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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
462/930

0436 涼対ガーウィン

「<アイシクルランス256>」

放たれる256本の氷の槍。

そして、すぐに移動する涼。


「<リバース>」

ガーウィンが唱えた瞬間、全ての氷の槍の軌道がくるりとひっくり返り、元居た場所に向かって飛んだ。


「なるほど。王都の城壁みたいに、発動者に向かって飛んでは行かず、軌道が反転する……。まさに『空間の曲がり』ですね」

氷の槍は、180度転換して、発射場所に戻っただけで、移動した涼には向かってこなかった。

その辺りは、反転してしかも自動追尾する王都の城壁とは違うらしい。


反転した256本の氷の槍は、涼が消し去る事ができた。

いわゆる『魔法制御を奪われた』というわけでもないようだ。


「やはり、相手の魔法の制御を奪い取るのではなく、空間への干渉ですね」



涼は、ぶつぶつとそんな事を呟きながら、剣を振るう。



当然だが、魔人ガーウィンも攻撃を行う。


「<グラビティ>」

だが、すぐに、対消滅の光を発して消えた。


「何だと?」

「ばれないように張っておいた、見えない氷の壁に阻まれただけです」

顔をしかめるガーウィン。ドヤ顔で答える涼。


「……つまり、完全無詠唱で魔法を発動する事ができるという事だな、お前は」

「しまった! 一つ一つこちらの手札が知られていきます。困りました」

「てめえ、その顔……全然困ってないだろうが!」

涼がわざとらしく言い、ガーウィンが頬をひくつかせながら怒鳴る。


その間も、涼の剣とガーウィンの手甲は切り結んでいる。

超近接戦の中での魔法の応酬。


だが、ガーウィンが軽くバックステップして、少しだけ距離を取る。


「しゃーない。<グラビティロッド>」

ガーウィンが唱えた瞬間、空から雨のように細く黒い棒が無数に降ってきた。


カキンッ、カキンッ、カキンッ……。


涼が、自分の上方に張っておいた<アイスウォール>に当たる音が響く。

貫通力があるわけではないらしい。

「グラビティ? 重力? の、ロッド? しまった!」

涼が呟いた時には、遅かった。

地面に刺さった多数の重力の棒が、全方向に涼を引っ張り、動けなくなる。

「エトたちの話で聞いていたのに……」

涼は、悔しがる。


だが、それは一瞬。


「<アイスウォール20層 円環>」

涼が唱えると同時に、周囲に轟音が響いた。

涼のいる中心部以外に、氷の壁が空中から落ちてきたのだ。

その形状は、円環……日本の五円玉や五十円玉のような……。


そんな氷の壁が、全てのグラビティロッドを押し潰した。


ただ、涼の前方だけ、地面まで落ち切らなかった箇所がある。

どうも、誰かが、地面と氷の壁の間に入り込んでいたらしい。


「何でいきなり、氷の壁が空から降ってくるんだよ」

入り込んでいたガーウィンがぼやく。

さすがに、この程度で押し潰されたりはしなかったようだ。



「かつて、野生のゴーレムすら押し潰した質量攻撃……受けきるとはさすがですね」

「俺をゴーレムなんかと一緒にすんな」

涼が言い、ガーウィンが言い返す。


そして、ニヤリと笑って言葉を続けた。

「こんな感じか? <氷の壁>」

ガーウィンが唱えた瞬間、再び轟音が響いた。

先ほど同様に、氷の壁が空から降ってきたのだ。

全く同じように、ガーウィンのいる場所だけ穴が空いて……。


これも同じように、ガーウィンの前方だけ、地面まで落ち切らなかった箇所がある。

そこにも、誰かが、地面と氷の壁の間に入り込んだらしい。


「水属性の魔法も使えるとは……」

涼が悔しそうに言う。

周りは、ほとんど透明な、涼が生成した氷の壁に覆われている。


「俺は魔人だからな。当然、全ての属性の魔法が使える」

「卑怯な!」

ガーウィンが当然のように言い、涼が当然のように言いがかりをつける。


「一属性しか使えない人の気持ちとか、考えた事ないんですか!」

「あるわけないだろ……」



世界は不公平なのだ。



「水属性魔法の真の力、思い知らせます!」

「面白そうだ」

悔しそうに涙をぬぐって……といった雰囲気を出しながら、涼は言いきり、ガーウィンは笑いながら答える。

もちろん、涼は涙など流していない……。


「堕天使錬金術と水属性魔法の融合、その高みを見るがいいです! <熱量簒奪水蒸気(カロリーゲット)><氷結剣>」

立て続けに唱えられる新魔法!


「<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)>」

さらに使い慣れた定番魔法!



その上で、涼は一気に間合いを侵略し、村雨を打ち下ろす。

それを、頭上、両手をクロスして手甲で受け止めるガーウィン。


だが、受け止めた瞬間……。


「なっ……凍っただと?」

受け止めた箇所が凍りついた。


「これが<氷結剣>です」

一言で言えば、村雨の固有スキル的なものだ。

もちろん涼も、そんなものがあるのかどうかは知らないが、西方諸国で堕天使と戦った時に、村雨が覚醒した気がしていた。


その時の、氷結現象……それに名前を付けた。

ちなみに具体的に何をしたかと言うと、村雨に、「相手に当たった瞬間、凍りつかせて」と頼んだ……そう、武器に頼んだ。



それで凍りつくのだから、世界は不思議に満ちている……。



受け止めた瞬間、凍りつく。

効果は単純だし、魔人ガーウィンであれば、凍った手甲から氷を振りほどくことも難しくはない。

だが、これが、受けるたびに毎回となると、さすがに厄介だ。



そして……。

「<スコール><限定パーマフロスト>」

ガーウィンを瞬間的に驟雨が襲い、間髪を容れずに纏わりついた雨水を凍らせる。

「!」


凍りついたガーウィンの首を、再び斬り飛ばす涼。

自らが制御する魔法で生成された氷のため、そんな事が可能なのだ。

さらに、首だけでなく、腕も、足も、胴も……。

全てを切り刻む。


人間であれば残酷とさえ言えるが……。



魔人ガーウィンは、当然のように復活した。

だが、復活をそのまま見過ごさない。


再生されるそばから切り刻む。

「<ウォータージェット256>」

村雨だけでなく、ウォータージェットも使って切り刻む。



リスポーンキル。



再生されるたびに、その瞬間、切り刻む。


何度も、何度も、何度も……。


ここで畳みかけないで、いつ畳みかけるのか。



もちろん、何度も魔人ガーウィンは、蘇る。

一体でなく、分身か分裂か、数体あるいは数十体同時に現れることもある。


「<ウォータージェット2048>」


数には数で対抗。




そんな争いが何度、繰り返されただろうか。




だが、ついに……。



カキンッ。

「くっ」

悔しそうな顔で(うめ)く涼。

村雨は、ガーウィンの手甲に受け止められている。


切り刻みが、ついに間に合わなかったのだ。


「まさか、二千体同時再生で、ようやくかいくぐれるとはな。驚いたぞ」

「残念です。一億回、やるつもりだったのに」

ガーウィンの言葉に、必ずしも冗談とも思えない声音で言う涼。



大きく手甲を弾いて、後方に跳び、距離を取る。

同時に唱える。

「<スコール><限定パーマフロスト>」

「<エバポレーション>」


雨は降った。

だが、ガーウィンの体には何も起きなかった。


「スコールで付着させた水を、一瞬で蒸発させた?」

「同じ技が、二度も通用するかよ!」

涼が驚き、ガーウィンは吠えて、一気に間合いを詰めた。


正面からの右正拳突き。続けて腰の回転での、左手リバーブロー。両手でのモンゴリアンチョップ……。


技の名前にすると、空手、ボクシング、プロレスと、格闘技がごちゃ混ぜであるが、当然ガーウィンは、現代地球の格闘技の枠に縛られてなどいない。

そのため、いろいろな技名になる……。


涼は、それらを受け、流し、かわす。

鉄壁の防御。



涼は、徒手の相手との戦闘は多くない。

ハイレベルな相手だと、記憶にあるのは勇者パーティーのエンチャンター、アッシュカーンくらいだ。

かつて勇者パーティーが王都に滞在していた時に、勇者ローマンに何度も模擬戦の相手をさせられた。

その際、一緒についてきていたアッシュカーンとも模擬戦をした。


その経験が、今、多少は役に立っているのかもしれない。

(まあ、魔物はたいてい、武器を持っていないから徒手相手だと思っていいんですよね)

などと考える涼だ。


あまり、相手の武器には頓着(とんちゃく)しない……。


もちろん、戦い方は変わるのだが。


得物が短く、小さくなればなるほど、取り回しやすくなるため、近い距離での戦闘で威力を発揮しやすい。

槍とナイフで比べれば、誰でもわかるであろう。


そうであるなら、究極的に短く小さな武器と言える『自身の手足』であり、近接戦での取り回しは最高だ。


実際、ガーウィンの攻撃は驚くほど厄介だし、防御も硬い。

正直、剣だけで倒せと言われれば、途方に暮れる。

切り刻んでも再生するわけだし……。



だが、涼は魔法使いだ。

あくまで、剣は補助。


え? そう、補助ですよ? 何か言いたいことがありますか?

補助と言ったら補助なんです!



再び、涼はバックステップして距離を取る。

だが、今度は、ガーウィンは逃がさなかった。

「そう何度も離れさせるかよ! <フレイムカロネード>」

ガーウィンが唱えると、前に突き出した右手から、炎の塊が何十と発射され、涼に向か……発射された瞬間から、凍りついていく。


「なんだ、これは!」

怒鳴るガーウィン。


ニヤリと笑う涼。

先に唱えておいた<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)>だ。


いつ、凍りつくか分からない恐怖。

涼による心理戦。


凍りつけば、当然、切り刻む。


そう、涼は魔法使い。



だが、魔人も魔法に秀でている。


「埋めつくせ! <グラビティロッド>」



その瞬間、視界の全てが、鉛筆大の黒く細い棒によって埋め尽くされた。

そう、まさに、『埋め尽くされた』という表現しかない。

360度、地面から空まで、その全てにグラビティロッドが発生したのだ。


馬鹿みたいな、数の暴力。

究極の飽和(ほうわ)攻撃。



発生する際に、敷設済みの<動的水蒸気機雷>全てが、対消滅の光を発して消え去った。

数万にも上る水蒸気機雷がだ!

同じだけのグラビティロッドも消え去ったはずなのだが……未だ、埋め尽くしている……。



グラビティロッドは、一つ一つが強力な引力を発する。

なぜか、グラビティロッドどうしは引き合わず、中心にいる対象に向かって、あらゆる方向から引っ張る……つまり、涼に向かって。


先ほどは、氷の壁で押し潰した……。


「<アイスウォール20層 円環>」


涼は唱えた。

だが、何も起きない。


氷の壁は空中で発生した。

発生したが落ちてこない……空中で止まったままだ。


おそらくは、グラビティロッドの効果が、今回は氷の壁にまで及ぼされた……。

つまり、このグラビティロッドは、生成者が対象を選択することができる。

だから、グラビティロッドどうしが影響し合うことはない。


「なんというファンタジー」

涼は思わず呟く。


まあ、重力とか引力とか、その辺を魔法効果として扱える時点でファンタジーなのだが。

いやそもそも、魔法自体がファンタジーなのだが。

結局、世界はファンタジーなのだ。



埋め尽くすグラビティロッド。

動きを封じられた涼。


ピンチであることに変わりはない。



だが、何度でも言おう。

涼は、水属性の魔法使いだ。

「<アイスウォール><アイスバーン>」


動けない涼に向かって、ガーウィンはとどめを刺すために、突っ込んできて間合いを詰める。

最後は、貫手(ぬきて)で喉を貫くか、あるいは払って頭を斬り落とすか……。

胸を刺し貫く、ではあるまい。


「今さら、氷の壁で俺様を防げるわけないだろうが」

ガーウィンは禍々しい笑いを浮かべると、足を止めて氷の壁を割ろうとした。

割ろうとしたが……。

「あっ……」

踏ん張りがきかず、足が流れる。


当然だ。

その地面には、<アイスバーン>で氷が張られているのだから。




涼には切札があった。

それは情報だ。


敵を知り己を知れば百戦危うからず。


いったい、ガーウィンの何を知ったのか?

それは、ガーウィンの体。

より正確には、その体を流れる水分。



なぜ知ったのか?

もちろん、心臓を貫かれたガーウィンの左腕から。

その左腕を涼は氷漬けにした。

左腕は、完全に涼が生成した魔法の水が隅々まで染み渡った。


ガーウィンの細胞の一つ一つに存在する『水』を、涼は理解した。


そうなると、どういうことができるのか?


「なに? 体が動かん?」

ガーウィンが思わず呟いた。



細胞レベルから、操る事ができる。



もちろん、涼ですら、完全に魔法に集中しなければ、これほどの事はできない。

剣戟の最中や、魔法戦の最中には無理だ。


今のように、完全に動きを止め、それでいて相手が視界に入り、近づいてくる場面でなければ不可能。



そんな状況を組み上げるのは、なかなか難しい。



それが、ようやく組み上がった。


だが、その状況に持ち込んだとしても、まだ勝てない。

相手の動きを制しても、とどめの刺しようがないからだ。


首を斬り落としても再生する。

体中切り刻んでも再生する。

目に見えないほどに消滅させても……再生する。


そんな相手に、どうやって勝てばいい?



なぜ、消滅させても再生できるのか?


ここで、何度でも思い出すべき例の式。


E=mc²


E:エネルギー

m:質量

c:光速


物質(質量)はエネルギーに変わる事ができる。

=は等価であるので。

もちろん、エネルギーは物質(質量)に変わる事ができる。


つまり、無から有が生じているのではない。

エネルギーという『有』が、物質という『有』に変わっているだけ。

エネルギーと物質は、本質的に同じである。



つまり、エネルギーが無くなれば……物質の再生はできなくなる。



それが、涼がガーウィンを切り刻む前から発動させていた魔法。

熱量簒奪水蒸気(カロリーゲット)



空気中にある水蒸気を伝って、ガーウィンからエネルギーを吸い取り続けていた魔法。


再生の度に、エネルギーを消費したであろうガーウィンであるが、この魔法によって、いつもの再生に比べて何倍もエネルギーが消費されたはずだ。


エネルギー保存の法則によって、エネルギーを消し去る事はできない。

では、奪ったエネルギーはどこにいったのか?



膨大なエネルギーを欲する存在が、今ここにはいる。


その堕天使は、いちおう、棺桶の中に入っているが……。



そもそも、神のかけらとは、ある種のエネルギーと言ってもいい。

それを手に入れることを欲した存在。


魔人ガーウィンも、人の神のかけらを手に入れることによって、完全に覚醒する。

であるのならば、ガーウィンの中には神のかけらが大量に……。



「世界は恐ろしいです……」

他人事のように呟く水属性の魔法使い。



涼を囲んでいた、グラビティロッドが全て消えた。

魔人ガーウィンが、エネルギーを失い、動けなくなり……魔法も維持できなくなったためだ。


それによって、涼は動けるようになる。



ほとんど無意識であった。



カキンッ。



村雨で受ける。


剣を振るってきたのは……。


「誰ですかね、この子……」

シュールズベリー公爵アーウィン・オルティスなのだが、涼は知らない。


だが、気付いた。

アーウィン・オルティスが纏う雰囲気が……。


「まさか、魔人ガーウィン」

「気づいたか」



涼の呟きに、禍々しく笑うアーウィン……に再び乗り移ったガーウィン。


本体は、再び抜け殻に。



「こいつは、手足が短いからな、剣の方がいいだろう」

190センチほどの身長の、ガーウィン本体に比べれば、アーウィンは背が低い。

まだ十三歳なのだ、仕方あるまい。


「やっぱり最後は近接戦……」

涼は呟いた。

我知らず笑みを浮かべて……。


次話が、「第二部 西方諸国編」最終話です!


それでは明日、21時に、「第二部 最終話」でお会いしましょう!


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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