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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
486/930

0445 飛行船に乗っていたのは

二人が見ている最前列に、知った顔が現れた。


それは、二人に比べれば格段に小さい体で……。

「バンヒューも来たのか」

「はい、アベル様。さすがに、飛行船が落ちるのは初めての経験ですので……」

二人が泊まっている『蒼玉亭』の……関係者であるバンヒュー。


「海賊襲撃という僕の予想は外れましたけど、空賊が落ちてきました」

「空賊?」

「うん。空版の海賊、みたいな」

「ああ、なるほど」


涼の言葉も、ちゃんと聞いてくれるバンヒューは、将来素晴らしい商人になるに違いない……涼はそう確信している。


隣で、涼を胡乱げに見ている元剣士国王とは全然違うのだ!


「ですがリョウ様、あれはいわゆる賊ではないと思います」

「え? バンヒューは、あれが誰なのか知ってるの?」

「はい。あの船は、隣国スージェー王国の船です。しかも、描いてある『燃え上がる樹』の紋章は王家……いえ、旧王家の紋章です。恐らくあの船は、スージェー王国王室専用船かと」

「大物でした……」


バンヒューの説明を聞いて、なぜか偉そうに腕を組んで頷く涼。


なぜ涼が偉そうに頷いているのか、全く理解できないアベルは小さくため息をつく。

そのため息を聞きとがめる涼。


「アベル! 何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか!」

「いや、そんな大物、俺たちには関係しないだろうと思っただけだ。他意は無い」

「アベル……それはフラグです」




ここは、マニャミャ行政府。

コマキュタ藩王国第三の規模を誇るマニャミャの街に、領主はいない。

藩王直轄地であるため、街を取り仕切る行政長官が任命され、政治が行われている。

それも、多くの場合、都から縁もゆかりもない誰かが派遣されるのではなく、マニャミャ出身で、都でも成果を出したものが行政長官に任命されることが多い。


現在の行政長官レメンゲサスも、マニャミャで名の知られた名家の出身で、海軍や政府の有力者を多く輩出してきた一族の出だ。


六十歳を超え、このマニャミャ行政長官職が、最後の仕事だと認識している。

自分の故郷でもあるため、行政官人生の全てを懸けているのだが……。


「なぜ、よりにもよってマニャミャに落ちたのだ……」

何度もそう呟き、ため息を吐く。

報告を受けてから、本当に何度呟いたか知れない。


もちろん、これが普通の墜落船なら問題ない。

滅多に無い事ではあるが、問題なく片付く。


あるいは、これまでにも何度も戦争をしてきた隣国スージェー王国の船だとしても……まあ、多少のいざこざは生じるだろうが、それでも最終的には誰も傷つかずに問題は解決したであろう。


それが、王室専用船だったとしても……そう、半年前ならこれほど悩まなかった。



だが、今は……。



ノックもなしに、長官室に入ってきたのはレメンゲサスの首席補佐官ニージュ。

まだ三十代後半であるが、将来は国をしょって立つと言われている男だ。


彼らのような、幹部候補的な者たちは、行政官としての経験を積むために、藩王国内の大きな街を数年おきに転勤する。

このマニャミャ赴任三年目。

首席補佐官としてレメンゲサスと共に、問題を解決してきた。


「長官。乗っていた者たちは、やはり懸念した通りでした」

「やはりか……」

渋面になって報告する首席補佐官ニージュ。

予想していたとはいえ、嬉しくない報告を同じように渋面で受けるレメンゲサス。


「旧王家の第六王女、イリアジャ姫です。亡命を求めておいでです」

「ああ……」

レメンゲサスは、両手で顔を覆った。




コマキュタ藩王国の隣国、スージェー王国。

藩王国と王国は、どちらも長い歴史を誇る国であり、その間では大きなものから小さなものまで、何度も戦争を繰り広げた間柄だ。


どちらも海洋国家であり、大陸の国々からは『東のスージェー、西のコマキュタ』と言われるほど、名の知られた国。

多島海で貿易を行うなら、どちらも無視できない国といえる。



そんなスージェー王国で、反乱が起きたのは三カ月前。

起こしたのは、当時の第一海軍卿カブイ・ソマル。

海軍を中心とした圧倒的な軍の支持により、三日で、都を含む王国全土の九割を支配下に置いた。

王家の人間のほとんども拘束し、反乱は成功したと思われたのだが。


王家の人間の中で、ただ一人だけその手を逃れた人物がいた。

第六王女イリアジャ姫。齢十五歳。


反乱が起きるその日の朝、急遽、王国南部タマコ州への視察が入ったのだ。


十五歳で国内視察というのもなかなか大変ではあるが、そこは王室の人間。

庶民と違う者には、庶民と違う義務がある。


王室専用船でタマコ州に着いてすぐに、第一海軍卿カブイ・ソマルの反乱の報告がイリアジャ姫らに届いた。

だが、彼女に何かできるわけではない。


むしろ、動いたのは周りの人間たちであった。

タマコ州知事、タマコ駐留軍司令官、タマコ魔法軍集団などなど……。


彼らは、第六王女イリアジャ姫を旗頭に、タマコ州全土で抵抗した。



王国全体の九割を一気に押さえた反乱軍であったが、タマコ攻略は難航した。

あまり知られていないが、内部事情により、南部のタマコ州にまで、援軍を出す事ができなかったのが大きかった。


そのため、三カ月にわたってタマコ州の抵抗は続いたのだが……。

先日、ついに中央海軍の主力がタマコ征討に向かったという報告が、このマニャミャの街にも入ってきていた。



その結果が、王女たちの脱出ということであれば、タマコは反乱軍の手に落ちたということなのだろう。




「タマコ……興味深い響きを持つ名前ですね」

『蒼玉亭』食堂で、バンヒューが説明をしてくれたのを聞いて、涼が呟く。

隣で聞いていたアベルは、涼の感想は全く理解できなかったが、特に何も言わずにスルーした。


「イリアジャ姫以外の旧王族は、全て処刑されたと言われています」

「そこまでするか……」

バンヒューが言うと、アベルは小さく首を振りながら言った。


「旧王族なんて、反乱の旗頭にされると面倒ですから。その第六王女様みたいにね。根絶やしにするというのも、歴史上ではよくあることです」

「そうは言ってもだな……」

「マキャヴェッリも言っています。言語や風習などが征服国と同じ国を支配するには、それまでの支配階級を根絶やしにすれば充分だ。この場合、君主は次の二点に留意せよ。第一は、昔からの君主の血統を根絶やしにすること、と。悲しい事ですが、仕方のない事なのです」

「征服と反乱は違う気が……う~ん、仕方ないのか? ん? 第一は根絶やしということだが、第二はなんだ?」

「第二は、そこの法律や税制に手をつけないことです。これはとても大切な事ですから、アベルも覚えておいてくださいね」

「なんで俺が?」

「将来、世界征服の野望を果たす時に、思い出して欲しいからです」

「うん、そんな事しないからな」


涼とアベルのそんな会話を、バンヒューはニコニコしながら聞いている。

涼の言葉は、冗談だと思ったのだろう。

アベルも、冗談だと思ったらしいし。


……もちろん、冗談ですよ?


多分。



「そういえばバンヒュー、さっき港で、都への定期船が影響を受けるかもしれないとか言っていたか?」

アベルが、思い出したように言った。


「はい、アベル様。恐らく今回の事で、港がしばらく封鎖されます。定期船も影響を受けるでしょう……」

バンヒューの言葉の最後は、尻すぼみになった。

それは、窓の外、広場の向こう側の光景が目に入ったからだ。


その視線を追う涼とアベル。


「広場の向こう側、物々しいですね」

「あれは、街の守備隊とかか?」

涼とアベルが思ったことを口にする。


「あの建物は、『麗しの泉亭』です。うちと同様、マニャミャで最も人気のある宿です。うちとの違いは、あちらは規模が大きいのです。ですので、大きな船団が宿泊する際には、あちらに宿泊されるのですが……」


バンヒューは首を傾げている。

なぜ、守備隊が、そんな宿屋の前にいるのか分からないからだ。



そんな食堂に、一人の女性が入ってきた。

涼とアベルが宿泊の手続きをした際に、受付にいた女性だ。

少し、バンヒューに似ている二十歳ちょっと手前くらいだろうか。


「姉さん、麗しの泉亭は、何かあったのですか?」

バンヒューが尋ねた。

「ほら、飛行船が落ちたでしょう? 乗っていた王女様と供の方たちは、麗しの泉亭に入るらしいわ。百人近くいるそうよ」

「そんなに……」


二人の会話を聞いて、涼とアベルは思わず見合った。


「百人ですって。二人部屋で五十室」

「ああ、そうだが……リョウが何を言いたいのか分からん」

「五十室全部監視するのは、大変だろうなと思いまして……」

「仕方ないだろう。城なり政庁なり、そういう所に泊めるわけにもいかん」

「ああ、スパイ……間諜がいたら大変ですもんね。機密を盗まれたりとか、破壊工作をされたりとか、はたまたトップを暗殺とかされたらマズいですから」



普通、外国の使節などは、政府施設には泊めない。

現代日本では、国賓の多くは迎賓館に宿泊するが、アメリカ大統領はそうでない者が多い。

ホテルオークラ、帝国ホテル、あるいはパレスホテル東京。


そういう事を知っている涼としては、向かいの宿に王女様が泊まるのは珍しい事だとは思わないが、それでも百人、しかも急遽となれば、受け入れ側は大変かなとは思うのだ。



「良かったですねアベル、あっちの宿で」

「ん? ああ、この蒼玉亭じゃなくて、ってことか」

「ええ。こっちだったら、大変なことになっていましたよ」

「守備隊がたくさん来るのは大変だろうが、別に追い出されでもしなければ大丈夫だろ?」

「何を言っているのですか! 宿の食べ物が減るじゃないですか!」

「あ、ああ……そうだな。リョウにとっては、それは死活問題だな」


涼が鋭く指摘し、アベルは小さなため息をつく。


「失敬な! 人を腹ペコ魔法使いみたいに言わないで欲しいですね。腹ペコ剣士のアベルとは違うのです、アベルとは」

「何で俺は腹ペコ剣士なんだよ」

「小さなパン一個か、美味しいお肉たくさん……どちらも、同じ金額です。そうなったら、アベルはどっちを選びますか?」

「そりゃあ、美味しい肉たくさんの方だろ」

「ほら、腹ペコ剣士じゃないですか!」

「たとえが極端すぎだ!」


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