番外 <<幕間>> 飛ばされた魔人とその眷属 ~その3~
三夜連続投稿の三日目です。
六人の男女が、都タントガの入口に到着した。
それぞれラクダに乗り、予備のラクダも連れている。
「ほう、なかなか立派な街じゃないか」
魔人ガーウィンが街を褒める。
タントガ周辺は、砂漠が終わり、草原となっている。
「ここが、砂漠の王国ジュルバンの都、タントガです」
そう説明したのは、人間の男。
丁寧にというより、恐る恐るという表現の方がふさわしいくらいに、弱々しい。
「おい、ボズン、まず飯だ。美味い店に案内しろ」
「かしこまりました、ガーウィン様」
魔人ガーウィンが命令し、男は何度も頷きながら答えた。
ボズンは、デビル会と呼ばれる荒くれ者たちの一人であるが、今は、ガーウィンらの道案内となっている。
しかも、道すがら、ガーウィンらが人ではなく、もっと恐ろしいものである事を理解させられていた。
「ガーウィン様、俺ら別に食わなくとも……」
「黙れオレンジュ! 俺が食いたいんだ、美味い飯を。無論食わなくとも問題はない、だが、街に来たのなら食ったっていいだろうが」
いつものようにオレンジュを怒鳴るガーウィン。
もちろん、他の三人の眷属は無言だ。
そもそも、ヴィム・ローは無口。
ジュクの声はガーウィンにしか聞こえない。
そしてイゾールダは、怒られ役をオレンジュに押し付ける。
オレンジュは、そういう役回りだった。
食事を終えた六人は、店を出た。
「うむ、確かに美味かった。ボズン、褒めてやる」
「ははっ。ありがとうございます」
六人の内、唯一の人間、ボズンは、地面に頭をつけんばかりに深々とお辞儀をした。
だが……。
「ん? そういえば、ボズン、店に金は払ったか?」
「え? い、いえ……」
「なぜ払わぬ?」
「ここは……デビル会に上納金を納めている店でして、それで飲み食いは無料に……」
ガーウィンの問いに、ボズンは少し得意そうに答える。
「それは良くないな」
「え……」
ガーウィンに否定され、ボズンは一気に顔が青くなる。
「人が、人の店で飯を食ったら金を払う。当たり前の事であろうが。すぐに払ってこい」
「はいっ!」
ボズンは、すぐに走り出し、店の会計所に駆け込んでいった。
それを不思議そうに見ていたオレンジュ。
分からないので、ガーウィンに聞くことにした。
「ガーウィン様、金を払えなんて珍しいですね」
「何を言っている、オレンジュ? 人が、人の店で飯を食ったら金を払う、当たり前の事であろう」
ガーウィンは、不思議そうにオレンジュに答えている。
そして言葉を続けた。
「デビル会が、金を納めさせる高位の立場であったとしてもだ。いや、高位の立場であるからこそ……。ジュク、どう思う?」
「……」
「やはりそうであろう? ジュクが乗っ取っていた少年公爵……公爵という、人の中ではかなり高位の立場であったが、街で食事をした場合でも金を払っていたのだろう? 当然であるよな」
「……」
「うむ、高位であればあるほど、民の規範となるのだからか。全くその通りだな。そうなると、オレンジュの言っておる意味が、俺には全く分からん」
ガーウィンはそう言うと、小さく首を振った。
その横で、少年の外見のジュクも、小さく首を振った。
「お、俺が変なのか?」
オレンジュは、顔をしかめて呟く。
そして、さらに言葉を続けた。
「ですが、ガーウィン様は、これまで一度も、人間たちに金を払った事なんてないじゃないですか」
「うむ? 当たり前だ。それがどうした?」
「え? あれ? さっきは金を払えって……」
「我らは魔人とその眷属。人より上位の存在ぞ? 人に金を払う必要がどこにある?」
もはや、ガーウィンがオレンジュを見る目は、可哀そうな人を見る目になっていた。
「お、俺が間違っているのか?」
「オレンジュよ、少し考えてみれば分かるであろうが。たとえばその辺にいる人間どもが、鶏がやっている店に行って飯を食ったとして、鶏どもに金を払って店を出るだろうか? 払うわけがないであろう? 後日、自分たちが取って食う存在に対してだぞ? オレンジュも、もう少し頭を鍛えた方がよいな」
「そのたとえ……合ってます?」
ガーウィンは自信満々に説明し、それに対するオレンジュの言葉は、本当に小さく、誰にも聞こえなかった……。
「お、お待たせしました」
しばらくすると、ボズンが金を払って戻ってきた。
「ボズン、この街で最も強い者は誰だ?」
ガーウィンが唐突に、だがにこやかに問うた。
「お、表でしたら、国王の親衛隊長ゾックラックかと」
ボズンが答えた。スムーズに答えが出てきたところをみると、有名な人物らしい。
だが、ガーウィンが気になったのは、別の箇所だった。
「表ならと言ったな? 裏にもいるのか?」
「はい。何でもありでしたら、うちのデビル会の会長バーザー様です」
これも、スムーズな答えだ。
「よし、ではそのデビル会のバーザーがいる所に連れていけ」
「え?」
「面白そうだからな」
ガーウィンがそう言うと、ボズンは一つ頷いて、先に立って案内し始めた。
ボズンはうっすら笑った。
(やっとこいつらから解放される。どうやって助けてもらおうと思っていたが、自分たちから本部に行きたいと言ってくれるとは……俺の運もまだまだ捨てたもんじゃない)
「……で、ボズン、連れてきたそいつらは何だ?」
そこは、デビル会本部の広間。
ボズンを先頭に、ガーウィンら六人が広間に入ると、怪訝な顔をして問いかけられた。
「はい、副会長。この者たちが会長に会いたいと」
「お前は、会いたいと言えば、誰でも連れてくるのか?」
ボズンの答えに、さらに顔をしかめながら副会長は問いかける。
「い、いえ、その……」
答えに詰まるボズン。
「ああ、ボズンは我らに捕まったから、助けて欲しくてここに来たんだ」
「なんだと?」
ガーウィンが笑いながら言い、副会長は言葉の意味が分からず問い返す。
「会長のバーザーとか言うのが強いのだろう? そいつが俺に勝てば、自分が解放されると思ってここにやってきたんだ」
ガーウィンが丁寧に説明すると、ボズンが驚いた表情になった。
まさかばれているとは思っていなかったらしい。
「まあ、つまり、襲撃だ。お前たちを全員殺せば、会長とかいうのが出てくるか?」
「ふざけるな! 俺たちを殺すだと?」
「ああ。やってみせようか」
「面白い! やってもらおうじゃないか。おい、お前ら……」
「やれ!」
副会長がまだ何か言っている途中に、ガーウィンが指示を出した。
四筋の風が、広間を吹き抜けた。
オレンジュ、ヴィム・ロー、ジュク、そしてイゾールダ。
三人の首が飛び、三人の首から鮮血が噴き出て、三人が石になり、三人が心臓を貫かれた。
生き残ったのは、副会長だけ。
「何が……」
副会長は、何が起きたか理解できなかった。
「お前以外が死んだようだな」
ガーウィンは、事実を告げる。
そして、言葉を続けた。
「それで、会長とやらは、まだ出てこないのか? お前も殺さないといかんか?」
「ま、待て!」
横の扉が開き、人が出てきた。
「なんだ、騒々しい」
「会長!」
出てきた、まだ若い二十代半ばの人物が顔をしかめながら言い、副会長が嬉しそうに呼びかける。
「おう、やっぱり全員殺したら出てきたな。困ったら全員殺すに限るな」
ガーウィンが嬉しそうに言う。
「……そうなのか?」
「あたしに聞かないで」
オレンジュが、囁くような声で、隣にいるイゾールダに問う。
問われたイゾールダは、めんどくさそうに答えた。
「会長とかが、この街で一番強いと聞いてきたんだが」
「ああ、俺が強い」
ガーウィンの問いかけに、堂々と答える会長バーザー。
「そうだよな。悪い事やる奴ってのは強くなきゃいかんよな。だが、どう見てもお前は……」
ガーウィンは、馬鹿にしたように笑って、言葉を続けた。
「弱そうに見える」
「貴様!」
言うが早いか、バーザーは抜剣と同時に一気に踏み込み、ガーウィンの間合いを侵略する。
鋭い横薙ぎを、上体を反らしてスウェーバックでかわすガーウィン。
袈裟懸け、突き、そのまま連続突き、切り上げ、打ち下ろし……。
だが、その全てが空振り。
剣も持たない徒手のガーウィンは、バーザーの剣を受けることもなく、もちろんかすることもなく……全てをかわしきる。
「貴様……」
「さっきから貴様しか言わんな? おっと、そういえば名乗っていなかったな。俺の名はガーウィン。魔人だ」
「魔人? 戯言を!」
正直に名乗ったのに受け入れられないガーウィン。
剣戟……ではなく、バーザーの一方的な剣の振り回しはしばらく続いた。
だが……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
バーザーは肩で息をしている。
それも仕方ないであろう。
全力の剣が、全てかわされるのだ。
ダメージを与えるどころか、受けてすらもらえない……。
体力以上に、精神力が削られていく。
「お前は……何なのだ……」
「だからさっき言ったろうが。魔人ガーウィン様だと」
バーザーの問いに、再びきちんと答えてやるガーウィン。
「俺って優しいよな」
自分の優しさに酔うガーウィン。
「ガーウィン様って、優しいか?」
オレンジュの問いは、イゾールダに完全に無視された。
「おい、バーザーとやら、そろそろ体力もないだろう? 最後に、お前の最高の技を放って来い。避けないで受け止めてやるから」
「貴様……」
「名前教えてやったのに、結局貴様しか言えんのか……」
小さく首を振るガーウィン。
そんな皮肉は、もはやバーザーの耳には届かない。
バーザーは決意に満ちた表情になる。
最高の一撃。
それが決まれば勝負は決する。
ならば放つしかない!
そして、剣を構える。
そして、放った。
「剣技:五爪連刺」
それは、超高速の五連突き。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ。
五連、全てが、弾かれた。
「馬鹿な!」
バーザーが叫ぶ。
避けられるのならともかく、絶対貫通の五連撃が弾かれるだと!?
「弱い」
その言葉と共に、ガーウィンの拳がバーザーの腹に叩き込まれた。
「ぐふっ……」
崩れ落ちるバーザー。
「知ってるか? 悪い奴は、負けると、勝った奴の奴隷になるんだ」
ガーウィンの顔に、禍々しい笑みが浮かぶ。
「お前は俺の奴隷だ」
そう言うと、ガーウィンは大笑いした。
こうして、砂漠の王国ジュルバンのデビル会は、ガーウィンの配下となった。
まだ先が続きそうですよね。
とりあえず、連続投稿は終了です。
また、そのうち、続きを投稿するかもしれませんね。
あと、西方諸国にいる使節団の皆さんの方も、SSを書きたいのですが……。
いずれ、ね。
それでは、また次のSSでお会いしましょう!