番外 <<幕間>> 1,2巻同時重版決定記念 ケネスとリーヒャとセーラの場合
残された人々の、第一弾です。
涼とアベルが消えた。
すぐに動けた者は皆無。
そんな中、真っ先に動いたのは、天才錬金術師ケネス・ヘイワード子爵であった。
「アベル、リョウさん……。アベルは敵味方識別タグをつけているはず!」
小さく呟き、すぐに動き始めた。
『長距離拡散式女神の慈悲』に飛びつき、いくつか魔法式を書き替えて再起動。
そして、データを収集。
吐き出されるデータ。
「半径五十キロ以内には、アベルはいない」
そう呟くと、考え始めた。
なんとなくだが、二人は一緒にいる気がする。
そして、巻き込まれたのは、ある種の転移。
この世界にいる限り、連絡を取ろうとするはず。
「リョウさんの錬金術のレベルは、とても高い……」
ケネス・ヘイワード子爵は、王国を代表する錬金術師だ。
というより、中央諸国を代表するといっても過言ではない。
彼に並ぶのは、連合のフランク・デ・ヴェルデくらい……。
一般にそう言われている。
それは概ね正解だ。
だが……当事者は別の解を持っている。
「リョウさんは、私とは違う系統の錬金術を習得し、私では思いつかない発想すらある」
それは最上級の評価。
どうする?
確かに自分とは違う発想はあるだろうが、おそらくはこちらに合わせてくるはず。
ロンド公爵リョウ・ミハラという人は、そういう人だ。
「距離を超える錬金術……。使うならやはり、『魂の響』」
ケネスは思考を進める。
自分ならどうするかと考える。
涼の錬金術は、自分レベルにいずれ到達すると考えているから。
出た結論は、魂の響を使う。
もちろん、魂の響は、『アベルの』魂の響だ。
そして、アベルはこちらにはいない。
涼が、魂の響の魔法式を書き換えて発信したとしても、受け取る事ができる人物はいない。
だが……。
「やはり、あれしかない」
ケネスはそう呟くと、辺りを見回す。
未だ呆けている部下のラデンを見つけた。
「ラデン! 私はすぐに王都に戻ります。あなたは、神官の皆さんと協力して、『長距離拡散式女神の慈悲』を王都まで持ち帰ってください」
「え……あ、はい。えっと、主任はどうされるのですか?」
「王都に戻って、陛下とリョウさんからの連絡を受け取れるように、いろいろ調整します。『長距離拡散式女神の慈悲』、頼みますよ」
ケネスはそう言うと、馬に飛び乗り、王都に向かって駆けていった。
ケネスとほぼ同時に動き出したのは、セーラであった。
涼とアベルが消えた瞬間は、呆然と「リョウ……」と呟いた。
数瞬後、我に返る。
そして、心の中の何かを確認して、呟く。
「大丈夫……。大丈夫……」
最後に大きく頷いて、辺りを見回した。
目当ての人物を見つけると近付いていく。
それは、王妃リーヒャ。
何やら、巨大な錬金道具のそばで、力なく座り込んでいる。
巨大な錬金道具には、ケネス・ヘイワード子爵が飛びつき、何かいじくっている。
おそらく、アベルか涼の反応を探っているのだろう。
そちらは、ケネスに任せればいい。
セーラは、座り込んでいるリーヒャの元へ。
「リーヒャ」
優しく呼びかける。
リーヒャの気持ちは、痛いほど分かるから。
愛する人が、目の前で突然消えれば、誰だって混乱し、不安になり、悲しくなる。
「セーラ……アベルが……アベルが……」
それが、ようやくリーヒャの口から出た言葉であった。
「うん……」
セーラは一言そう答えると、そっとリーヒャを抱きしめた。
どちらも、かつて広く知られたB級冒険者。
聖女にして王妃、リーヒャ。
西の森次期代表にして中央諸国で最も有名なエルフ、セーラ。
二人とも、中央諸国中に名の知れた人物だ。
だが、同時に、愛する人を目の前で失った女性たちでもある。
リーヒャは、セーラの肩で泣いた。
セーラは、何も言わず、何もせず、そのまま肩を貸した。
そう長い時間ではなかった。
リーヒャは涙をぬぐって言う。
「セーラ、ありがとう」
「気にするな」
セーラはそう言うと、言葉を続けた。
「このタイミングで言うのも変かもしれんが、リーヒャ大丈夫だ」
「え?」
何が大丈夫なのか、リーヒャには全く分からない。
それも当然であろう。
二人は消えたのだ。
「なんとなくだが、リョウは生きていると思う。ほとんど確信に近い」
セーラが断言する。
それに対して、リーヒャは何も言えない。
「多分、リョウとアベルは、同じ場所に飛ばされたのだと思う」
「飛ばされた?」
「うむ。転移、みたいなやつだ。それで、二人一緒にいるならば、大丈夫だ」
セーラは、笑みすら浮かべて言い切った。
それを見て、リーヒャも理解した。
確かに、あの二人が一緒なら、大丈夫な気がする。
「リョウが、アベルを死なせるわけないしな」
「そう……そうね。リョウなら、絶対にアベルを守り抜いてくれると思うわ」
セーラが言い、リーヒャも頷いて同意した。
全く論理的な理由ではない。
だが、二人は同じ結論に達したのだ。
あの二人が一緒なら大丈夫だと。
「私たちがやるべき事は、アベルとリョウが戻ってくるまで、国を守り抜くこと」
「そう。まがりなりにも、国王と筆頭公爵が同時にいなくなった。それも、筆頭公爵は、間違いなく国の最高戦力だ。それがいなくなったと知られれば、周辺国が仕掛けてくるかもしれん」
リーヒャもセーラも、これからやるべき事を、すでに考え始めていた。
「帝国は、皇帝ヘルムート八世が亡くなり、未だ混乱している。連合は、王国と国境を接するヴォルトゥリーノ大公国が、魔人の眷属によってかなり力を削がれた。だから、正面からは難しい……?」
「ああ。おそらく、搦手からくるだろう」
「搦手と言えばハインライン侯ね。どちらにしろ、彼の協力は必要。今まで以上に働いていただくことになるのは心苦しいけど……」
「……宰相閣下も大変だな」
リーヒャもセーラも、国の情勢は把握している。
リーヒャは、すぐに王国軍幹部たちを招集し、軍を立て直した。
さらに、王都のハインライン侯に連絡する。
国王を失った王国軍であったが、リーヒャが立ち上がったことで、回復しつつあった。
リーヒャが、お飾りの王妃などではないのは、多くの者が認識している。
過去の実績は、こういう時に役に立つ。
天幕の外では、セーラがおババ様と話し合っていた。
「おババ様、私はしばらく西の森に戻らず、王都にとどまります」
「うむ。その方が良かろう」
セーラの名声は、今や中央諸国中に響き渡っている。
そのセーラが王都にいるとなれば、他国への無言の圧力になる。
「西の森防衛戦の英雄、ただ一人で帝国影軍を葬ったセーラを敵に回すのか」と。
西の森での防衛戦は、吟遊詩人たちによって、中央諸国中に知れ渡っているのだ。
誇張されているとはいっても、全てが嘘ではない。
「できれば、おババ様も王都にとどまって欲しいのです」
「なに? わしも?」
セーラの提案に首を傾げるおババ様。
「王国だけではなく、中央諸国全土に、西の森はナイトレイ王国に全面協力するという姿勢を示すべきかと」
「なるほど……」
もちろん、これまでも、西の森は王国に協力してきた。
今回の魔人との戦争においても、遅れたとはいえ、こうして援軍を出した。
だが、一般的な認識として、『王国西部の貴族を通じて』王国と関係を結んでいると思われている。
例えば、西部の大貴族ホープ侯爵などは、それが間違いであることを知っているが、一般の認識が必ずしも事実を掴んでいるとは限らない……。
そんな、誤った一般の認識を改めるいい機会になるのではないかと、セーラは思ったのだ。
それには、おババ様も同意だ。
「それについては、以前、ホープ侯とも話し合ったことがあってな。おそらく、王国の大貴族たちは賛成してくれると思うぞ」
王室に繋がるいくつかの公爵家は別として、王国の大貴族で残っているのは、西部と南部がほとんどだ。
特に、西部のホープ侯爵、南部のルン辺境伯、そして同じく南部に領地を持つ宰相ハインライン侯爵。
この辺りは、国王アベル一世を全面的に支持してきた大貴族であり、当主も英邁な人物たちだ。
新たにルン辺境伯になったアルフォンソも……まあ、セーラの目から見て及第点ではある。
二日後、王国軍は王都に戻った。
ナイトレイ王国王都クリスタルパレス、王立錬金工房。
王国軍より一足先に戻っていたケネスは、戻ってからずっと、ある錬金道具をいじっていた。
それは、アタッシュケース大の大きさと言えばいいだろうか。
いちおう、持ち運ぶことが前提になっているため、できる限りの小型化が図られている。
「主任、ただいま戻りました」
王国軍と共に、『長距離拡散式女神の慈悲』を無事に王都に戻したラデンが報告する。
「おかえりラデン。これから、この『中継器』を、工房の中枢通信機と繋げます」
「え……。で、ですが、それは……以前、主任自身があまりに危険だとおっしゃった……」
「ええ、言いました」
慌てるラデン、深刻な表情で頷くケネス。
ケネス・ヘイワード子爵の技術をもってしても、非常に難しい事らしい。
「ですが、『拾う』ためには、王城の中枢通信機か、この工房の中枢通信機しか性能が足りません」
「拾うというのは……もしや、陛下の『魂の響』ですか?」
ラデンはそう言うと、ずっとケネスがいじくっていたアタッシュケース大の『中継器』を見る。
それが何なのか、もちろんラデンは知っている。
「この中継器に残っていた、アベル陛下の魔力の残滓を使って、リョウさんが飛ばしてくるであろう『アベル陛下の魂の響』を受け取る、という事ですよね」
「そういう事です」
ラデンの理解を、ケネスは肯定した。
その『中継器』は、以前、アベルの体を中継して、涼とケネスが『魂の響』を通して話した時に使われた錬金道具だ。
その時に、アベルの魔力を取り込み解析することによって、ケネスは直接涼と話すことができた……もちろん、その間中、アベルはずっとこの『中継器』に触れ続けていなければならなかったのだが……。
今回、涼が連絡をとろうとすれば、真っ先に考えるのは『魂の響』を使ってであろう。
もちろん、そのままでは無理だが、かなり魔法式を書きかえれば……。
ケネスは思っている。
ケネスであれば、書き換えられる。
簡単ではないが、可能だ。
ならば……涼でも可能なのではないか?
涼を高く評価するケネスは、そう思ったのだ。
「こちらは準備を整えておきます。リョウさん、いつでも大丈夫ですよ」
ケネスの呟きに答える者は、もちろん誰もいなかった。
王国軍が東部地域から戻った後、首脳部では連日会議が開かれていた。
そんな中。
「セーラ、おババ様、ちょっと相談したいことがあるの」
王妃リーヒャがそう言い、提案されたのは……驚くべき内容であった。
「そ、それは……本気なのか……」
滅多に驚くことのないセーラが動揺した。
二千年以上を生きていると言われるおババ様も、目を大きく見開いている。
「伝承官のラーシャータ・デヴォー子爵が言うには、かつて王になる前のリチャード王が、就いていたという記録があるらしいわ」
「ほとんど伝説だな……」
笑いながら言うリーヒャ、小さく首を振りながら呟くように言うセーラ。
「まあ、いいだろう。二人が戻るまで、王国を守ると決めたのだ。この名前、好きなだけ使ってくれ」
結局、セーラは笑いながらそう言った。
数日後、ナイトレイ王国から中央諸国全土に発表された。
新たに、『ナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士』に、西の森のセーラが就くと。
それは、リチャード王以来、誰も就かなかった地位。
王室に属する騎士団全てへの指揮権を持ち、同時にナイトレイ王国最高の騎士。
王国総騎士団長兼筆頭騎士セーラの名は、吟遊詩人の歌となって、中央諸国中に広がっていくのであった。
タイトルにあります通り、
1,2巻同時重版が決定いたしました!(パチパチパチ
これも、いつも応援し、書籍をご購入くださっている読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます、ありがとうございます!
11月20日(土)の、第3巻発売を前にしての重版!
とても嬉しいです。
こうやって実績が積み上がっていけば、きっとそれは、続巻出版に繋がっていくはず……筆者はそう思っております。
TOブックス記事
https://twitter.com/TOBOOKS/status/1442413711222665217
さて、「幕間」
いくつか、伏線が回収されましたね。良かった良かった。
疑問も、出てきましたかね。仕方ありません……。
今回、「残された人々」の第一弾として、ケネスとリーヒャとセーラでした。
第二弾以降もあります。
残された物も……そう、残された棺桶もありますから……。
ええ、例の『棺桶』は残されています。
涼がいないのに……どうするんでしょうね。
他にも、周辺国の動きとかも気になります……どうなるんでしょうね。
そんな感じで、これからも良きタイミングで、「幕間」(SS)を投稿していきます。
ですので、ブックマークはそのままで。
次回幕間も、よろしくお願いいたします。