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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
465/930

番外 <<幕間>> 騎士団と棺桶をめぐる人々の場合

残された人々の第二弾です。

涼とアベルが消えた。


すぐに動けた者は皆無。


それは、王国軍を構成する騎士団も同じであった。

特に、二人の比較的近くにおり、消えた瞬間を見ていた者たちは特に……。



ワルキューレ騎士団を率いる騎士団長イモージェンは、その瞬間、崩れ落ちた。

「陛下……陛下……」

何度も呟く。


敬愛するアベル王が消えたのだ。

呆然自失とはこの事。


だが、そんなイモージェンの下に、すぐに近寄ってきた親友がいた。

「イモージェン、立って!」

その親友は、小さい声ながらも鋭く言う。

「ミュー……」

ワルキューレ騎士団魔法隊長のミューだ。


「ショックを受けているのは分かるけど、イモージェンは騎士団長。部下たちは、常にあなたを見ている。あなたは、彼女たちの希望よ。絶対に膝を屈してはダメ。立ち続けなきゃ」

「でも……」

「陛下は、きっと大丈夫。絶対に、どこかで生きていらっしゃるから。いずれ、必ずロンド公爵と一緒に戻ってこられる。その時、『よくやった、イモージェン!』って褒めてもらいたいでしょ? だから立ち上がって」


叱咤激励するミュー。


人を率いる立場の者は、虚勢を張ってでも立ち続けなければならないことがある……彼女はそれを知っている。

祖父は、前トワイライトランド国主。父は、有力貴族ウエストウイング侯爵。

小さい頃から、人を率いる者たちを見てきたミューは、その大変さをよく知っているのだ。

だから、親友が、王国を代表する騎士団の一つを作り、育て、率いているのを見て尊敬していた。


騎士団の中で、誰よりもその困難さを理解しているから。


だからこそ!

そう、だからこそ、ここで崩れてはいけない。


気持ちは分かる。

敬愛する国王が目の前から消えれば、誰でも呆然となる。


だが、ここで崩れれば、今まで積み上げてきたものも崩れ落ちる。

それは、イモージェンのためにはならないし、消えた国王も望んでいないだろう。



だから、立ち上がり、立ち続けなければならない。



「そう……そうね。陛下のためにも、ここで踏ん張らないとね」

イモージェンは、まだか細い声ではあるが、そう言って立ち上がった。


思わずふらつく。

それを、右から副団長カミラが、左から斥候隊長アビゲイルが支える。

「みんな……」

イモージェンが呟き、カミラとアビゲイルが頷いた。

正面のミューもにっこりと笑った。



だが……。



「イモージェンは復活したけど、約一名、沈んだままなんだよね」

斥候隊長アビゲイルが、イモージェンを支えながら言った。


その視線の先では……。


「リョウさん……私の可愛いリョウさんが……」

いつも慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、実はワルキューレ幹部たちの精神的支柱でもある救護隊長スカーレットが、地面に座り込んで呟いていた。


「スカーレット……」

「スカーレットのあんな表情、初めて見た……」

「リョウさん……ロンド公爵推しだから……」

イモージェンもカミラも、そしてミューも、初めて見る光景。


支えられながら、イモージェンが近づいていき、スカーレットの前に座った。


「スカーレット……」

「どうしましょう、イモージェン。リョウさんが……」

スカーレットの両の目からは涙があふれている。


「ロンド公爵……リョウ殿は、大丈夫だと思うぞ。あれほどの魔法使いだ。必ず無事に戻ってくる」

「……本当に?」

「ああ。さっきだって、空を割って現れたじゃない。王国の危機には必ず駆けつける……それが筆頭公爵だ。必ず帰ってくる」

「そう……そうよね。王国が危機になれば……。王国を危機に(おとしい)れれば、すぐに帰ってきてくれるかしら?」

「いや、そういう不穏な発言はやめて」

スカーレットが何かを思いついたかのように言い、その内容の不穏さに気付いたイモージェンが止める。



……その後、スカーレットはいつもの慈愛に満ちた笑顔を取り戻した。

王国を危機に陥れるようなことは……多分していない……はず。




王国騎士団は、自失していた時間はそれなりにあったが、立ち上がる時間は短い方であった。

それは、騎士団長ドンタンの回復が早かったからだ。


アベル王がいなくなり、しばらく誰も動けなかった。

そこは、皆同じ。


だが……。


「騎士団整列!」

王国騎士団内に、声が響き渡った。


その声によって、現実に引き戻された団員たち。

声を出したのは、騎士団長ドンタン。


「整列!」

再びかけられる号令。


今度は、全騎士団員がすぐに動き並んだ。


「国王陛下からのご指示は、受けられなくなった」

ドンタンの言葉は、震えていない。


心の奥では、悲しみと、防げなかった悔しさが混じり合っているが、それは表には出さない。


なぜなら、彼は指揮官だからだ。

指揮官は揺らいではいけない。

敬愛するアベル王からも、尊敬する先々代王国騎士団長ハインライン侯爵からも、そう薫陶を受けてきた。

だから、揺らぐ姿は見せない。


「これより、王国騎士団は、リーヒャ様からの指示を第一とする。その点を肝に銘じよ」

組織の中で人を動かす場合、全員に、指揮系統を認識させることが最も重要だ。

「誰の指示に従えばいいのか?」これを理解していないのが、最も大きな揺らぎになり、一人ひとりが動けなくなる……。


ドンタンは、この瞬間、指揮系統を団員に認識させた。


あとは、上の指示に従うだけだ。

騎士団員は、これで一つ心が落ち着いた。

もちろん、今後の王国の行く末など気になる事はあるが、少なくとも、どう動けばいいかで迷うことはなくなった。


リーヒャ王妃の指示に従えばいい。


ただそれだけでも、心の安定を手に入れる事ができるのだ。

その点は、組織に属する人間の優位な部分だといえるのかもしれない。



その後、王国騎士団は、リーヒャ王妃の指示に従い、一糸の乱れもなく王都への帰路に就くことになる。


目覚めぬアーウィン・オルティスを伴って。




残されたのは、騎士団だけではなかった。

援軍もいた。

そして、彼らは、組織に属してはいなかった。


「アベルさんとリョウさんが……」

勇者ローマンの呟き。


だが、呆然としていた時間は、それほど長くなかった。

自分の手を取ってくれている人がいることに、気付いたからだ。

「ナディア……」

ローマンの妻にして魔王であるナディア。

彼女は、両手で、ローマンの右手を包み込んでいる。


そして、優しい笑顔を浮かべて言った。

「あの二人は大丈夫です。かなり離れたところですが生きています」

「えっ……」

ナディアの断言に驚くローマン。


「どうして……分かるの?」

不思議そうな表情になって問うローマン。

「どうしてかは分かりませんが、分かります」

にっこり笑って答えるナディア。


「そう……。うん、そうだよね、あの二人が死ぬわけないか」

誤解を多分に含んだ表現で、理解しようとするローマン。


もちろん、涼もアベルも、状況によっては死に得るのだが……。



ローマンは何度か頷いた後、ふと、ある光景に目が釘付けとなった。

すぐにナディアも同じ光景を見て、そちらも釘付けとなった。


魔人マーリンが、棺桶のような箱に語り掛けている光景。

そして、大きなため息をつく光景に。


「マーリンさん?」

「ああ、ローマン、ナディア。困った事になったわい」

ローマンが問い、マーリンが何度も首を振りながら答えた。


「その……棺桶はいったい何が?」

ナディアが問う。

ローマンもナディアも、その棺桶が、空を割って涼やマーリンと一緒に出てきたのは知っているが、中に何が入っているのかは知らない。


「うむ……堕天せし者が入っておる」

「堕天?」

「知らない言葉です」

マーリンが答えるが、ローマンもナディアも、『堕天』という言葉を理解できなかった。


「ま、まあ……この世の者ではない者じゃ。リョウが説得して、この者が持つ魔力を分けてもらうことによって、魔力不足の西ダンジョンから強引に転移してきた……」

「なるほど」

マーリンの説明に、何となく理解して頷くローマン。


「もう一度、魔力を提供してもらって西方諸国に戻ろうと思ったのじゃが……協力を拒否された」

「え……」

「リョウに封印されたから、リョウの願いを聞くのはやぶさかではないが、他の者の願いを聞く気はないと……。正論じゃ。ぐうの音も出んわい」

ローマンが絶句し、マーリンが苦笑しながら説明する。


「まあ、この棺桶に使われておる錬金術も……魔法式も、ほとんど理解できんものばかりじゃからな。そんな者には従わんわな」

「マーリンさんが理解できない?」

「うむ。全てをリョウが書いたわけではないようじゃが……。まあ、そういうわけで、しばらくは西方諸国には戻れぬようじゃ」



王国軍は、戦場から王都に戻り始めた。

王国騎士団、ワルキューレ騎士団を先頭に。


最後尾からついていくのが、勇者ローマン、魔王ナディア、そして魔人マーリン。

魔人マーリンの後ろから、棺桶が……。



「マーリンさん。その棺桶は……どうして、自分で動けるのですか?」

ローマンが問う。当然の問いであろう。

「うむ……。リョウが、魔力をもらって西ダンジョンに接続するために、『穴』のようなものを作ったみたいなのじゃが……そこから少しだけ魔力が漏れているらしいのじゃ。それで動けるようじゃ……」

「中の……人? が出てきたりは……」

「分からん……」


二人は、地面から少しだけ浮き上がって自律的に移動し、ついてくる棺桶を見ながら話し合う。

そんなローマンとマーリンに、言葉を挟む者がいた。


「先ほど、聞いてみたのですけど、外に出る気はないそうですよ」

「え?」

「なんじゃと?」

言ったのは魔王ナディア。ローマンもマーリンも驚いて問い返す。


「ナディアの問いには素直に答えるのか……」

「いちおう、魔王として認識してくれているみたいです」

マーリンがため息交じりで言い、ナディアはにっこり笑って答えた。


「まあいいか。しばらく、王国に滞在する許可をもらおう」



王都到着の翌日、王妃リーヒャの許可の下、魔人マーリンと『棺桶』の王国滞在許可が下りた。



孫ポジション二人と楽しそうに過ごすマーリン。

その後ろをついてくる棺桶。


そんな光景が、王都では見られるようになった……。


次のSSは、周囲の国の動き、的な……。


涼とアベル以外に消えた人? たちがいますが……。

彼らについても、いずれ書きます……ただ、もう少し先ですね。

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