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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0452 襲撃待ち

出航して十一日目。

これまで、何事もなく移送艦隊は進んでいた。


つまり、襲撃が想定された三日の内、二回、何も起きなかったのだ。


本日も、上甲板ではお茶会が開かれている。

『お茶』会だが、振る舞われているのはコーヒーだ。

涼が淹れる、蒼玉亭特製ブレンドコーヒー。


今日、テーブルの周りにいるのは、涼とアベルと護衛隊長バンソクス、そして移送艦隊の海兵隊長ラジャトンである。


ラジャトンは、一口飲んで幸せそうな表情になったが、しばらくすると、また顔をしかめた。

コーヒーが口に合わなかったからではない事は、みんな分かっている。


「移送艦隊の予想として、昨日、十日目が、一番襲撃の可能性が高いと思っていたんだよな」

「そう、そうです。もうあとは十四日目しかないとなれば、我々守る側もそこだけに集中すればよくなるわけです。それは、攻める側からすれば決して好ましい状況ではない。だから、真ん中で襲ってくる可能性が最も高い。次に高いのは、出航してまだ慣れていないかもしれない四日目……だったのですが……」

「どっちも来なかったな」

バンソクスが確認し、ラジャトンが艦隊の見解を答え、アベルが頷く。


もちろん、襲ってこないまま都に到着するのが一番いい。

いいのだが……襲ってくるかもとずっと身構えているのも、なかなかに疲れるのは確かだ。


「その、襲撃が想定される三カ所というのは、どういう基準で、そこなんだ?」

アベルが問う。

国王として、自らに足りない海戦の経験を、今回少しでも積む事ができればと思っているため、質問も積極的だ。


「その三カ所は、襲撃艦隊を隠しやすい島が、航路付近に点在しているのです。陸戦で言えば、伏兵を配置しやすい地形というべきでしょうか」

「なるほど」


海兵隊長ラジャトンは、アベルが剣士だと認識しているからだろう。

陸上での戦闘にたとえて説明した。

アベルも、すんなり理解できたようだ。


「それも考慮しての輪形陣か」

「リンケイ? ああ、艦隊は、確かに輪のようになっていますね。多島海地域では、特にそういう呼び方はしませんが、理屈は仰る通りです。その三カ所は、全方位から襲撃される可能性が高いですから、それに備えた艦の配置になっています」


伏兵に備えるのも大変なのだ。



「明日、ジュシータの街で補給を受けるが、船の外には下りられないんだよな」

「はい、申し訳ありませんが……。船員は仕方ないですが、他の皆様は……王女様はもちろん、護衛隊の皆様も、船で待機してください」

護衛隊長バンソクスが確認し、海兵隊長ラジャトンが頷いた。


事前に、そう決まっていたらしい。


「下りたら……絶対に余計なトラブルが発生するに違いありません」

涼が、ラノベ的王道展開を想定して呟く。


それをアベルがジト目で見た。

見咎める涼。


「アベルは、何か言いたい事でもあるんですか?」

「いや、別に……」

涼の問いに、アベルはわざとらしく目を逸らす。


「言いたいことがあるなら、はっきり言うべきです」

「リョウは、そういう問題が起きて欲しいんじゃないかなと、ふと思っただけだ。気にするな」

「失敬な! 僕だって、問題が起きて多くの人に迷惑が掛かって欲しいなどとは思っていませんよ」

「多くの人に迷惑が掛からないで、リョウにだけであれば?」

「それは、引き受けるのにやぶさかではありません」

「やっぱりな!」

「そ、そういうのは……暇つぶし、いや、生活の(いろどり)というか、メリハリというか……」


一気にしどろもどろになる涼。

他の人を巻き込みたいとは思わないが、涼だけであれば……別に、ちょっとくらい起きても……。


「いえ、何か起きたら、リョウさんだけの問題では収まらず、海兵隊としても動かざるを得なくなりますから」

「俺ら護衛隊もだな。リョウさんもアベルさんも、蒼玉商会が依頼した冒険者だしな」

「た、確かに……」


ラジャトンからもバンソクスからも、決して強い口調ではないが、やんわりと釘を刺される涼。もちろん、それを受け入れる。


だが……。


「ほら! アベルが変な事を言うから、みんなが心配したじゃないですか!」

「俺のせいかよ」

ちゃんと、アベルにも釘を刺しておかねば。

もちろん、全ての責任は涼の発言にある……全員がそれを理解していたとしてもだ。




翌十二日。

釘を刺されたこともあり、ジュシータの街に寄港した際、涼は何も悪い事はしなかった。

いや、もちろん、釘を刺されなくてもそんなつもりはなかったですよ?


航海中と同様に、上甲板で、アイスクッション付き氷の椅子に座り、蒼玉亭特製ブレンドコーヒーを飲みながら錬金術の本を読みふける。


そもそも、それだけでも至上の喜びではあるのだ。



そして、ついに!



「ふふふ……理解できましたよ。ついに理解できましたよ」

湧き上がる喜びが身を震わす。


傍らで、涼同様に本を読んでいたアベルが胡乱(うろん)げな目で見て言った。

「不気味な声をあげてどうした」

「今はとても気分がいいので、アベルの失礼な物言いも許してあげましょう」

アベルの言葉を、珍しく鷹揚(おうよう)に頷いて受け流す涼。


そして、今まで読んでいた錬金術の本をアベルの前に突き出した。


「アベルの鎧を修復したあの技術です」

「ああ……マニャミャの街の鎧屋だな。かなりボロボロになっていた鎧が、新品同様になって戻ってきたが……あれは凄かったな」

「ええ。錬金術で、それの元になった技術の紹介や、さらに別の分野への応用なども、鎧屋さんが紹介してくれたこの本に載っていたのですが、理解できました!」

「それは凄いな」

涼が嬉しそうに言い、アベルは素直に称賛した。


こういう、一生懸命に、あるいは一途に取り組む涼の姿は、アベルから見ても凄いと感じるのだ。


それに取り組んだからといって、必ずしも望んだ答えが手に入るとは限らない。

欲しかった技術が身に付くとも限らない。

だが、それでも、一途(いちず)に取り組む。


それをできる人物は、稀有(けう)な人材であるとアベルは思っている。

そして涼は、それができる人物であると。


普段は、いろんなことを言い合っているが、それらも全て心の底では尊敬しているからこそ。

そこに嘘はない。



「『元通り』という言葉からは、時間を巻き戻したりするのを想定するかもしれませんが、決してそんな事ではありませんでした」

涼が演説でもするかのように、嬉しそうに言っている。

アベルは、黙ってそれを聞く。


「剣によって斬り裂かれた組織の、切断面を再び合わせての繋ぎなおしを行っていたのです。ですから、例えば炎で燃えて炭化したり、酸で溶かされたりしたら、修復はかなり難しくなるみたいですが、今回は剣の傷がほとんどだったので、一日で修復できたみたいです。いや、それでも、繰り返されるプロセスを考えれば、あれだけの傷を一日で修復するのは大変……あの鎧屋さんは、かなり錬金術に習熟しているのでしょう」

「うん……よく分からんが……リョウも、修復ができるようになるのか?」

「うぐっ……理解はできましたけど……理解できるのと、それを再現できるのとは別物です。もう少し深く学んで、実際に試してみて習熟すれば……できるようになるかも……」

涼は、口をへの字にして答える。


理解と再現の間には、大きな隔たりがあるのだ。


「そうか。リョウならいずれ成し遂げられると思っているぞ」

「任せてください。やってやりますから!」

アベルが期待していることを伝え、涼も嬉しそうに頷く。


もし、可能になれば、アベルの革鎧をいつでも修復してもらえるということになる。

涼は涼で、大好きな錬金術の新たな技術を身に付けることに繋がる。


ウィン・ウィンの関係なのだ……多分。




ジュシータに寄港してから五時間後。

バシュテーク号と二十隻の護衛艦に全ての荷を積み終えて、艦隊は出航した。


寄港中も、特に何事もなかった。


「良かったですね」

「確かに良かったが……」

「何ですかアベル。トラブルが起きた方が良かったとでも言いたげですね。そんなことになれば、護衛隊の皆さんや、海兵隊の皆さんが苦労するのですよ」

「それ、リョウが言われたやつだろう」

アベルが呆れたように首を振る。


「そうじゃなくて、可能性が、本当に十四日目だけになるわけだが……襲撃者、スージェー王国はどう考えているのかと思ってな」

アベルが言うことはもっともなのだ。


それは涼も理解している。


「兵の形は、(じつ)を避けて(きょ)を撃つと言います。戦いにおいては、充実した軍を避けて、虚、つまり手薄な軍を撃つべきだと、昔の偉い人が書いた本にあります。このままでは、十四日目に向けて、移送艦隊は段々と意識を充実させていきますよね」

「……リョウは時々、難しい事を言うよな」

「孫子という、有名な兵法書に書いてあるのです」

「なんで、兵法書なんて知っているんだ?」

「街の図書館にあったから読んだんですよ? とても興味深いですよね」

「俺は、兵法書が街の図書館にある、リョウの故郷の方が興味深いよ……」


『孫子』は、涼が中学生の時に読み(ふけ)った本の一つだ。

マキャヴェッリらと共に、涼を歴史の道へと誘った大いなる力の一つでもある。


それまでは、理論物理学者になろうと思っていた涼の人生を、がらりと方向転換させたものたち……。

本とは、かくも驚くべき力を持つものなのだ。



「スージェー王国軍……いったい何を考えているのでしょうね」

「ああ。そこは全然分からんな」

「もしや……ここまで盛り上げておいて、襲撃してこないとか……」

「何だ、盛り上げって……」

「いえ、襲撃してこないなら、それが一番なのですよ? それは理解しているのですが……」

「さて……な。とりあえず、十四日目、だな」



そして、十四日目……襲撃は行われなかった。


襲撃が起きないということが、物語の展開上、許されるのでしょうか……。

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