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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0046 講習会最終日

ダンジョン初心者講習会の五日目、最終日。

午前中は講義室で質疑応答を行い、午後は受講生全員で、実際にダンジョンの第一層に潜ることになっている。



四日目までで、ダンジョンに潜るために必要な、基本的情報は伝えられていた。

ダンジョンの構造、注意すべき罠、注意すべき敵、探索に必要な道具など。


ちなみに、この五日目午後の実地研修では、探索に必要な最低限の道具、例えばポーションや解毒剤などがギルドから支給されるのだ。

これはダンジョン初心者には、非常にありがたい。


ダンジョン初心者は、総じて冒険者としても初心者が多い。


他国や他の街から来た冒険者はともかく、ルンの街で冒険者として登録した者は、まずダンジョン上層で腕を磨く。

ダンジョン産の魔石や素材をギルドに卸してお金と実績を重ねつつ、冒険者レベルを上げるために地上の依頼も受ける。


そうやって、ダンジョンと地上依頼と両方をこなしながら、冒険者レベルを上げていくのが、ルンの街での冒険者活動の主流だ。

例えば、涼と同室のニルスとエトは、月水金でダンジョン、火木で地上依頼、土日休み、というスケジュール。



否応なく、ダンジョン内では実戦経験を積むことになる。

それを早いうちから繰り返しこなすため、ルンの街の冒険者は、他の街の冒険者よりも戦闘の腕がいいと言われていた。


そして、ある程度の冒険者レベルとなり、地上で報酬のいい依頼が多く回ってくる立場になると、あまりダンジョンには潜らなくなる。

ダンジョンに深く潜らなくとも、地上で報酬のいい依頼が来るのだから、わざわざ危険を冒す必要がなくなる。


その結果、ダンジョンの奥深いところは探索されていなかった。

記録が残っている到達最深部は、第三八層。

三十層を越えると、B級パーティーでも苦戦し始めることを考えるなら、これ以上はなかなか探索が進まないのも仕方のない事であった。




「いよいよ午後からダンジョンですね。緊張してきました」

アモンが小さな声で涼に話しかけてきた。

「まだ朝ですよ。アモン、今から緊張していたら午後には疲れ切っちゃいますよ」

苦笑しながら答える涼。

「分かってはいるのですが……」


小声で会話している横でも、質疑応答が続いていく。


受講生たちが、これまでの講義では触れられなかったが疑問に思っていること、その質問に元冒険者である講師のギルド職員が、答えていく形式。

だが、涼が知りたい情報を質問する者はいなかった。

(ん~ 自分で尋ねるか。恥ずかしいけど……聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥)



「他に誰か質問はあるか」


そこに挙手する涼。

「うん、リョウ、何かあるか」

「はい、ルンの街のダンジョンには関係しないのかもしれないのですが、一度クリアした階層までの転送機能、みたいなものは無いのでしょうか」

その質問をすると、講師以外の全員がポカンとしていた。

涼の隣で、アモンもポカンとしていた。


うん、想定内の反応だ。


「おお、リョウ、よく知っているな。そういうダンジョンも確かにある。リョウの質問を補足すると、例えば十階層までクリアしていれば、次に潜った時に十階層から探索を進めることが出来る、そういうダンジョンが存在するんだ」

それを聞いた受講生たちは一様に驚いた。


当然だ。


そんな機能があれば、毎日帰宅して、リフレッシュしたらまた続きから探索、ということが出来るのだから。

これほど、ダンジョン冒険者にとって便利な機能はないであろう。


だが……。

「だが、残念ながら、ここルンのダンジョンにはその機能は無い。西方諸国のダンジョンにはあるらしいが……俺も聞いた話だから、仕組みとか詳しい部分とかは知らん」

「いえ、ありがとうございました」

(やはり、ルンのダンジョンにはそういうのは無いんだな。まあ、ダンジョンはちょっと潜ってみたい、という程度で、攻略を目指しているわけではないからいいんだけど)


そう思っていると、アモンが囁いてきた。

「リョウさん、凄いこと知ってますね! さすがD級冒険者です」

そう、アモンを含め、同室の三人、アモン、ニルス、エトには、リョウがD級冒険者として登録されていることは、宿舎に入居した日に話してあった。

とは言え、冒険者としての先輩はニルスとエトなので、二人の顔を潰すようなことはしていない。


「いや、ちょっと聞きかじっただけだから……」

アモンのキラキラした目が、涼には、逆にプレッシャーになっていた。




そして、午後、受講生は全員でぞろぞろとダンジョンに移動した。


ルンの街のダンジョンは、街の中央にある。

正確には、ダンジョンを中心にして街が造られた。

街はぐるりと城壁に囲われているが、ダンジョンの入り口の周りも、二重の防壁に囲われていた。


「数年に一度、ダンジョン内で魔物が大発生することがあるというのは、講義の中で説明したと思うが、それが地上にまで出てくる場合がある。それを街の中に出さないようにするために、この二重の防壁が造られた」

街の城壁は、外からの攻撃を防ぐためだが、ダンジョン入り口の防壁は、ダンジョンから溢れた魔物を閉じ込めておくためのもの。


ダンジョンの入り口脇には、冒険者ギルドの出張所がある。

ダンジョンに入る際、名前と日時が記録される。

余りにも長く出てこない場合は、「生死不明」としてギルド内では処理されるのだ。

また、ダンジョンから戻ったら、この出張所で魔石や素材の買い取りもしてもらえる。


「今日は、受講生は全員すでに記録済みだから、このままダンジョンに潜るぞ」

講師の声が聞こえ、受講生の間に緊張が走った。


それは涼とアモンも例外ではなかった。

アモンは特に、ガチガチであった。

「アモン……もう少しリラックスしたほうがいいと思うよ。ほら、深呼吸」


スーハー スーハー


「す、少しよくなりました」

あんまり変わっていない……涼は、そう思ったが口には出せない。

「あ、うん。まあ、みんなもいるから大丈夫」

「はい」


そう言って、二人は受講生集団の一番最後について行き、ダンジョンの二重扉をくぐって、中に入って行った。



「かなり広いですね」

扉をくぐり、百段ほどの階段を下りた先が、ダンジョン第一層。

そこは、かなり大きな広間となっていた。壁が見えないほどだ。


「講義でも話した通り、この第一層はたいした魔物は出ない。各自で動いていいが、この広間が見える範囲で動けよ。二時間後には外に出る。その時に戻ってきていなかったら、置いて帰って、ギルドに救助要請を出す。そんなことになったら、しばらくダンジョンには潜れないと思え!」



涼とアモンは、ペアになって広間を歩いていた。

アモンは剣士であるが、それこそ昨日、村から出て来たばかりなため、腕に覚えはない。

村で、引退した冒険者に稽古をつけてもらってはいたらしいが、それもまだ半年程度である。そのため、移動は、剣士前衛ではなく、二人並列であった。


「ん? 何かいるね」

涼がアモンに囁いた。

「え? どこですか?」

そう言うと、アモンはきょろきょろと辺りを見回した。


「いや、前方だけど、まだ距離はある。一分後くらいに遭遇する。僕が、水属性魔法でそいつの足を止めるから、その後にアモンは剣で攻撃して」

「は、はい、わかりました!」

アモンは、傍から見てもわかるくらいにガチガチ……。

(まあ、完全に相手の動きを止めてしまえば問題ないでしょう)



そして一分後、ついに魔物を視認できた。


「ソルジャーアント。兵士蟻。他のアント系と違い、蟻酸を吐くことは無い。首の付け根を斬り落とすのが一番らくちん」

ミカエル(仮名)がくれた『魔物大全 初級編』にも載っている、初級レベルの魔物である。

全長は一メートル程。ダンジョンにも登場するらしい。

「はい、わかりました」


「では、足を止めるね。<氷よ その冷徹なる力にて 敵を貫け アイシクルランス9>」

涼の左手から、九本の氷の槍が発射され、弾道を描いて上空からソルジャーアントに突き刺さった。


ギィィィッィィイイィィィィ


ソルジャーアントの悲鳴が響き渡る。

九本の氷の槍は、ソルジャーアントの六本の脚、腹、胴、頭を貫き、地面に縫い付けた。


「アモン、横から近付いて、ソルジャーアントの首を斬り落として」

「はい!」

剣を抜いたアモンは、時計と反対周りの弧を描いてソルジャーアントの側面に回ると、気合いと共に上段から剣を振り降ろした。

「ハッ!」


ジャキンッ


見事に、ソルジャーアントの頭は胴から切り離され、息絶えた。

「お見事!」

涼は拍手をしながら、アモンに近付いた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅ」

アモンは、まだ少し興奮している。


だが、深呼吸を繰り返すうちに、落ち着いていく。


「やりました、リョウさん」

「うん、お見事でした。素材は難しいけど、魔石は持って帰ろう。アモンの、ダンジョンの初獲物記念ですからね」

涼は微笑みながら言った。


「え? いいんですか?」

「僕らは冒険者です。ダンジョンでは、稼いでナンボですよ?」

そういうと、涼はミカエル謹製ナイフを、斬り落とされたソルジャーアントの頭に突き立てた。


動物系の魔物は心臓付近に魔石があるが、昆虫系の魔物は頭に魔石があることが多い。

そしてソルジャーアントは頭に魔石があると、魔物大全には書いてあった。


ほどなくして、小指の先ほどの小さな魔石を取り出した。

「<水よ出でよ>」

水で洗い、綺麗になった魔石は、薄い黄色であった。

土属性らしい。


涼はその魔石をアモンに渡した。

「記念品ですね」

「はい」

それをもらったアモンは、少し泣きそうになっていた。

特に思い入れがある敵でもなく、苦戦したわけでもないのだが、なぜか涙腺が緩んだのだ。

だが、泣くのは何とか我慢した。


「さて、ではゆっくり集合場所に戻りましょうか。ダンジョン内だと、この死骸はスライムが片づけてくれるんですよね。便利ですねえ、ダンジョン」

涼はそういうと、嬉しそうに魔石を眺めながら歩いているアモンの横についた。


(自信をつけるには、成功体験を重ねるのが一番)

ダンジョンに潜った時にはガチガチだったアモン……だが、もう、そんな気配は微塵も無かった。


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