可を出したということは、これからカブイ・ソマル殿が、こちらに見えられるということですか?」
姫が説明し、アベルが頷き、涼が確認する。
「はい。もしお二人がよろしければ、一緒にお話を聞いていただきたいのです」
「えっ……」
「それは……カブイ・ソマル殿が許さないでしょう。恐らく姫と一対一……あるいは、それに近い状況での会談を望むかと」
姫が提案し、涼が驚き、アベルが現実的な回答をする。
そう、アベルも涼も、完全に部外者だ。
「おっしゃる通りです。ですが……。いえ、そうですね。私は変な事をお願いしています、申し訳ありません、忘れて……」
「もちろん、僕たちは構いませんよ」
「え?」
「こう、姫様の右後ろと左後ろに立って、睨みを利かせてやりますよ! 任せてください」
涼はそう言うと、どんと自分の胸を拳で叩いた。
ドンと任せて、を表現したのだが、おそらく理解はしてもらえていない。
「おい、リョウ……」
「アベル。相手は、家族を皆殺しにした人物ですよ」
「あ……」
涼の言葉で、アベルは全てを理解した。
ほんの僅かに震えている、イリアジャ姫の指も含めて。
家族を殺した相手と、これから相まみえる。
立場上、仕方がないとはいえ、平常心でいるのは難しいだろう。
小さな頃から、その心を王室で鍛えられてきたのだとしても、これは簡単な事ではない。
しかも、一対一でなど……普通に考えて不可能。
アベルは、自分の配慮が足りていなかったことを自覚した。
「そうだな、リョウが正しい」
素直に認める。
「俺たちで役に立つのなら、力を貸そう」
「なんと言っても、一緒に戦場を潜り抜けた仲ですからね。いわば僕らは戦友ですよ」
アベルが言い、涼も頷いて言う。
二人とも善い奴なのだ。
「戦友……」
イリアジャ姫が呟く。
「戦友は助け合うものです」
「まあ、大した事はできんが、後ろに立っておくくらいならな」
「<アイスウォール>で囲って、いきなり攻撃されても大丈夫なようにもできますよ」
「いや、さすがにこの状況で殺そうとはせんだろう。戦場でもやらなかったんだ、今さらする意味がない」
「大丈夫、襲ってきたら、アベルが身を挺して守ってくれるはずです」
「いや、守るが……リョウが守ってもいいんだぞ?」
「魔法使いよりも動き出しが遅い剣士とか、存在価値ありますかね?」
「なんてことを言いやがる……。だいたい、リョウが魔法使いとか、詐欺だろうが」
「失敬な! アベルみたいな、やるやる詐欺と一緒にしないでいただきたい!」
「なんだそれは……」
二人の言い合い……もとい、じゃれ合いを見て、イリアジャ姫は微笑んだ。
指の震えは、完全に止まったようだ。
「お二人とも、ありがとうございます」
そう言うと、姫は両腕を胸の前で交差して、王族に対する最敬礼で頭を下げた。




