表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
484/933

0443 報告

「これは……すごいな」

「一個大金貨一枚しましたけど、破格の性能ですね」

アベルが驚き、涼が驚嘆するほどに、『翻訳機』は高性能であった。


大きさは、日本の五百円玉ほどの大きさと、かなり小型でありながら、翻訳に関するあらゆる性能が詰まっているといっても過言ではない錬金道具なのだ。


聞こえてくる言葉は二人が理解できる中央諸国語にリアルタイムで翻訳され、二人が話す言葉もリアルタイムで現地の言葉に翻訳して錬金道具が話す。

二人とも、襟の辺りに着けているのだが、目に映る現地の言葉もARの画面でも見ているかのように、リアルタイムで翻訳された文字が空中に浮かんでいるように見える。


「いったいどんな原理? 空中ディスプレイ? 久しぶりに、原理が思いつかない錬金道具に出会いました!」

涼は手に持った『翻訳機』を、嬉しそうにいろんな方向から眺めている。

もちろん、襟元にもつけている。


そう、一つは実用に、もう一つは研究用に、二個購入していた……。


アベルはジト目で見ていたが、お金を出すのは涼なので文句は言われなかった。

お金を出したのは、確かに涼なのだが……実は、元々は使節団で渡されたお金なので、国のお金……でもあるのだ。

だから、国の最高決済者たる国王アベルが責任を持つお金と言ってもいいのだが……。


「リョウ、それをいじくる前に、国元への連絡手段の方を先にやってくれ」

「ええ、もちろんです。宿に戻ったら早速取り掛かりますよ」

アベルの言葉に、涼は頷いて答えた。


面倒などとは全く思っていない。

だって、それも錬金術なのだから。

しかも『魂の響』は、ケネスが作り上げた傑作の一つだ。

それは間違いない。

これまでの錬金術の常識の多くを覆している。


それをいじくって、改良する……。


「とっても楽しみです」

それは、心の底からの言葉であった。




「夕食は、午後六時より、さきほどの食堂でお好きなものをご注文いただけます」

宿に着いた二人に、バンヒューはそう教えてくれた。

ある意味ビュッフェ形式なのかもしれない。


「良かったですねアベル。アベルのような大食い剣士でも、満足いくまで食べられますよ」

「いや、俺よりリョウの方が大食いだと思うんだが……」

「魔法使いが、剣士より大食いなわけないでしょう。そういう誤解をまねく言い方は、やめて欲しいですね」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」



そんなこんながありながら、二人は部屋に入った。

涼は、備え付けの椅子とテーブルを占拠し、さっそく『魂の響』の解析に取り掛かる。


アベルは、一階に『ご自由にお取りください』と置いてあった紙を何枚か持ってきていた。

「ふむ……この街の名前は、マニャミャというのか……発音しにくいな」

小さく何度も『マニャミャ』と呟いている。

「コマキュタ藩王国で、第三の規模を誇る街……安全海域最西端? マニャミャより西の海域には、クラーケンをはじめとする巨大な海の魔物が多数……だと……。俺たちがいた海岸は……まあ、確かにこの街より西側ではあるが……」

アベルは、小さく呟きながら、様々な情報を頭の中に入れていった。


いつ、どこで、どんな情報が役に立つか分からない。

これは、冒険者にとってある種の癖みたいなものだろうか。

一流とそれ以外を分ける……。



だが、しばらくすると、持ってきた紙も全て読み終えてしまった。

「間違いなく……国王になって、書類仕事が増えてから、読む速度が上がった……」

アベルは呟く。


慣れとは恐ろしいものだ。

あるいは、人の適応能力は、というべきか。



やることがなくなったアベルは、ぼんやりと涼の作業を見ている。


氷の板を出して、そこに文字が表示されているのが見える。

それも、一枚ではなく……八枚?


「ケネスでも、そんなに繋げてはいなかったな」

アベルは、かつて王立錬金工房で見せてもらった、ケネス・ヘイワード子爵の錬金道具制作風景を思い出しながら呟いた。


ケネスは、石でできた板、文字通り石板のようなものを使っていた。

説明によると、その板に、錬金道具に描きこんである魔法式や魔法陣が表示されるのだそうだ。

それを見ながら修正したり、新たに魔法式を追加して、それを錬金道具の方に『写す』などするらしい。

もちろん、そんな『石板』を使わずに、直接錬金道具に魔法式や魔法陣を描きこむ事も可能だ。

ただ、対象が小さいものだと直接は書きこみにくいために、『石板』を使うのだ。


あるいは、今回涼がやっているように、すでに描きこまれている魔法式や魔法陣を正確に見るために『石板』を使うらしい。

涼が使っているのは、氷板だが……。


『石板』には、計算機能などはなく、ただ表示するだけのため、複雑な機構ではないそうだが。



「さすがはケネスです!」

突然、涼が叫んだ。


「どうした?」

ちょっとびっくりしたが、そんなことをおくびにも出さずにアベルは問う。


「いえ、この『魂の響』の魔法式です。以前、ケネスが発表した論文『魔石分割による共振現象を利用した長距離交信の可能性』が元になっているのは分かっていたのですが、そこからさらに、空気中にある水蒸気まで利用しています。僕が教えた知識を完璧に理解して、それを錬金術に活かしている……。やはり、ケネス・ヘイワード子爵という人は天才ですよ!」

我が事のように喜ぶ涼。


自分が、勝手に師と仰ぐ人が、とても優秀であることを再確認できて嬉しかったのだ。


涼にとって、ケネス・ヘイワード子爵は、ライバルではなく錬金術の師である。


「それで……どうだ? リョウで何とかなりそうなのか?」

「失敬な! アベル、こう見えても、僕はケネスの一番……いや、二番……いやいや、王立錬金工房には十人くらい錬金術師がいるから……十一番弟子ですよ! 改良くらいならやれます。オリジナルを作れと言われれば、難しいかもしれませんがね。しかも、空気中の水蒸気を使うなんて、水属性魔法使いの僕の土俵です。少し待ってください、やれますから!」


涼はそう言うと、並べてある八枚の氷板の一枚を手元に引き寄せ、その表面に指で何かを書き始めた。


涼は、水属性魔法を使って、氷板に魔法式を直接指で書きこむ事ができるようにしているのだ。

この辺りは、魔法使いによって、あるいは錬金術師によって、それぞれ自分に合った方法があるらしい……。



まさに、プログラミング。



プログラマーが、エディターに高速で入力していくように……涼は、氷板に高速で記述していく……。

最初は、指で書いていたのが、いつの間にか指は動かさずに、突然魔法式が氷板に表示されるようになっていった。


「あれは……頭の中に浮かべた魔法式を、直接氷板に写しているのか? コピラスとかの<転写>みたいな……」

アベルが呟く。

コピラスは、ルンの街にいた頃、よく利用していた転写屋の名前だ。



少し懐かしい思い出に浸りながら、ぼんやりと涼の作業を見ている。



「思えばこの三年、こうやってぼんやりと何かを見る時間は無かったな……」

アベルは呟く。

王国解放戦からこちら、いや、その前のルンで王位に就いてからずっと……国王としての仕事に追われていた。

もちろん、自らが選んだ道だから、嫌だとか後悔したとかそんなことは全く思わない。


だが……。


自分が進んできた道は正しかったのかと思う事はあった。


そういうことを考える事はあったが……今のように、他の人の作業をぼんやり見ていることは、多分一度もなかった。

王妃であるリーヒャや、王子であるノアと一緒に過ごすことはあった。

だが、その時間も、ぼんやりしていることはなかったわけで……。



アベルがそんなことを考えている間に……。



「よし、完成です!」

涼が宣言した。


「もうできたのか?」

「だから、やれると言ったでしょう? まあ、魔法式的には、いろいろつぎはぎだらけなので、一時的にメッセージ……伝言を送れるだけです。向こうと会話みたいなのは、ちょっと無理なので……そこは諦めてください」

「いや、十分だろう。とりあえず、俺たちが無事であることを知らせられればいい」

涼の説明に、問題ないと頷くアベル。


そもそも、『アベルの』魂の響を使うのに、アベルは向こうにはいないのだ……。

なぜ、それで繋がる事ができるのか、アベルには全く理解できない。


それでも伝言を送れてしまうというのだから、涼とケネスという錬金術に長けた者たちに対して、素直に凄いと思ってしまう。



そんな中、涼が、さらに理解できない行動をとり始めた。

手に魂の響を持って、少しずつ向く方向を変え始めたのだ。


違うとか、少しあるとか、やっぱりこっちは無いとか言いながら……。


しばらくして……。


「うん、やっぱりこの方角ですね。これは、北西かな? アベル、王都の方角が分かりましたよ」

「マジか!」

涼の言葉に驚くアベル。


なぜ、王都のある方角が分かるのか。


「いちおう、受け取り側まで繋がるかのテストを、今やったんですよ。ネットワークでいうところのping……ああ、えっと、なんというか、小さいメッセージを発してちゃんと返ってくることの確認というか……向こうとちゃんと繋がっていることの確認というか……。方角的に北西に向けて放つと、返信が一番はっきりしているので、多分あっちに王都はあります」

「う、うん、よく分からんが、分かった……」

アベルはそう答えると、涼が向いているのと同じ方向を向いて立った。


それを確認して、涼は魂の響をアベルに渡す。

アベルは両手で受け取り、その両手で包み込むようにして持つ。


「伝えられるメッセージは十五秒間だけです。言うべきことをちゃんと考えてから、始めてくださいね」

「ああ、伝える内容は考えてある。それで、これは、どうすれば使えるんだ?」

「ぎゅっと握り込むと、頭の中が別のところと繋がった感覚になるはずです。そこから十五秒間、アベルが言った言葉が、向こうに記録されます。ちゃんと、無事でいることを伝えてあげてください」

「分かった」

涼が説明し、アベルは頷く。


アベルは、一度、深呼吸をして、目を瞑った。

そして、言われた通り、両手で持った魂の響を、ぎゅっと握り込む。


その瞬間……。魂の響が、淡い青い光を発した。



頭の中が、どこか別の場所に繋がった感覚があった。



「ああ……アベルだ。ええ……ガーウィンとの戦闘で、遠くに飛ばされたらしい。だが、大丈夫だ。命もあるし、大きな怪我もしていない。中央諸国からは、けっこう離れているようなので、戻るのに時間がかかるかもしれん。だが、必ず戻る。だから、それまで王国を頼む。リーヒャ、ノア、愛している……」


アベルはそこまで言うと、目を開いた。

言うべきことを全て言い終えたと思ったからだ。


だが、その目の前で、自分の顔を指さしている水属性の魔法使いを発見した。


「ああ、リョウも一緒にいる。無事だ」



ヒュンッ。



小さな音を発して、魂の響の光が消えた。

アベルの手の中に残った魂の響は、魔石部分が真黒くなっていた。



「もう! めっちゃ危なかったじゃないですか! まさかアベルが、僕の事を伝える気が無かったなんて!」

「あ、いや、もちろん、そんなつもりは無かったぞ。ちゃんと最後に言う気だったぞ」


涼が問い詰め、アベルが答える。

だが、アベルの答えは、誰が見ても嘘であることがわかる……。


「アベル、嘘がバレバレです」

「う……。すまん、完全に忘れていた」

「やっぱり!」

アベルは、正直に言い、涼は頬を膨らませた。


「まあ、なんとか間に合ったからいいですけどね」

「すまんすまん。それより、これは……」

アベルは、自分の手の中で真っ黒になった魂の響を見る。

魔石が、こんなになるというのは聞いたことがないからだ。


「魔石が、含んでいる魔力全部を出し切ると、こんな風になるらしいですよ。ニールさんに教えてもらいました」

涼は、西方諸国で、錬金術師ニール・アンダーセンに教えてもらったのだ。



「恒常的に使うためには、ここまで振り絞らなくてもいい、もっと効率の良い魔法式を編み出さないといけないのですよね。とりあえず、今回は時間もなかったので仕方ないのです」

涼はそう言うと、小さく首を振った。

優先順位として、完璧な魔法式を編み出すよりも、メッセージを届ける方が上位だったのだから仕方ないのだ。


「また、僕の耳に着けておいて魔力を充填しますよ。しばらくすれば、色も戻ってくるでしょう」

「なるほど」

涼の答えに、アベルは深く頷いた。


「あ、六時が過ぎましたね」

「そうだな。飯、食いに行くか」

「いい仕事をした後はご飯が美味しいですからね。どんなご飯があるか楽しみです」

「確かに、リョウはいい仕事をしたよ」

「いやあ、それほどでも」




同時刻。ナイトレイ王国王都。王立錬金工房。


「ん?」

主任研究員ケネス・ヘイワード子爵は、錬金工房中央に設置されている『中枢通信機』が、青く光っていることに気付いた。

「これは……」

すぐに操作盤を叩く。


それを見て、錬金工房で働く錬金術師たちも集まってきた。


「よし。再生します」

ケネスはそう言うと、スイッチを押した。



『ああ……アベルだ。ええ……ガーウィンとの戦闘で、遠くに飛ばされたらしい。だが、大丈夫だ。命もあるし、大きな怪我もしていない。中央諸国からは、けっこう離れているようなので、戻るのに時間がかかるかもしれん。だが、必ず戻る。だから、それまで王国を頼む。リーヒャ、ノア、愛している……。ああ、リョウも一緒にいる。無事だ』


「おぉー!」


再生が終わった瞬間、錬金術師たちが歓声を上げた。

中には、涙を流している者もいる。


「良かった……」

ケネスは涙こそ流していないが、近くの椅子に倒れこむように座った。



涼とアベルが無事であろうとは思っていた。

そして、涼なら『魂の響』を使って連絡してくるであろうとも思っていた。


だが、せっかく連絡してきても、受け取るこちら側が失敗すれば、伝言は消失してしまう。

理論上、何度も試し、完璧だと自信を持っても……一度もテストができなかったシステムだ。


アベルの『魂の響』は手元にない。

アベルももちろんいない。

『中継器』に残ったアベルの魔力残滓は、増幅して使えるようにしたとはいえ……全てをぶっつけ本番、一発勝負というのは、怖いものなのだ。


それは、天才の名をほしいままにするケネスですら変わらない。



だが、何とか受信に成功した。



アベル王は無事。ロンド公爵も無事。

であるなら、それを急いで伝えねば。


「ラデン、すぐに王城に報告します。通信を繋いでください」

ケネスはそう言うと立ち上がった。



この日、王城は喜びに包まれた。

国王執務室で、王妃リーヒャと筆頭騎士セーラが抱き合って喜んだという記録が残されている……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ