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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0447 商会長バンデルシュ

蒼玉商会商会長バンデルシュ。

マニャミャの街の商人で、彼を知らない者はもぐりと言われるほど、良く知られた男だ。


五代続く蒼玉商会の商会長であり、マニャミャで憧れの宿と言われる蒼玉亭を営み、その貿易船は遠く大陸の国々とも取引があると言われている。

彼が率いる蒼玉商会は、コマキュタ藩王国でも屈指の商会でありながら、初代から一貫してマニャミャに本拠を置き続ける商会でもある。


五十歳になり、いよいよその商腕に円熟味を増してきたバンデルシュ。

マニャミャで生きていくのなら、彼だけは敵に回してはいけないとすら言われる男……。



そんな男を、レメンゲサス長官は怒らせていた。



もちろん、バンデルシュは怒鳴ったりはしない。

だが、彼が怒っているのは誰の目にも明らかであった。


「長官……いえ、レメンゲサス殿。もう一度、伺います。ご自分がおっしゃっている意味は理解されているのですな」

そう問われて、レメンゲサス長官は生唾を飲み込んだ。

都では、藩王にすら直言する頑固一徹な行政官と言われたレメンゲサスだが、気を振り絞らねば押し潰されそうに感じていた。


「ああ、バンデルシュ殿……理解しているつもりだ」

「船員以外に二百人以上となると、我が商会でも寄港している船ですと、バシュテーク号しかありません。それを提供しろということですな」

「うむ……」

「船の提供はよろしいでしょう。ですが、当然の事、船だけでは海には乗り出せません。それを動かす船員が必要です。バシュテーク号のように特殊な船を動かすのは、慣れていない者たちには不可能です。我が商会の、バシュテークの船員たちでなければ動かせません。つまり、彼らも行政府に協力させろということですな」

「う、うむ……」

「スージェー王国海軍が襲撃してくると分かっているのに。船員たちに死ねとおっしゃるのか」

「いや、それは違う。それは違うぞ、バンデルシュ殿。もちろん、マニャミャ駐留海軍から護衛艦隊も出す。海兵も三百人……バシュテーク号に百人、他の護衛艦に二百人乗せる。それで守る。決して、死なせる前提で言っているのではない」

バンデルシュ商会長に説明するレメンゲサス長官。


言っていることは本当の事だ。

民間人に協力を頼み、守るつもりもないとはさすがにない。


だが、襲撃される可能性が高いのは認めざるを得ないところではある。



多島海における海戦は、伝統的なものだ。

多少の、弓矢や魔法による攻撃は行われるが、本格的な戦闘は、接舷してから。

相手の船に乗り込み、あるいは乗り込んできた相手を、剣や短剣で倒す。

その戦闘のほとんどが甲板上であるため、槍はあまり使われないが、陸上での戦闘とそれほど変わらない。


だからこそ、数の差や、個人戦闘能力の差が出やすい。


船上での戦闘に慣れた海兵たちはやはり強く、コマキュタ藩王国の海兵隊もスージェー王国の海兵隊も、どちらも精鋭揃いだと言われている。



「できる限りの防衛措置は講じる。マニャミャ駐留海軍からは、二十隻を護衛に出す。頼む……引き受けてもらえんだろうか」

レメンゲサス長官は頭を下げた。


それを見下ろしながら商会長バンデルシュは考える。

(長官が言っているのは嘘ではない。移送を成功させたいと思っているのは事実。王女の周りの者たちが、同じ船でなければ乗らないと要求したのであろう。だが、それだけの者が乗れる船は、マニャミャ行政府の船には無い。街中探しても、うちにしかない……。行政府の要請、ひいては藩王国の要請を蹴ることは、現実的に不可能だ、それは分かっている。それは分かっているが……)


「レメンゲサス長官。頭をお上げください」

「うむ?」

「海兵隊三百人、そして護衛二十隻は確約いただけるのですな?」

「もちろんだ!」

「何が起きたとしても……全ての補償もしていただけますな」

「ああ。マニャミャ行政府の名で、それも確約する」


いったんバンデルシュはそこで言葉を切った。



そして、今まで以上に、低い言葉で続けた。



「我が商会に一人でも犠牲者が出たら、私はあなたとその一族を許しません」

「うっ……」


蒼玉商会は、マニャミャで五代続く商会であり、レメンゲサスの家はマニャミャの名家。

当然、先代以前から家同士の付き合いもある。

その上での発言だ。


そしてレメンゲサスは知っている。

これは脅迫ではないと。

それが起きれば、実行されることであると。


「もちろん……行政府は、いや、私自身の名に懸けて誓う。全力でバシュテーク号を守る」

「ええ、よろしくお願いします」




行政長官室から蒼玉亭に戻ったバンデルシュ。

「おかえりなさいませ、商会長」

入口で、バンヒューが丁寧にお辞儀して迎えた。


「うむ。バンヒュー、十五分後に、子どもたちを商会長室に集めてくれ」

「四人全員ですか」

「ああ、全員だ」



十五分後。

長男バンロー、次男バンソクス、長女バンシース、そして末弟バンヒュー。

現在、蒼玉亭にいるバンデルシュの子どもたちだ。

他にも子どもたちはいるが、彼らは商隊や船団を率い、商会の交易活動に従事している。


彼らに、バンデルシュは行政府からの要請と、置かれた状況、考えられる状況など全てを説明した。



「……三日後、バシュテーク号は都に向けて出港する。細かな旅程は行政府から上がってくるのを待つことになる。スージェー王国海軍から襲撃される可能性が極めて高い依頼になる」

バンデルシュがそこまで言うと、四人の子供たちが頷いた。


「バシュテーク号の船員四十人……彼らを危地に赴かせることになる」

バンデルシュはそこで一度大きく言葉を切って、次男バンソクスの方を向いた。

バンソクスは、他の三人と違って、荒々しい雰囲気を持った二十代半ばの青年だ。

だが、決して粗野なわけでも、愚かというわけでもない。


「バンソクス……彼らと危地に赴いてくれ」

バンデルシュはそう言うと、頭を下げた。

実の父が実の息子に頭を下げる。

そうそうある光景ではない。


「おう、親父、頭を上げてくれ。言うだろうと思っていたからな」

バンソクスはそう言うと、ニヤリと笑って言葉を続けた。


「バシュテークの船員たちだけじゃあ、さすがのあいつらも疑心暗鬼になるかもしれん。いくら、親父に絶対の忠誠を誓った連中でも……この賭けは分が悪すぎるからな。そこで、実の息子である俺も乗り込めば、決して見捨てられたわけじゃないと思ってくれるだろうさ」

「バンソクス……」


バンソクスがその意図を推測し、長男バンローが何か言おうとする。

バンローは、涼とアベルにウエルカムドリンクを持ってきた人物だ。

だが、バンソクスはそれを遮った。

「いや、兄貴、何も言うな。俺は商会の護衛隊長だ。乗り込んで船員たちを守るのなら、俺が一番適任だろう?」

バンソクスはそう言うと、笑った。



バンソクスはひとしきり笑うと、父バンデルシュの方を向いた。

「親父。だが、はっきり言って分の悪い賭けってのは事実だ。スージェーの連中が襲ってこなければ一番いい。襲ってきても撃退できれば問題ない。だが、撃退しきれない場合……。俺たち護衛隊の最優先事項は、バシュテークの船員たちの安全確保、でいいんだよな?」

「ああ、それが一番大切だ」


それはつまり、王女の身よりも船員が大切だという確認でもある。


「スージェー王国海軍……タマコ州にいるのは、正直それほどでもないが、今回は中央海軍が出張ってきてたよな」

「ええ。タマコ州征討のために。タマコ州は州庁が陥落し、一昨日、全土が新政府の支配下にはいったことが確認されたわ」

バンソクスの確認に、長女バンシースが答える。

バンシースは、涼とアベルの受付をした女性だ。


もちろん、蒼玉亭で働く者は多いのだが、子どもたちはなかなか目立つ動きをしているらしい。


「ってことは、スージェー王国中央海軍の精鋭が襲ってくる可能性が高いわけか」

バンソクスは考え込んだ。


十秒ほど考えたところで、頭を上げた。


「親父、一つ提案がある」

「なんだ?」

「人を一人、いや二人雇いたい」

「人? 今回の護衛でか?」

「ああ。危地であることは理解しているが、誰も死なせたくはない。説明だと、マニャミャ駐留海軍も護衛に力を入れている。もし護衛に失敗すれば、駐留海軍の主力が失われ、このマニャミャの街そのものの防衛がヤバくなるほどに、艦と海兵を出すみたいだしな。であるなら、考えられる限りの、生き残れる方策をとりたい」


バンソクスは、見た目があれなため、喧嘩っ早く荒事が好きなように見られるのだが、戦う前から多くの準備しておくタイプの人間だ。



「何度か宿で見かけたんだが、剣士とローブの魔法使いの組み合わせが泊まっている。バンヒューが担当している、一号室の客だ」

「ふむ」

「バンヒューに確認したが、中央諸国に戻るために、都に移動しようとしているが、港が封鎖されて動けていないとか。あの二人を護衛として雇いたい」


バンソクスがそこで言葉を切ると、バンヒューが言葉を継いだ。


「剣士の方がアベル様で、ローブの方がリョウ様です。宿帳には、中央諸国のナイトレイ王国の方だと記入されておられます」

「多分、冒険者とかいう奴らだと思うんだ。この多島海地域には冒険者はほとんどいないが、大陸にはいる。俺も、何人も見てきたが、その中でもあの二人はかなり高ランクなはずだ。特に、あの剣士はヤバい。俺より圧倒的に強い」

「ほぉ……」


戦闘能力において、人を褒めることがない次男バンソクスが、手放しで褒めたことに長男バンローは驚いた。


「ああ、兄貴。あの剣士はヤバいぜ。ローブの方は正直分からん……魔法使いなんだろうが。だが、あの剣士とペアを組んでるんだから、それなりの腕だろう」

「はい、僕も、アベル様はもの凄い剣士だと思います」

バンソクスの言葉に、大きく頷いて同意するバンヒュー。


「そうか、バンヒューもそう思うか!」

決して、荒事に向いているとは言えない末弟バンヒューすらも凄いと感じていたことに、嬉しくなるバンソクス。



「分かった。アベル様とリョウ様に提案してみよう。だが、全て事実を包み隠さずに話すから、引き受けてもらえんかもしれん。そこは、お二人が決めることだからな」

「ああ、分かっている」

商会長バンデルシュが言い、バンソクスも頷いて承諾した。


「少しでも生き残る確率が上がるのなら……」

バンソクスが呟いた。




家族会議は終了した。


「バンヒュー、アベル様とリョウ様をお呼びして」

「承知しました」


子どもたちが出ていったあと、バンデルシュは微笑んだ。

その微笑みは、商会長としての笑みではなく、子の成長を見る親の笑み。


「バンソクスもバンヒューも成長したが……ふふ、人を見る目はまだまだ、といったところか」

もちろん、失望しての言葉ではない。

今以上に、さらに成長の余地があることを喜ぶ言葉。


「剣士のアベル様は、確かに凄い。魔剣持ちという点でも普通ではないが……恐らくその剣の腕は、一国に冠絶する」

そこで、言葉を一度区切る。


そして、言葉を続けた。


「だが、本当に恐ろしいのはリョウ様の方だ……。さすがに、まだ、そこまでは見抜けぬか」



目をつむって、呟いた。


「あれは、化物だ」


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