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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0449 バシュテーク号

それから出港までにかかるお金は……。

「もちろん、全て蒼玉亭ならびに蒼玉商会で負担させていただきます」


極上の待遇。


今までも美味しく、豪勢な料理が提供されていたため、質が変わったわけではない。

だが、マニャミャの街で購入するもの全てを、蒼玉商会付けで購入できる……。


実は、アベルが元々着ていた革鎧はボロボロになっていた。

もちろん、国王用に(こしら)えられたものであるため、非常に素晴らしいものなのだが戦争を経験した。

しかも、魔人ガーウィンの眷属との剣戟も経験した。

致命傷は受けておらずとも、その鋭い剣閃で、鎧はかなり傷ついていた。


それを……。


「これは素晴らしい(よろい)ですね。新しいものを購入されるよりも、修復した方がよろしいでしょう。一日いただければ修復できます」

蒼玉商会に紹介された鎧屋に持っていくと、そう言われ、一日後には元通り修復されて戻ってきた。


「凄いな……」

アベルはその出来栄(できば)えに驚いた。

「これは絶対、魔法か錬金術です……」

涼はその技術に興味を持った。


中央諸国とも西方諸国とも違う技術があるようだ。


「確かに錬金術の一系統です。技術そのものは門外不出ですので教えられませんが……」

気のいい鎧屋は、笑いながらそう言うと、お勧めの本を教えてくれた。

しかも、そんな、いわゆる技術書が多く揃う本屋さんの場所と共に。



さすがに藩王国第三の規模を誇る街にある専門書を取り扱う本屋だけあって、高価な本も数多く取り揃えられ……。


涼は、厳選した三冊の本を購入した。

もちろん、代金は蒼玉商会持ちで。


それをジト目で見るアベル。


「なんですか、アベル。僕は、与えられた権利を行使しているだけです!」

「いや、別に何も言っていないだろう」

「嘘ですね! 目が言っています。他人の金で読む本は面白いかと!」

「いや、さすがにそこまでは思っていなかったぞ……」




出航日の朝。

朝食を摂り、全ての準備を終えて、涼とアベルは受付に立った。

「宿を出る。手続きを頼む」

「ありがとうございます、アベル様、リョウ様。お手続きはすべて完了しております」

アベルが言うと、受付に入っていた長女バンシースが笑顔で答えた。


そのタイミングで、奥から商会長バンデルシュが出てきた。


「アベル様、リョウ様、どうかバシュテーク号の船員たちを、よろしくお願いいたします」

そう言って、丁寧に頭を下げる。

「全力を尽くすと約束しよう」

アベルがそう答え、涼も隣で頷いた。


二人は、バンデルシュとバンシースに見送られて、宿を出た。



広場の向こう側、王女様たちが泊まっている『麗しの泉亭』の前も、慌ただしい様子だ。

「偉い人の移動って大変なんですね」

涼はそう言いながら、隣を歩くアベルを見る。


「まあ、そうだが……リョウの、その視線は何だ?」

「いえ、アベルも少し前までは王様として大変だったのだろうと……」

「俺は、今の方が好きだぞ」

「でも、供の者も連れずにいて暗殺されたら、責任を取らされてクビになる人が出てきますよ」

「いや、そりゃあ、そうだが……」

「アベルの身を犠牲にしても、責任者の生活を救う方がより大切だと思います」

「うん、なんか表現が変だと思うんだ……」



二人が向かったのは港。


スージェー王国王室専用船の墜落後、ほとんど封鎖されていた港であるが、今日の移送艦隊出航後には、数日ぶりに開放されると通達されているらしく、かなり人の行き来が多くなっている。


「こういう賑やかな感じはいいですよね」

「出店はないがな」

「アベル、さっきご飯食べたでしょう? 腹ペコ剣士であるにもほどがありますよ」

「いや、俺のためじゃなくて、リョウが欲しがるんじゃないかと思って話を振ったんだが」

「僕にまで、腹ペコ魔法使いのレッテルを張るのは勘弁してほしいですね」

涼はそう言うとこれ見よがしに大きくため息をついた。


アベルはカチンときたが、何も言わない。

目の前から、二人に近づいてくる人物が目に入ったからだ。


その男は二十代半ば、金色の髪を短く刈り上げ、荒々しい雰囲気を(まと)っている。

武器は、二本の長めのナイフか。


金髪の男は二人の前に来ると口を開いた。

「アベルさんとリョウさんだな。俺は、蒼玉商会護衛隊長のバンソクスだ。都までの移送依頼、受けてくれて感謝する」

そう言って手を出した。


「アベルだ。こちらこそ、よろしく頼む」

アベルはそう言うと、握手した。

「リョウです。よろしくお願いします」

涼も握手した。



三人は、船に向かって歩き出す。


「昨日は悪かったな。顔合わせをするはずだったんだが……」

「ああ、聞いた。行政府と駐留海軍の会議に出ていたが、紛糾(ふんきゅう)して戻れなくなったと」

そう、この三人とバシュテーク号の船長の四人で、顔合わせをする予定だったのだが、急遽中止になったのだ。


「大変だったな」

アベルが気持ちの籠もった言葉をかける。

紛糾する会議の経験があるのかもしれない。


涼は想像する。

王国トップたちの、会議が紛糾する様子を。


だが……。


「ハインライン侯がいる限り、紛糾する様子が想像できません」

涼の呟きは、本当に小さかったため、アベルにも聞こえなかったようだ。


きっと宰相ハインライン侯爵がいない場面で、紛糾したに違いない。

国王というのは、いろいろと大変だろうし。



「まあ、俺らはたいしたことなかったんだ。バシュテーク号は、移送艦隊に臨時で編入という形になるから、艦隊の指示通りに動くだけだ。船内での行動は制限されないが、船の動きは艦隊についていく……具体的には、移送艦隊の旗艦ロコモコ号の後ろをついていく。ただそれだけ」

「ロコモコ……」

涼の呟きはアベルにも聞こえたようだが、完全に無視された。

どうせ、たいしたことではないだろうと。


そう、涼が思い浮かべたのは、地球のハワイで有名な食べ物……。

たしかに、たいしたことではなかった。


「紛糾したのは、行政府と駐留艦隊の間での話し合いだな。スージェー王国からの、正式な引き渡し要求があったから、襲撃される可能性は飛躍的に高まった。だから、海兵隊だけじゃなく、街の守備隊も船に乗せろと艦隊側が要求していた」


バンソクスは、苦笑しながら説明した。

アベルも、それを聞いて首を傾げる。


「それは……さすがに行政府も、うんとは言えんだろう」

「ああ、最終的にも突っぱねたな。まあ、街を守る守備隊だ……移送艦隊が出ている間、街に何も問題が起きないとは限らないからな。最低限の守備隊は残しておきたいだろう」

バンソクスが言う。



ちなみに、涼の荷物は肩掛け(かばん)一個だ。

ロンドの森からずっと使っていた鞄は、王国東部の戦場に転移した時、地面に置いてきた……。

王国軍が、忘れずに持って帰ってきてくれることを祈っている。


今回は、街で見つけた、同じように皮をなめした丈夫そうな鞄。

もちろん、蒼玉商会持ちで買ってもらった。

その中に、三冊の本が入っている。

これも蒼玉商会持ちで買ってもらった、錬金術関連の本だ。

未だに、文字は分からないが、そこは『翻訳機』が仕事をしてくれることを確認してある。


この船旅の間に読み耽ろうと思っていた。


そのため、バンソクスが……。

「二人に頼みたい仕事は、戦闘時だけだ。戦闘になり、バシュテーク号に敵が接舷してきた時に、船員たちと王女様を守るのを手伝って欲しい。あとは好きにしていてくれ」

そう言った時、思わず小さくガッツポーズをした。


バンソクスは気付かなかったが、アベルは当然のように気づき、小さく首を振るのであった……。




そんな事を話しているうちに、三人は一隻の大きな船の前に到着した。


「これが、バシュテーク号だ」

「でかいな……」

「船員以外に二百人以上乗せるだけはありますね」

バンソクスが紹介し、アベルが大きさに驚き、涼も感心する。


そして、ふと思ったことを呟いた。

「これは……三層甲板ガレオン?」

涼が呟くと、アベルが涼の方を見た。

だが、何も言わない。

言葉の意味が分からないのだろう。


「一般的なガレオン船よりも、一回り以上大きいですし、なにより、三層構造の甲板だと思うんです。まあ、外見からの推測ですが」

「ほう、リョウさん、よく分かったな。そう、こいつは、三層構造の甲板がある。もちろん、それ以外に船倉もな」


呼び方はいろいろあるが、空にむき出しの上甲板、その下の第二甲板、さらにその下に第三甲板、そして最下層に船倉がある。

確かに、これであれば多くの人間を乗せる事ができるだろう。


だが、当然重心が高い位置になるため……。


「動かすのが難しい」

「ああ。だから、船員付きで提供せざるを得なかったんだ」

涼が言い、バンソクスが顔をしかめて補足した。


操船が難しくない船であれば、船だけ提供という形もできた。

それであれば、最悪の場合、商会の損害は船だけで済む。

だが、誰にでも扱える船ではないために、この船の操船に習熟した船員たちを危地に送ることになった……。



涼は、地球での知識から三層甲板ガレオンと言ったが、もちろん正確には違う。

マストの数も、帆の張り方も全く違う。


そういったものは、土地によって、海域によっていろいろと変わってくるものなのだ。



三人は船に乗り込んだ。

船が大きい事もあって、上甲板は広々としている。

しかも、海面からも高い位置にあるため、見通しが良い。


「気持ちいいですね。これは素敵な船です!」

「ありがとうございます」

涼が思わず感嘆の声上げると、それに答えて一人の女性が近づいてきた。

二十代半ば、バンソクスと同年代の……美しい中にもバンソクスに似た荒々しさを併せ持つ女性。

涼よりも少し背が高いため、女性にしてはかなり高身長だといえる。


「紹介しよう。バシュテーク号船長のダオだ」

「ダオだ。アベルさんにリョウさんだな。もしもの時は、よろしく頼む」

バンソクスが紹介し、ダオは二人と握手した。


涼は、ダオも二振りのナイフを身に着けているのに気付いた。

ちゃんと鞘に入っているのは、船上のものを傷つけないようにだろうか。



「二人に要求されたものは、全て積み込み済みだ」

「要求?」

ダオの言葉に、首を傾げるアベル。


「いくつかあったが……一番の大物はコーヒー豆だな」

「おぉ! 蒼玉亭特製ブレンド!」

ダオが笑いながら答え、涼が嬉しそうに頷く。


「そういえば、そんなこと言っていたな……」

「コーヒーの一杯が気持ちを落ち着け、難しい仕事を成功に導くこともあるのです」

「あ、うん……それは否定しない……」

涼の説明に、いちおう頷くアベル。


「ちゃんと、ブレンドの比率や美味しい淹れ方も聞いてきましたからね。アベルがどうしてもというのなら、飲ませてあげるのにやぶさかではありません」

「そりゃあ、飲みたいに決まっているだろう。蒼玉亭で出されたコーヒーは、確かに美味かったからな」

涼とアベルが話しているのを、ダオ船長もバンソクスも笑いながら聞いている。

蒼玉亭を褒められるのが、蒼玉商会の人間にとって嬉しいのは当然だ。



そんな事を話しているうちに、港の入口が騒がしくなったことに四人は気付いた。


「来たようだな」

「主賓の到着です」

「最後の王女か」

「嵐の予感がします」

バンソクスが確認し、ダオ船長が呟き、アベルが小さく首を振り、涼が適当な事を言う。



マニャミャ守備隊三百人に護衛された、スージェー王国第六王女イリアジャ姫一行が到着した。


ダオ船長とバンソクスは、船を下りて一行に挨拶している。


「アベル、突然王女様を人質にとって、お金の要求とかしないでくださいね」

「いや、するわけないだろうが。リョウの中で俺って、いったいどんな奴なんだよ」

「危ない剣士」

「うん、そんな考え方をするリョウの方が、危ない魔法使いだ」

「僕は、どこからどう見ても、人畜無害の魔法使いですよ?」

「人は、見た目だけでは分からないということだな」

「まあ……確かに、バンソクスさんもダオ船長も、見た目は怖そうでしたけど、話してみるといい人たちでした」

「そうだな。海の男、海の女って感じだよな。少し、冒険者に似ているか」

「ああ! なんか懐かしい感じがするなと思っていたのは、それですね。最近、冒険者に会っていませんでしたから」

「まあな」


涼が、懐かしさの原因を理解し、アベルが苦笑する。


この多島海地域には、いわゆる冒険者と呼ばれる者たちがほとんどいないというのは、アベルも聞いている。

冒険者の国とすら言われるナイトレイ王国はもちろん、中央諸国全土でも冒険者はかなり多いため、それがいないというのはアベルからすれば意外ではあったが……。


「平和だということです」

涼が、なぜか偉そうに頷いている。


冒険者的な人たちがいなくとも、国としての統治機構が正常に回っているということなのだろうとは思っている。

それはそれで、民にとって幸せであればいいのかなとアベルは自分を納得させた。



「陸上が、ジャングル……歩きにくい密林ばかりで、しかも魔物も強いのがいないからかもしれませんけどね」

「そうだな……そっちの方が納得できるな」

涼の推測に、素直に頷くアベル。


確かに、陸地は移動しにくい。

冒険者でなければ倒せないような魔物もいない。


街間の移動が、基本的に船となると……あまり冒険者の出番もなくなるのだろうか。


「船を持った冒険者……よりも、素直に、漁師さんをした方がいい気がします」

「否定できないな……」


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