0439 仇をとります!
ニール・アンダーセン号は、砂浜から発進した。
ウォータージェットを後方に噴き出すため、砂浜からの発進でも問題ない。
ザボンッ。
海中に身を投じるニール・アンダーセン号と、乗員二人。
「錬金術によるウォータージェット推進に切り替えます」
涼が、あえて言葉に出して操作している。
確認と共に、雰囲気作りも大事なのだ……。
だが、アベルの耳にはほとんど入っていない。
なぜなら、初めて見る海中の景色に、心を奪われていたから……。
まだ水深が浅いため、差し込む陽の光で海中は照らし出されている。
泳ぎ回る魚の群れ。
何かキラキラと輝いている海底。
時々日が翳り、上を見ると大きな生物が泳いでいる。
360度、全て氷製の潜水艦であるため、浮遊感すら感じさせる、不思議でスペクタクルな光景が広がっていた。
「凄いな……」
思わずアベルの口から漏れる感嘆の言葉。
そんな感嘆の言葉を聞きながら、涼は一つ満足そうに頷き、あえてゆっくりとニール・アンダーセン号を進めた。
しばらく景色を堪能したアベルが、涼に問うた。
「この、周りを泳ぐ魚たちは逃げていかないな……。危なくないんだよな?」
「ええ。魚たちは普通です。こちらが手を出したら、海全体が敵に回りますけどね」
涼は過去の失態を思い出して、そう答える。
初めて、海に潜った際、自らの軽率な行動で恐ろしいことになったのだ。
「そのうち、魔物が寄ってくるって事か」
「いや、その辺の有象無象は寄ってきませんよ。魔物除けを起動していますから」
「そうなのか? 俺が知っている『海の魔物除け』は、積んでいないようだが……」
アベルはそう言うと、艦内を見渡した。
透明な潜水艦なので、何があるのかすぐに分かる。
……何もない。
魔石の一つもない。
……魔石の一つもない?
「いや、待て、リョウ……この船、どうやって動いているんだ……」
「どうやって? 水を噴き出して動いていますよ?」
「いや、そうではなくて……魔石とか積んでないよな?」
「ああ、動力源ですか。もちろん、僕の魔力です」
アベルの問いに、ちょっと胸を張って答える涼。
涼は艦長であり、操舵手であり、ソナー要員であり……燃料タンクでもあるのだ。
アベルは小さく首を振った。
この船は、アベルの知る常識から、いろいろと外れているらしい。
いや、そもそも、海の中を進む船という段階で、アベルの知らないものになっているが。
「そうそう、魔物除けの話でしたね。確か、中央諸国だと、けっこう大きな錬金道具ですよね」
涼が、以前見た事のある『海の魔物除け』を思い出しながら言う。
「ああ、大きいものほど性能がいい」
アベルは頷いて答える。
「ケネスの所では、一度も見たことはなかったですけど……」
「王国では、海に関するものは全て海洋省の管轄だ。『海の魔物除け』も、海洋省の管轄になっている」
「錬金術なのに?」
「ああ。昔は、その辺りの行政管轄が縦割りになり過ぎて、色々と弊害が多かったらしくてな。数十年前に、海洋省を設立して、『海に関すること全て』をそこにまとめたんだ」
「縦割り行政の弊害を脱したのに、大きくなりすぎて刷新性を失う……。行政の難しさですね」
アベルの説明に、涼は小さくため息をついてぼやく。
「刷新性?」
「ええ。西方諸国では、『海の魔物除け』は錬金道具から、魔法式に移行しつつあるそうです」
「どういうことだ?」
「海の魔物が嫌い、近寄ってこなくなる魔法式が編み出された……というか、発見されたというか……」
「マジか……」
「風の魔石用の魔法式も、土の魔石用の魔法式もあるそうで、どっちも魔石と組み合わせて、かなり高い効果が出るそうです。魔法式なら、魔石に直接描きこんでもいいですからね。実質、魔石一個分のスペースを確保するだけで、船は魔物に襲われなくなります」
「凄いな……」
涼の説明に、アベルは心底驚いた。
「この『ニール・アンダーセン』は、それらの魔法式を改良した、世界初の『水属性の魔法式による魔物除け』を描きこんでありますからね。なかなか効果がありますよ」
「だから、魔物が寄ってこないのか……」
「そう、よわっちい魔物は寄ってきませんが……」
「でかいやつは来るって事だな」
涼が言い、アベルが頷く。
イワシ的なベイト・ボールなどであれば、それほど大きくない魔物除けでも寄ってこないが、大物……例えばクラーケンのようなものに対しては、現行の魔物除けでは、効果が無いと言われている。
「それにしても、よくそんな魔法式があるって知っているな」
「ふふふ。西方諸国一の海洋国家マファルダ共和国、その共和国でも一、二を争うフランツォーニ海運商会で教えてもらいましたからね。他にもいろいろ勉強したものがありますよ」
マファルダ共和国で学んだことが、ここに活かされていた。
どこで、どんな知識が役に立つか分からないものだ。
そのまま、ゆっくりとニール・アンダーセン号は進んだ。
方向を迷ったりはしていない。
涼は、どの方向に進めばいいか、理解しているようだ。
「リョウ、もしかして、クラーケンがどこにいるのか分かっているのか?」
「ええ、分かっています。この先で、奴は待ち構えていますよ」
アベルの問いに、涼は決意に満ちた表情で頷いて答えた。
一番艦ロンドの仇なのだ。
自然と表情も引き締まる。
「ベイト・ボールみたいな海の魔物は、海の生物に手を出したりしない限りは、自分から攻撃はしてきません。ですが、クラーケンは違います。奴らは、自分のテリトリー……えっと、領地? 領海? とかに入ってくるものには、容赦なく攻撃をします」
「そういえば、以前言ってたな。俺が乗っていた密輸船が襲われたのは、二度の嵐で完全に航路を外れ、クラーケンの近くを通ってしまったからだったか」
涼の説明に、アベルは過去に経験した事を考えて理解した。
クラーケンは、喧嘩っ早いのだ。
「そろそろです」
涼が言う。
アベルが頷いた瞬間、涼が唱えた。
「<アイスウォール20層>」
唱えた瞬間であった。
ガンッ。
重い音が、船内にまで聞こえる。
「なんだ!?」
驚くアベル。
「大丈夫です。ただの、奴のジャブです」
涼は驚いていない。
当然だ。これは、想定の範囲内。
次に起きるのは……。
「なんか……氷の壁が引きはがされた?」
アベルが外の光景を見ながら呟く。
涼が張ったアイスウォールが、ニール・アンダーセン号からはがされ、海底に沈んでいくのが見えた。
「<アイスウォール>の魔法制御を奪われました」
悔しそうに言う涼。
想定内とはいえ、悔しいことに変わりはない。
ここまで鍛えても、クラーケンが魔法制御で上回るのだ。
水属性魔法の頂は、遥か遠い。
「これは想定内です。水属性魔法ではまだ勝てません。それは認めます。だからこそ、錬金術で対抗するのです! 『錬金外装』起動」
涼が言うと、ニール・アンダーセン号の外側に、氷の外装が張られた。
氷なので見えにくいが……。
「これは錬金術で生成しているので、奴にも奪えません」
涼が断言する。
キーン。キーン。
時々、非常に高い音が、だがとても小さい音が聞こえてくる。
「この音は……?」
「おそらく、錬金外装の魔法制御を奪って、剥がそうとしているのでしょう。以前、ケネスが言っていました。錬金術で生成した物を支配下に置こうとした場合に、こんな音が出ることがあると。でも、音が出ているという事は、制御を奪えないという事です」
アベルの問いに、涼は自信に満ちた表情で答える。
そして、はっきりと言い切った。
「錬金術は、クラーケンに負けません」
この後の想定される展開を涼は述べる。
「クラーケンの全長は約四十メートル。十本の足がありますが、そのうちの二本は長く、多分百メートルくらいあります。さっきの<アイスウォール>への攻撃はそれです」
「なるほど」
「『外装』を奪えないと理解すれば、そいつが来ます。アベル、しっかりつかまっていてくださいね」
「ん?」
涼の言葉に、アベルは首を傾げる。
もちろんしっかりつかまるが、なぜ、あえて言う?
「地上戦と海中戦の決定的な違いは、こちらは完全三次元戦闘だという点です」
「お、おう……」
アベルが答えるのとほぼ同時に、涼が叫ぶ。
「当たらんよ!」
同時に舵を切る。
外装ギリギリを、クラーケンが伸ばした『腕』がかすめる。
涼の気分は、機動戦士な赤い機体に乗ったパイロットだ。
アニメのように、通常の三倍の速度では動けないが。
「そんなものでは!」
二本目の伸びてきた『腕』もかわす。
「最大戦速で突っ込みます!」
涼は言うが早いか、ニール・アンダーセン号の速度を上げた。
長い二本の腕をかわし、敵の間合いに侵入したのだ。
一気に侵略するのは当然。
「赤い目……」
アベルが呟く。
前方に、二つの赤く光る目が見えた。
おそらく、クラーケンの目。
「アベル、つかまってください!」
あえて涼が言ったのだ。
今まで以上の機動がくるのだろう。
アベルは覚悟した。
だが……覚悟を上回った。
ニール・アンダーセン号は、ローリングを始めた。
つまり、弾丸のように、ゆっくりと自転を始めたのだ……もちろん、前方につっこみながら。
「八本の短い腕が来ます」
涼が叫ぶ。
ゴンッ。ザシュッ。シュッ……。
完全にはかわせず、当たる。
だが、それは想定内。
『錬金外装』に当たった腕を、ローリングで外に弾き出しながら、ニール・アンダーセン号は突撃し続ける。
突っ込んでくる直線運動エネルギーが、ローリングで回転運動エネルギーに変えられ、外装の外で再び直線運動エネルギーに戻されて、後方に流れていく。
腕が当たるたびに、『錬金外装』にひびが入る。
それは、アベルの所からもはっきりと見えた。
アベルは何も言わないが、涼はアベルが気にしているのを理解したのだろう。
「大丈夫です。ダメージコントロールまで魔法式で記述してあります。自動修復されますから」
「そうか……」
『船』は、必ずダメージを負う。
軍艦はもちろん、民間船でも氷山にぶつかったり、海賊に襲撃されたり……いろんなことが起きる。
その際、最も大切な事は何か。
それは、沈まないという事だ。
船と呼ばれるものは、どんなものであっても、まずそこが重視される。
では、ダメージを負ったらどうするか。
それを設計段階から考えてある。
運用するときにも考えてある。
その二つが、ダメージコントロールだ。
長い歴史を持つ海洋国家の船が沈みにくいのは、設計段階でダメージコントロールのノウハウがあるから。
どこをどんな配置にするか。
どこにどんな装置を載せるか。
浸水した場合に、船全体が沈まないように、どう空気と水をコントロールするか……。
これは、言うのは簡単だが、実際に設計すると、非常に難しい。
同時に、積み荷をどれだけどう載せるか。
あるいは、武器、弾薬はどこに載せるか。
船員の居住空間はどうするか。
それら全てとの兼ね合いも必要になってくるからだ。
涼の船『ロンド級』は、決戦兵器。
戦局を決定づけるために投入される、最終兵器である。
自らが多少犠牲を負おうとも、相手を倒す……そんな役割を負っている。
そのため、ダメージを負うのは想定内。
そのダメージコントロールの部分も、涼を煩わせないように、錬金術で自動化されているのだ。
涼は、攻撃に集中する!
「これで、最後!」
八本目の短い腕をかわし、完全にクラーケンの懐……口が見えるところにまで飛び込んだ。
「ロンドの無念を晴らします! マーク256魚雷、32本、前部砲門開放。発射!」
涼の言葉に従って、ニール・アンダーセン号の前面から、氷の槍のようなものが、多数発射されたのはアベルにも見えた。
前方のクラーケンに当たった瞬間、氷の槍一本一本から、数十本の長い棘が生み出される。
それが、クラーケンに突き刺さった。
「ジュギャアアアアアアアアアアアアア」
海水を通して響いてくるクラーケンの絶叫。
何百本もの氷の棘が突き刺されば、確かに痛いだろう。
その間も、ニール・アンダーセン号はさらに突っ込み、クラーケンの傷ついた口に船体をねじ込んだ。
「終わりです! 全砲門開放、アイシクルランスシャワー“扇”錬金コーティング、全弾発射!」
ニール・アンダーセン号の船体全体から、氷の槍が発射された。
それは、離れた場所から見ていたら……。
ハリネズミの針のように、船体全部に氷の槍が生成され、それが全方位に広がっていく様を見る事ができたであろう。
沖合、それなりの深さではあるが、透明度が高いため陽の光は届いている。
そのため、氷の槍が光を反射して、幻想的ともいえる光景に見えたかもしれない。
もちろん、その対象となったクラーケンにとっては、悲劇的光景であろうが。
体中を氷の槍が貫き、ズタズタに切り裂かれた。
だが、クラーケンは未だ死んでいなかった。
大きいという事は、耐久力があるということなのかもしれない。
「何だこれは……見えなくなった?」
「イカ墨! さすが巨大イカです」
クラーケンが墨を吐いたのだ。
それによって、視界が遮られた。
だが……。
「視えていますよ! ソナーがあるんですから」
涼は言うと、墨に紛れて逃げるクラーケンを追う。
「そこ! 逃がしません。捕獲腕起動!」
ニール・アンダーセン号から生じた六本のマニュピレーターが、一気に伸びてクラーケンを掴んだ。
「簒奪腕起動。アタック!」
ニール・アンダーセン号の先端から現れた七本目の腕が、一気に伸びてクラーケンに突き刺さる。
「ギィィィィイイイィィァアアアアア」
クラーケンは叫ぶが、その声は小さい。
逃げるしかなかったのだから、すでに抵抗する力はほとんどないのだ。
ズブリと簒奪腕が引き抜かれた時、その手には、巨大な青い魔石が握られていた。
魔石を船体に収納すると、六本の腕はクラーケンを離した。
驚くべきことに、クラーケンは死なず、少し弱々しい動きながら去っていく……。
とはいえ、魔力の源である魔石を失ったのだ。
少なくとも、あの個体は、今後脅威になる事はあるまい。
「完全勝利です!」
涼は腕を突き上げた。
その目から、涙がこぼれる……。
そして、呟いた。
「ロンド、仇はとりましたよ」
明日、お昼の12時に「番外 ロンドの最期」を投稿します。
ロンド級一番艦ロンドのお話です。
悲しいお話です。
読まなくとも、この先の物語に支障はありません。
その後21時に、いつも通りの続き「0440 その奥には」を投稿します。
ですので、明日は二話投稿ですね!
実は、昨日(4月1日)担当編集さんとの会議で、教えてもらったのですが、
『水属性の魔法使い』第4巻の3月期の売上がなかなか良かったそうです。
https://twitter.com/TOBOOKS/status/1508806605986574351?cxt=HHwWnsC9iafnrfApAAAA
これ、3月期ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(3月15日トーハン調べ)
https://realsound.jp/book/2022/03/post-994858.html
1位は『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~短編集2』
2位が『聖女の魔力は万能です 8』
3位で『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。 13』
ラノベばかりだと思いますよね?
4位 今村翔吾『塞王の楯』
ええ、ええ、第116回 直木賞受賞作です。
5位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』
史上初の全選考委員が5点満点をつけて第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞
そして第116回 直木賞候補作です。
(その後、2022年本屋大賞受賞!)
そしてそして、
6位 久宝忠『水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編4』
頑張っています!(パチパチパチ
なんと
7位 米澤穂信『黒牢城』
ええ、ええ、これも第166回 直木賞受賞作です。
すんごい作品たちに囲まれています、うちの子……。
皆さんのおかげで、頑張れております。
トーハンは、取次大手で、つまり書店さんに送られた冊数のランキング、かな。
これからも、『水属性の魔法使い』への応援、どうかよろしくお願いいたします!




