0454 終結
スージェー王国旗艦に、停戦の旗が掲げられた。
手旗信号でも、スージェー王国海軍内に伝わっていく。
それによって、戦闘は収まっていった。
ようやく、アベルも、手持ちのポーションを飲む余裕ができていた。
「アベルさん! さすが……うおっ」
走ってアベルの元に駆けつけたのは、護衛隊長バンソクス。
だが、足元に広がる血と鎧に空いた大穴を見て驚く。
「バンソクス、こっちがスージェーの艦隊指揮官、ロックデイ提督だ。こちらに降伏した。丁重に、船にお連れしろ」
「ああ、承知した。だが、その提督、治癒してからの方がよくないか?」
「ん? ああ、忘れていた。あんたも腹に大穴空いてたんだな」
バンソクスがロックデイ提督の状況を見て提案し、アベルが思い出す。
「あなたに、剣を突き立てられましたからね」
弱々しくも、アベルに対してはっきりと言うロックデイ提督。
「五本、石の槍を放ったのに、刺さったのは二本だけですか……」
「そうだな。喉と胸、あと左足のやつは、剣を立てて剣の腹で受けたからな」
「とんでもない……」
アベルが事も無げに答え、ロックデイ提督が驚く。
「ほら、俺が貰った特製ポーションだ。飲め」
アベルは言うと、ポケットから取り出したポーションをロックデイに手渡した。
「ポーションでどうにかなる傷じゃないだろう」
そんなバンソクスの言葉が聞こえる。
確かに、かなり深い傷だ。
腹から背中まで剣が貫き、しかも少し回されて穴も大きくなったのだから……。
ロックデイは何も言わずに、渡されたポーションを飲み干した。
すると……。
大穴が塞がった。
「マジか!」
驚くバンソクス。
「あなたの傷が塞がったのを見ていましたけど、自分でもそうなると……とんでもない物を飲まされたというのがよく理解できます」
ロックデイ提督は、自分の腹を触ったり、ポーションが入っていた水晶のような瓶を見ている。
「リョウ特製のポーションだからな。俺にはよく分からんが、普通よりは性能がいいはずだ」
「普通よりはって……かなりのお金を積まないと手に入らない物ですよ、これ」
アベルの言葉に、呆れるように答えるロックデイ。
ロックデイは驚きが収まると、甲板上に倒れたままの仲間を見た。
「ですが、モンラシューは腕を斬り飛ばされています。さすがに部位欠損は、ポーションでは……」
「ああ、無理らしいな。それを作ったやつも言っていた」
ロックデイの言葉に、アベルも頷いて答える。
部位欠損は、ポーションでは治らない。
「誰か、<エクストラヒール>を使える神官はいるのか?」
「神官? 特級治癒師なら、一人います。いますが……よろしいので?」
「どういう意味だ?」
ロックデイの言葉の意味が分からず、問い返すアベル。
「我が軍は降伏しました。つまり、我が軍が持っている資源……人的資源を含めて、そちらに決定権があります。治癒師に誰を治癒させるのかも含めて」
「ふむ。その辺りの細かな部分は、正直よく分からんが……人一人くらいの回復は、許されてもいいだろう。責任は俺が持つから、モンラシューは治癒してもらえ」
「……感謝する」
アベルの決定に、ロックデイ提督は頭を下げて感謝した。
アベルは、傍らにいるバンソクスの方を向いて言った。
「バンソクス、今の俺の言葉、聞いたな。お前さんが証人になってくれ」
「ああ、分かった。蒼玉商会護衛隊長バンソクスが証人になる」
バンソクスは、大きく頷いた。
ロックデイ提督は、前後をバンソクスとアベルに挟まれて、氷の橋を渡ってバシュティーク号に降り立った。
「うぉー!」
その瞬間、バシュティーク号から上がる歓声。
それは勝利の雄叫びと、事を為した蒼玉商会護衛隊とアベルに対しての感謝の言葉。
中には、泣いている者もいる。
「よくやったな、バンソクス!」
そう言って、飛びついたのはダオ船長。
「お、おう」
顔を真っ赤にして焦るバンソクス。
「アベル……」
「おう、なんとかなったぞ」
涼が言葉を切り、アベルが片手をあげて言う。
「なんとかじゃないでしょう。鎧、修復してもらったばっかりなのに、大穴開けて……」
「リョウが勉強した例の技術で修復を……」
「学んだだけで、まだできないと言ったでしょう!」
錬金術は簡単ではないのだ。
そして……。
「姫様……」
ロックデイ提督は、イリアジャ姫の前に片膝をついて礼をとった。
「確か、中央海軍のロックデイ提督でしたね。以前、王国海軍の図上訓練を見せていただいた時に、丁寧な説明をしてくださいました」
「はい。もう三年も前になりますのに、覚えておいでで……」
ロックデイの敬意は、おざなりなものではない。
心の底からの敬意を払っているのが周りの者にも分かった。
「提督、どうしてこんなことを……」
イリアジャ姫にも、ロックデイ提督が払う敬意は感じ取れた。
だからこそ問うたのだ。
「もちろん、姫様に、国に戻っていただくためです」
ロックデイはそう言うと、顔を上げ、はっきりとイリアジャ姫を見た。
その表情には一点の曇りもない。
だからこそ分からない。
「なぜ……」
イリアジャ姫のその呟きは、あまりにも小さく、他の誰の耳にも届かなかった。
襲撃艦隊は降伏した。
降伏したのだが、その取り扱いをどうするかは、移送艦隊にとっては頭の痛い問題でもあった。
本来は、武装解除し、勝利した艦隊の後についていき、コマキュタ王国の港に寄港する。
そして、スージェー王国との間で、交渉が行われる。
だが、今回、移送艦隊の生き残りは十一隻。
しかもそのうち二隻は、ほぼ動けない。
少なくとも、他の艦ほどの速度は出ない。
つまり、護衛艦九隻とバシュテーク号のみだ。
その後ろをスージェー王国艦隊がついていくのは……正直怖いのだ。
もちろん、艦隊指揮官ロックデイ提督と第一突撃団モンラシュー司令を、バシュテーク号に預かるとはいえ……もしものことがないとは言えない。
ガレアス船的突撃艦五隻以外に、無傷の船が十二隻あるのだ。
それが一斉に襲ってきたら……。
その悪夢はどうしても想像してしまう。
結局、襲撃艦隊旗艦を含め、三隻だけが、移送艦隊の後についていくことになった。
残りの十四隻は、自主的にコマキュタ藩王国の港に行き、沖合に停泊して沙汰を待つ……。
移送艦隊的には、それでいいのか正直分からないのだが……他に良い方法も思いつかず仕方なかった。
「全艦を氷の鎖でつなぐとか、氷の棺に入れて海に浮かべておくとか、いろいろと方法はあると思うんです」
そんな事を呟いた水属性の魔法使いはいたが、聞いていたアベルに無視された。
可哀そうに。




