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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
494/933

0453 海戦

やっぱり、平和なままでは終わりません。

そして、長文です……すいません。

十五日目になった。


「昨日……襲撃されませんでした」

「ああ……」


今日も、涼とアベルは、上甲板にいた。

二人とも本は読んでおらず、椅子に座り、コーヒーを飲んでいる。

この後、海兵隊長ラジャトンが、説明に来ることが分かっているから、大きめの氷のテーブルが置かれ、いつもより大きめのフレンチプレスでコーヒーが淹れてある。


二人が、二口飲んだところで、海兵隊長ラジャトンと、護衛隊長バンソクスがやってきて座った。

ラジャトンは、大きなため息をつきながら。

そのため息は、理解できない事への疲労感と、何事もなく難関を抜けた事への安心感がないまぜになったものであった。


「ささ、ラジャトンさんもバンソクスさんも、コーヒーをどうぞ」

涼が、二人に蒼玉亭特製ブレンドコーヒーを勧める。


「ありがとうございます」

「おお、美味そうだ」

ラジャトンもバンソクスも、嬉しそうに受け取り、一口目を飲んだ。


「ほぅ……」

異口同音に口から漏れる満足の吐息。


涼は、その光景を見て満足した。



「今日は、少し船足が遅くなった気がするんだが」

アベルが、質問する。

言われてみると、確かに、昨日までに比べて船足が遅い気がする。


「ああ、はい。この辺りの航路は、都に向かう場合、完全な向かい風になるのです。もちろん、風属性魔法で、風上に向かっても進めるのですが、追い風に比べれば、どうしても速度は遅くなります」

「なるほど、そういうことか」

ラジャトンの説明に、アベルは頷いた。


「追い風時には、風属性魔法は使わず、帆が捉える風の力だけで進むのですが……風属性魔法を使って向かい風に進むよりも、速いですね。自然の力は偉大です」

ラジャトンは笑いながら補足した。



その時だった。



艦隊に、鐘の音が響き渡る。


「何だ?」

アベルが言い、涼も辺りを見回す。

鐘の音は、艦隊前方を進む護衛艦から響いてくる。


「襲撃? ここで?」

ラジャトンはそう呟くと立ち上がって叫んだ。

「敵の襲撃に備えよ! 海兵隊は上甲板へ!」


「マジか! よし、護衛隊も上甲板へ!」

バンソクスも叫んだ。


さらに、ダオ船長の方に向かって叫ぶ。

「ダオ、手はず通りに!」

「承知した!」

ダオ船長も、叫び返す。


さらに、ダオが部下に叫ぶのが聞こえる。

「王女様は船長室で保護。そっちは護衛隊に任せるよ」


もしもの場合の手順は、事前に決められている。


最後に、バンソクスは涼とアベルの方を向いて言った。

「スージェー王国軍が乗り移ってきたら頼む。俺らと共に戦ってくれ」

「もちろんだ」

「任せてください」

アベルも涼も、一も二もなく頷く。


すでに、テーブルも椅子もない。



この先、ここは戦場になるのだから。



涼は周りを見回す。

だが、敵が現れたのは前方だけ。

当然だ。

この辺りは、伏兵を隠せるようなちょうどいい島は周囲にはない。

だから、襲撃されないだろうと踏んでいたのだが……。


ただ、大きな島と島の間ということもあって、海の幅は決して広くはない。

水路というほどには狭くはないが……。

逆に言うと、陸上からの魔法砲撃でもない限り、艦隊が横から襲われる心配はないだろう。

前か後ろかだけ。


後ろから回り込んでくるのも大変な場所だったはず。

だから、現状、前からのみ。

前からの敵にだけ注意すればいい……。



涼は、バシュテーク号の一番前、船首から身を乗り出すようにして前を見る。

すぐ後ろに、アベルと、指示を出し終えた護衛隊長バンソクスとダオ船長も走ってきた。


「何だ、あれは……」


それは、誰の呟きだったか。

ようやく、前方から迫る敵艦隊の船がはっきり見える距離になったのだが、それは、マニャミャ駐留艦隊の護衛艦とはあまりにも違う形の船であった。

もちろん、バシュテーク号とも違う。


「あの、船からいっぱい生えているように見えるのは……オール? 櫂船(かいせん)?」

涼の目には、いわゆるガレー船に見える。

だが、中央諸国はもちろん、この多島海地域においてもガレー船はないらしいし……。


涼の呟きに驚いたのは、ダオ船長であった。

「かいせん……まさか、カイセン? 四百年も前に廃れた船だぞ」

「え? ダオ船長、あれが何か知っているんですか?」

「リョウさん、カイセンと言っただろう?」

「あ、はい……昔、故郷にあったらしいので……実際に見たことはありませんが」



地球では、レパントの海戦が、ほぼ最後のガレー船の海戦だ。

そもそも、ガレー船は、波の高い外洋では不向き。

だから地中海や、バイキングのバルト海など、いわゆる内海限定とすら言っていい。


まあ、確かに、この多島海地域は、島が多いからか、波はかなり穏やかではある。


「風属性魔法による航海が、今ほど一般的ではなかった時代、それもまだ奴隷制があった時代に、軍艦で使われていた船だ」

「ああ……聞いたことあるな。それこそ、奴隷がいてこそ成立する船だろう? 今さら何のためにあんなものを復活させた?」

ダオ船長が説明し、バンソクスも思い出したように頷いた。



「恐ろしく、速くないか?」

アベルが呟く。

「確かに、あいつらにとっては追い風だが……とんでもなく速いな。カイセンによって船速を上げている? マストも帆も、今の船同様に大きいしな」

バンソクスが頷いて答えた。


「ガレー船というより、ガレアス船? ヴェネチアンガレアス……に比べると、ものすごくスマート。ガレアス船は遅いという常識を覆しています」

涼の呟きには誰も答えない。

意味が分からないからだ。


それも仕方あるまい。ヴェネチアンガレアスなど、一般的ではない……ロマンに満ちた船ではあるが!



「ぶつかります!」


涼が言った直後、スージェー王国のガレアス船五隻が、移送艦隊最前衛の護衛艦に衝突した。

衝突する前に、移送艦隊から、矢や魔法がガレアス船に向かって飛んだようだが、全く効果はなかったようだ。


「進行を、止めた?」

バンソクスが呟く。

「ガレー船の戦術は二つ。接舷(せつげん)戦術と衝角(しょうかく)戦術。そして、あの速度の意味は、後者。衝角戦術……ラムアタックです。ラムアタックの狙いはただ一つ……」


ガレアス船が、後退を始めた。

突っ込んできた時ほどの速度ではないが、それでもかなりの速度だ。


「オールと、風属性魔法でバックしていますよ」

「前後の移動は、けっこう速そうだな」

涼の言葉に、アベルも頷く。



ガレアス船が後退するのと同時に、移送艦隊前衛に異変が生じた。


「まさか……沈み始めた」

「ラムアタックの狙いは、船に穴を空けることです」

バンソクスの言葉に、涼が悔しそうに答える。


ガレー船やガレアス船の先端には、ラム、つまり衝角が備え付けられている。

喫水下、海中の尖った角だ。

高速で突っ込んで、このラムを敵船に突き刺し、穴を空けて沈める。

それが、ラムアタック。


え? 防ぐ方法?

基本ありませんよ?


ぶつけられる前に、こちらからぶつけましょう。



ラムアタックを仕掛けた五隻のうち、一隻は突き刺さった衝角が抜けなかったのか、そのままロープを相手の船に投げ渡して乗り込み、互いの甲板上で戦闘になっているようだ。


後退したスージェー王国の四隻。

だが、その後ろにも、スージェー王国海軍の船が迫っているのが見える。


それらはガレアス船ではなく、マニャミャ駐留艦隊護衛艦と同じような形。

櫂はない。

だが、追い風に、さらに風属性魔法も併用しているのだろう。

かなりの速度で、後退するガレアス船の両脇を抜けた。


そのまま速度を落とさず、移送艦隊の両翼の、さらに外側に進む。

「防御陣形!」

「接舷に備えろ!」

などという声が、移送艦隊両翼、つまりバシュテーク号の右や左にいる艦から聞こえてくる。


だが……。


「接舷せずに、通り抜けた?」

バンソクスが訝しげな声を上げた。

ダオ船長も同じ気持ちなのだろう。黙ったままだが、首を少し傾げている。


「そのまま、こちらの後ろに回る気だ」

「側方通過背面展開……」

アベルが言い、涼が呟く。



スージェー王国海軍の動きは早かった。

移送艦隊の中には、その意図に気付いた艦もあったが、動く前に後方に展開された。


「挟まれたな」

アベルが呟き、バンソクス、ダオ船長、そして涼も頷いた。


だが、後ろの艦隊は襲ってこない。

整然と並んだままだ。


「後ろのやつは、逃げようとすれば追ってくるのか?」

「多分な。主力は前方か」

ダオ船長が誰とはなしに問い、バンソクスが答える。



「玉ねぎ剥きです……」

「は?」

涼の呟きに、アベルが訝しげに見る。

涼が、適当な事を言ったわけではない事は、その表情から分かるが……。


「一枚一枚外から剥いていくのです。包囲された側というのは、一番外側以外は遊軍になります。つまり、戦闘に加われない、戦力外。遊軍を作らないというのは、戦術の第一歩ですが、その第一歩目から失敗してしまいました」

「まあ、言いたいことは分かる」

「スージェー王国海軍は、正面に主力を置いて、その主力で移送艦隊を沈めていく。正面に出てきたのを、同じように繰り返しで沈めていくだけ。一枚ずつ玉ねぎを剝いていくだけです。それだけで芯に達します」

「このバシュテーク号が、たまねぎの芯か」

涼の説明に、頷くアベル。


スージェー王国海軍の狙いはシンプルだ。

そして、手段もシンプルだ。

シンプルなものは逆転しにくい。

そこに、マギレが生じにくいから。


「事の最初から後手を引かされましたからね……なんとかしないと、厳しいまま戦況が推移します」

「確かにな」



最初のラムアタックを受けた移送艦隊のうち、四隻は喫水下に穴を空けられて、そこから浸水し沈みつつある。

乗組員と海兵隊たちは海に飛び込み、他の船に泳ぎ着いていた。

さすがは海の男たちだ。

むしろ、人的被害は少ないのかもしれない。


だが、一隻だけあまりに深く刺さったのか、後退できなかったガレアス船があった。

そして、突き刺さった移送艦隊の護衛艦と接舷戦闘に移行していたが……。

そちらは、かなり凄惨な光景が甲板上で繰り広げられている。


「仕方ない事ですが……海兵隊や護衛艦の船員たちも、士気が……」

「ああ、勇気を振り絞ろうとしてはいるが、難しいよな」

涼とアベルが、さすがに小さな声で意見を交わす。


昨日の段階まで、緊張に緊張を重ね、そして「襲ってこなかった、良かった」と緊張が途切れた今日……襲撃。

しかも先手を取られっぱなし。

見たこともない船に沈められ、接舷された船に乗り込んできた敵も精鋭であり……。

これで、うろたえるなという方が難しいだろう。



そんな時、バシュテーク号の後ろ、船尾の辺りからざわめきが広がり始めたのに、涼もアベルも気付いた。

バンソクスとダオ船長も振り返り……。

「王女様?」

異口同音に呟いた。


イリアジャ姫は、そのままゆっくりと進み、船首まで来る。

船首部分は、高く反り上がっている。

船首と船尾が高くなり、中央部分が低く。

ガレオン船は、その前世代のキャラック船などに比べれば、その比率が小さくなるが、それでも船首に立てば、他の船からも見えやすい。


「皆さんが、私のために戦ってくださっているのに、私だけ安全な場所に引き籠ってはいられません」

「い、いや、しかし……」

イリアジャ姫の言葉に焦るのは、止めようと後ろからついてきていた海兵隊長ラジャトン。


「そこは、他からも丸見えです。狙われます」

「それは理解しています。それでも……」



バシュテーク号の船首に立ったイリアジャ姫に、他の船の乗員たちも気付き始めていた。



「王女様!」「姫様!」という声が、バシュテーク号にまで聞こえてくる。

船によっては、(ひざまず)く者たちも……。

もちろん、彼女の後ろに付き従うスージェー王国からの亡命者たちは、すでに跪いている。


「私が身をさらすことによって士気が上がるのなら、私はここにいたい」


イリアジャ姫の言葉は、決して大きくはなかった。

しかも、ここは戦場。

離れた船にまで、その声が聞こえるはずはない。


だが……。


「王女様万歳!」

「イリアジャ姫!」

「ここで逃げたらコマキュタ国民は笑われるぞ!」

「マニャミャ駐留艦隊の名に懸けて!」


そんな言葉が広がっていく。


その声は……。



「イリアジャ姫万歳!」


その言葉に集約された。



元仮想敵国の王女であろうが、そんなことは関係ないようだ。

自らすすんで危険に身を晒し、士気を上げようとする……その姿に、海の男、海の女たちは心を打たれる。


「リョウさんの氷で、私を守ることは可能ですか?」

船首の最先端にまで来たイリアジャ姫は、微笑みを浮かべながら涼にそう問うた。

「もちろんです。<アイスウォール20層>」

涼が唱え、透明な氷の壁が船首を囲んだ。


「船首一帯を氷の壁で覆いました。皆の働きを見てあげてください」


スージェー王国海軍が、イリアジャ姫を狙撃しようとする可能性もある。

だが、アイスウォールなら、魔法や弓で攻撃されても弾き返す。



「人は、王の言葉に従うのではない。王の姿に従うのだ」

「アベルさん?」

アベルが呟き、イリアジャ姫が問いかける。

「ついてきて欲しいのであれば、民や兵に支持される姿を見せ続けなければならない。無謀ではあるが、姫の姿は正しいと、俺は思う」

「ありがとうございます」

アベルの言葉に、素直に頭を下げるイリアジャ姫。


そう、アベルは国王だ。

三年以上、その務めを果たしてきた。

その前には、国の半分を率いて、敵を打ち払い王国を解放した……。


その実績に基づく言葉は、説得力がある。



そんな中、スージェー王国海軍ガレアス船による、二度目の突撃が敢行され……。

さらに四隻の移送艦隊護衛艦に大穴が開き、沈んでいく。

合計八隻が沈み、一隻が接舷戦闘中。


バシュテーク号を除けば、護衛艦は十一隻にまで減らされている。


だが、生き残っている艦の士気は高い。

それは、イリアジャ姫が高めた士気。


沈んだ船から逃れた船員、海兵隊たちは、バシュテーク号にも引き上げられている。


バシュテーク号の左右を守っていた護衛艦たちも、前面に移動し、バシュテーク号をひいてはイリアジャ姫を守ろうとしている……。



「敵は前方、あの突撃艦が四隻、それ以外が八隻。後方に展開したのは六隻」

アベルが、敵船の数を呟く。


「あの突撃をするのに、だいぶ後ろにまで下がってたよな」

「突き刺すために、長い距離を走って速度を上げなければならないんだ」

バンソクスとダオ船長の声が聞こえる。


二度目の突撃を行った四隻のガレアス船は、船の向きを変えずに、そのまま後ろ向きに進んでいる。

オールを逆に漕ぎ、風属性魔法でも反対方向に吹かせることによって、そんな動きが可能になっているようだ。



そんな中、涼は何かを探すように、前方のスージェー王国海軍を見ている。


スージェー王国のガレアス船が、八隻の自軍の船の隙間を抜けて、さらに後方にまで下がっていく。

三度目の突撃に向けて、助走距離を稼ぐためだ。



その瞬間、涼は見つけた。



アベルの方を向いて言う。


「アベル、艦隊戦の肝は、どんな世界、いつの時代においても同じです。旗艦を潰す。それが無理なら、指揮官を戦線離脱させる」

「なるほど。リョウがずっと探していたのは、敵の旗艦か」

「ええ。見つけましたよ。あの八隻並んだ艦の、右奥。舳先に付いた船首像が、金色に輝いているのがありますよね。あの船から、手旗信号で指示を出しています」

「中央じゃないんだな……」

「そう。ちょっとせこいですね! それで、特定するのに時間がかかりました」


涼は少しだけ顔をしかめている。


普通に考えて、指揮官が乗る旗艦は、中央にいる。

なぜなら、そこが一番、他の艦への指示を出しやすいからだ。


どこかのイラリオンのような風属性魔法に驚くほど長けた魔法使いでもいない限り、戦場で隅々にまで指示を出すのは難しい。

だからこそ、指示を出す者は中央にいることが多いのだが……。

この襲撃艦隊の指揮官は違ったらしい。



「俺が旗艦に行って、指揮官を潰してくればいいんだな。で、どうやってあそこまでいく? 二百メートルくらいあるだろ」

「アベルは剣士なので、飛んでもらってもいいのですが……」

「うん、剣士は飛べないからな。アモンは、飛んだんじゃなくて、飛ばされたんだからな?」

「まあ、大丈夫です。水属性魔法に、ちょうどいい魔法がありますから。ここからあの船まで、氷の橋を渡します。足下に少しだけ色を付けるので、分かるはず……覆いもつけましょう。渡っている間に攻撃されたらまずいですからね」

涼はそう言うと、反対側を振り向いた。

そこには、護衛隊長バンソクスがおり、涼の方を向いている。


会話を聞いていたようだ。


「俺らも、アベルさんと一緒に突撃して、艦隊指揮官を倒してこいってことだよな」

「ええ、お願いできますか」

「もちろんだ!」

バンソクスは、大きく頷いた。

そして、後ろに向かって叫ぶ。

「蒼玉護衛隊、突っ込むぞ。準備をしろ!」

「おう!」


バンソクスの命令に、雄叫びの如き声を上げる蒼玉商会護衛隊。

劣勢の中、ついに自分たちの出番が来たことにテンションが上がる

『護衛』隊というより、『突撃』隊なのかもしれない……。



「船は分かるが、さすがにここからじゃ指揮官は見分けられない」

「ああ。船にいる敵を全員倒せばいい」

「はっ。アベルさん、その度胸は凄いな」

「リョウと付き合っていると、これくらいないと生きていけないんだよ」

「なぜ僕が巻き込まれるのか……」

バンソクスが感心し、アベルが理由を説明し、涼が理不尽な巻き込みに涙した。


敵船に乗り込むのだ。

これくらいの軽口が交わせる余裕がないと、生き残れない。


「いつでもいいぞ」

アベルが言う。


「いきます! <アイスゲート>」

涼が唱えると、バシュテーク号船首部分から、一直線に氷のトンネルが延びた。

狙いは、前方スージェー王国海軍旗艦。


「突っ込め!」

アベルが言い、真っ先に氷のトンネルの中を走りだす。

続いてバンソクスと護衛隊。



この<アイスゲート>は、今回のように道を作って人を走らせるもの。

そのため、<アイスバーン>と違い、床はできるだけ滑らないようにしてある。

具体的には、細かな凸凹を作って、靴裏が引っ掛かるように……。


敵船までは二百メートル。

アベルの足なら二十五秒ほどで着くはず。


「今さら慌てても遅いです」

涼が呟く。

氷のトンネルを通された敵艦が、慌て始めたのだ。

おそらく、旗艦を特定されたことに気付き、慌てているのだろうが……。


「二十五秒ではどうしようもありません」

現代地球の軍艦でも、二十五秒では始動して移動開始には間に合わない。


それでも、涼は注意深く見る。

敵旗艦の動きに合わせて、トンネルを微調整した方がいいからだ。


さらに、助走のために下がったガレアス船たちが突撃してくれば、このトンネルにぶつかることになる。

割れはしないだろうが……気を付けておくにしくはない。


「あれ? というか、それで突撃を止めた方がいいんじゃ?」

涼は、ふと呟く。

そうしておけば、余計な犠牲も出なかったのではないかと……。


「し、仕方ありません。僕も完璧ではないのです……」

誰に対しての言い訳か分からないが、言い訳を言う涼。


それなりに近くで立ち続けているイリアジャ姫には聞こえただろうが……。

氷の壁で守られているとはいえ、透明なうえに、戦場の真っただ中に立ち続けているのだ。それだけで緊張するだろう。

涼の戯言(ざれごと)に反応している余裕はなかった。



そして、状況も、涼を無視して加速し始めた。



「人が飛んできたぞー!」

「迎え撃て!」

「後ろだ! 後ろの船からだ!」


そんな声が聞こえる。

涼が後ろを振り返ると、六人の男が、バシュテーク号の上甲板に乗り込んできていた。

「どこから?」

思わず涼の口をついて出た言葉。


だが、先ほどの情報の中に答えはある。

「後ろの船? 後方に展開した六隻から? いや、でも、人が飛んできたって……アモンじゃあるまいし……」


そこまで言ったところで……再び、人が飛んできた。綺麗な弾道を描いて。

甲板に着地する瞬間に、背中からぼわっと布らしきものが広がったのが見えた。

衝突の瞬間に広がって体を守るエアバッグみたいなものだ。

飛んできた人たち……というより、飛ばされてきた人たちは、事前に訓練を積んだのだろう。

甲板に着く際には、きちんと背中からお尻を下に向けた姿勢になっている。


「世界は広いです……」


涼は、初めて見る光景に、小さく首を振りながら呟く。


「いや、もしかしたら、海戦ではどこでもやっているのかも……。ナイトレイ王国海軍でも、まさか……」

だが、涼の疑問に答えてくれる人物は傍らにはいない。



「とりあえず守らないと……」

涼は船尾付近を見る。

敵に乗り込まれた場合、バシュテーク号の船員たちは船尾船長室入り口付近に集まることになっている。

当然それでは、船を動かす事ができなくなるのだが……。

商会長バンデルシュから厳命されているらしい。


それに、敵に乗り込まれるということは、敵船に接舷されているわけで、船は動かせなくなっている。

だから、船員は持ち場を離れてもいいと……今回のような、接舷されていないけど敵が乗り込んでくるのは、想定されていないのかもしれない。


「でも、アベルみたいに、二百メートル走って乗り込む人もいるので」

自分が、その二百メートルのトンネルを架け、乗り込むように仕向けた事など、全く言及しない。

涼とはそういう男だ。



「見つけた! <アイスウォール20層>」

涼は、一所に固まっている船員たちを見つけると、ある程度の余裕をもって大きめに氷の壁で囲った。


驚く船員たち。


「氷の壁で囲いましたから!」

涼には珍しく怒鳴る。

そうでもしないと、大きなバシュテーク号の船首から船尾まで、声が届かない。

普段ならともかく、敵に乗り込まれた現状では……。


「感謝する!」

涼の言葉に怒鳴り返したのは、ダオ船長。

だが、ダオ船長は<アイスウォール>の中におらず、乗り込んできた敵と切り結んでいる。


「やっぱり……。そんな気はしていました」

涼は小さな声でそう言った。

最初に会った時から、そんな気はしていたのだ。

あの二本のナイフで、先頭切って戦う人だろうと。



バシュテーク号の上甲板では、マニャミャ駐留艦隊海兵隊が、空から乗り込んできた敵たちと戦っている。

その戦場と船首の間に、イリアジャ姫についてきたスージェー王国の旧臣たち。

涼は、彼らにも<アイスウォール>での保護を提案したが、断られていた。

「姫様のために戦わせて欲しい」「守られてばかりでは、亡命先で姫様の肩身が狭くなる」

など……。

言いたいことは理解できるため、涼では判断がつかずイリアジャ姫に目で尋ねた。

「彼らの望むとおりに」

イリアジャ姫は、頭を下げながらそう言った。


表情がとても寂しそうだったのは、犠牲が出ることを理解していたからだろう。

一人でも多くの人を生かしたい……だが、戦いに身を投じる者がいる。

その乖離(かいり)は、どんな世界にも、いつの時代にも存在する。



涼は、そんなバシュテーク号上甲板での戦闘に介入すべきか迷う。



空からの敵襲は止まった。

結局、二十四人が飛んできたようだ。

人数では、海兵隊が圧倒しているが、かなりの手練れらしく、むしろ海兵隊の方が押されている。

気を吐いているのは、ラジャトン海兵隊長とダオ船長か。


彼ら敵が狙うのは、イリアジャ姫のはずだ。

だが、イリアジャ姫は船首で、涼の二十層の氷の壁で守っている。

そこは、まず盤石(ばんじゃく)


むしろ、二百メートル先、敵旗艦での動きの方に注意すべきだろうと涼は判断した。

なにしろ、旗艦とバシュテーク号を結ぶ氷のトンネルは、涼しか維持できない。

向こうから何か合図があった場合に対応できるのも、涼だけだ。


一人で全てに対応する事などできない以上、自分にしか対応できないものを最優先にするしかないだろう。




実際、敵旗艦の上でも、激しい戦闘が繰り広げられていたのだ。



アベルを先頭に、突撃したのはバンソクスと三十人の蒼玉護衛隊。


旗艦上では、突然架けられた氷のトンネルに混乱している者もいたが、素早く対応した者たちもいた。

中央海軍司令部麾下(きか)第一突撃団。

一言で言えば、スージェー王国海軍において、最も甲板戦が強い者たち。


接舷して戦っている者たちよりも……。

空を飛んでバシュテーク号に降り立った者たちよりも……。

間違いなく最精鋭。


『突撃団』の名の通り、本来は最前線で、一番槍として突撃する部隊。

だが、この戦いにおいては、旗艦に配置されていた。

それはひとえに、襲撃艦隊指揮官ロックデイ提督の命令による。


突撃団司令モンラシューは、何度も意見具申を行った。

自分たちを最前線に置いてくれと。

そうでなくとも、せめてイリアジャ姫の乗る船に突撃する部隊にしてくれと。


だが、ロックデイ提督はその意見を退けた。


ロックデイ提督は、直属の部下たちはともかく、海軍の他の部隊、部署の人間たちからの評判が良くない。


提督の見た目が、海の男たちの基準からすると弱そうに見えるからか。

あるいは、勝率は高いがその用兵にせこさが見られるからか。

それとも、艦隊戦では、常に旗艦を後方に下げているからか。


戦術的な理由があるのは理解できるのだが、豪快さを好む海の男たちからすれば、対極に立つ人物なのもまた確かだ……。


だからだろうか。

第一突撃団を旗艦に配置したことに関しても、様々な陰口を言われていた。

特に多かったのは……。

「いつも後方に下がっているくせに、そこに最精鋭の突撃団を置くとか……腰抜け提督は何を考えているのか」

「旗艦が戦場になるとでも考えているんじゃないか? 腰抜けらしいわ!」



だが、旗艦が戦場になった。



「迎撃用意!」

突撃団モンラシュー司令の声が響く。

それによって、五十人の突撃団が身構える。


普段は、自分たちが敵船に乗り込んでいく。

そのため、防御のための盾などもちろん持たない。

ナイフ一本、あるいは剣一本で突っ込んでいくのだ。


今回は、珍しく守るのだが……やることは変わらない。

敵を倒す。

何にしろ、最強突撃団の敵ではない!



しかし、今回の相手は……彼らが戦ったことのない人物が混じっていた。



トンネルを真っ先に抜けてきたのは、赤く光る魔剣を持った男。

明らかに、船上で振り回すには大きな剣。


だが……。


一振りで確実に血しぶきが舞う。


一合も合わせることなく、突撃団を一人ずつ戦闘不能の状態に陥れる。


「強い……」

誰が呟いた言葉だったろうか。

見た事のない剣術、初めて見る体のさばき、そして……笑み。



アベルは、多分、戦闘狂ではない。


戦闘狂ではないのだが……トラブルに巻き込まれても絶望するタイプではない。

むしろ、喜ぶタイプだ。

その点では、間違いなく、王より冒険者に向いている。


そして、小さい頃から鍛えてきた剣を活かせるのであれば、その喜びはさらに大きくなる。


決して、魔人のように禍々(まがまが)しく笑うわけではない。

どこかの、水属性魔法使いといいながら剣戟で笑う男でもない。

だが……思わず笑みが漏れる……。


生まれながらの剣士であった。



その剣が、有象無象の振るう剣でないのは、見る者誰にも理解できた。



「あの魔剣使いには私が当たる。後からやってきた連中に対処しろ!」

突撃団モンラシュー司令はそう言うと、剣を構えてアベルの前に立った。


「ほぉ……」

モンラシュー司令の存在感に、思わずアベルの口から言葉が漏れる。

他の敵とは全く違う雰囲気であることを、ただ前に立っただけで感じさせるのだ。


「バンソクス! こいつは強そうだ。あとは頼んだぞ!」

「心得た!」

アベルは視線を切らずに怒鳴った。

バンソクス護衛隊長も、アベルと対峙する男をチラリと見て怒鳴り返した。



バシュテーク号に比べれば、決して広くない旗艦の甲板には、混沌が広がっていった。




「マニャミャ駐留艦隊に、お前のような海兵隊がいるなど聞いたことがない。もちろん、姫の近衛にもいない。何者だ?」

「知っているか? 相手に名前を問うのなら、まず自分から名乗るのが礼儀らしいぞ」

モンラシュー司令の問いに、笑いながら答えるアベル。


「ふん、面白い。私は、スージェー王国中央海軍、第一突撃団司令モンラシューだ。改めて問う。お前は何者だ?」

「俺の名前はアベルだ」

「……それだけか?」

「ああ……。そう、他に、聞きたいことがあるなら剣で聞け、というやつだな」

「いいだろう。剣で聞いてや、る!」


自分の言葉と共に、飛び込むモンラシュー。

体勢低く……その剣が下からアベルを襲う。


カキンッ、カキンッ、カキンッ。


剣というには短く、だがナイフというには長い直剣がモンラシュー司令の武器。

剣に比べれば短いそれは、剣士を相手にした場合、活かすのはなかなか難しい。


だが、一点において、上回る。


それは、攻撃速度。

特に、連撃速度。


次から次に繰り出される連撃は、アベルをして驚嘆させるものであった。

(驚いたな。前に立った時から強いだろうとは思ったが……。油断すればやられるぞ)



剣戟は、モンラシューの攻撃、アベルの防御で始まった。


短い武器で攻撃速度の速いモンラシューが、先手を取ったのだ。



だが……。



(なんだこいつは! 化物か!)

連撃を繰り出すモンラシュー司令は、アベルの完璧な防御の前に絶望を感じていた。


攻撃の凄さは、素人でも分かる。

防御の凄さは、玄人でないと分からない。


モンラシューのあらゆる攻撃を、完璧に受けられる。

それも余裕をもって。


モンラシューが攻め、アベルが受けているのに、圧倒的なプレッシャーを受けているのは、攻めているモンラシューなのだ。



「久しぶりに充実した訓練をし、嫌でも研ぎ澄まされる戦場に放り出されれば、剣士に戻れるもんだな。リョウが言っていた、技術は衰えない、というやつか」

アベルが口角を上げて言う。


「これほどの腕の男が……剣士に戻る前は、何をしていた」

「王だ」

モンラシューの問いに、はっきりと、そして堂々と答えるアベル。


だが……正確には伝わらなかったようだ。


「王……剣王だとでも言うのか! ふざけるな!」

なぜか激怒するモンラシュー。

アベルは、モンラシューが激怒した理由は分からないが、冷静さを奪えたらしいのでまあいいか、と思っている。


相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。

どこかの水属性の魔法使いが、楽しそうにそんなことを言っていたのを、アベルは覚えていた。



当然、怒った方が攻撃を仕掛ける。


アベルは、それを丁寧に受ける。


受けるしかない、というわけでは当然ない。

モンラシューの剣筋を把握するために、あえて攻めさせる。


冷静さを奪った後、上級者がよくやる手法だ。


把握する理由。

それは、もちろん……。


ガキンッ。


カウンターを合わせられ、モンラシューの剣が吹き飛んだ。


「あっ」

思わず声が漏れるモンラシュー。


そのままアベルが一撃を入れようと……。



だが!


何かを感じたアベルは、右後方を振り向いた。



目に入ったのは石の槍。


アベルに、深々と突き刺さる。

そのまま、アベルは後方に吹き飛ばされた。

木箱を押し潰し、アベルの上にも木箱が落ちた。



「ロックデイ、邪魔をするな!」

怒鳴ったのはモンラシュー司令。

誰がやったことなのか、一瞬で理解した。


「そうは言っても……。さすがに、あなたに死なれたら、私はカブイ卿に叱責されます」

暗がりから出てきたのは、あまり背が高くなく、筋肉もそれほどついておらず、個人戦闘能力は全く高そうに見えない中年男性。

顔貌は、人によってはまあまあかも、という程度であり、女性の熱狂的な支持者がいるとは思えない……そんな顔。


ただ、着ているものは、上質だ。


それだけで、高い地位にある事は理解できる。

当然だ、彼は非常に高い地位にいる。

この艦隊では最高位。艦隊を率いる提督。


彼が、艦隊指揮官ロックデイ提督。



モンラシュー司令は飛ばされた剣を拾った。

そして問うた。

「殺したのか?」

「喉、胸、腹と両足に刺さったはずです」

「一瞬で五本の石の槍か……。やはり恐ろしいな、魔法使いは」

ロックデイ提督の答えに、顔をしかめながらモンラシュー司令は呟いた。


「私なんかよりも、敵軍の方にもっと恐ろしい魔法使いたちがいると思いますよ」

ロックデイ提督はそう言うと、自船に架けられた二百メートルもの氷の橋を見る。

「ああ、確かにな……」

モンラシュー司令も頷く。


「錬金術ではないでしょう。恐らく魔法でしょうが……これほどの大魔法、何人の水属性魔法使いが必要か……。大魔法を指揮した魔法使いは、間違いなく多島海地域を代表するような魔法使いでしょう」

「だが……そんな水属性の魔法使い、聞いたことがないぞ?」

「そう。私も聞いたことありません。だからこそ恐ろしい。そんな人材を、コマキュタ藩王国は、我々が知らないうちに抱えていたというのが」

「確かにな」

ロックデイ提督の言葉に、モンラシュー司令は大きく頷いた。


それはとりもなおさず、情報戦で大きく後れを取っているということだからだ。


「やはり、この三カ月が痛かった……」

ロックデイ提督がそこまで言った瞬間だった。



ガサッ。



氷の橋に視線が行っていた二人は、何が起きたのか理解するのが遅れた。


木箱がどかされた音だと気づいた時には……。


モンラシュー司令の右腕が斬り飛ばされていた。

さらに、返す剣で左腕も。


「ぐはっ」

思わず呻くモンラシュー。


そのまま赤い影は止まらず……。


「うぐっ……」

ロックデイ提督の腹に、深々と剣を突き刺した。



剣を突き刺したアベルも、右脇腹と右太腿から、かなりの血が流れている。



「せっかく修理してもらった鎧に、また穴が空いちまったじゃねえか……」

言葉の内容は軽いが、表情は厳しい。

怒っていると言ってもいいだろう。


実際、アベルは怒っていた。


魔法攻撃を受けた時、油断が無かったかと問われれば、油断していたかもしれない……そう答えざるを得ない。

だから……。

そんな自分に怒っていた。



腹と足に開いた大穴は、その戒め。



「でかい代償を払わせやがって」

剣を突き刺したままの、魔法を放った男を見下ろす。

そして、言った。

「おい、魔法使い。いい服を着ているから地位も高いんだろう? 艦隊指揮官はどこだ?」

「はは……。答えるわけないだろう」

「だよな」

アベルはそう言うと、突き刺したままの剣を、少しだけ回した。


「ぐぉっ」

思わず、ロックデイの口から言葉が漏れる。

「悪いな。俺は、拷問が嫌いなんだが、少しでも早くこの戦い自体を終わらせないといけなくてな。今、この瞬間も、敵も味方も死んでいってるんだ。で、もう一度聞くが、艦隊指揮官はどこだ?」

「知らん」


アベルの言葉に、うっすらと、笑いすら浮かべて答えるロックデイ。


「そうか。なら、お前は必要ないな。死ね」

アベルはそう言うと、剣を引き抜いた。

そして、首を斬り飛ばそうと構える。


「待て!」

それを見て声をあげたのは、腕を斬り飛ばされ、甲板に突っ伏しているモンラシュー司令。


「やめろ、モンラシュー!」

ロックデイが声を上げる。

モンラシューが、ロックデイの正体を明かそうとしているのを理解したからだ。


「ロックデイ、あんたは死んじゃダメだろうが! これからの国の行く末は、カブイ卿にかかっている。あんたはその右腕だろう」


モンラシューの言葉を、アベルは無言のまま聞いている。

言っている内容から、なんとなく理解したが……。


「その魔法使いが、本艦隊の指揮官、ロックデイ提督だ」


今日は14000字……ちょっと長くなりました。

そして、この話で合計200万字突破! いつも応援、ありがとうございます!

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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