番外 <<幕間>> 騎士団と棺桶をめぐる人々の場合
残された人々の第二弾です。
涼とアベルが消えた。
すぐに動けた者は皆無。
それは、王国軍を構成する騎士団も同じであった。
特に、二人の比較的近くにおり、消えた瞬間を見ていた者たちは特に……。
ワルキューレ騎士団を率いる騎士団長イモージェンは、その瞬間、崩れ落ちた。
「陛下……陛下……」
何度も呟く。
敬愛するアベル王が消えたのだ。
呆然自失とはこの事。
だが、そんなイモージェンの下に、すぐに近寄ってきた親友がいた。
「イモージェン、立って!」
その親友は、小さい声ながらも鋭く言う。
「ミュー……」
ワルキューレ騎士団魔法隊長のミューだ。
「ショックを受けているのは分かるけど、イモージェンは騎士団長。部下たちは、常にあなたを見ている。あなたは、彼女たちの希望よ。絶対に膝を屈してはダメ。立ち続けなきゃ」
「でも……」
「陛下は、きっと大丈夫。絶対に、どこかで生きていらっしゃるから。いずれ、必ずロンド公爵と一緒に戻ってこられる。その時、『よくやった、イモージェン!』って褒めてもらいたいでしょ? だから立ち上がって」
叱咤激励するミュー。
人を率いる立場の者は、虚勢を張ってでも立ち続けなければならないことがある……彼女はそれを知っている。
祖父は、前トワイライトランド国主。父は、有力貴族ウエストウイング侯爵。
小さい頃から、人を率いる者たちを見てきたミューは、その大変さをよく知っているのだ。
だから、親友が、王国を代表する騎士団の一つを作り、育て、率いているのを見て尊敬していた。
騎士団の中で、誰よりもその困難さを理解しているから。
だからこそ!
そう、だからこそ、ここで崩れてはいけない。
気持ちは分かる。
敬愛する国王が目の前から消えれば、誰でも呆然となる。
だが、ここで崩れれば、今まで積み上げてきたものも崩れ落ちる。
それは、イモージェンのためにはならないし、消えた国王も望んでいないだろう。
だから、立ち上がり、立ち続けなければならない。
「そう……そうね。陛下のためにも、ここで踏ん張らないとね」
イモージェンは、まだか細い声ではあるが、そう言って立ち上がった。
思わずふらつく。
それを、右から副団長カミラが、左から斥候隊長アビゲイルが支える。
「みんな……」
イモージェンが呟き、カミラとアビゲイルが頷いた。
正面のミューもにっこりと笑った。
だが……。
「イモージェンは復活したけど、約一名、沈んだままなんだよね」
斥候隊長アビゲイルが、イモージェンを支えながら言った。
その視線の先では……。
「リョウさん……私の可愛いリョウさんが……」
いつも慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、実はワルキューレ幹部たちの精神的支柱でもある救護隊長スカーレットが、地面に座り込んで呟いていた。
「スカーレット……」
「スカーレットのあんな表情、初めて見た……」
「リョウさん……ロンド公爵推しだから……」
イモージェンもカミラも、そしてミューも、初めて見る光景。
支えられながら、イモージェンが近づいていき、スカーレットの前に座った。
「スカーレット……」
「どうしましょう、イモージェン。リョウさんが……」
スカーレットの両の目からは涙があふれている。
「ロンド公爵……リョウ殿は、大丈夫だと思うぞ。あれほどの魔法使いだ。必ず無事に戻ってくる」
「……本当に?」
「ああ。さっきだって、空を割って現れたじゃない。王国の危機には必ず駆けつける……それが筆頭公爵だ。必ず帰ってくる」
「そう……そうよね。王国が危機になれば……。王国を危機に陥れれば、すぐに帰ってきてくれるかしら?」
「いや、そういう不穏な発言はやめて」
スカーレットが何かを思いついたかのように言い、その内容の不穏さに気付いたイモージェンが止める。
……その後、スカーレットはいつもの慈愛に満ちた笑顔を取り戻した。
王国を危機に陥れるようなことは……多分していない……はず。
王国騎士団は、自失していた時間はそれなりにあったが、立ち上がる時間は短い方であった。
それは、騎士団長ドンタンの回復が早かったからだ。
アベル王がいなくなり、しばらく誰も動けなかった。
そこは、皆同じ。
だが……。
「騎士団整列!」
王国騎士団内に、声が響き渡った。
その声によって、現実に引き戻された団員たち。
声を出したのは、騎士団長ドンタン。
「整列!」
再びかけられる号令。
今度は、全騎士団員がすぐに動き並んだ。
「国王陛下からのご指示は、受けられなくなった」
ドンタンの言葉は、震えていない。
心の奥では、悲しみと、防げなかった悔しさが混じり合っているが、それは表には出さない。
なぜなら、彼は指揮官だからだ。
指揮官は揺らいではいけない。
敬愛するアベル王からも、尊敬する先々代王国騎士団長ハインライン侯爵からも、そう薫陶を受けてきた。
だから、揺らぐ姿は見せない。
「これより、王国騎士団は、リーヒャ様からの指示を第一とする。その点を肝に銘じよ」
組織の中で人を動かす場合、全員に、指揮系統を認識させることが最も重要だ。
「誰の指示に従えばいいのか?」これを理解していないのが、最も大きな揺らぎになり、一人ひとりが動けなくなる……。
ドンタンは、この瞬間、指揮系統を団員に認識させた。
あとは、上の指示に従うだけだ。
騎士団員は、これで一つ心が落ち着いた。
もちろん、今後の王国の行く末など気になる事はあるが、少なくとも、どう動けばいいかで迷うことはなくなった。
リーヒャ王妃の指示に従えばいい。
ただそれだけでも、心の安定を手に入れる事ができるのだ。
その点は、組織に属する人間の優位な部分だといえるのかもしれない。
その後、王国騎士団は、リーヒャ王妃の指示に従い、一糸の乱れもなく王都への帰路に就くことになる。
目覚めぬアーウィン・オルティスを伴って。
残されたのは、騎士団だけではなかった。
援軍もいた。
そして、彼らは、組織に属してはいなかった。
「アベルさんとリョウさんが……」
勇者ローマンの呟き。
だが、呆然としていた時間は、それほど長くなかった。
自分の手を取ってくれている人がいることに、気付いたからだ。
「ナディア……」
ローマンの妻にして魔王であるナディア。
彼女は、両手で、ローマンの右手を包み込んでいる。
そして、優しい笑顔を浮かべて言った。
「あの二人は大丈夫です。かなり離れたところですが生きています」
「えっ……」
ナディアの断言に驚くローマン。
「どうして……分かるの?」
不思議そうな表情になって問うローマン。
「どうしてかは分かりませんが、分かります」
にっこり笑って答えるナディア。
「そう……。うん、そうだよね、あの二人が死ぬわけないか」
誤解を多分に含んだ表現で、理解しようとするローマン。
もちろん、涼もアベルも、状況によっては死に得るのだが……。
ローマンは何度か頷いた後、ふと、ある光景に目が釘付けとなった。
すぐにナディアも同じ光景を見て、そちらも釘付けとなった。
魔人マーリンが、棺桶のような箱に語り掛けている光景。
そして、大きなため息をつく光景に。
「マーリンさん?」
「ああ、ローマン、ナディア。困った事になったわい」
ローマンが問い、マーリンが何度も首を振りながら答えた。
「その……棺桶はいったい何が?」
ナディアが問う。
ローマンもナディアも、その棺桶が、空を割って涼やマーリンと一緒に出てきたのは知っているが、中に何が入っているのかは知らない。
「うむ……堕天せし者が入っておる」
「堕天?」
「知らない言葉です」
マーリンが答えるが、ローマンもナディアも、『堕天』という言葉を理解できなかった。
「ま、まあ……この世の者ではない者じゃ。リョウが説得して、この者が持つ魔力を分けてもらうことによって、魔力不足の西ダンジョンから強引に転移してきた……」
「なるほど」
マーリンの説明に、何となく理解して頷くローマン。
「もう一度、魔力を提供してもらって西方諸国に戻ろうと思ったのじゃが……協力を拒否された」
「え……」
「リョウに封印されたから、リョウの願いを聞くのはやぶさかではないが、他の者の願いを聞く気はないと……。正論じゃ。ぐうの音も出んわい」
ローマンが絶句し、マーリンが苦笑しながら説明する。
「まあ、この棺桶に使われておる錬金術も……魔法式も、ほとんど理解できんものばかりじゃからな。そんな者には従わんわな」
「マーリンさんが理解できない?」
「うむ。全てをリョウが書いたわけではないようじゃが……。まあ、そういうわけで、しばらくは西方諸国には戻れぬようじゃ」
王国軍は、戦場から王都に戻り始めた。
王国騎士団、ワルキューレ騎士団を先頭に。
最後尾からついていくのが、勇者ローマン、魔王ナディア、そして魔人マーリン。
魔人マーリンの後ろから、棺桶が……。
「マーリンさん。その棺桶は……どうして、自分で動けるのですか?」
ローマンが問う。当然の問いであろう。
「うむ……。リョウが、魔力をもらって西ダンジョンに接続するために、『穴』のようなものを作ったみたいなのじゃが……そこから少しだけ魔力が漏れているらしいのじゃ。それで動けるようじゃ……」
「中の……人? が出てきたりは……」
「分からん……」
二人は、地面から少しだけ浮き上がって自律的に移動し、ついてくる棺桶を見ながら話し合う。
そんなローマンとマーリンに、言葉を挟む者がいた。
「先ほど、聞いてみたのですけど、外に出る気はないそうですよ」
「え?」
「なんじゃと?」
言ったのは魔王ナディア。ローマンもマーリンも驚いて問い返す。
「ナディアの問いには素直に答えるのか……」
「いちおう、魔王として認識してくれているみたいです」
マーリンがため息交じりで言い、ナディアはにっこり笑って答えた。
「まあいいか。しばらく、王国に滞在する許可をもらおう」
王都到着の翌日、王妃リーヒャの許可の下、魔人マーリンと『棺桶』の王国滞在許可が下りた。
孫ポジション二人と楽しそうに過ごすマーリン。
その後ろをついてくる棺桶。
そんな光景が、王都では見られるようになった……。
次のSSは、周囲の国の動き、的な……。
涼とアベル以外に消えた人? たちがいますが……。
彼らについても、いずれ書きます……ただ、もう少し先ですね。




