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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0457 会議は進まず

マニャミャの数倍の広さの港に、バシュテーク号は接岸した。


「ここにある船って、商船じゃないですよね」

「そうだな。移送艦隊の護衛艦と同型艦もあるな。ここは軍港だろう」

涼とアベルは、船べりから身を乗り出すようにして港を見て、そんなことを話している。


どうも、移送艦隊が入ったのは、都ワンニャの軍港らしい。


「軍港でこの広さというのは凄いな」

ナイトレイ王国の軍港を知っているアベルは、素直に驚いた。


「アベル、我がナイトレイ王国も、海軍力を強化すべきです!」

(やぶ)から(ぼう)になんだ?」

「超強力艦隊を編成して、七つの海を支配するのです!」

「王国の場合、海軍の敵は海賊か……あるいは、海の魔物だぞ? 今の戦力で十分だな」

「なんと夢の無い……」

アベルが突きつける現実に、気を落とす涼。


「だが、そうだな……いずれは、海軍力の強化も必要になるかもしれん」

「え?」

「リョウたちが頑張ったんだろう。西方諸国、法国との海路調査。陸路での西方諸国との交易は無理だが、海の魔物にさえ遭遇しなければ……そんな魔物除けや魔法式が開発されれば、海路で西方諸国と結ばれるかもしれんだろう。そうなったら、遠洋まで出ていける護衛艦隊が必要になるかもしれんな」

「おぉ!」

アベルの思考に、喜ぶ涼。


そう、国政を(つかさど)る者は、二十年、三十年どころか、五十年先まで見越して、政策を執り行わねばならないのだ。

だが実際は、国家百年の大計……それを意識している官僚が、どれほどいるか……。



二人は、しばらくすると船から降りて、見送りの列に並んだ。

誰の見送りの列か?

それは、当然……。


「おぉ……」

「美しい……」

「姫様……」

「王女様、万歳!」


イリアジャ姫が、移送艦隊の船乗りや海兵隊に見送られて船から降りてきた。

彼女に付き従って、スージェー王国から亡命し、この先もついていく者たちは、すでに岸におり、彼女が乗る馬車の後ろに並んでいる。



イリアジャ姫は船を降りると、ダオ船長とバンソクスに挨拶した。

「ダオ船長、快適な船旅でした。これからも、船長とその船に、良き風が吹かんことを」

「姫様、もったいなきお言葉……」

「バンソクス隊長、お守りいただき感謝しております。蒼玉商会が、栄光に包まれんことを」

「王女様、ありがとうございます。困った時はいつでも蒼玉商会を使ってください。この都にも店はあるので」

ダオ船長もバンソクスも、笑顔で答えた。


船乗りは、人を送り出す時、涙を見せずに笑顔で送り出す慣習があるらしい。


イリアジャ姫は、二人に挨拶すると、アベルと涼のところにも来た。


「アベルさん、人は、王の言葉に従うのではない。王の姿に従うのだ。ついてきて欲しいのであれば、民や兵に支持される姿を見せ続けなければならない……心に響きました」

「いや、姫。あなたは、俺に言われるまでもなく、その事を理解している。変わらず、今まで通りで大丈夫だ」

「リョウさん、守ってくださり、ありがとうございました……」

「いえいえ、たいしたことないですから」


イリアジャ姫は、だが何か言いたげに逡巡(しゅんじゅん)し……数瞬後、ついに口を開いた。


「その……これから先、正直私はどうなるか分かりませんが……また、お二人とお話しすることは可能でしょうか?」

「蒼玉商会のつてで大陸に渡る予定ではあるが、すぐには無理だと聞いている。だから……しばらくは、この都にいるだろう」

「そうですね。蒼玉商会に連絡を取ってもらえば、多分僕らに繋がると思いますよ」

イリアジャ姫の問いに、アベルも涼も肯定的な答えを返す。


「……会って、いただけるのでしょうか? 戻るべき国を失った王女に」

「そんなのは気にするな。俺らは中央諸国の人間だ」

「そうそう。アベルが無理でも、僕が会いに行きますから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

イリアジャ姫はそう言うと、両手を胸の前で交差させて、頭を下げた。


それは、多島海地域において、王族同士の挨拶の際に、女性王族がとる最敬礼。


もちろん、アベルも涼も、その場にいるほとんどの者が、そんなことは知らないが……。



イリアジャ姫は藩王国政府が用意した馬車に乗り込む。

そして、王宮へと向かうのだった。




「アベルさん、リョウさん」

二人に呼び掛けたのは、蒼玉商会護衛隊長バンソクス。隣には、ダオ船長もいる。

バンソクスは、蒼玉商会商会長バンデルシュの次男だ。


「依頼は無事完了。報酬の支払いは、蒼玉商会ワンニャ支店で行うから、ついてきてくれ」

「おぉ」

バンソクスの言葉に、嬉しそうに思わず声をあげる涼。

アベルも、もちろん嬉しそうに微笑んでいる。


「うちの船員たちが、一人も欠けることなくたどり着けたのは二人のおかげだ。感謝する」

そう言うと、ダオ船長は、深々と頭を下げた。


「ああ、いえいえ、船長、頭をあげてください」

「船員たちが適切な動きをしたからこそだ。普段から鍛えてあるその結果だろう」

涼が恐縮し、アベルが論評した。



そんなこんなで、四人は歩き出した。

船長も、手続きがあるために蒼玉商会に行くらしい。


「ワンニャは、この軍港と商港に分かれているが、場所はすぐ隣同士なんだ。うちのバシュテークも、手続きが済んだら商港の方に回すことになる」

「船長がいなくても大丈夫なんですか?」

涼が言うと、ダオ船長は笑いながら答えた。

「それくらいは大丈夫だ。どちらの港も、かなり広い作りだからな」



そして、ダオ船長が言う通り、四人はすぐに商港に着いた。

蒼玉商会ワンニャ支店は、港に面した場所にあった。

周りの商会と比べても、かなり大きい。

人の出入りも多く、繁盛しているようだ。


バンソクスとダオ船長が並んで正面から入っていく。

アベルと涼がそれについていった。



「バンソクス隊長、ダオ船長、おかえりなさい」

商会員たちが挨拶をする。

「おう、ただいま。バントンはいるか?」

「支店長は奥においでです」

バンソクスの問いに、商会員が答える。


それを聞いてバンソクスは一つ頷き、奥に進む。

三人もそれについていった。



『支店長室』のラベルが張ってあるドアをバンソクスがノックする。

「どうぞ」

若い声が答えた。


バンソクス、ダオ船長、アベルと涼の順番で入る。


「バンソクス兄さん! ダオ船長も、おかえりなさい」

「おお、バントン支店長。いいな、支店長の椅子が馴染(なじ)んできたな」

「兄さん……支店長はやめてください。部下がいるところならともかく……あ、そちらは、アベルさんとリョウさんですね。本店からの連絡で聞いています。この度は、困難な護衛依頼を引き受けていただき、ありがとうございました」

バントン支店長と呼ばれた青年は、そう言うと、深々と頭を下げた。

まだ、二十歳を少し過ぎたくらいだろうが、若々しく人懐っこい印象を受ける。


「まだ若く見えるだろうが、かなりのやり手なんだぜ。俺と違って、兄貴やバントンは、商人向きなんだ」

「兄さん……」

「なんだ、卑下(ひげ)したわけじゃないぞ。俺は俺、お前はお前というだけだ」

バンソクス隊長はそう言うと、豪快に笑った。

確かにこんな笑う姿を見ると、商人よりも護衛隊長などの方が向いている気がする……。



そして、涼とアベルは、報酬をもらう。


「商会の船員と護衛隊に死者が出ず、さらに、王女様が都に到着したので、完全成功となります」

バントン支店長はそう言うと、倍額となっていた一人当たり金貨三百枚の報酬をテーブルに置いた。


まさに、ズシリという擬音がぴったりな重量感を、見ているだけで感じる。


「これは……」

「持って移動するのは結構大変?」

アベルが絶句し、涼が呟く。


「当商会の方でお預かりしておくことは可能です。お二人が大陸に渡るまで、当商会が支援することになっております。もちろん、宿の方も準備させていただきますし、宿内での食事やサービスは全て自由にお使いいただいて構いません。お代はいただきません。ですので、朝、必要な金額をお持ちいただいて街に出る……そんな使い方をしていただくのが現実的かと思いますが」

「確かに、それがいいかもな」

「オールインクルーシブ……」

バントン支店長が提案し、アベルが頷き、涼が現代地球の知識から呟いた。



「大陸に渡るまでに時間がかかるとは聞いているのだが、実際どれくらいかかりそうなんだ?」

アベルは問うた。

この都での滞在も、蒼玉商会がかなり負担してくれるようだが、それでも見通しはもっておきたい。


「はい、それについてもお伝えしておかねばならない事があります。このコマキュタ藩王国は、大陸南端ゲギッシュ・ルー連邦と取引があるのですが……」

バントン支店長はそこで言葉を一度区切った。

少し顔をしかめている。


一息入れて、言葉を続けた。

「ゲギッシュ・ルー連邦内で、内戦が発生しました」

「内戦……」

涼が呟く。


「その可能性があるという情報は一カ月前に得ていました。そのために、すぐには渡れないと父はお伝えしていたようですが……懸念が現実に」

「それは、大規模なものなのか?」

「今のところは、それほどでもありません。もうしばらく、状況を注視して、交易の再開をどうするか考える事になります。それに合わせて、お二人を大陸にお送りすることに……」

「なるほど。承知した」

バントン支店長の説明に、アベルは一つ頷いて了解した。


「あっちではクーデター、そっちでは内戦……世界平和は遠いです」

涼の呟きが聞こえたアベルは、苦笑するしかなかった。


本当に……平和は貴重なものらしい。




コマキュタ藩王国王宮。

その藩王会議室では、御前会議が開かれていた。

中心議題は、『イリアジャ姫の処遇(しょぐう)をどうするか』


そう、実は、事ここに至っても、姫の処遇をどうするかは、決まっていなかったのだ。


もちろん、一度は決まったのだ。

スージェー王国新政府からの引き渡し要求に対して、藩王国は断った。


「藩王国政府は亡命者として受け入れたため、都で審問を行う必要があるので、即時の引き渡しは不可能」

そう回答した。


すでにその時点で『亡命者として受け入れたため』と言っている通り、一度は処遇も決定していた。

いずれは、王家の誰かと結婚させて、生まれた子を押し立てて、十数年後にでもスージェー王国に、『正当な王位継承者』として介入することも可……そんな謀略さえ出ていた。



そんな中……移送艦隊が襲撃された。



それも、襲撃艦隊の規模を聞くと、かなり大規模。

しかも、その指揮官は、ロックデイ提督だったと。


スージェー王国中央海軍のロックデイ提督といえば、勝率九割とすら言われる用兵に秀でた男で、極めて優秀な提督として知られている。

間違いなく、第一海軍卿カブイ・ソマルが最も信頼する提督の一人だ。



なんとか勝利し、しかもロックデイ提督以下、十隻を超える艦を拿捕(だほ)した……それは喜ばしい。

喜ばしいのだが、問題はそこではない。


そんな大物が、強力な艦隊を率いて移送艦隊を襲った。

全面戦争になる可能性があるにもかかわらずだ。


つまり、護国卿となったカブイ・ソマルが、そこまで本気で、イリアジャ姫の身柄を求めているということでもある。



コマキュタ藩王国は隣国であることもあり、第一海軍卿としてスージェー王国海軍を率いていたカブイ・ソマルの優秀さは知っている。

痛いほど知っている。


そんな人物が、国のトップになってしまった今……これまで以上に、厄介な敵になり、これまではっきりいって隙もあったスージェー王国そのものも、以前よりも強力になるであろうと推測している。



そのため、結局、会議は進まなかった……。




ドスナジは、コマキュタ藩王国外務省の第五次官だ。

四十二歳、同期の中では出世頭で、四十代前半での次官着任は十年ぶり。

巨大な外務省の中でも、席次十位という高級官僚であり、間違いなく幹部である。


だが、この御前会議の中では、末席中の末席。

それも仕方あるまい。

国主たる藩王を筆頭に、提督や将軍、そして各省の大臣と第一次官ばかりが集う……それが御前会議だからだ。

外務省第五次官たる彼がいるのは、スージェー王国南部を担当しているからに他ならない。

つまり、イリアジャ姫が籠もって戦ったスージェー王国タマコ州をだ。


タマコ州での抵抗は、非常に不思議なものであった。


タマコ州自体の士気は非常に高かった。

国民人気の高いイリアジャ姫ということもあり、彼女を守り奉ると、州民全体が立ち上がったかのようであった。


だが、それに対して、反乱勢力の動きは(にぶ)かった。

それまでの、王国の九割を電撃的に制圧した動きに比べ、驚くほどの鈍さ。

間違いなく、都で、あるいは中心人物であった第一海軍卿カブイ・ソマル自身に、何かが起きたのだと推測できた。


そのため、ドスナジ第五次官は、スージェー王国中央部を管轄する第三次官に問うたのだ。

何か異常が起きているのではないかと。


だが、返ってきた答えは冷たいものであった。

「自分の仕事だけしていろ。他人の仕事に口を出すな」


そんな事は分かっている!

誰も、好きで口を出しているんじゃない!

この問題が、藩王国全体が採るべき行動に関わってくるからこそ、言っているのだ!


それなのに……。



「はぁ……」

ドスナジは、小さく、本当に小さくため息をついた。

一事が万事、こうであった。


中央省庁の幹部になって理解した。

国のために、民のために動いている官僚の、何と少ない事か。

それも、地位が高くなれば高くなるほど、その割合は減っていく。

それは、彼がいる外務省だけではない。

全ての省庁でそうだと言える……。


誰だって、入省した時は、国のため、あるいは民のために良い国をつくる……そんな希望と情熱に満ちていたはずなのだ。

だが、時が経ち、地位が上がるにしたがって、それらが無くなっていく。


実際に外に出て、民たちとふれあう時間が少なくなるから。


ドスナジのある先輩が、以前そう言っていたことがある。

確かに、それは大きな理由の一つな気がする。


誰のためにしていることか。


それは、どんな仕事であっても、いつも振り返って確認すべき事なのだ。

それを怠ると、手を抜きはじめる。

手を抜けば、いい仕事などできるはずがない。

いい仕事ができなければ、やる気も削がれてくる。

やる気が失われれば、さらに手を抜く……。



一度足を踏み外すと、あとは真っ逆さま。



ドスナジは、小さく首を振って、この場にふさわしくない思考を追い払った。


そして、会議の内容に集中する。

集中したが……。


さきほどから、何も進んでいなかった。

それを理解して、ドスナジが何度目かのため息をついた時、会議室の扉が開かれ、藩王付き侍従長(じじゅうちょう)が入ってきた。

だが、その様子は、いつものように落ち着いてはおらず、ドスナジの位置からでも、何か焦っているのが見て取れる。


侍従長が差し出す紙を読み、藩王が思わず立ち上がりそうになる。


何事かと、固唾(かたず)をのんで見守る会議参加者たち。


藩王が、受け取った紙を傍らの首相に渡す。

一読した首相。

「これは……」

思わず呟いた。


さすがに、ここまで待たされれば、イラつく者も出てくる。


「首相、何が書いてある?」

そう言ったのは、グス提督だ。



「ええ……。今、このワンニャに、スージェー王国第一海軍卿、いえ護国卿カブイ・ソマルが到着し、陛下への謁見(えっけん)を願い出ているとの事です」

首相が、そう言った直後は、誰も言葉を発しなかった。

沈黙が辺りを満たし……。


三秒後。


「馬鹿な!」

「なんだそれは!」

「本物なのか?」

「さすがにプレートで確認したでしょう」

「イリアジャ姫に続いて、今度は第一海軍卿か」

「いや、護国卿です」

「どっちでもいいわ!」


だが、飛び交う全ての言葉は、おそらく次の言葉に集約されるのだ。

すなわち……。


「どういうつもりなんだ……」



それは、誰しもが求める答えであり、ここにいる誰も出す事ができない答えでもあった。




一時間後。

王宮、謁見の間。

「スージェー王国護国卿、カブイ・ソマル殿」

その声に合わせて、扉が開き、一人の男がマントを(ひるがえ)して入ってきた。


威風堂々(いふうどうどう)


その言葉が、これほど当てはまる男も、そう多くはあるまい。


身長180センチほど。

三十代半ば、黒というより茶色に近い髪、褐色(かっしょく)の肌、その褐色の中だと薄いブルーの瞳は驚くほど目立つ。

顔貌そのものは、非常に整っており、スージェー王国旧政府の時代にも、貴婦人たちの人気は誰よりも高かった。

だが、右頬に薄い刀傷があるのが示す通り、戦場を渡り歩いてきた男だ。


両拳を握り、胸の前で交差させるスージェー王国での、男性の最敬礼をとり、護国卿カブイ・ソマルは、片膝をついた。

そして、藩王が口を開くのを待つ。


この場で、最初に口を開くことが許されるのは、最上位者たるコマキュタ藩王だ。

そのため、居並ぶ廷臣たちも首を垂れ、言葉を待った。



だが、十秒経ち、二十秒経ち、三十秒が経っても、言葉が聞こえてこない。



廷臣たちが、少しだけ頭をあげて、ちらりと藩王を見る。

藩王は、階の上から片膝をついているカブイ・ソマルを見たまま……。


さすがに、このままではまずいと思ったのだろう。

藩王の斜め後ろに立つ侍従長が耳元で小さく囁く。

「陛下、お言葉を」


それによって、ようやく藩王は目が覚めたかのようであった。


「スージェー王国よりの来訪、大儀(たいぎ)

「恐れいります」

藩王の言葉に、カブイ・ソマルは答える。


これによって、ようやく、他の者が話すことができるようになった。


まずは、首相だ。

「護国卿カブイ・ソマル閣下。わざわざ閣下がいらっしゃった理由をお聞かせいただきたい」

「もちろんにございます、首相閣下」

首相の問いに、カブイ・ソマルは立ち上がって答えた。


「先般、両国艦隊において不幸な武力衝突が発生いたしました。一つはその処理。そして、もう一つは……」

ここで、あえてカブイ・ソマルは一度言葉を切った。


そして、一息ついてから言葉を続ける。

「我がスージェー王国の、イリアジャ姫の身柄を引き受けるため」


それは、当然予想された答え。

予想された答えではあったが、わざわざ相手国の王宮に来て、しかも国のトップが王宮に来て、藩王と廷臣たち全員に向かって言うのは……。


「無礼な!」

最初に、その言葉を発したのはグス提督であった。

海軍きってのタカ派。

対スージェー王国主戦論者。


「藩王陛下謁見の場で言う言葉ではあるまい! 場をわきまえよ!」

「これは失礼いたしました、グス提督。とはいえ、首相閣下に、何のために来たのかと問われたのでお答えしたまで。密室での会談がお望みであれば、別の場所に移りますが?」

「貴様……」

カブイ・ソマルの丁寧な答えに、顔を真っ赤にして怒るグス提督。


この二人は、何度も海戦で戦ってきている。

ある種、ライバルといってもいいだろう。

もっとも戦績は……カブイ・ソマルのほぼ全勝であるが。



「イリアジャ姫の件については、まだお答えしかねます」

「ほぉ……」

首相の答えに、少しだけ首を傾げて答えるカブイ・ソマル。


それは、実はカブイ・ソマルにしても、意外な答えであった。

断固として拒否されると思っていたからだ。

(これは……交渉次第で片が付くか?)

そう、思い始めていた。


どう転んでもいいように、準備はしてある。

だが、武力行使なしで解決できるのであれば、それが一番いいのは確かだ。


「では、不幸な武力衝突について話し合いを進め、その間に、姫の処遇も藩王国の方で決めていただけると理解してよろしいでしょうか」

「ええ、そう受け取ってもらって構いません」

カブイ・ソマルが確認し、首相が頷いた。



その後、王宮に近い『平和の海亭』が藩王国政府によって借り上げられ、スージェー王国海軍卿カブイ・ソマルら一行が投宿することとなった。




涼とアベルの宿として準備された『蒼玉亭ワンニャ』

名前から推測できる通り、蒼玉商会が都ワンニャで経営する宿である。

『蒼玉亭ワンニャ』は、ワンニャの街にある第二中央広場に面しており、石造り五階建ての、非常に瀟洒(しょうしゃ)な宿だ。

コマキュタ藩王国の民にとって憧れの宿であり、泊まってみたい宿としても名高いらしい。


マニャミャの本館に比べて非常に大きく、様々な設備や施設も充実している。


「アベル、見ましたか、部屋の露天風呂。すごく香りのいい木製の湯舟ですよ」

「リョウは風呂が好きだよな……」

「当然です。風呂に生き、風呂に死す。僕の墓標には、そう彫ってもらうつもりです」

「そ、そうなのか……」


だが、彼らは更なる驚きを知ることになる。

従業員の次の一言によって。


「地下には大浴場もございます」

「なんですと!」


『蒼玉亭ワンニャ』は、まだその底を見せていなかった。


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