0436 涼対ガーウィン
「<アイシクルランス256>」
放たれる256本の氷の槍。
そして、すぐに移動する涼。
「<リバース>」
ガーウィンが唱えた瞬間、全ての氷の槍の軌道がくるりとひっくり返り、元居た場所に向かって飛んだ。
「なるほど。王都の城壁みたいに、発動者に向かって飛んでは行かず、軌道が反転する……。まさに『空間の曲がり』ですね」
氷の槍は、180度転換して、発射場所に戻っただけで、移動した涼には向かってこなかった。
その辺りは、反転してしかも自動追尾する王都の城壁とは違うらしい。
反転した256本の氷の槍は、涼が消し去る事ができた。
いわゆる『魔法制御を奪われた』というわけでもないようだ。
「やはり、相手の魔法の制御を奪い取るのではなく、空間への干渉ですね」
涼は、ぶつぶつとそんな事を呟きながら、剣を振るう。
当然だが、魔人ガーウィンも攻撃を行う。
「<グラビティ>」
だが、すぐに、対消滅の光を発して消えた。
「何だと?」
「ばれないように張っておいた、見えない氷の壁に阻まれただけです」
顔をしかめるガーウィン。ドヤ顔で答える涼。
「……つまり、完全無詠唱で魔法を発動する事ができるという事だな、お前は」
「しまった! 一つ一つこちらの手札が知られていきます。困りました」
「てめえ、その顔……全然困ってないだろうが!」
涼がわざとらしく言い、ガーウィンが頬をひくつかせながら怒鳴る。
その間も、涼の剣とガーウィンの手甲は切り結んでいる。
超近接戦の中での魔法の応酬。
だが、ガーウィンが軽くバックステップして、少しだけ距離を取る。
「しゃーない。<グラビティロッド>」
ガーウィンが唱えた瞬間、空から雨のように細く黒い棒が無数に降ってきた。
カキンッ、カキンッ、カキンッ……。
涼が、自分の上方に張っておいた<アイスウォール>に当たる音が響く。
貫通力があるわけではないらしい。
「グラビティ? 重力? の、ロッド? しまった!」
涼が呟いた時には、遅かった。
地面に刺さった多数の重力の棒が、全方向に涼を引っ張り、動けなくなる。
「エトたちの話で聞いていたのに……」
涼は、悔しがる。
だが、それは一瞬。
「<アイスウォール20層 円環>」
涼が唱えると同時に、周囲に轟音が響いた。
涼のいる中心部以外に、氷の壁が空中から落ちてきたのだ。
その形状は、円環……日本の五円玉や五十円玉のような……。
そんな氷の壁が、全てのグラビティロッドを押し潰した。
ただ、涼の前方だけ、地面まで落ち切らなかった箇所がある。
どうも、誰かが、地面と氷の壁の間に入り込んでいたらしい。
「何でいきなり、氷の壁が空から降ってくるんだよ」
入り込んでいたガーウィンがぼやく。
さすがに、この程度で押し潰されたりはしなかったようだ。
「かつて、野生のゴーレムすら押し潰した質量攻撃……受けきるとはさすがですね」
「俺をゴーレムなんかと一緒にすんな」
涼が言い、ガーウィンが言い返す。
そして、ニヤリと笑って言葉を続けた。
「こんな感じか? <氷の壁>」
ガーウィンが唱えた瞬間、再び轟音が響いた。
先ほど同様に、氷の壁が空から降ってきたのだ。
全く同じように、ガーウィンのいる場所だけ穴が空いて……。
これも同じように、ガーウィンの前方だけ、地面まで落ち切らなかった箇所がある。
そこにも、誰かが、地面と氷の壁の間に入り込んだらしい。
「水属性の魔法も使えるとは……」
涼が悔しそうに言う。
周りは、ほとんど透明な、涼が生成した氷の壁に覆われている。
「俺は魔人だからな。当然、全ての属性の魔法が使える」
「卑怯な!」
ガーウィンが当然のように言い、涼が当然のように言いがかりをつける。
「一属性しか使えない人の気持ちとか、考えた事ないんですか!」
「あるわけないだろ……」
世界は不公平なのだ。
「水属性魔法の真の力、思い知らせます!」
「面白そうだ」
悔しそうに涙をぬぐって……といった雰囲気を出しながら、涼は言いきり、ガーウィンは笑いながら答える。
もちろん、涼は涙など流していない……。
「堕天使錬金術と水属性魔法の融合、その高みを見るがいいです! <熱量簒奪水蒸気><氷結剣>」
立て続けに唱えられる新魔法!
「<動的水蒸気機雷>」
さらに使い慣れた定番魔法!
その上で、涼は一気に間合いを侵略し、村雨を打ち下ろす。
それを、頭上、両手をクロスして手甲で受け止めるガーウィン。
だが、受け止めた瞬間……。
「なっ……凍っただと?」
受け止めた箇所が凍りついた。
「これが<氷結剣>です」
一言で言えば、村雨の固有スキル的なものだ。
もちろん涼も、そんなものがあるのかどうかは知らないが、西方諸国で堕天使と戦った時に、村雨が覚醒した気がしていた。
その時の、氷結現象……それに名前を付けた。
ちなみに具体的に何をしたかと言うと、村雨に、「相手に当たった瞬間、凍りつかせて」と頼んだ……そう、武器に頼んだ。
それで凍りつくのだから、世界は不思議に満ちている……。
受け止めた瞬間、凍りつく。
効果は単純だし、魔人ガーウィンであれば、凍った手甲から氷を振りほどくことも難しくはない。
だが、これが、受けるたびに毎回となると、さすがに厄介だ。
そして……。
「<スコール><限定パーマフロスト>」
ガーウィンを瞬間的に驟雨が襲い、間髪を容れずに纏わりついた雨水を凍らせる。
「!」
凍りついたガーウィンの首を、再び斬り飛ばす涼。
自らが制御する魔法で生成された氷のため、そんな事が可能なのだ。
さらに、首だけでなく、腕も、足も、胴も……。
全てを切り刻む。
人間であれば残酷とさえ言えるが……。
魔人ガーウィンは、当然のように復活した。
だが、復活をそのまま見過ごさない。
再生されるそばから切り刻む。
「<ウォータージェット256>」
村雨だけでなく、ウォータージェットも使って切り刻む。
リスポーンキル。
再生されるたびに、その瞬間、切り刻む。
何度も、何度も、何度も……。
ここで畳みかけないで、いつ畳みかけるのか。
もちろん、何度も魔人ガーウィンは、蘇る。
一体でなく、分身か分裂か、数体あるいは数十体同時に現れることもある。
「<ウォータージェット2048>」
数には数で対抗。
そんな争いが何度、繰り返されただろうか。
だが、ついに……。
カキンッ。
「くっ」
悔しそうな顔で呻く涼。
村雨は、ガーウィンの手甲に受け止められている。
切り刻みが、ついに間に合わなかったのだ。
「まさか、二千体同時再生で、ようやくかいくぐれるとはな。驚いたぞ」
「残念です。一億回、やるつもりだったのに」
ガーウィンの言葉に、必ずしも冗談とも思えない声音で言う涼。
大きく手甲を弾いて、後方に跳び、距離を取る。
同時に唱える。
「<スコール><限定パーマフロスト>」
「<エバポレーション>」
雨は降った。
だが、ガーウィンの体には何も起きなかった。
「スコールで付着させた水を、一瞬で蒸発させた?」
「同じ技が、二度も通用するかよ!」
涼が驚き、ガーウィンは吠えて、一気に間合いを詰めた。
正面からの右正拳突き。続けて腰の回転での、左手リバーブロー。両手でのモンゴリアンチョップ……。
技の名前にすると、空手、ボクシング、プロレスと、格闘技がごちゃ混ぜであるが、当然ガーウィンは、現代地球の格闘技の枠に縛られてなどいない。
そのため、いろいろな技名になる……。
涼は、それらを受け、流し、かわす。
鉄壁の防御。
涼は、徒手の相手との戦闘は多くない。
ハイレベルな相手だと、記憶にあるのは勇者パーティーのエンチャンター、アッシュカーンくらいだ。
かつて勇者パーティーが王都に滞在していた時に、勇者ローマンに何度も模擬戦の相手をさせられた。
その際、一緒についてきていたアッシュカーンとも模擬戦をした。
その経験が、今、多少は役に立っているのかもしれない。
(まあ、魔物はたいてい、武器を持っていないから徒手相手だと思っていいんですよね)
などと考える涼だ。
あまり、相手の武器には頓着しない……。
もちろん、戦い方は変わるのだが。
得物が短く、小さくなればなるほど、取り回しやすくなるため、近い距離での戦闘で威力を発揮しやすい。
槍とナイフで比べれば、誰でもわかるであろう。
そうであるなら、究極的に短く小さな武器と言える『自身の手足』であり、近接戦での取り回しは最高だ。
実際、ガーウィンの攻撃は驚くほど厄介だし、防御も硬い。
正直、剣だけで倒せと言われれば、途方に暮れる。
切り刻んでも再生するわけだし……。
だが、涼は魔法使いだ。
あくまで、剣は補助。
え? そう、補助ですよ? 何か言いたいことがありますか?
補助と言ったら補助なんです!
再び、涼はバックステップして距離を取る。
だが、今度は、ガーウィンは逃がさなかった。
「そう何度も離れさせるかよ! <フレイムカロネード>」
ガーウィンが唱えると、前に突き出した右手から、炎の塊が何十と発射され、涼に向か……発射された瞬間から、凍りついていく。
「なんだ、これは!」
怒鳴るガーウィン。
ニヤリと笑う涼。
先に唱えておいた<動的水蒸気機雷>だ。
いつ、凍りつくか分からない恐怖。
涼による心理戦。
凍りつけば、当然、切り刻む。
そう、涼は魔法使い。
だが、魔人も魔法に秀でている。
「埋めつくせ! <グラビティロッド>」
その瞬間、視界の全てが、鉛筆大の黒く細い棒によって埋め尽くされた。
そう、まさに、『埋め尽くされた』という表現しかない。
360度、地面から空まで、その全てにグラビティロッドが発生したのだ。
馬鹿みたいな、数の暴力。
究極の飽和攻撃。
発生する際に、敷設済みの<動的水蒸気機雷>全てが、対消滅の光を発して消え去った。
数万にも上る水蒸気機雷がだ!
同じだけのグラビティロッドも消え去ったはずなのだが……未だ、埋め尽くしている……。
グラビティロッドは、一つ一つが強力な引力を発する。
なぜか、グラビティロッドどうしは引き合わず、中心にいる対象に向かって、あらゆる方向から引っ張る……つまり、涼に向かって。
先ほどは、氷の壁で押し潰した……。
「<アイスウォール20層 円環>」
涼は唱えた。
だが、何も起きない。
氷の壁は空中で発生した。
発生したが落ちてこない……空中で止まったままだ。
おそらくは、グラビティロッドの効果が、今回は氷の壁にまで及ぼされた……。
つまり、このグラビティロッドは、生成者が対象を選択することができる。
だから、グラビティロッドどうしが影響し合うことはない。
「なんというファンタジー」
涼は思わず呟く。
まあ、重力とか引力とか、その辺を魔法効果として扱える時点でファンタジーなのだが。
いやそもそも、魔法自体がファンタジーなのだが。
結局、世界はファンタジーなのだ。
埋め尽くすグラビティロッド。
動きを封じられた涼。
ピンチであることに変わりはない。
だが、何度でも言おう。
涼は、水属性の魔法使いだ。
「<アイスウォール><アイスバーン>」
動けない涼に向かって、ガーウィンはとどめを刺すために、突っ込んできて間合いを詰める。
最後は、貫手で喉を貫くか、あるいは払って頭を斬り落とすか……。
胸を刺し貫く、ではあるまい。
「今さら、氷の壁で俺様を防げるわけないだろうが」
ガーウィンは禍々しい笑いを浮かべると、足を止めて氷の壁を割ろうとした。
割ろうとしたが……。
「あっ……」
踏ん張りがきかず、足が流れる。
当然だ。
その地面には、<アイスバーン>で氷が張られているのだから。
涼には切札があった。
それは情報だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
いったい、ガーウィンの何を知ったのか?
それは、ガーウィンの体。
より正確には、その体を流れる水分。
なぜ知ったのか?
もちろん、心臓を貫かれたガーウィンの左腕から。
その左腕を涼は氷漬けにした。
左腕は、完全に涼が生成した魔法の水が隅々まで染み渡った。
ガーウィンの細胞の一つ一つに存在する『水』を、涼は理解した。
そうなると、どういうことができるのか?
「なに? 体が動かん?」
ガーウィンが思わず呟いた。
細胞レベルから、操る事ができる。
もちろん、涼ですら、完全に魔法に集中しなければ、これほどの事はできない。
剣戟の最中や、魔法戦の最中には無理だ。
今のように、完全に動きを止め、それでいて相手が視界に入り、近づいてくる場面でなければ不可能。
そんな状況を組み上げるのは、なかなか難しい。
それが、ようやく組み上がった。
だが、その状況に持ち込んだとしても、まだ勝てない。
相手の動きを制しても、とどめの刺しようがないからだ。
首を斬り落としても再生する。
体中切り刻んでも再生する。
目に見えないほどに消滅させても……再生する。
そんな相手に、どうやって勝てばいい?
なぜ、消滅させても再生できるのか?
ここで、何度でも思い出すべき例の式。
E=mc²
E:エネルギー
m:質量
c:光速
物質(質量)はエネルギーに変わる事ができる。
=は等価であるので。
もちろん、エネルギーは物質(質量)に変わる事ができる。
つまり、無から有が生じているのではない。
エネルギーという『有』が、物質という『有』に変わっているだけ。
エネルギーと物質は、本質的に同じである。
つまり、エネルギーが無くなれば……物質の再生はできなくなる。
それが、涼がガーウィンを切り刻む前から発動させていた魔法。
<熱量簒奪水蒸気>
空気中にある水蒸気を伝って、ガーウィンからエネルギーを吸い取り続けていた魔法。
再生の度に、エネルギーを消費したであろうガーウィンであるが、この魔法によって、いつもの再生に比べて何倍もエネルギーが消費されたはずだ。
エネルギー保存の法則によって、エネルギーを消し去る事はできない。
では、奪ったエネルギーはどこにいったのか?
膨大なエネルギーを欲する存在が、今ここにはいる。
その堕天使は、いちおう、棺桶の中に入っているが……。
そもそも、神のかけらとは、ある種のエネルギーと言ってもいい。
それを手に入れることを欲した存在。
魔人ガーウィンも、人の神のかけらを手に入れることによって、完全に覚醒する。
であるのならば、ガーウィンの中には神のかけらが大量に……。
「世界は恐ろしいです……」
他人事のように呟く水属性の魔法使い。
涼を囲んでいた、グラビティロッドが全て消えた。
魔人ガーウィンが、エネルギーを失い、動けなくなり……魔法も維持できなくなったためだ。
それによって、涼は動けるようになる。
ほとんど無意識であった。
カキンッ。
村雨で受ける。
剣を振るってきたのは……。
「誰ですかね、この子……」
シュールズベリー公爵アーウィン・オルティスなのだが、涼は知らない。
だが、気付いた。
アーウィン・オルティスが纏う雰囲気が……。
「まさか、魔人ガーウィン」
「気づいたか」
涼の呟きに、禍々しく笑うアーウィン……に再び乗り移ったガーウィン。
本体は、再び抜け殻に。
「こいつは、手足が短いからな、剣の方がいいだろう」
190センチほどの身長の、ガーウィン本体に比べれば、アーウィンは背が低い。
まだ十三歳なのだ、仕方あるまい。
「やっぱり最後は近接戦……」
涼は呟いた。
我知らず笑みを浮かべて……。
次話が、「第二部 西方諸国編」最終話です!
それでは明日、21時に、「第二部 最終話」でお会いしましょう!




