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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0456 政治とは

ロックデイ提督は、船倉に戻された。

捕虜であるため、涼たちのように、好きなだけ上甲板で過ごしたりはできないようだ。


捕虜の収容場所は、第二甲板でも第三甲板でもなく、船倉……。

どこの世界でも、あまり変わらないらしい。



涼とアベルは、氷のテーブルで本を読んでいる。


涼が読んでいるのは、マニャミャの街で購入した三冊のうちの一冊。

涼は、アベルをチラリと見る。

アベルは、ルンの街にいた頃から読書家だ。

それは確かなのだが……。


アベルが読んでいる本……それは、いったいどこからやってきたのか?


ご存じの通り、アベルは一文無し。

そして、本は決して安いものではない。


簡単には手に入らないはず。

であるならば、いったいどうやって……。



もちろん、涼には思い当たる節があった。

(きっと、いたいけな船員を脅し、無辜(むこ)の民を犠牲にして巻き上げたに違いありません! 悪逆非道、暴虐無道な剣士らしいですね!)


「リョウ、今、何か変な事を考えなかったか?」

本から顔を上げず、感情も込めない声で問いかけられ、涼は驚いた。


もちろん、全力で否定する。


「な、何を言っているのですかね、アベル。誰も、善良な船員から巻き上げた本を読んでいる悪逆非道の剣士とか思っていませんから! 何の根拠もなく、真面目で優しい魔法使いを疑うのは感心しませんね」

「やっぱりいらんことを考えていたか……」

アベルは、小さく首を振る。


「この本は、ダオ船長から借りた本だ」

「ダオ船長?」

ダオ船長は、二人が乗っている、このバシュテーク号の女船長だ。

先の戦闘では、二本の大きめのナイフで、先陣切って戦っていた。

かなりの使い手であったのを、涼は記憶している。


涼は、アベルが読んでいる本の表紙を見た。


「『船上でのナイフ戦』……なんというか、直球タイトルです」

「俺が戦ったモンラシューは、ナイフというには長いが、剣というには短い直剣を操っていた。だがこれを読むと、あの男の技もナイフでの戦闘から派生したものだと理解できる」


アベルは、戦闘で疑問に思った箇所を解決しようとしたらしい。

そういう部分は、涼が素直に凄いと思うところだ。

まだ記憶が鮮明なうちに、疑問点を曖昧(あいまい)なままにしておかないのはさすがだなと思う。


「アベル、偉いですね!」

「お、おう」

涼は素直に称賛し、アベルはちょっと照れた。


アベルは、元A級剣士で、王様でもあるのに、称賛されることにあまり慣れていない。

まあ、称賛したことで、涼がいらんことを考えていた件は、うやむやになった。


「だから、この本は、船員から奪い取ったわけじゃない」

アベルはうやむやにしていなかった……。


涼は、辺りを見回して、必死にごまかす方法を探す。


「ああ、そうだ、アベル知っていますか? イリアジャ姫って、スージェー王国民の間で、かなり人気があったらしいですよ?」

「それでごまかせると思っているのか……」

「ご、ごまかすとか意味が分かりません。不毛(ふもう)な議論よりも、建設的なお話をした方がいいなと、僕は思っているだけです」


涼が必死にごまかそうとしているのを理解し、アベルは大きく、とてもわざとらしくため息をつく。


そして、新たな話題に乗ってやった。


「それで? イリアジャ姫がスージェー王国で人気があったと?」

アベルが乗ってくれたことに、涼はホッとして言葉を続けた。


「ええ、そうなんです。王様には、五人の王子と、六人の王女がいたらしいです。あ、第二王子さんは、何年か前に、他国の王家に養子に出されたそうですが」

「他国の王家に養子? 中央諸国では聞かんが、この辺りはそういうのもあるのか」

「僕も、正確には知りません。大陸の……なんとかいうあまり大きくない王国に。文武両道どころか、土属性魔法すら使えたそうです。ただ、お母さんがすごく身分の低い方で、しかも第二王子が小さい頃に亡くなられたとか。もちろん、王様は、分け隔てなく可愛がったそうですが……でも、スージェー王国の王位継承レースからは、早々に外れていたそうです」

「なるほど。故郷での王位継承の目がないなら、乞われて他国に行くのもありかもしれんな」

涼の説明に、アベルも理解を示した。


自らの選択で、運命を切り開くのは、悪い事だとは思えない。


「でも、しばらくしてから、養子で入った王国は隣国に飲み込まれたそうです。それ以来、王子様の行方はようとして知れず……」

「そうか……」


涼が顔をしかめて話し、アベルも顔をしかめて答えた。

盛者(じょうしゃ)必衰(ひっすい)()(ことわり)とはいえ、国の滅亡は悲しい話だ。



「まあ、第二王子さんは置いといて。イリアジャ姫は、一番下のお子さんだそうです」

「ふむ。だが、十五歳で一番下って事は、最年長の王子や王女は、それなりの年齢だろう?」

「第一王子が、王太子になったそうです。今回の反乱に巻き込まれた時には、三十三歳だったとか。二、三年の内には王位を継ぐだろうと言われていたのですが……」


ここで、涼が意味ありげに言葉切る。


「リョウ……わざとらしいぞ」

「失敬な! こういうのは、ためを作らないといけないのです。物を語るには、緩急(かんきゅう)が大切です」

アベルが指摘し、涼が反論する。

どちらが言うのも、もっともな気がする……。


「まあ、いいです。ただ、その王太子があまり良くなかったらしく……地位をかさに着て、やりたい放題だったらしいですよ」

「そうなのか?」

「自分の息のかかった商人にばかり政府や王国の仕事を回したり、真面目に国民のための商売をしていた商会を冤罪で取り潰したり……」

「ああ……そういうの、よくあるよな」

涼が語り、アベルが頷く。

アベルが知る物語でも、そういうのはよくある話だ。


「しかも、他の王子や王女も似たようなことをしていたそうです。だから、どの王子、王女も人気はなかったのですが……イリアジャ姫だけは違ったとか」

「まだ若いから、そういうのをしなかっただけじゃないか?」

「なんて意地悪な言い方! 今度から、意地悪アベルと呼んでやるです!」

「なんだ、意地悪アベルって……」

涼が義憤(ぎふん)()られて言い、アベルが小さく首を振る。


「そもそも、王子や王女の、そんな状況を許している国王と王妃に、一番の問題があるんじゃないか?」

アベルが、当然の指摘をする。

王子や王女が民を苦しめることをしているのを、国王が黙って見ているなどアベルには理解できないからだ。


「意地悪アベルにしてはいい視点です。第一王妃様、第二王妃様そして第三王妃様まで、六年前になくなって、王様も病気だったそうです。大臣たちが国政を仕切っていたそうですが……どうせ、王太子とかが大臣たちも支配下に置いていたに違いありません!」

「いや、まあ、その可能性はあるかもしれんが……決めつけるのは良くない気が……」

「アベルは、虐げられた王国民が可哀そうだとは思わないのですか! そんなことでは、ナイトレイ王国の行く末も暗いですね」

「うん、理不尽な言いがかりをつけられているのは理解できる」

なぜか怒っている涼と、呆れているアベル。



涼はとても優しいので、他国の民であっても、幸せになって欲しいと思うのだ!



「君主制の難しいところです。優秀な王様と大臣たち、そして小さな頃から統治者になるべく訓練された王子や王女に政治を任せ、国民は余計な事を考えずに幸せに暮らすことができる……それが理想の君主制です。でも、今回のような事例を聞くと……」

涼は小さく首を振る。



民主制が完璧だとは思わないが、政治に携わる者たちが道を踏み外した時、選挙によって彼らを放逐(ほうちく)する事ができるのは、良い部分なのではないかと考える事はある。

とはいえ、問題の核心が官僚たちであった場合、彼らを民主主義的に放逐する事はできない。


だから歴史上、人は、戦争や内戦や革命によって、官僚機構を強制的に排除するしかなくなるのだ……。

誰も、好きでそんな方法を採るのではない。


もっとスマートに、国民から乖離(かいり)してしまった官僚や官吏を放逐できる方法があれば、そちらを採る。


なぜなら、革命などの後に来る二十年間の不安定な国家統治は……国民の多くが、不幸な二十年間を過ごさねばならなくなるから。


なんという二律背反(にりつはいはん)



「中央諸国には無いが、西方諸国にはあったよな、共和制をとる国が」

「よく覚えていましたね! マファルダ共和国です」

アベルが国王知識から問い、涼が答える。


「リョウが調達したスキーズブラズニル号を造った国だからな。当然覚えている」

「さすがはアベルです」

アベルは、涼が付けている『魂の響』を通してスキーズブラズニル号を見たが、その大きさ、優美さに驚いたのだ。

そのために、はっきり記憶に残っていた。



「共和国になると、完全に国王とか皇帝とか、そんな人たちはいなくなりますからね。国民によって選ばれた人が、政治を執り行います」

「国民によって選ばれた? それは、貴族とかそういうのでもないということだよな?」

「ええ。貴族が選ばれる場合もあるかもしれませんけど、その辺りは関係ないです」

「正直、想像できん……。国の政治なんていう化物のようなものを、ある日、突然選ばれた人物が取り仕切れるのか? 俺には理解できん」

涼の言葉に、アベルは顔をしかめて首を傾げた。


まがりなりにも三年間、国王として国政の中心にいたアベルとしては、小さい頃から多くの時間をかけて学んだからこそやれると思っている。


確かに、丁寧に、時間をかけて学べば、できるだろう。

だが、数年学んだ程度で、現在の国民すべて、そして未来の国民にも関わる政策に対して、責任をもって判断を下すというのは、あまりに過酷だと思うのだ。


それは自国民だけではなく、周辺国の民の未来にまで影響する。

まともな思考力を持ち、ある程度の想像力を持った人間であれば……正直、心が潰れるのではないかと思う。


国政を司るとは、そういうものだ……アベルはそう思っていた。



「まあ、共和国はいいでしょう。政治家がどんな馬鹿な政策をとろうが、その人を選んだ国民全員が、その結果を享受すればいいだけです。自分たちの責任です。国民全員が、国レベルの政治を理解し、国レベルの経済を理解してこそ、共和制は成立するものなのです、本来は」

「……」

「国民全員が、最も手を抜くことができない政治制度です。恐ろしい話ですよね」

「お、おう」

涼が断言し、アベルが頷く。


「まあ、そんなことはどうでもよくて、イリアジャ姫です。王子、王女の中で、彼女だけは国民はもちろん、実は海軍からも人気があったのだそうです」

「まあ、そうでなければ、彼女を押し立ててタマコ州だったか、州全体で抵抗したりはしないだろう。それに、今回の戦闘でも、誰に言われるでもなく、戦場で身を晒して士気を上げたからな」

「ええ、ええ。ああいうのは、なかなかできる事ではないですよね。自分が標的になっているのを分かったうえで、ですからね。あれで、敵国であったはずのコマキュタ藩王国の人たちの士気が上がるんですから。凄いですよ」

涼は、嬉しそうに頷いている。


最前線でその身を晒して戦う指揮官というのは、それだけでカッコいいのだ。


涼の目の前に、その典型の国王剣士がいるが……。

この国王剣士には言わない。

調子に乗るといけないから!


「リョウ、何か言いたいことがあるのか?」

「な、何もないですよ! 嫌だなあ、アベルったら」

アベルが胡乱(うろん)げな目を向けて問い、涼は慌てて否定した。


この鋭さは、いつも思うがとっても危険だ。



「あの戦闘中、実は気になっていたことがあるのです」

「うん?」

涼が、少し真面目な口調になって言い、アベルもその口調の変化を認識した。


「イリアジャ姫が船首に立ってから、ずっと<アイスウォール>で囲ってたわけですけど、ただの一度も、姫に向かっての攻撃はなかったのですよ」

「後方に展開した船から、空を飛んで襲撃してきたんだろう?」

「ええ。そういう襲撃はあったのですけど……たとえば、姫の命を狙っての矢とか、魔法の攻撃とかそういうのは、一切ありませんでした」

「ああ、なるほど」


涼の<アイスウォール>は、驚くほど透明だ。

そのため、多くの場合、そんなものが張られているかどうかなど、普通の人には認識できない。

だから、あの状況で、イリアジャ姫の命を取るのが狙いなら、そういった狙撃があるのが普通なのだ。



海上戦での狙撃。

地球の歴史においては、よく行われていた。

最も有名な例……というより有名な標的は、英国海軍のネルソン提督であろう。


ロンドンのトラファルガー広場に立つ、ネルソンの像。

その広場の名前トラファルガーは、フランスのナポレオンによるイギリス侵攻を阻んだ海戦の名として有名だ。

そして、その海戦でイギリス海軍を指揮したのが、ネルソン提督である。


トラファルガー海戦に臨む前、すでにネルソンは、片目は潰れ片腕は無い、隻眼(せきがん)隻腕(せきわん)の提督であった。

そしてトラファルガー海戦においても狙撃され、戦死している。

もちろん、当時の銃の命中精度や、揺れる船同士である事などを考えると、ネルソンを狙って撃って、それが命中したと考えるのは難しい……そういう見解が一般的ではある。


だが、そんなことは関係ないのだ。


ネルソンの旗艦ヴィクトリー号は突撃の最前列におり、フランス・スペイン連合艦隊の一斉砲火を受けながらも突撃し、しかもその船の甲板上にネルソンは常に立ち続けた。

その事こそが重要。


だから、イギリス史上、最高の英雄とされている。



だが、この『ファイ』においては、魔法というものがある。

当時の地球の銃に比べて、驚くほど高い命中率を誇る魔法。


「イリアジャ姫の命を取るのが狙いなら、魔法で狙い撃つのが一番確実だったと思うのです」

「つまり、イリアジャ姫の命を奪うのが狙いではなく、その身を確保するのが狙いだったと」

涼が言い、アベルも納得できる部分が多かったのだろう、頷いてそう言った。



だが、そうなってくると、いろいろと変わってくる。



「イリアジャ姫を殺害して、旧王家の血筋を根絶やしにすることが目的ではない、ということか?」

「あるいは、生きたまま確保して、国民の前で公開処刑という可能性もあります」

「そういうのは……好きではないな」

涼の予想に、顔をしかめて小さく首を振るアベル。


ナイトレイ王国の国王陛下は、残酷な事が好きではないらしい。


「公開処刑というのは、象徴的なものですからね。国内だけでなく国外に対しても、新政権がどういう考えなのかを端的に示す行動の一つです。イリアジャ姫は、最後の生き残りですから、外国も注目しているでしょうし」

「外国というが……多島海地域だと、スージェー王国に並ぶ国力を持っているのは、このコマキュタ藩王国くらいだろう?」

「まあ、そうですけど……。小国だって、連合を組めば厄介かもしれませんよ?」

「そうだな。君主制をとる国は、成り行きが気になるか……」



二人がそんな会話を繰り広げ……。


マニャミャの街を出航して二十一日後、移送艦隊はコマキュタ藩王国の都ワンニャに到着した。

予定より一日遅れであったが、襲撃艦隊との戦闘後は、特に問題は起きなかったのであった。


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