0450 顔合わせ
二人は甲板上で、バシュテーク号の船員、蒼玉商会護衛隊と共に、王女様一行に紹介された。
バシュテーク号に乗るのは、ダオ船長以下船員四十人、王女様一行百人、マニャミャ駐留海軍海兵隊百人、蒼玉商会護衛隊三十人、そして涼とアベル。
船員まで含めると、三百人近くが乗る。
「ここまで大きいのも納得ですね」
「確かにな」
涼が、上甲板から港を見ながら言うと、アベルも頷いて同意した。
人だけではなく、船倉にはかなりの荷物を積んでいる。
船倉が空では、船の安定性に著しい障害を抱えるからだ。
「それにしても風属性魔法って便利ですね」
「なんだ、突然?」
地球の西洋史において、古代ギリシャやローマでは、商船は帆船とも言うべきものであったが、軍船は櫂で漕ぐ、あるいは帆と櫂両用であった。
軍船の場合、衝角戦術、つまり船の前方、喫水より下にある尖ったラムを相手の船にぶつけて穴を空けて沈める、あるいは相手の船に乗り込んで制圧する……それが海戦の構図だったからだ。
十六世紀の、オスマン帝国対スペインとイタリア諸都市で起きたレパントの海戦まで、ガレー船が海戦において活躍するが……海戦の中身はかなり変化しはじめていた。
それは、大砲の出現によって。
簡単に言うと、大砲ならびに銃の出現によって、必ずしも自船を相手の船にぶつけなくともよくなった。
それまでは、衝角戦術なり接舷なり、船同士がぶつからねば何も始まらなかったのだが、船に備え付けられた大砲によって、遠距離攻撃でも相手の船を沈める可能性が生まれた。
あるいは、銃撃によって、敵の指揮官や船長を狙撃ということも行われるようになった。
弓矢での攻撃とは、全然違ったのだ。
もっとも、かなり揺れる船上であるため、狙っても当たらなかったという研究者もいる……。
それら、兵器による戦術の変化もあって、ガレー船、あるいはガレアス船は廃れていく。
上述したレパントの海戦が、ガレー船が活躍した最後の海戦と言われる所以であろう。
地球ではそうだったが、この『ファイ』において、船と海戦は全く違う歴史を歩んでいるようだ。
まず、ガレー船というものがない。
少なくとも、涼は知らない。
涼も知らない過去に使われていた可能性はもちろんあるが、現在は見かけない。
帆船一択。
しかもその帆船も、風属性魔法を駆使することによって、どの方角にも一定以上の速度で向かう事ができる。
風が船を押し、望んだ方向に進む事ができる。
普通、帆船で風上に切り上がっていく場合、いろいろと難しいのだ。
完全な向かい風に向かっては、帆船は進めないのだから。
だが、それら帆船が抱える多くの問題を解決してしまう魔法。
魔法万歳!
戦い方そのものは、地球の、大砲が出てくる前の時代と似ている。
船をぶつける。
穴を空けて沈めるか、乗り込んで制圧するか。
それはつまり、最も守りたい船は中央に置く、ということになる。
全ての荷の積み込みが終わり、人が乗り、バシュテーク号は出航した。
港から見送る人々に手を振られながら。
傍らには、同時に出航したマニャミャ駐留海軍移送艦隊の艦艇二隻。
他の十八隻は、すでに沖合に浮いている。
バシュテーク号は、そんな移送艦隊の中央に収まった。
二十隻の艦艇が、バシュテーク号を中心に置きながら航行を開始。
「これは、壮観だな」
「周りをぐるりと囲まれていますからね」
アベルが少し興奮している。国王陛下は、海軍を見るとテンションが上がるのだろうか。
涼もとても嬉しそうだ。筆頭公爵も、楽しいらしい。
もちろん、二人のための艦隊ではない。
イリアジャ姫を移送するための艦隊だ。
そのため、彼女が乗るこのバシュテーク号を中央に、艦隊が編成されている。
「これは……輪形陣に見えます」
「輪形陣? ああ、確かに、この船を中心に、他の護衛艦は輪を描くように配置されているな」
涼が呟き、アベルも頷いた。
輪形陣と言った場合、現代地球における、空母打撃群が最もよくある例として用いられるのかもしれない。
一隻の空母、数隻の巡洋艦と駆逐艦、海中に攻撃型原潜。
そんな艦隊編成の空母打撃群。
中央に空母を置き、その周囲を巡洋艦ならびに駆逐艦が囲い、海中を攻撃型原潜が進む。
空母打撃群の中核たる空母は、最も沈められてはいけない船。
数千人が乗る船というだけでなく、現代戦において重要な航空優勢を得るための飛行機が載っているのだ……沈められるわけにはいかない。
だがそれは、攻撃する側からすれば、絶対に沈めなければならない目標となる。
その船を沈めるか守り切れるか、それが戦局を左右する。
だから、輪形陣で、最も大切な船を中心に置いて守る。
アベルは、輪形陣という言葉は知らなかったが、理解はできた。
今回の移送において、アベルはいろいろと期待していた。
危地であることは理解しているが、同時に、多くの経験を積む事ができるのではないかと。
その一つが、海戦、あるいは艦隊戦だ。
アベルはナイトレイ王国の国王である。
だが、艦隊戦の経験はない。
指揮を執ったことはもちろん、数十隻規模の艦隊戦を見たこともない。
せいぜい、ギルドの依頼で海賊討伐に加わったことがあるだけだ。
陸戦の指揮は、王国解放戦からこっち、何度か経験することがあった。
だが、陸戦と海戦は全く違う。
もちろん、これから多島海地域で展開される海戦も、中央諸国のものとは違うのだろう。
だが、貴重な経験であることに変わりはない。
経験は自らの血肉となる。
剣士として、また冒険者としての経験を積んできたアベルは、その事を嫌というほど理解していた。
そういう意味でも、この移送は楽しみに思う部分があるのだった。
輪形陣が組まれてすぐ、バシュテーク号の上甲板で、報告会が行われた。
これは、駐留艦隊海兵隊隊長ラジャトンによって開かれた。
ラジャトンは、三十代半ばの落ち着いた感じの指揮官だ。
海兵隊なんて、みんな暴走族の特攻隊長みたいなものに違いないと勝手なイメージを抱いていた涼からすれば、とても驚くべきもの。
むしろ、蒼玉商会護衛隊長のバンソクスの方が、海兵隊っぽい……。
涼がそんなことを考えているのを、アベルが横目で見ている。
小さく首を振りながら。
集まっているのは、イリアジャ姫、執事長ロンク、ダオ船長、バンソクス護衛隊長、そして涼とアベル。
普通、こういう場合には、船尾の船長室に集まるのだが、船尾船長室は今回、イリアジャ姫専用室となっているのだ。
そのため、こうして上甲板に集まっている。
ちなみに、船長室をイリアジャ姫に明け渡すことになったダオ船長は……。
「よくある事だ」
と大笑いしたとか。
さすがは、海の女。
「これが多島海地域、マニャミャ周辺の地図です」
ラジャトンがそう言って示したのは、涼とアベルが蒼玉亭で初日に見せてもらった地図に似ていた。
だが、島と浅瀬の位置が、かなり詳細に描きこまれている気がする。
「ここと、ここと、ここ。この三カ所での襲撃の可能性が高いと、駐留艦隊では見ています」
マニャミャから都にかけての水域は、彼らにとっては裏庭みたいなものなのだろう。
どこで、襲撃されやすいかも推測しやすいに違いない。
「通過するのは、四日目、十日目、それと十四日目の予定です。途中寄港は、十二日目にジュシータの街となります。基本的に、艦内であればどこで過ごされても問題ありませんが、この四日目、十日目、十四日目だけは、すぐに部屋に戻れるようにしておいてください」
「分かりました」
ラジャトン海兵隊長がそう言うと、イリアジャ姫は了解した。
「二十日間の航海、よろしくお願いいたします」
そういって、姫は頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ、国の命令とはいえ、窮屈な思いをさせてしまい申し訳ありません」
ラジャトン海兵隊長も頭を下げ返した。
それを、なぜか涼がうんうんと頷いて見ている。
それをジト目で見るアベル。
その場では何も言わなかったが……。
解散してから、アベルは言った。
「なぜ、リョウはいつも偉そうなのか」
「藪から棒になんですか。アベルみたいに、いつも権威をひけらかしたりはしていませんよ」
「いや、俺、権威をひけらかすとか、したことないだろう?」
そんな他愛もない会話をしている二人の元に……。
「アベルさんとリョウさんでしたよね」
イリアジャ姫が、執事長ロンクを伴ってやってきた。
解散した後、部屋に戻らずに二人の元に来たのだ。
「ええ、姫様。私がアベル、こっちのローブがリョウです」
「はい、姫様。私が涼、こっちの剣士がアベルです」
アベルと涼が互いを紹介する。
それを聞いて微笑むイリアジャ姫。
「イリアジャです。お二人仲がよろしいのですね」
「姫様、それは気のせいです。このアベルという剣士は残虐非道、残酷無比な恐ろしい男なので、仲良さそうに振る舞っていないと後で何をされるか知れたものでは……」
「おい……」
「ね? 恐ろしい人物なのです」
「よくもそう、次から次へと悪口が出てくるな。そこは感心してしまうわ」
涼の言葉に、何度も首を振るアベル。
それを聞いて、先ほど以上に笑うイリアジャ姫。
「良かったですね、アベル。アベルが犠牲になってくれたおかげで、姫様は笑う事ができましたよ」
「俺を犠牲にする必要性はあったのか……」
「いつも言っているじゃないですか。自己犠牲の精神は素晴らしいものだと」
「うん、リョウが自己犠牲を見せた事は無い気がするがな」
二人がそんな会話をしていると、ようやく笑い終えたイリアジャ姫が口を開いた。
「本当に楽しい。そう……心の底から笑ったのは、久しぶりかもしれません」
視察に出たら、都で反乱。
家族は皆殺し、立て籠もった州も最終的に陥落。隣国に落ち延びたのだ。
笑う事などなかったであろうことは、涼でも分かる。
「笑うと病気になりにくいという人もいますからね。無理にでも笑った方がいい……場合もあります。また笑いたくなったら、このアベルが犠牲になってくれますから、いつでも声をかけてください」
「俺じゃなくて、リョウが犠牲になってもいいだろうが」
「体を張るのは前衛の仕事と決まっています」
「うん、そんなことは決まっていない」
続く二人の会話。
イリアジャ姫は微笑みながら言う。
「他の方は……どうしても私が王女だからでしょうか、距離を感じてしまいます。それは仕方のない事だとは思うのですが。お二人はそういうのは感じません。できれば、この航海の間だけでも……」
「姫……」
イリアジャ姫の言葉を遮るロンク執事長。
だがそれは、下々の者との交流などいけません、というのではなく……とても寂しそうな表情の執事長。
「あ……そう、そうね、私と関わると、色々なところから目をつけられてしまうわね」
ロンクが遮った意味を理解し、苦笑する姫。
涼とアベルは顔を見合わせた。
「そんな事は気にする必要はない。俺たちは中央諸国の人間だ。この国に定住するわけでもスージェー王国と関係を持つわけでもない。大陸に渡って中央諸国に戻ろうとしているところだからな」
「そうそう。逆に、そんな文句を言う人がいたら、このアベルがけちょんけちょんにしてくれますから。全然気にしなくていいですよ」
「何で俺なんだよ」
「アベルなら、どんな相手でも迎え討てると信じているからです。これは信頼の証なのです」
「うん、全く信頼できない言葉を、よくもそう堂々と吐けるな」
そんな二人の会話を聞いて、再び、イリアジャ姫は小さく笑った。
「ありがとうございます」
頭を下げて感謝した。
「昔、王宮にいた時のように……楽しいです」
そう呟いた。
さすがは国王と筆頭公爵。
他国の王女様相手にも、物おじなどしないのだった……。