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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
499/915

0458 やってきたのは

「地下大浴場も凄かったです」

「確かにな。憧れの宿というのも、分からんではないな」

涼とアベルが、『蒼玉亭ワンニャ』の驚くべき一面を体験した。


二人がいるのは、『蒼玉亭ワンニャ』のカフェだ。

『カフェ・ブルー』というらしく、宿に泊まっていない人でも利用できる。

ただし、かなりお値段が高いようで、利用している人は、見るからにお金持ち……。


「ここ……僕たちは、飲み食い自由なんですよね」

「ああ。蒼玉商会は凄いな」

涼がその厚遇に震え、アベルが蒼玉商会の太っ腹さに驚く。


そして、二人の前には、当然のように蒼玉亭特製ブレンドコーヒーが。


その完璧な香りをかぎ。

その類稀(たぐいまれ)な滑らかさを楽しみ。

その全てを飲み込む……。


「ほぅ……」

異口同音に、二人の口から漏れる満足の吐息。


それは、コーヒーが至る事のできる頂点の一つではないかとすら、感じさせる。

それ程の完成度。



二人が座るのは、窓際の席。

窓の先には、ワンニャ第二中央広場がある。


涼は、ふと窓の外を見た。


中央広場の端の方にある宿に、かなり厳重な警備が敷かれている。

昨日は、そんなことはなかったはずなので、何かあったのだろうか。


涼のそんな姿を見て、アベルも涼の視線を追った。


「ああ、あれは『平和の海亭』という宿らしいぞ」

アベルが、厳重な警備が置かれた宿を見て言う。


「なんで、アベルがそんな事を知っているんですか?」

「さっき大浴場で、他の客が話していたのが聞こえたんだ。何か、他の国の偉い人が突然来たとかで、宿を政府が借り上げたらしい」

「それ……どこかで聞いた気が」

「マニャミャの街でもあったろう」

「そうでした! イリアジャ姫の宿を借り上げたんでしたね。まさか、またスージェー王国からの人とか……」

「さあてな」

涼が適当推測を述べ、アベルが適当受け流しを発動する。



涼の、本当に適当な推測が当たった、珍しい例であった……。



「凄い船だな、あれは」

「商港に停泊した、あれだろ? 『平和の海亭』に入った奴が乗ってきた船らしいぞ」

「何? じゃあどっかの国のお偉いさんか? 国が作ったにしては攻め過ぎだろう、あの外観は」

「俺に言われても……」


涼とアベルが広場の景色を楽しみながらコーヒーを飲んでいると、一つはなれたテーブルからそんな会話が聞こえてくる。

元々は、会議所の売上がどうこうとか、入会金があれでとか、そんな話をしていた三人であったが、いつの間にか、商港に停泊した船の話題に流れたのだ。


着ている服は立派だが、元々海の男なのだろう。

珍しい船の話題で盛り上がっている。



当然それは、二人の興味を引いた。


「アベル、攻め過ぎな船があるらしいですよ」

「らしいな。何だよ、攻め過ぎな船って……」

「国では作らないような攻め過ぎな船……気になります」

「バシュティーク号は、でかい船ではあったが、攻め過ぎな外観ではなかったしな……」

涼もアベルも、攻め過ぎな船なるものが気になった。


海の男たちから見ても攻め過ぎな船とは、いったい……。

二人は、攻め過ぎな船を見に席を立つのであった。




商港にできた人だかりを抜け、涼とアベルはそれを見た。



「アベル……僕は、夢を見ているようです」

「リョウ……奇遇だな、俺も幻を見ていると思う」


二人が見た船は……。


「レインシューター号に見えます……」

「ああ、俺にもそう見える」


そう、そこに停泊していたのは、かつてナイトレイ王国ウィットナッシュで建造された、船の革命とすら言われたレインシューター号。


それは、トリマラン、つまり三胴船であり、他の船とは一線を画す驚くほど優美な船。

帆も櫂も、もちろんスクリューもない……喫水下は水属性魔法、水上は風属性魔法というハイブリッド航法。



「レインシューター号は、一年前になくなった。アベルはそう言いました」

「ああ、言ったな。『魂の響』を通して、言ったな」

「あの時、アベルは、何て言いましたっけ?」

「一年前に、海洋調査のためにウィットナッシュを出航し、それ以来、帰ってきていない……とか言った気がする」

涼もアベルも、会話しながらも、視線はその船に向いたままだ。


「ナイトレイ王国からこの多島海地域まで……船が……?」

「分からん。過去の王国海洋庁の海洋調査記録によると、ウィットナッシュより東、あるいは南東の方角に航行するのは困難となっていた」

「まさか、それなのに海洋調査を強行した?」


王国の大きな港町は、ウィットナッシュくらいである。

いくつかの小さな漁村と呼ばれる規模の村は点在しているが、とてもレインシュータークラスの船が接岸する事などできない。


「海洋庁からの報告で、強力な海の魔物除けが完成したとあったんだ。実験でも、かなりの成果を出したと。それを積んで、海洋調査を行いたいと……」

「そして、レインシューター号は帰ってこなかった……」

「ああ」


涼もアベルも、顔をしかめている。


涼は、三千七百億フロリンの建造費を思って。

アベルは、その時の自分の判断の甘さを悔やんで。



「も、もしかしたら、レインシューター号の同型船とか、他船の空似とかいう可能性も……」

「あんな特徴的な船にか?」

「……ないですね、やっぱり」


船というのは、外観から真似て同じようなものを造ろうとしても、たいてい上手くいかない。

見えない部分にこそ、設計士や造船技師の技術が込められているのだ。

それは、そこを疎かにすると、致命的な問題を抱えた船になってしまう箇所……。


「やはり一番現実的な解釈は……」

「何らかの方法でレインシューター号が、この多島海地域にまで来た」

涼もアベルも、視線の先にある攻め過ぎな船は、レインシューター号そのものであるという結論に達した。



「あれ……返してもらうこととか……」

「まず、無理だろうな」

涼が提案し、アベルが小さく首を振る。


仮に、レインシューター号そのものであることが証明されたとしても、ナイトレイ王国に返せという要求は通るまい。

しかも、有象無象が使っているのではない。

国一つを支配下に置いた権力者が、隣国に乗りつけているのだ。


「返してください」「いいですよ」が通るわけがない。

場合によっては、権威への挑戦とすら思われるだろう。



だが、それでも……。



「レインシューター号が幸せなら、それでいいです」

「よく意味が分からんが……」

涼は、生まれ故郷から遠く離れ、誰とも分からない者たちに動かされているレインシューター号の気持ちを思いやって言う。

もちろんアベルには、全く意味が分からない。


「レインシューター号には、幸せになる権利があります」

「お、おう……?」

「ちょっと持ち主と話してきます」

「は?」

「持ち主が善い人ならいいです。でも、悪い人だったら、僕が連れ去ります」

「うん、外交問題に発展するからやめろ」

「アベル、止めないでください!」

「いや、止めるだろ!」

涼が決意に満ちた表情で宣言し、アベルが止める。


言うまでもないが、涼がレインシューター号を連れ去る権利は全くない。

一万歩譲って、ナイトレイ王国国王アベルなら……レインシューター号の元々の所属はナイトレイ王国なので、権利を主張するのは分からないではないが……。


「俺ですら、今さら返せとは言えんわ」

アベルは、首を振りながらそう呟いた。



二人は、第二中央広場に戻ってきた。

そこには、二人が宿泊している『蒼玉亭ワンニャ』があるが、目的はそこではない。


『平和の海亭』

レインシューター号に乗ってきた、外国のお偉いさんが泊まっているらしいお宿。

コマキュタ藩王国が借り上げ、宿の前には、王国の守備兵らしき人たちが立っている。


「なあ、リョウ……」

「分かっています。もちろん無理に押し入ったりはしません」

アベルが心配そうに言い、涼が皆まで言うなと大きく頷く。


「くれぐれも、俺らが世話になっている蒼玉商会に迷惑を……」

「分かっていますから。アベルは、僕を信じられないのですか?」

「ああ、全く信じられない」

「なんたる言い草……」



涼は、にこやかな笑顔を浮かべて、『平和の海亭』の前に立つ守備兵に近づいた。

「あの~、すいません」

「何だ? ここは外交使節団が宿泊している。民間人は近づくな」

「はい、承知しております。港に泊まっているレインシューター号で来られた方ですよね」

「……船の名前は知らんが、そうだ」

「どちらの国のどなたなのかを知りたいのですが……。それも、教えてもらうことはできませんか?」


涼は、笑顔を浮かべて、高圧的にならないように、柔らかく問う。

こういう場合、相手が答えてくれるかどうかは、質問の仕方次第なのだ。


ニコニコ笑い、丁寧な言葉遣いの人間を、いきなりどなりつける……よほど変な人でない限りそんなことはできない。

常識的に考えて、よほど変な人を、外交使節団の守備兵として配置したりはしない。

守備兵が外交問題を引き起こしたら、目もあてられないであろう?


もちろん、答えてはならない質問であれば……どうやっても答えてはくれない。


「それは……答えることはできん」

守備兵のお兄さんも、つっけんどんではなく、答えてはならないと上から言われているので答えられない……そんな表情だ。

こういう場合は、いくら押しても無理。


「そうですか。承知いたしました。ただ、その、どこの国からかだけでも……というか、お隣のスージェー王国とかじゃないですか?」

涼は、さらに問う。

それも、明確に答えなくともいいように。

ちょっと頷くだけでいいように。


守備兵のお兄さんは、周りをチラリと見てから、小さく頷いた。


「なるほど! ありがとうございました」

涼は余計な事は言わず、丁寧にお礼を言ってその場を去った。



アベルと合流する。


「スージェー王国のお偉いさんらしいです」

「なるほど。イリアジャ姫の件か……それとも、襲撃艦隊の停戦交渉の先触れか」

「あるいは両方か……」

「両方なら、大物だろうな。難しい交渉になるのは目に見えているから、かなりの権限を与えられないと話にならんだろうし」

「そんな大物だと、僕らじゃ会ってもらえません……」


涼は顔をしかめて言う。

本気で、レインシューター号の現在の持ち主と話をしようと考えているらしい。


いったいどこから湧いてくる情熱なのか。

アベルには全く理解できないために、小さく首を振っている。


とはいえ、他の人に迷惑が掛からない範囲でなら、涼の気持ちをすっきりさせてやるのにやぶさかではない。


「スージェー王国からやってきたのが誰か、蒼玉商会で聞いてみたらどうだ? かなり大きな商会みたいだから、王宮の情報を集める手段も持っているだろう」

「なるほど! 間諜を仕込んでいるのですね。官吏なんて安月給でしょうから、お金をちらつかせれば簡単に情報を渡すでしょうしね。もしかしたら、大臣の幾人かもすでにお金で懐柔を……」

「リョウの言い方だと、悪徳商人だよな……」

「アベル、失礼な言い方をしないでください。正しい判断を下すためには、正しい情報が必要です。正しい情報を手に入れるために、あらゆる手段を尽くすのは当然の事です。お金なんかのために情報を売り渡す官吏が悪いのです」


涼の飛躍論理に小さく首を振るアベル。

国を統べる国王としては、国家中枢の情報が簡単に流出するのは大変困る。


「……金を、官吏に渡すこと自体が法で禁じられていれば?」

「それは仕方ありません。別の方法になりますね。奥さんに船を贈ったり、娘さんに高級人形を贈ったり……」

「お、おう……。多分そういうのは、全部、贈収賄(ぞうしゅうわい)で捕まると思う……」

「国によってはそうかもしれません。ナイトレイ王国がどうなのかは知りませんが」

「王国も……官吏や大臣は、そういうのがあったはずだ」

「くっ……さすが王国ですね。すでに手を打っていたとは!」

「きっと昔、リョウみたいなのが情報を盗んでいったんだろうな」

「まあ、国家中枢の情報を手に入れる手段なんて、古今東西、官吏をお金か異性で篭絡(ろうらく)するか、官吏の家族を傷つけるぞと脅して従わせるかくらいですからね。そんなことにならないように、ちゃんと官吏たちを守ってやってくださいね!」

「そ、そうだな……」


なぜか、筆頭公爵が国王に注文を付ける形になり……。


二人は、すぐに蒼玉商会ワンニャ支店に到着した。

商港のすぐそばである。



「いらっしゃいませ。アベル様とリョウ様ですね。本日は何か?」

最初に二人に気付いた店員が、そんなことを聞いてくる。

二人が名乗りもしないのに、誰なのか分かっているということは、情報共有が、ワンニャ支店内でもしっかりされているわけだ。


こういうお店は、伸びる。

株を持っていれば、ずっとキープしておきたいような……。


「すいません、支店長さんかバンソクスさんにお会いしたいのですが……」

「申し訳ありません。支店長はただいま外出中です。護衛隊長は、二階の護衛隊控室にいらっしゃいます。どうぞ、こちらへ」

涼の問いに、すらすらと答えた店員は、先に立って二人を案内してくれた。



ノックの音が響く。

「どうぞ」

中から声が聞こえ、案内した店員が扉を開けて言った。

「アベル様とリョウ様がお見えになられました」

「ん? おう、二人ともよく来てくれたな。今日はどうした? 『蒼玉亭ワンニャ』で何か不満が?」

何か読んでいたバンソクスが立ち上がって、二人を迎え入れた。


「いや、『蒼玉亭ワンニャ』に不満はない」

「ええ、全くありません。とても素晴らしいお宿です」

アベルも涼も、『蒼玉亭ワンニャ』にはとても満足していたので、はっきりとそう答える。


それを聞いて、バンソクスは嬉しそうに頷いた。

自分が直接その運営に関わっていなくとも、グループ企業が褒められれば嬉しいものだ。

それも、自信をもって恩人たちに宿泊を勧めた宿なのだし。



涼とアベルは、勧められたソファーに座り、用件を切り出した。

「『平和の海亭』に泊まっている、スージェー王国からの人物が誰なのかを知りたくてな」

「ああ、話題になっているな。すげー船でやってきたから」

アベルが尋ね、バンソクスは笑いながら答える。


そして、言葉を続けた。

「『平和の海亭』の客人については、王宮内ではよく知られている。例の、護国卿だそうだ」

「カブイ・ソマルか?」

その答えに、アベルも涼も驚いた。



艦隊戦を戦ったばかりの相手国に、国のトップ自らが乗り込む。



「なんて大胆な」

思わず涼が言い、バンソクスも同意して頷く。

「とんでもないよな。国内外から、命を狙われていてもおかしくない立場だ。国内からは旧王家を支持する勢力、国外からはスージェー王国の混乱に介入しようとしている国家。どちらも、カブイ・ソマルを殺したいだろう」

「もちろん、それなりの自衛手段や、もしもの代替計画も準備しているんだろうが……」

「護国卿自らが乗り込む必要があると判断したんですよね。それだけ重要だと」


バンソクスが推測し、アベルもバックアッププランの存在を指摘し、涼もその行動理由を考える。


「重要なのは、艦隊戦の後始末じゃないよな」

「やっぱりイリアジャ姫の方でしょうね。まあ、艦隊戦で勝利して、イリアジャ姫を手に入れる事ができれば、それでよかったのでしょうけど」

「ああ」

「どこかの剣士が邪魔をしたおかげで敗北。護国卿自身が最前線に出てくる羽目になったということですね。これで護国卿が暗殺でもされたら、全てはアベルの責任……」

「なんでだよ! そもそも、敵旗艦に氷の橋を架けて突撃させたの、リョウだろ。俺じゃなくて、全てはリョウの責任だ」

「責任転嫁は美しくないですよ」

「そっくりそのまま返してやるよ!」


魔法使いと剣士の熾烈な争い……。

いつの時代になっても、変わらない構図。


それは、世界平和の難しさの縮図とすら言えるのかもしれない……。


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『水属性の魔法使い』第三部 第1巻表紙  2025年3月19日(水)発売! html>
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