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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
485/933

0444 雨

「アベル……雨ですね……」

「ああ、そうだな……」

「風も、かなり強く吹いていますね……」

「ああ、そうだな……」

「赤道付近では台風は起きないはずなので、ただの大雨ですね……」

「ああ、そうだな……」

「やっぱり! 台風なんて知らないでしょう。適当に答えてましたね!」

「よく分かったな……」

涼の追及を、軽々とかわすアベル。


そこに涼は反撃した。


「今度、『そんなアベルは、腹ペコ剣士』という小説を書いて、発表しようと思っています!」

「……は?」


クリティカルヒット炸裂!

涼の強力な攻撃に、ついにアベルは涼の方を向いた。



そして、たっぷり十秒後、口を開く。


「面白ければ王国全土で出版してやる。リョウの作家としての手腕が問われるな」

「うぐ……」

涼は、もちろん冗談で言っただけだったのに。



二人がいるのは、『蒼玉亭』の食堂。

それぞれ、本を読んでいる。

宿が『自由にお読みください』と提供している書棚から借りてきた。


日本の高級旅館にもそんな『文庫』があるが、蒼玉亭にもあったのだ。



最初は、涼は別の事をしていた。

そう、ついに取り組む事ができるようになった『翻訳機』の分解……もとい、研究。

『魂の響』にやったように、『翻訳機』にも氷板を繋げて、中に記述された、魔法式などを見たのだが……。


「文字が読めない……」


使われていた言語が、中央諸国語ではなかった。

知らない言語で書かれた魔法式……。

そのため魔法式の内容が理解できない。


アラビア文字環境で開発されたプログラムは、それを母語としない一流のプログラマーでは、なかなか理解できない。

それと同じことだ。


だが、大金貨一枚で買ってきた『翻訳機』は、AR的な感じで、視界に入る文字も中央諸国語に翻訳してくれるはずなのだ。

それなのに……なぜか氷板に写し出された魔法式は、翻訳してくれなかった。



そのため、涼は諦めて部屋を出て、一階の食堂に下りた。

何かいいアイデアは浮かばないかと考えて。

閃きを得るために場所を変えるのは、千年前の(おう)陽脩(ようしゅう)の時代から、有効な方法だ。


そこでは、先に下りていたアベルが本を読んでいた……それは、王様になる前にルンの黄金の波亭でもよく見られた光景。


涼もアベルを見習って、『文庫』に並んだ本から、一冊とってきて、アベルの前に座って読み始めた。

最初はちゃんと読んでいたのだ。

読んでいたのだが……。



「クックック……」



アベルが、声を押し殺して笑ったのだ。

本を読みながら。

まるで、悪魔か何かのように……。

そう、あのレオノールが笑うように……。


涼は、そんなアベルを見て不安になった。


もしや、悪い霊に憑依されたのではないかと。

だから声をかけた。

そう、決して、アベルの読書の邪魔をしようとしたわけではない!

そこだけは、はっきりしておかねば。



読書を邪魔するのは悪い事。

涼は、邪魔をするつもりはなかった……。



「アベルが、不気味に笑ったのがいけないのです……」

「ん? 俺、笑ったか?」

「ええ。気づいていないということは、やはり悪い霊が乗り移った可能性があります! どこかの魔人の眷属に乗っ取られた少年公爵のように、アベルももう終わり……」

「いや、なんでだよ。アーウィンみたいなのは、滅多にないだろう」


王国東部の大貴族、シュールズベリー公爵アーウィン・オルティスは、魔人ガーウィンの眷属にその体の自由を奪われていた。

それが、魔人大戦のきっかけになったと言っても過言ではない。


「本当に……アベルはアベルですか?」

「意味が分からん」

「こう、突然記憶が無くなって、気付いたら別の場所にいたりとか、人を殺していたりとか、そういうことはないですか?」

「ない」

「こう、お腹が空いてご飯をくれと言ったら、周りの人から、さっき食べたばかりでしょ、とか言われたりしてないですか?」

「ない」

「馬を走らせていたら、いつの間にか周りと反対方向に走らせてしまっていたとか、そういうことはないですか?」

「何だそれは……」


心配そうに尋ねる涼。

意味が分からないがちゃんと答えてくれるアベル。

アベルはやはり善い奴らしい。



そこまでやって、涼はようやく安心した。

間違いなく、アベルはいつものアベルだ。



そうなると……。


「やっぱりさっきの不気味な笑いが気になります……」

「ああ……まあ、確かにこの本は面白いからな。それで知らずに笑ったのかもしれん」

アベルはそう言うと、涼に表紙を見せた。


「『世界を我が手に』……え? 何ですか、この題名は」

「まあ、題名はあれだが、なかなか面白いぞ」

「言い換えると、ワールドイズマイン……いや、ちょっと違いますけど、そんな魔法を以前作りましたね。あれで、ベイト・ボールをあたふたさせたのでした……懐かしいです」

「……リョウが何を言っているのか分からん」


剣士に、魔法使いの機微(きび)を理解しろといっても、それは難しいのかもしれない。

涼は、小さくため息をついた。


「いや、リョウ、なんか凄く俺を馬鹿にしてため息をつかなかったか?」

「な、何を言っているのですか。僕はアベルを、常に尊敬していますよ? 本当ですよ?」

涼が、とてもわざとらしく目をキラキラ輝かせた態を装いながら言う。



「だいたいリョウ、俺に絡んだってどうにもならんのだぞ?」

「分かってます。この藩王国の都への船待ち……大雨が止むのを待たないといけないんでしょう? でも、絶対そういう時に起きるんですよ」

「起きる? 何がだ?」

「決まっているじゃないですか。海賊による襲撃です! 海賊の大船団が、この街を襲うのです! それこそが、王道展開です」

「あ、うん……リョウがよく言う、その展開な……。なんで、いつもそういう、無理なことばかりというか、あり得ないことばかりなんだ? 例えば国の街道で盗賊に襲撃されたり……今みたいな海賊が街を襲撃したり……。そんな事が起きるようなら、国として成立してないだろ」


涼の、ラノベ的王道展開に対して、アベルは否定的だ。

小さく首まで振っている。


「それが、もののあはれなのです」

「うんうん、もののあはれな。以前も言っていたな」


涼が口をへの字に曲げて不満げに言い、アベルが、以前『魂の響』を通して言われたことを思い出して頷いた。

さすが王様は、記憶力もいいらしい。



「海賊って……街を襲撃しないんですか?」

涼が、統治者経験を積んでいる国王陛下に問う。


「王国では聞いたことないな。ウィットナッシュ沖の島の陰とか、あるいはよく使われる航路上で商船を襲うというのは聞いたことがある。もちろん、王国海軍が定期的に海賊退治をしているが……根絶はなかなか難しいようだ」

「もののあはれは難しいのですね……」


アベルの経験からの説明に、なかなか思った光景には出会えそうにないとため息をつく涼。


「そもそも、海賊なんて、真面目に生活している民からすれば困った存在だろう? いない方がいいに決まっているだろうが」

「いや、そうなんですけど……。国の認可を受けて、外国の船を襲う海賊とかいるかもしれないじゃないですか」


涼が頭に描いたのは、いわゆる私掠(しりゃく)船だ。



スペインとイギリスが争っていた時代。

イギリスのエリザベス女王は、私掠免許状を出し、イギリスの海賊たちがスペイン船を襲うのを積極的に推奨していた……。

多くの、有名な私掠船船長……スペインから見れば海賊船船長が現れたが、たとえばフランシス・ドレークは、最も有名な一人かもしれない。

スペイン船を襲いながら、マゼランに次ぐ史上二番目の世界一周をしてしまった船の船長。

彼が駆った船が、かの有名なゴールデン・ハインド号。


そう、ナイトレイ王国にも同名の船があったはずだ。


ドレークは、プリマスに戻り、私掠行為で手にした財宝から出資者たちに多くの富をもたらした。その出資者の中にはエリザベス女王もいたわけで……。


その後、スペイン海軍と英国海軍が本格的に戦うことになるアルマダ海戦。

この海戦において、英国側の司令官となったのが、このフランシス・ドレークだ。


私掠船船長とはいえ、ある種の海賊が一国の海軍を率いて国の命運を決する戦いの指揮を執ったというのは、非常に興味深い。


これらドレークをはじめ、多くの私掠船がイギリス国王の認可を得て、スペイン船を襲った。

無頼の者たちすらも、戦場に駆り立て、国のために戦わせる辺り……どこかの元A級冒険者国王を彷彿とさせる。


涼は、そんな事を考えていた。

『世界を我が手に』という表紙を見ながら。




雨が上がる。

それと同時に、鐘の音が響き渡った。


カンカンカン。カンカンカン。


「なんだ?」

「分かりませんけど、普通は非常事態が起こった場合に鐘の音は響き渡ります」

アベルも涼も辺りを見回す。


幸い、雨は上がっている。

二人は、表に出た。


二人が泊まる『蒼玉亭』は、街の中心、広場に面している。

その広場に、鐘の音を聞いて、多くの人たちが出てきた。



「飛行船が落ちたぞー!」



そんな言葉が聞こえ、広がっていく。

二人が付けている『翻訳機』はきちんと仕事をし、二人に情報をもたらした。


「飛行船だと?」

「海賊じゃなくて、空賊でした……」

アベルが顔をしかめて言い、涼は悔しそうに言った。

「惜しかったです」




飛行船が落ちたのは港。

広場に出ていた多くの人たちが港に向かったため、涼とアベルもその流れに乗って、港に向かう。


港には、すでに警備兵らしき者たちが野次馬を近づけないように立っている。


元々、警備兵たちは港に常駐していたのかもしれない。



二人は、なんとか野次馬の最前列を確保し、その光景を見た。


「でかいな……」

「五十メートル以上はありますね。ゴールデン・ハインド号なみ?」

アベルが呟き、涼もなんとなく大きさを述べる。


史実のゴールデン・ハインド号はそこまで大きくないが、ルン辺境伯所有の空中戦艦ゴールデン・ハインド号は、五十メートルをゆうに超える巨大な船だ。


落ちた飛行船もかなり大きい。


地球なら水素やヘリウムが入っているガス袋がある、上部の大きな箇所……あそこが、地球における飛行船の形状に比べると、かなり小さい気がする。

もちろん、涼も、地球で飛行船をはっきりと見たことはないのだが……。

だが記憶にある形状に比べると、かなりスマートに見える。



だが、それよりも……。



「飛行船なんてものがあったんですね」


そう、涼は『ファイ』に来て、初めて見た。

そもそも、『空を飛ぶ』というのは、簡単な事ではない。

だからこそ、ゴールデン・ハインド号にも感激したわけだし。


「中央諸国には無い」

アベルは断言した。だが、その表情は硬い。

何か、都合の悪い事実を理解してしまったのかもしれない。


そのまま、アベルは言葉を続ける。

「中央諸国にも、西方諸国にもない」

「そういえば……西方諸国でも、見たことなかったですね」

涼は、西方諸国に使節団の一員として派遣されていたが、そこでも飛行船などというものは聞いたことがなかった。


「だが、ある場所では、空を飛ぶ技術がかなり発達していて、国によっては飛行船なるもので空を移動する事ができると聞いたことがある」

「ある場所?」

「ああ。いわゆる、東方諸国だ」

「つまりここって……」

「そう、やはり……東方諸国なんだろうな……」


「もののあはれ」は「もののあわれ」と発音します。


涼とアベルがいるのは「多島海地域」で、中央諸国人が「東方諸国」と言った場合の東方諸国とは少し離れた場所です。

まあ、「中央諸国」や「西方諸国」というおおざっぱな分類で言えば、「東方諸国」の一部と言ってもいいのかもしれません。

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