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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
481/930

0440 その奥には

完全勝利を果たしたニール・アンダーセン号に乗る二人は、元の海岸まで戻ってきていた。


「クラーケン、一体で良かったな」

「え?」

アベルが不穏な事を言い、涼が問い返す。


「いや、クラーケンは集団でいることがあるらしいんだ。昔、東方諸国の有名な艦隊が、十分で五十隻、全艦轟沈したという話があってな。王国の伝承にも、クラーケンの集団は出てくるらしいから……そうじゃなくて良かったなと」

「何、その死を告げる使徒的なやつ……」

ここでも一体だったし、ロンドの森の沖合でも一体だったから、一体で行動するものだと思っていた涼。


まだまだ、敵に関して知識が足りていない事を痛感した。



「まあ、クラーケンは置いとくとして。海の中の景色も凄かったが、戦闘も凄かったな」

アベルが、気を取り直して、少し興奮した感じで言う。

元A級剣士である以上、血沸き肉躍る感覚になったのに違いない。


「でしょう? 四十メートル級の相手に、完全三次元戦闘。しかも最後は、これですよ!」

涼もクラーケンの集団はとりあえず置いといて、そう言うと、右手に持った物を(かか)げた。


それは、拳二つ分の大きさの青い魔石。


「でかいな。あの山で取ったワイバーンの魔石の倍くらい大きくないか?」

「ですね。四十メートルの体長、長い腕に至っては百メートル。その隅々にまで魔力を行きわたらせるために大きいんですかね」

アベルが感心し、涼が適当推測を述べる。


「しかも色が濃い」

クラーケンの魔石は、大きさもさることながら、驚くほど鮮やかなブルー……とても深い青色である。

「長い間、あの辺りの主として君臨していたのかもしれませんね」

涼はしみじみと言った。

その言葉には、一番艦ロンドが沈んでいく時に感じた悲しみが、籠もっていたのかもしれない。


「よし、じゃあ、飯にするか。途中で取ってきた、その魔物たちの塩焼きだろ?」

「ええ。七匹いますからね。食いしん坊のアベルでも満足できるはずです。普通のイワシより、魔物なだけあって大きいですから」

「俺よりリョウの方が、食い意地が張っている気が……」

「アベル、何か言いましたか?」

「いや、何も言ってないぞ」

涼の指摘を、華麗にかわすアベル。

やはり二人はいいコンビなのかもしれない。


取ってきた七匹というのは、クラーケンを倒したところからの戻り道、ベイト・ボールがいたのでちょっと取ったのだ。

捕獲腕と簒奪腕で。

合計七匹。



アベルは、手早く乾燥した枯れ枝やヤシの毛などを集めてきて、さっそく火をつけている。

火打石は、いつの間にか手に入れていたらしく、ナイフに打ち付けて火を飛ばしている。

さすが元A級冒険者だけあって、手慣れたものだ。


涼の方も、ベイト・ボールを構成していたイワシ状の魔物……実は正式名称は知らないのだが、それを捌いて、小さな魔石を取り出していた。

出てきた魔石は、どれも小指の爪より小さい。

ちょうど、涼が左耳につけている『魂の響』の魔石と同じ大きさだ。


つまり、魂の響は、イワシ状の魔物から取り出した魔石だったらしい。


大きさは小さいが、色はとても鮮やかな青。


「サファイヤだったら、凄く高そうです」

涼は呟くが、この魔石も実はかなりの高値がつくものなのだ……。

知らぬは本人ばかりなり。



涼が生成した氷の串に刺された七匹の魚たち。

そう時を経ずして、腹ペコな二人の冒険者の胃の中へと収まった。


「ふぅ、美味いな」

「不思議ですよね。普通の動物や魚よりも、魔物の方が美味しいってのは」

アベルが満足し、涼が疑問を呈する。


そう、動物のウサギよりも、魔物のウサギ、ラビット系の方が美味しい。

イワシであっても、どうもそうらしい……。


涼は常々不思議に思っていたのだ。


「そうか? 全身に魔力が回っているんだから、美味しいのは当然じゃないか?」

「魔力は美味しい……の……?」

アベルが当然のように言い、涼は理解できずに小さく首を振った。


『ファイ』においては、そういう認識になっているらしい。


「という事は、魔法が使えないアベルよりも、魔法使いのアベルの方が美味しい……」

「うん、不穏な事を言うなよ」

涼の呟きに、過剰に反応するアベル。



そもそも、『魔法使いのアベル』などという者はいない。



「魔力に十分浸して、浸透させた後で食べれば……」

「俺より、魔力が溢れ出ているリョウの方が美味いんじゃないか?」

涼の呟きに、アベルが強烈な反撃を行う。


驚きに目を見張る涼。

そしてうろたえた。


「ぼ、ぼぼぼぼぼぼ僕なんか食べても美味しくないですから! そもそも人が人を食べるのは、カニバリズムといって、あまり推奨されていないですし……」

「へぇ~」

涼の言葉に、冷たい反応のアベル。


涼は、必死に話題を逸らす。


「そ、そそそ、そう言えば、今日は魔物のイワシでしたけど、いつもアベルは、どっから食べ物を調達してきていたんですか?」

「何て強引な話題転換を……。まあいいだろう。そこの森の中からだ。だいたい、果物と動物だ」

「森に入っていったんですね。すごいですね~、偉いですね~、怖いですね~」


アベルを称賛する涼。


もちろん、その凶刃から逃れるためであるが、実際、涼がロンド級の建造に集中できたのは、アベルが食べ物を調達し、料理してくれていたからだというのは理解している。

その点には深く感謝している。

そう、それは嘘ではないのだ。


「まあ、森の中とはいっても、奥には行ってないぞ。この海岸の近くだけでも、けっこう果物も動物もいたからな。逆に魔物がいない」

「なるほど。じゃあ、出航する前に、食料とかは森で調達してからの方がいいですかね……」

アベルの言葉に、涼は一つ頷いて答えた。



だが、少しだけ気になった。

この森の奥はどうなっているのか。


「ちょっと、空から見てきます」

涼はそう言うと、アベルの返答も待たずに唱える。

「<ウォータージェットスラスタ>」


一気に、上空に浮き上がった。


「あれは……ちょっと羨ましいんだよな」

アベルはその光景を見て呟く。


魔法が使えるようになりたいと思う事はほとんどないが、空を飛べるようになってみたいとは思うのだ。

高速でなく、空に浮かんでみたいとかその程度でも。



空を飛びたいという思いは、人が持つ根源的な願望なのかもしれない。



浮き上がった涼。

「森、かなり広いですね……」

そう呟き、周囲も見回す。

「もしかして、僕たちがいるのは島じゃなくて……半島とか岬とかの先っぽ?」


周りには広い海があるが……。


そして、森のさらに奥、十数キロ先に見てはいけないものを見てしまった。



見てはいけないものなので、見なかったことにする。



涼は地上に戻るとアベルに報告した。

「べ、別に何もなかったですよ」

「なんで、そんなに怪しく、しどろもどろなんだよ」

「見てはいけないものなんて、何もなかったですから」

「いかにも何かありました、って言ってるようなもんだろうが!」


涼の隠蔽は失敗した。


「それで? 何があったんだ」

「うぅ……。森の向こうに、街っぽいものが見えました」

「マジか!」

「それに僕らがいるのは、島じゃありません。半島の先っぽとかです」

「ああ、島だとは別に思っていなかったぞ?」

「なんですと!」



何の根拠もなく島だと、それも無人島だと、勝手に思っていたのは涼だけだったらしい。



「違うなら違うと、何で言ってくれなかったんですか!」

「いや、聞かれなかったし……。特に話し合ったりもしなかったしな……」

涼の追及を、軽々とかわすアベル。


そして反撃してきた。


「それより街だ。行くしかないだろう」

「やっぱり……そう言うと思ったから、見なかったことにしようとしたのに」

「いや、むしろ何で行かないんだよ? 俺らが王国に戻るにはいろいろ不足しているだろう? そもそも、ここがどこで、どうやって戻ればいいか……まあ、手段はリョウの船でもいいが方向とか分からんだろう?」

アベルが、ものすごく当たり前なことを言う。


「でも……街とか行くと、展開上、絶対トラブルに巻き込まれますよ!」

「なんだよ、展開上って……」

涼がラノベ的王道展開からメタ推理を行い、アベルが理解できずに呆れる。

つまり、「何か起きるに違いない」という適当推測だ。


「僕らがいる場所は……すごく南です。南なので、北の方に向かっていけばいいのです。ほら、問題ないでしょ?」

涼は、太陽の高さから、自分たちがいる場所が、星の赤道付近であることは気付いていた。

少なくとも、緯度的に、ロンドの森よりも南であると。


そう、緯度は分かるのだ。


「どこの南なのかわからんだろうが。中央諸国の南なのか、西方諸国の南なのか、あるいは別のどこかの南なのか。それじゃあ、北に向かうだけじゃダメだろう?」


そう、経度は分からないのだ。


アベルのごく当然の反論に、何も言い返せない涼。

一つ大きくため息をついた。

「はぁ~」

非常に大きく。非常にわざとらしく。

いかにも自分は反対だと言わんばかりに。



だがアベルは知っている。

涼は、表向きそんな事を言っているが、実は心の奥底ではすごく行きたがっていることを。

なぜなら、アベルも涼も、本質は冒険者だから。


トラブルが降りかかってきて、面倒なことになるかもしれない。

確かにそうだ。

それは嫌だ。もちろん、それは嫌なのだ。

だが、そこにあるのはトラブルだけではない事を知っている。


見た事のない何かがある。

必ずある。

それは、執務室や、王国や、中央諸国では見る事ができないものかもしれない。

もしかしたら、ここでしか目にすることができないものかもしれない。

今、ここで見逃したら、一生出会う事ができないものかもしれない。


行かないという選択肢はない。


涼も分かっていたのだ。

分かっていたから、浮いている時に、見なかったことにしようとしたのだ。

絶対に行くことになると分かっていたからこそ……。


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