0048 アモンの訓練
ゴールデンウィークなので、追加投稿です。
涼とアモンは、ルンのダンジョン第二層にいた。
ここは、レッサーウルフなどの狼系魔物がいる階層だ。
「<氷よ 貫け アイシクルランス4>」
二頭のレッサーウルフそれぞれの後ろ脚を、氷の槍で縫い付けて飛び上がれなくした。
「ハッ」
アモンが、そのうちの一頭に対して攻撃を仕掛ける。
レッサーウルフも、無事な前脚と口で応戦する。
アモンは、攻撃とバックステップを繰り返し、自分が傷を負わないようにレッサーウルフのダメージを蓄積させていく。
(足の止まった相手には非常に有効ですね。足が止まっていない相手に対してはどうやって戦うのか興味があります……)
数度の攻撃で、レッサーウルフの両前脚を使えないようにしてから、アモンは喉に突きを入れた。
後ろ脚を氷の槍で止められているもう一頭に対しても、同じようにしてアモンは倒した。
「お見事です」
「はい、ありがとうございます」
アモンは顔を紅潮させて答えた。
昨日ほどではないが、倒した直後は興奮するようだ。
涼は、アモンが先に倒した方の魔石を回収する。
第二層に入って、六頭目のレッサーウルフたちであった。
先の四頭は、昨日の蟻同様に、涼が氷の槍で脚全てを地面に縫い付けた状態で、アモンがとどめを刺した。
今の二頭は、後ろ脚を氷の槍で地面に縫い付けた状態で、アモンには戦ってもらった。
「アモン、どうですか? 次は、一頭だけ……ノーダメージは厄介な相手なので、前脚の片方にダメージを負った状態の狼と戦ってみますか?」
ダンジョン探索と言うより、完全にアモンの戦闘訓練と化している。
「お願いします!」
「いい返事です」
誰でも、やる気に満ちている若者、素直な若者は好きなものだ。
涼も例外ではない。
もっとも、涼は見た目、十代後半なので、十分に『若者』なのであるが……。
「でも、リョウさん、いいんですか?」
「ん?」
「ぼくは、ダンジョン探索と戦闘訓練と、両方やってもらってすごく有り難いのですけど、リョウさんは物足りないのではないかと……」
アモンが、レッサーウルフから取り出した魔石を水で洗いながら問いかける。
本来、水はダンジョンにおいて貴重なものであるが、水属性魔法使いがいるので、無尽蔵に使い放題である。
「そんなことは気にしなくていいのです。ルームメイトが強くなるのに手を貸すのは、当然なのですから。そう言えば、アモンの剣術というか動きというのは、アベルの剣術に似ているのですが、村の元冒険者から習ったのでしたよね?」
「アベルさんに……! あ、はい。キーロ爺さんという方に教えていただいたのですが……爺さんとは言っても、立派な体躯で畑仕事もバリバリやられているのですけど。剣術は、王都の大きな道場で学んだそうで、なんとかいう有名な流派……ヒューム流だったかな、の剣術らしいです」
あんまり覚えてなくてすいません、とアモンは恐縮した。
「なるほど。基礎がしっかり身に付けば、きっと、すごく強くなれると思いますよ。アベルがそんな感じでしたから。では先に進みましょう」
そう言って、二人は並んで歩きだした。
昨日同様に、二人並列である。
「リョウさんは、魔法使いだと思うのですけど、剣も詳しいのですか?」
「昔、師匠に稽古をつけてもらっていたのですが、元々が我流なので剣に詳しいとは言えないですね」
そういうと、涼は遠い目をした。
頭の中には、久しぶりに妖精王たるデュラハンの姿が浮かんでいた。
「すごいですね! 魔法使いの上に剣術もとは……。あれ? でも普段は剣とか持ってませんよね」
(つい最近、そういうやり取りをした記憶が……)
「僕の剣はこれです」
そう言って、村雨をベルトから取り出すと、氷の刃を生じさせた。
「な、な、なんですか、それ……」
アモンの、思いっきり開かれた目は、面白かった。
とはいえ、氷の刃を生じさせた剣、というか片刃で反っているから刀の方が近いのだが、そんなものを初めて見れば、誰でもアモンのようになるであろう。
「師匠がくれた、水属性魔法使い用の剣です」
「氷の刃……ああ、確かに、水属性の魔法が使えないと、刃を生じさせることもできないのですね。でも、こんなの、初めて見ました」
そこで、涼が反応した。
「レッサーウルフが二頭、前方から来ますね」
「あ、はい!」
村雨を見て、ちょっと浮かれていたアモンは剣を鞘から抜き放ち、気を引き締める。
「では、先ほど言った通り、一頭、前脚にダメージを与えますので、戦ってください」
「はい!」
「<アイシクルランス2><ウォータージェット>」
二本の氷の槍が、一頭のレッサーウルフの両後ろ脚を貫いて地面に縫い付ける。
そして、もう一頭のレッサーウルフの左前脚をウォータージェットが撃ち抜く。
「キャァァイン」
前脚を撃ち抜かれたレッサーウルフだが、三本の脚で立ち、向かってくるアモンに相対した。
レッサーウルフの魔石は、小さな緑色の魔石であるため、魔物としては風属性なのだろうが、エアスラッシュの様な遠距離攻撃魔法は使えない。
突進においても、同じ風属性の魔物であるアサシンホークの様な、魔法を使った音速の突撃はない。
『レッサー』であり、第二層に出る魔物なのだから、それほど強くは無い。
それでも、F級冒険者として登録したばかりのアモンにとっては、一対一なら強敵と言える。
いちおう、涼とアモンの表面には、極薄のアイスアーマーの魔法がかけられている。
戦闘の動きには全く影響しないので、アモンはすでに、その事は記憶の外にあるのだが。
訓練ならその方がいい、涼はそう思った。
アモンの戦い方は、先ほどの後ろ脚を地面に縫い付け、足を止められたレッサーウルフに対した時と基本的には同じであった。
出入りを多めに、ヒットアンドアウェイ。
ただし、レッサーウルフが前脚を撃ち抜かれながらも突っ込んでくることがあるので、斜め後ろへの回避が多めであった。
(なるほど。大ダメージは受けにくい戦い方だ。心配なのはスタミナ切れか。まあ、スタミナは、真面目に走れば誰しもが身に付けることが出来るものだから、なんとでもなるし……。そう言えば、最近走ってない……)
ロンドの森にいた頃は、毎日午前中は走っていた……というか走りながら魔法制御の訓練をしていたが、森を出てアベルと旅をし始めてから、そういうのをしていないなぁ、と涼は思い出したのだ。
でも四人部屋だと、他の人起こしちゃったりしないかな、とかいろいろ考えている間に、アモンがレッサーウルフを倒した。
「お見事です」
だが、かなり疲労したのであろう、剣を支えにして立っていた。
「アモン、座って休憩しましょう」
涼は、後ろ脚を縫い付けられているレッサーウルフの首を、村雨で一刀のもとに斬り落とした。
そして、ミカエル謹製ナイフで魔石を取り出す。
アモンが倒したレッサーウルフの方も魔石を取り出すと、アモンの元に戻ってきた。
「<アイスウォール全方位>」
四方向+天井にアイスウォールを張り、五メートル四方の安全エリア立方体が出来上がった。
「この氷の壁は、簡単には突破できないので、ゆっくり休みましょう」
「すいません」
アモンはそう言うと、大の字に寝転んだ。まだ息が荒い。
(万全を期すなら、この床にもアイスウォールを張るべき……いや地面はでこぼこしてるから、アイスウォールじゃダメか……アイスバーンなら、ある程度の耐久性もあるし、いけるか……ただ、『アイス』だから冷たいよなぁ……地面から五ミリくらい下に張れば冷たくないかな……ていうか、地中にアイスバーンを生成できるのかな……これは地上に戻ったら実験しよう)
涼が、そんなアイスバーンの生成について考えていると、ある程度息が落ち着いたアモンが起き上がった。
「すいません、多少動けるようになりました」
相当無理をしながら言っているのは、涼にも分かった。
「いや、無理をするような場面じゃないので、ゆっくり休みましょう。まずは、水を飲んでおくといいですよ」
アモンは言われるがままに、水筒から水を飲んだ。
何かがあって、お互いはぐれてしまう可能性もあるため、それぞれでダンジョン探索用の道具は持っていた。
例えば水筒、ポーション、解毒剤など。
「ふぅ」
文字通り、アモンは一息ついた。
「それにしてもこの氷の壁、すごいですね。完全に透明ですよね。透明の氷って、見たことないです。いっつも、白くなってるじゃないですか」
「それは、水の中に含まれる不純物と空気のせいですね。それらを完全に排除すると、魔法じゃなくても透明な氷になりますよ。これは、魔法だから完全に透明ですけどね」
涼はそう言うと笑った。
現代の地球においても、ほぼ完全に透明な氷は作られている。
家庭の冷蔵庫や、業務用であっても製氷機では作ることは出来ないが、手間をかけて、四八時間以上という時間をかけて、プロの手によって作られている。
例えば氷彫刻で使われる氷は、そういうところで製造されたものだ。
地球では、それほどの手間と時間をかけて作るものが、『ファイ』では一瞬で作られる……魔法って偉大!
「水属性魔法ってすごいんですね!」
アモンが、涼と氷の壁を憧れの眼差しで見た。
(よしよし、少しずつですが、水属性魔法使いの地位向上に貢献していますね)
涼は心の中で頷いた。
「それにしても、動く相手の戦闘だとこれほど消耗するんですね……」
微妙にアモンは落ち込んでいた。
「村にいた頃は、魔物との戦闘はしなかったのですか?」
「数人で一頭を、という形でしか経験していないです」
一対一で戦うのと、複数でボコるのとでは神経のすり減り方が全く違う。
「アモンの戦い方は、疲労しやすいでしょうからね」
ヒットアンドアウェイというと響きはいいが、出入りが多いということだ。
それは、絶えず足を動かすことに繋がり、結果疲労しやすい。
「そうですか……」
やはり微妙に落ち込むアモン。
「ですが、きちんと極めれば、大きな怪我をしにくい戦い方だと思います。要は持久力さえつければいいわけです。そして持久力は誰でも身に付けることができます」
「ホントですか!」
目を輝かせて涼を見るアモン。
「ひたすら走る。ただこれだけで、誰しもが持久力を身に付けることができます。疲労しにくい身体を作る。これはどんな場面においても役に立つ、万能の力ですよ」
「なるほど!」
「あとは、腕や肩など上半身の筋肉にも持久力をつけるのには、素振りが役に立ちます。村でも習ったでしょう?」
素振りや型の練習をしなくていい、などという剣術は世界中探しても存在しない。
「はい。毎日やる型など習いました」
「それをきちんと続けることが上達への道だと思います。僕はアベルとしばらく旅をしましたが、アベルですら、早朝に型の稽古をしていました」
「アベルさんも!」
「アベルは剣の天才ですが、天才でも努力するのです」
「私は……剣の才能は無いのだろうと思っています」
アモンは微妙に低いトーンで言った。まだ、少しネガティブな様である。
「アモン、僕が知っている最強のキシは、才能とは何かと問われて、こう答えていました。『才能とは続けられること』であると。継続は力なりですよ」
勢いよく、アモンは顔を上げて涼を見つめた。
「アモン、あなたは努力し続けることができないのですか?」
「いえ……やります! やってみせます!」
やってやります! と隣で叫んでいるアモンを見ながら、涼は頷いていた。
(モチベーターというのはなんと難しいものか……。人を煽る……ぜひ欲しい能力です)
アベルを煽るのは得意な涼……世界はいろいろと難しいようだ。




