表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
479/935

0439 仇をとります!

ニール・アンダーセン号は、砂浜から発進した。

ウォータージェットを後方に噴き出すため、砂浜からの発進でも問題ない。


ザボンッ。


海中に身を投じるニール・アンダーセン号と、乗員二人。


「錬金術によるウォータージェット推進に切り替えます」

涼が、あえて言葉に出して操作している。

確認と共に、雰囲気作りも大事なのだ……。


だが、アベルの耳にはほとんど入っていない。



なぜなら、初めて見る海中の景色に、心を奪われていたから……。



まだ水深が浅いため、差し込む陽の光で海中は照らし出されている。


泳ぎ回る魚の群れ。

何かキラキラと輝いている海底。

時々日が翳り、上を見ると大きな生物が泳いでいる。


360度、全て氷製の潜水艦であるため、浮遊感すら感じさせる、不思議でスペクタクルな光景が広がっていた。


「凄いな……」

思わずアベルの口から漏れる感嘆の言葉。


そんな感嘆の言葉を聞きながら、涼は一つ満足そうに頷き、あえてゆっくりとニール・アンダーセン号を進めた。



しばらく景色を堪能したアベルが、涼に問うた。

「この、周りを泳ぐ魚たちは逃げていかないな……。危なくないんだよな?」

「ええ。魚たちは普通です。こちらが手を出したら、海全体が敵に回りますけどね」

涼は過去の失態を思い出して、そう答える。


初めて、海に潜った際、自らの軽率な行動で恐ろしいことになったのだ。


「そのうち、魔物が寄ってくるって事か」

「いや、その辺の有象(うぞう)無象(むぞう)は寄ってきませんよ。魔物除けを起動していますから」

「そうなのか? 俺が知っている『海の魔物除け』は、積んでいないようだが……」

アベルはそう言うと、艦内を見渡した。

透明な潜水艦なので、何があるのかすぐに分かる。


……何もない。


魔石の一つもない。


……魔石の一つもない?


「いや、待て、リョウ……この船、どうやって動いているんだ……」

「どうやって? 水を噴き出して動いていますよ?」

「いや、そうではなくて……魔石とか積んでないよな?」

「ああ、動力源ですか。もちろん、僕の魔力です」

アベルの問いに、ちょっと胸を張って答える涼。



涼は艦長であり、操舵手であり、ソナー要員であり……燃料タンクでもあるのだ。



アベルは小さく首を振った。

この船は、アベルの知る常識から、いろいろと外れているらしい。

いや、そもそも、海の中を進む船という段階で、アベルの知らないものになっているが。


「そうそう、魔物除けの話でしたね。確か、中央諸国だと、けっこう大きな錬金道具ですよね」

涼が、以前見た事のある『海の魔物除け』を思い出しながら言う。

「ああ、大きいものほど性能がいい」

アベルは頷いて答える。


「ケネスの所では、一度も見たことはなかったですけど……」

「王国では、海に関するものは全て海洋省の管轄だ。『海の魔物除け』も、海洋省の管轄になっている」

「錬金術なのに?」

「ああ。昔は、その辺りの行政管轄が縦割りになり過ぎて、色々と弊害が多かったらしくてな。数十年前に、海洋省を設立して、『海に関すること全て』をそこにまとめたんだ」

「縦割り行政の弊害を脱したのに、大きくなりすぎて刷新性(さっしんせい)を失う……。行政の難しさですね」


アベルの説明に、涼は小さくため息をついてぼやく。


「刷新性?」

「ええ。西方諸国では、『海の魔物除け』は錬金道具から、魔法式に移行しつつあるそうです」

「どういうことだ?」

「海の魔物が嫌い、近寄ってこなくなる魔法式が編み出された……というか、発見されたというか……」

「マジか……」

「風の魔石用の魔法式も、土の魔石用の魔法式もあるそうで、どっちも魔石と組み合わせて、かなり高い効果が出るそうです。魔法式なら、魔石に直接描きこんでもいいですからね。実質、魔石一個分のスペースを確保するだけで、船は魔物に襲われなくなります」

「凄いな……」

涼の説明に、アベルは心底驚いた。



「この『ニール・アンダーセン』は、それらの魔法式を改良した、世界初の『水属性の魔法式による魔物除け』を描きこんでありますからね。なかなか効果がありますよ」

「だから、魔物が寄ってこないのか……」

「そう、よわっちい魔物は寄ってきませんが……」

「でかいやつは来るって事だな」

涼が言い、アベルが頷く。


イワシ的なベイト・ボールなどであれば、それほど大きくない魔物除けでも寄ってこないが、大物……例えばクラーケンのようなものに対しては、現行の魔物除けでは、効果が無いと言われている。


「それにしても、よくそんな魔法式があるって知っているな」

「ふふふ。西方諸国一の海洋国家マファルダ共和国、その共和国でも一、二を争うフランツォーニ海運商会で教えてもらいましたからね。他にもいろいろ勉強したものがありますよ」


マファルダ共和国で学んだことが、ここに活かされていた。


どこで、どんな知識が役に立つか分からないものだ。




そのまま、ゆっくりとニール・アンダーセン号は進んだ。

方向を迷ったりはしていない。

涼は、どの方向に進めばいいか、理解しているようだ。


「リョウ、もしかして、クラーケンがどこにいるのか分かっているのか?」

「ええ、分かっています。この先で、奴は待ち構えていますよ」

アベルの問いに、涼は決意に満ちた表情で頷いて答えた。


一番艦ロンドの仇なのだ。

自然と表情も引き締まる。


「ベイト・ボールみたいな海の魔物は、海の生物に手を出したりしない限りは、自分から攻撃はしてきません。ですが、クラーケンは違います。奴らは、自分のテリトリー……えっと、領地? 領海? とかに入ってくるものには、容赦なく攻撃をします」

「そういえば、以前言ってたな。俺が乗っていた密輸船が襲われたのは、二度の嵐で完全に航路を外れ、クラーケンの近くを通ってしまったからだったか」


涼の説明に、アベルは過去に経験した事を考えて理解した。



クラーケンは、喧嘩っ早いのだ。



「そろそろです」

涼が言う。

アベルが頷いた瞬間、涼が唱えた。

「<アイスウォール20層>」


唱えた瞬間であった。


ガンッ。


重い音が、船内にまで聞こえる。


「なんだ!?」

驚くアベル。

「大丈夫です。ただの、奴のジャブです」

涼は驚いていない。

当然だ。これは、想定の範囲内。


次に起きるのは……。


「なんか……氷の壁が引きはがされた?」

アベルが外の光景を見ながら呟く。

涼が張ったアイスウォールが、ニール・アンダーセン号からはがされ、海底に沈んでいくのが見えた。


「<アイスウォール>の魔法制御を奪われました」

悔しそうに言う涼。

想定内とはいえ、悔しいことに変わりはない。


ここまで鍛えても、クラーケンが魔法制御で上回るのだ。



水属性魔法の頂は、遥か遠い。



「これは想定内です。水属性魔法ではまだ勝てません。それは認めます。だからこそ、錬金術で対抗するのです! 『錬金外装(がいそう)』起動」

涼が言うと、ニール・アンダーセン号の外側に、氷の外装が張られた。

氷なので見えにくいが……。


「これは錬金術で生成しているので、奴にも奪えません」

涼が断言する。


キーン。キーン。


時々、非常に高い音が、だがとても小さい音が聞こえてくる。


「この音は……?」

「おそらく、錬金外装の魔法制御を奪って、剥がそうとしているのでしょう。以前、ケネスが言っていました。錬金術で生成した物を支配下に置こうとした場合に、こんな音が出ることがあると。でも、音が出ているという事は、制御を奪えないという事です」

アベルの問いに、涼は自信に満ちた表情で答える。



そして、はっきりと言い切った。



「錬金術は、クラーケンに負けません」



この後の想定される展開を涼は述べる。


「クラーケンの全長は約四十メートル。十本の足がありますが、そのうちの二本は長く、多分百メートルくらいあります。さっきの<アイスウォール>への攻撃はそれです」

「なるほど」

「『外装』を奪えないと理解すれば、そいつが来ます。アベル、しっかりつかまっていてくださいね」

「ん?」

涼の言葉に、アベルは首を傾げる。

もちろんしっかりつかまるが、なぜ、あえて言う?


「地上戦と海中戦の決定的な違いは、こちらは完全三次元戦闘だという点です」

「お、おう……」


アベルが答えるのとほぼ同時に、涼が叫ぶ。

「当たらんよ!」

同時に舵を切る。

外装ギリギリを、クラーケンが伸ばした『腕』がかすめる。


涼の気分は、機動戦士な赤い機体に乗ったパイロットだ。

アニメのように、通常の三倍の速度では動けないが。


「そんなものでは!」

二本目の伸びてきた『腕』もかわす。



「最大戦速で突っ込みます!」

涼は言うが早いか、ニール・アンダーセン号の速度を上げた。


長い二本の腕をかわし、敵の間合いに侵入したのだ。

一気に侵略するのは当然。


「赤い目……」

アベルが呟く。

前方に、二つの赤く光る目が見えた。

おそらく、クラーケンの目。



「アベル、つかまってください!」

あえて涼が言ったのだ。

今まで以上の機動がくるのだろう。


アベルは覚悟した。



だが……覚悟を上回った。



ニール・アンダーセン号は、ローリングを始めた。

つまり、弾丸のように、ゆっくりと自転を始めたのだ……もちろん、前方につっこみながら。


「八本の短い腕が来ます」

涼が叫ぶ。


ゴンッ。ザシュッ。シュッ……。


完全にはかわせず、当たる。

だが、それは想定内。

『錬金外装』に当たった腕を、ローリングで外に弾き出しながら、ニール・アンダーセン号は突撃し続ける。


突っ込んでくる直線運動エネルギーが、ローリングで回転運動エネルギーに変えられ、外装の外で再び直線運動エネルギーに戻されて、後方に流れていく。


腕が当たるたびに、『錬金外装』にひびが入る。


それは、アベルの所からもはっきりと見えた。


アベルは何も言わないが、涼はアベルが気にしているのを理解したのだろう。

「大丈夫です。ダメージコントロールまで魔法式で記述してあります。自動修復されますから」

「そうか……」



『船』は、必ずダメージを負う。

軍艦はもちろん、民間船でも氷山にぶつかったり、海賊に襲撃されたり……いろんなことが起きる。

その際、最も大切な事は何か。


それは、沈まないという事だ。


船と呼ばれるものは、どんなものであっても、まずそこが重視される。



では、ダメージを負ったらどうするか。


それを設計段階から考えてある。

運用するときにも考えてある。

その二つが、ダメージコントロールだ。


長い歴史を持つ海洋国家の船が沈みにくいのは、設計段階でダメージコントロールのノウハウがあるから。

どこをどんな配置にするか。

どこにどんな装置を載せるか。

浸水した場合に、船全体が沈まないように、どう空気と水をコントロールするか……。


これは、言うのは簡単だが、実際に設計すると、非常に難しい。


同時に、積み荷をどれだけどう載せるか。

あるいは、武器、弾薬はどこに載せるか。

船員の居住空間はどうするか。


それら全てとの兼ね合いも必要になってくるからだ。



涼の船『ロンド級』は、決戦兵器。

戦局を決定づけるために投入される、最終兵器である。

自らが多少犠牲を負おうとも、相手を倒す……そんな役割を負っている。


そのため、ダメージを負うのは想定内。

そのダメージコントロールの部分も、涼を煩わせないように、錬金術で自動化されているのだ。



涼は、攻撃に集中する!



「これで、最後!」

八本目の短い腕をかわし、完全にクラーケンの懐……口が見えるところにまで飛び込んだ。


「ロンドの無念を晴らします! マーク256魚雷、32本、前部砲門開放。発射!」


涼の言葉に従って、ニール・アンダーセン号の前面から、氷の槍のようなものが、多数発射されたのはアベルにも見えた。


前方のクラーケンに当たった瞬間、氷の槍一本一本から、数十本の長い棘が生み出される。

それが、クラーケンに突き刺さった。


「ジュギャアアアアアアアアアアアアア」


海水を通して響いてくるクラーケンの絶叫。

何百本もの氷の棘が突き刺されば、確かに痛いだろう。


その間も、ニール・アンダーセン号はさらに突っ込み、クラーケンの傷ついた口に船体をねじ込んだ。


「終わりです! 全砲門開放、アイシクルランスシャワー“扇”錬金コーティング、全弾発射!」


ニール・アンダーセン号の船体全体から、氷の槍が発射された。


それは、離れた場所から見ていたら……。

ハリネズミの針のように、船体全部に氷の槍が生成され、それが全方位に広がっていく様を見る事ができたであろう。


沖合、それなりの深さではあるが、透明度が高いため陽の光は届いている。

そのため、氷の槍が光を反射して、幻想的ともいえる光景に見えたかもしれない。


もちろん、その対象となったクラーケンにとっては、悲劇的光景であろうが。



体中を氷の槍が貫き、ズタズタに切り裂かれた。


だが、クラーケンは未だ死んでいなかった。



大きいという事は、耐久力があるということなのかもしれない。



「何だこれは……見えなくなった?」

「イカ墨! さすが巨大イカです」

クラーケンが墨を吐いたのだ。

それによって、視界が遮られた。


だが……。


「視えていますよ! ソナーがあるんですから」

涼は言うと、墨に紛れて逃げるクラーケンを追う。


「そこ! 逃がしません。捕獲腕(マニピュレータ)起動!」


ニール・アンダーセン号から生じた六本のマニュピレーターが、一気に伸びてクラーケンを掴んだ。


簒奪腕(スティール)起動。アタック!」

ニール・アンダーセン号の先端から現れた七本目の腕が、一気に伸びてクラーケンに突き刺さる。


「ギィィィィイイイィィァアアアアア」


クラーケンは叫ぶが、その声は小さい。

逃げるしかなかったのだから、すでに抵抗する力はほとんどないのだ。


ズブリと簒奪腕が引き抜かれた時、その手には、巨大な青い魔石が握られていた。


魔石を船体に収納すると、六本の腕はクラーケンを離した。

驚くべきことに、クラーケンは死なず、少し弱々しい動きながら去っていく……。


とはいえ、魔力の源である魔石を失ったのだ。

少なくとも、あの個体は、今後脅威になる事はあるまい。


「完全勝利です!」

涼は腕を突き上げた。

その目から、涙がこぼれる……。


そして、呟いた。


「ロンド、仇はとりましたよ」


明日、お昼の12時に「番外 ロンドの最期」を投稿します。

ロンド級一番艦ロンドのお話です。

悲しいお話です。

読まなくとも、この先の物語に支障はありません。


その後21時に、いつも通りの続き「0440 その奥には」を投稿します。

ですので、明日は二話投稿ですね!



実は、昨日(4月1日)担当編集さんとの会議で、教えてもらったのですが、

『水属性の魔法使い』第4巻の3月期の売上がなかなか良かったそうです。

https://twitter.com/TOBOOKS/status/1508806605986574351?cxt=HHwWnsC9iafnrfApAAAA


これ、3月期ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(3月15日トーハン調べ)

https://realsound.jp/book/2022/03/post-994858.html


1位は『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~短編集2』

2位が『聖女の魔力は万能です 8』

3位で『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。 13』


ラノベばかりだと思いますよね?

4位 今村翔吾『塞王の楯』

ええ、ええ、第116回 直木賞受賞作です。


5位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

史上初の全選考委員が5点満点をつけて第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞

そして第116回 直木賞候補作です。

(その後、2022年本屋大賞受賞!)


そしてそして、

6位 久宝忠『水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編4』

頑張っています!(パチパチパチ


なんと

7位 米澤穂信『黒牢城』

ええ、ええ、これも第166回 直木賞受賞作です。


すんごい作品たちに囲まれています、うちの子……。

皆さんのおかげで、頑張れております。


トーハンは、取次大手で、つまり書店さんに送られた冊数のランキング、かな。


これからも、『水属性の魔法使い』への応援、どうかよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ