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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0460 お茶会

「いやあ、昨日の晩御飯も、今日の朝御飯もすごく美味しかったですね!」

「確かにな。飯が美味いのはいいな」

涼が嬉しそうに言い、アベルも笑顔で答える。


美味しいご飯は正義。

食べた人を幸せにする。



そんな二人の元へ、受付嬢が手紙を持ってきた。

「今、届きました」

「ありがとう」

そう言ってアベルが受け取り、さっそく開いて中を見る。


一読して、涼に渡した。


「え~っと、イリアジャ姫が会いたがっているんですね。お茶会のお誘いじゃないですか。何々……大陸の良い茶葉が手に入ったと。おぉ、いいですね。ぜひ行きましょう」

涼はコーヒーが大好きだが、紅茶や緑茶といったお茶も大好きだ。


「リョウ、書いてあるのは、それだけじゃないだろう?」

「相談したい事などあるって書いてありますね。いいじゃないですか、そんなものは些事(さじ)です。場所は……王宮の離れ? 迎賓館(げいひんかん)があるんですね。そんな所に入っていたら、好きな時に外に遊びに行けないでしょうに。不憫(ふびん)です」

「仕方ないだろう。藩王国としても、姫の身に何かあったら大変だからな。実際、移送途中で襲撃されたのだから、この街の中にいても安全とは限らん」


自由のないイリアジャ姫を思って涼は悲しみ、アベルが同情しつつも事情も解説する。


偉い身分の人には、自由はないのだ。


国王になって、それを嫌というほど経験しているアベルは小さく首を振る。

逆に言うと、だからこそ、今、自由に活動できている時間が貴重であることも知っている。


その点だけ、ほんの少しだけ、魔人ガーウィンを評価していた。

本当に、少しだけだが。



「だが迎賓館に入っているとなると……行ったところで会えるのか?」

「さあ? まあ、行ってみれば分かりますよ」

アベルの疑問に、適当な返事をする涼。


実際、行ってみれば分かるし、行ってみなければ分からない……。



「どうぞ、こちらへ」

二人が、迎賓館正門で、名前と来訪目的を告げると、すぐに案内された。


「通してもらえましたね」

「ああ。俺たちが来ることは伝えられていたようだ」

涼とアベルがコソコソと会話する。


案内は確かにされたのだが……。


「やけにものものしくないか?」

「アベルもそう思いました? 正門も二十人くらいの守備兵がいたでしょう? この道も、曲がり角ごとに兵隊さんが立っていますよ」

迎賓館の中に、かなりの守備兵が配置してあるのだ。


「アベルがヤバい剣士だということが、ばれているんでしょうね」

「なんだそれは……」

「悪逆非道、残酷無比な剣士アベル。その悪名は、コマキュタ藩王国の王宮にまで鳴り響いている」

「そんなわけあるか」

「そうでなければ説明がつかないですよ、これほどの厳重な警戒。逆に、そう考えれば、全て説明がつくでしょう?」


アベルの否定を、自信満々に再否定する涼。

なぜか、自分の解釈に自信があるらしい。


「アベルの所を、リョウに代えても成立するよな?」

「僕は、見るからに人畜(じんちく)無害(むがい)温厚(おんこう)篤実(とくじつ)な魔法使いですから。アベルとは違うのですよ、アベルとは」

「羊の皮をかぶったドラゴンだな」

「あ、その言い回しはちょっとカッコいいですね。おとなしそうに見えるけど、実は……ってやつですね」

「違うぞ。羊の皮でドラゴンを隠せるわけないだろうが、大きさ的に。自分では隠しているつもりでも、全然隠し切れていないバレバレだというたとえだ」

「なんてひどい……」



コソコソとそんな会話を交わしながら、二人は案内人についていき、ようやく、目的の部屋に到着した。



「アベルさん、リョウさん、よくおいでくださいました」

イリアジャ姫が、二人を出迎えた。


「イリアジャ姫、元気そうで何よりだ」

「姫、ご相伴(しょうばん)にあずかりに来ました」

アベルも涼も、笑顔を浮かべてにこやかに挨拶した。



身分は違うとはいえ、共に戦った戦友みたいなものだ。

数日ぶりでも会えば嬉しい。


まあ一応、二人は、国王と筆頭公爵ではあるのだが……。



「どうぞ、こちらへ」

イリアジャ姫が案内したのは、広いテラスであった。


迎賓館じたいの完璧に計算された設計により、広いテラスであっても、敷地外からは見えない造りになっているようだ。

木々も、計算されて植えられている。


ただし、テラスから見える庭にも、多くの兵隊が立っている。

ここまでくると、確かに、姫の逃走を阻むためではなく、外部からの襲撃などを想定しているのではないかと思えてくる。


涼が、多くの兵隊を見て表情を変えたのが見えたのだろう。

イリアジャ姫が苦笑しながら言う。

「守ってもらっていると考えれば、ありがたくなります」

「さすが姫様です。考え方ひとつで、世界は変わる。どこかのアベルにも聞かせてあげたいですね!」

「どこのアベルに聞かせてやるつもりなんだ?」


涼が姫を称賛し、アベルがジト目で涼を見る。


「べ、別に、目の前にいるアベルへの当てつけじゃないですよ~、もう、嫌だな~」

涼がにこやかな笑顔を浮かべてごまかす。


イリアジャ姫は笑い、アベルは小さく首を振り、涼は席に着いた。



運ばれてきたお茶。


それぞれのカップに注がれる。

十分に蒸らされているところを見ると、二人が迎賓館に到着してすぐに淹れられたに違いない。

おそらくは、優秀な執事長によって。


カップには、持ち手がない。


立ち上る、柔らかな香り。


「これは……紅茶ではなく緑茶」

涼は呟いた。


そして、一口(すす)る。


口内に広がるフレッシュな茶葉の味と、ほんのわずかな渋み。

それは、完璧なバランスの上に成り立つ美味。



「これは、美味いな」

アベルが驚いた顔を見せながら称賛する。

涼も無言のまま頷く。


そして、すぐに二口目を啜る。

口内に広がる、なぜか懐かしさを覚える味。



思い出すそれは、ずっと昔、祖父母の家でよく飲んだお茶の味……。



そして、それぞれの前に出されるお菓子。

それは、オレンジ色の……。

「お団子(だんご)? お饅頭(まんじゅう)?」

一口大の団子……その表現が最も近いのかもしれない。


涼はそれを手に取って、半分かじってみた。

中には、これも懐かしい味が。

芋餡(いもあん)? 懐かしいけど、美味しい」

そう呟くと、思わずお茶を啜る。


「ああ……お茶請けとして完璧です」

思わず微笑む。


それを見て、イリアジャ姫も微笑んだ。


中央諸国から来た二人の口に合うか、少しだけ心配だったのだ。


「それは、カエルプラといって、多島海地域の伝統のお菓子です」

「なるほど! 美味しいですね。これは癖になりそうです」

「ああ。初めて食べたが、中に入っているやつも、甘すぎずにいい感じだな」

イリアジャ姫が説明し、涼が喜び、アベルも気に入った。


カエルプラは、オレンジが基本だが、混ぜるものによって様々な色を付けて目でも楽しませるらしく、カラフルなカエルプラがテーブルに並べられた。



そんな、和やかに進むお茶会の最中に……。


「姫様、こちらが」

一通の手紙が届いた。


一読するイリアジャ姫。

ほんの少しだけ、表情が(かげ)ったのが涼には見えた。

それは、アベルも認識したらしく、二人は小さく頷き合う。


「承知しましたとお伝えください」

「よろしいのですか?」

「はい、構いません。いつかはあることです。早いに越したことはありません」

「……承知いたしました」

イリアジャ姫が答え、執事長ロンクは深々と頭を下げて、部屋を出た。



もちろん、涼もアベルも、あえて今の件について触れたりはしない。

気にはなるのだが、彼らが口を差し挟む事ではないであろうからだ。


だが……。


「アベルさん、リョウさん、今のお手紙は、カブイ・ソマル殿からのお手紙でした」

「なんと……」

姫が自ら告げ、想定外の言葉に驚く涼。

アベルは無言であったが、驚いているのは表情で分かる。


「実は、昨晩、内々に接触がありました。近々こちらに伺って、様々な事を説明したいと。それで、先ほどの手紙では、藩王国の許可が下りたため、これから伺ってもいいかということでした」

「なるほど」

「姫が許可を出したということは、これからカブイ・ソマル殿が、こちらに見えられるということですか?」

姫が説明し、アベルが頷き、涼が確認する。


「はい。もしお二人がよろしければ、一緒にお話を聞いていただきたいのです」

「えっ……」

「それは……カブイ・ソマル殿が許さないでしょう。恐らく姫と一対一……あるいは、それに近い状況での会談を望むかと」

姫が提案し、涼が驚き、アベルが現実的な回答をする。


そう、アベルも涼も、完全に部外者だ。


「おっしゃる通りです。ですが……。いえ、そうですね。私は変な事をお願いしています、申し訳ありません、忘れて……」

「もちろん、僕たちは構いませんよ」

「え?」

「こう、姫様の右後ろと左後ろに立って、(にら)みを利かせてやりますよ! 任せてください」


涼はそう言うと、どんと自分の胸を拳で叩いた。

ドンと任せて、を表現したのだが、おそらく理解はしてもらえていない。


「おい、リョウ……」

「アベル。相手は、家族を皆殺しにした人物ですよ」

「あ……」

涼の言葉で、アベルは全てを理解した。


ほんの僅かに震えている、イリアジャ姫の指も含めて。



家族を殺した相手と、これから相まみえる。

立場上、仕方がないとはいえ、平常心でいるのは難しいだろう。

小さな頃から、その心を王室で鍛えられてきたのだとしても、これは簡単な事ではない。


しかも、一対一でなど……普通に考えて不可能。


アベルは、自分の配慮が足りていなかったことを自覚した。


「そうだな、リョウが正しい」

素直に認める。


「俺たちで役に立つのなら、力を貸そう」

「なんと言っても、一緒に戦場を潜り抜けた仲ですからね。いわば僕らは戦友ですよ」

アベルが言い、涼も頷いて言う。


二人とも善い奴なのだ。


「戦友……」

イリアジャ姫が呟く。


「戦友は助け合うものです」

「まあ、大した事はできんが、後ろに立っておくくらいならな」

「<アイスウォール>で囲って、いきなり攻撃されても大丈夫なようにもできますよ」

「いや、さすがにこの状況で殺そうとはせんだろう。戦場でもやらなかったんだ、今さらする意味がない」

「大丈夫、襲ってきたら、アベルが身を挺して守ってくれるはずです」

「いや、守るが……リョウが守ってもいいんだぞ?」

「魔法使いよりも動き出しが遅い剣士とか、存在価値ありますかね?」

「なんてことを言いやがる……。だいたい、リョウが魔法使いとか、詐欺(さぎ)だろうが」

「失敬な! アベルみたいな、やるやる詐欺と一緒にしないでいただきたい!」

「なんだそれは……」


二人の言い合い……もとい、じゃれ合いを見て、イリアジャ姫は微笑んだ。

指の震えは、完全に止まったようだ。


「お二人とも、ありがとうございます」

そう言うと、姫は両腕を胸の前で交差して、王族に()()()最敬礼で頭を下げた。


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