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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
461/930

0435 涼は心臓を貫かれ

王国陣営は、誰も動けなかった。

王国陣営は、誰もしゃべれなかった。

王国陣営は、誰も……。


「リョウ……」

その小さな声は誰の声だったか。

セーラか……アベルか……。


本当に小さな声だった。


だが、そこにいる者たちの耳には聞こえた。


その瞬間……。



シュッ。



別の音が混ざった。



そこにいる誰もが、認識できなかった。


涼が剣を振るい、魔人ガーウィンの首を斬り飛ばしたのを。



全てが終わって、涼の動きが止まって……初めて見えたのだ。

涼の体が。


剣閃どころか、体の動きすら見えなかった。



当然、首を斬り飛ばした程度では、魔人は死なない。


「おい……魔法使い。お前心臓貫いただろうが。なんで生きてるんだよ」

ガーウィンは、新たな頭を生やすと、そう問うた。


「水属性の魔法使いが、心臓を貫かれた程度で死ぬわけないでしょう」

はっきりと言い切る涼。

「マジか……水属性の魔法使い、とんでもねえな」

涼の言葉を素直に信じるガーウィン。



だが、多少なりとも付き合いの長い者たちの反応は、違う。



「そんな馬鹿な……ないだろう、そんなこと」

「ないでしょう、ないと思います……」

アベルとローマンは、常識的な反応だ。


「リョウならあり得る!」

「確かに、リョウならやりかねんな!」

セーラとイラリオンは、涼は常識外だという反応だ。


「魔法と魔法使いの、留まる事を知らない可能性を見せてくれていますね!」

「やっぱりかわいいですね」

ナディアとスカーレットは、二人自体が普通じゃないらしい。


ワルキューレ騎士団救護隊長スカーレットは、昔から、涼を可愛いと思っている涼推しだ……。



涼から出る血は、完全に止まっている。

もちろん、ガーウィンの腕が胸を貫いたまま。

その腕は、完全に氷漬けにされているが。


涼の動きはいつも通りのキレがある。

怪我の影響など感じさせない。


怪我……心臓を貫かれているのだが……怪我……。

何か違う気がするが……事実はその通りなのだ……。



なぜ、心臓を貫かれても動けているのか?


実は、涼は心臓が二つある? いいえ、一つです。

実は、涼は心臓が無くても生きていける? いいえ、さすがにそれは無理です。

本来は。



心臓の役割とは何か?

血液を肺に送り、肺から戻ってきた血液を体中に送り出し、体中から戻ってきた血液をまた肺に送り……。

これを繰り返している。

まさに、ポンプの役割。


簡単に言うと、涼は、心臓を貫かれた後、魔法によって血液を動かし始めたのだ。

血液を肺に送り、肺から戻ってきた血液を体中に送り出し、体中から戻ってきた血液をまた肺に送り……それを魔法の力で。

もちろん、水属性の魔法使いだからこそ可能な力技。

さらに、自分やアベルの体内を、これまでに何度も<精査>してきたからこそ、可能になっている……。


血液を体内に送り出すにしても、ただ送り出せばいいというものではない。

適切なリズムや速度というものがある。

それも、これまで何度も<精査>してきたから覚えている。

誰しも、好きな楽曲のリズムは覚えているであろう?

それと同じようなものだ。


特筆すべきは、その強制循環とも呼べるものを、無意識でやり続ける事ができるという点であろう。

さすがに、心臓を貫かれ、強制的に循環を始めた時には、かなり意識をしたが、ガーウィンの首を斬り落とした時には、すでに無意識での循環に移行していた。


それは現在も続いている。



もちろん、ガーウィンの手が心臓を貫いた際、心臓以外の動脈、静脈、さらには食道の一部まで傷ついている。

それら全てを、氷で強引に囲い込んで怪我前のパフォーマンスを維持しているのだ。

おそるべし、水属性魔法……。



「速いな、魔法使い……魔法使いだよな、そのなりは。いや、水属性の魔法使いって言ったな。だが、驚くほど剣が速い……しかも、妖精王の剣? 水の妖精王の剣とか……初めて見たぞ……」

「無知なり、魔人ガーウィン。今どきの水属性の魔法使いは、近接戦もこなせるのです。この程度で驚いていては、眷属が泣きますよ」

「いや……あいつらは、俺が再度封印されても泣かないだろう」

「そうですか。それは可哀そうですね……」

「ああ……」


ちなみに、眷属の内のオレンジュとイゾールダは、涼が放った<アイシクルランスシャワー>で体中串刺しになって活動を停止。

そのまま放置されている。

本来なら、ガーウィンが再生させるのだろうが……忘れられているのかもしれない。


一体だけ生き残っているアーウィンを乗っ取った四将の一人ジュクは、何もしていない。

ガーウィンの戦いを見ているだけだ。

いろんな眷属がいるらしい。



涼とガーウィンは、高速で剣と拳を交わしながら会話している。


まだ、お互い、全力ではない。

それも当然であろう。


どちらも、相手が強いのは分かっている。


涼は、相手が魔人であることを知っている。

魔人マーリンから、ガーウィンの強さと凶悪さは聞いている。

油断していい相手ではない。


ガーウィンも、涼が強いことは理解している。

そもそも、一度は消滅させられたのだ。

かつて、リチャード王にすら、そこまでされたことはない。

しかも、剣閃どころか体の動きすら認識できずに首を斬り飛ばされた。

勇者と魔王を合わせたよりも、強い相手だ。



強いことが分かっている相手。

相手の手札も分からないうちに全力でかかるのは、あまりにも無謀。


孫子いわく。

敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

敵を知らず、己のみ知れば一勝一負す。


敵を知らなければ、一気に勝率は半分に下がるのだ!



まあ、涼は全力で、首、斬り飛ばしたけどね!



「おい、魔法使い。お前も分かってるんだろ? 消滅させても俺は死なない。つまり、お前は絶対に勝てない。諦めろ」

「知っていますか、魔人ガーウィン。この世の中に、絶対というものは、あまりないのです。そして、あなたが死なないというのは、絶対の中には入っていない」

「いや、死ななかっただろうが……」

「一回やって上手くいかなかったくらいで、諦めるわけがないでしょう。一億回やってみて上手くいかなかったら、その時考えます」

「……一億回、俺を消滅させられるとでも思っているのか」

涼の答えに呆れるガーウィン。


もちろん、涼にも分かっている。

さすがに、それは無理だと。

それどころか、不意打ちならともかく、この魔人には普通に勝って上回るだけでも難しいと。



涼は、待っていることがあった。

少なくとも、それがなされないと、全力戦闘などできない。

そのためには……。


涼は、戦闘開始から、チラチラと神官たちを見ている。

より正確に言えば、神官と『長距離拡散式女神の慈悲』の下に寝かせられている、ある錬金術師を。




ケネス・ヘイワード子爵は、目を覚ました。

周りは、立ち尽くしたまま、一つの戦闘に目を奪われている。

「あれ? リョウさん?」

その呟きが聞こえ、振り返ったのはリーヒャであった。

「ケネス、目が覚めましたか」

「あ、はい、王妃様。あれは……」

「ええ。リョウが戻って来て、魔人と戦っています。ただ、戦いづらそうです」


リーヒャは、元冒険者。

それも、A級パーティーに所属し、A級剣士アベルの剣での戦いをいつも見続けていた。

だから、戦闘に関して目が肥えている。

他の者が気付かない「戦いづらさ」も感じ取れていた。


「リョウの胸を、魔人の腕が貫いたままなの」

「え? 胸を貫いて?」

リーヒャの言う言葉を今一つ理解できないケネスは、涼とガーウィンの戦闘を見る。

確かに、涼の胸を、腕らしきものが貫いている。


「胸を貫かれて、どうしてリョウさんは生きているの……」

「それは分からないわ。リョウだから、なのでしょう」


とても便利な言葉。『リョウだから』


「さっきからチラチラとこちらを見ているわ。おそらく、腕を抜きたいんでしょうけど……」

「ああ! 抜いた瞬間に治癒して欲しいんですね」

ケネスも、涼が何を望んでいるのかは理解した。


だが、同時に、神官たちの顔色の悪さにも気づく。

「もしや、皆さん、魔力が……」

「ええ、<聖域方陣>を張り続けたから、魔力は空っぽ。でも、大丈夫」

リーヒャは、そう言うと笑っって、すぐ横にいた少女をずいと前に出して紹介した。


「こちら、王国民のナディア。勇者ローマンの奥さんよ」

「は、初めまして」

リーヒャが紹介し、ナディアが挨拶をした。

「初めまして。え? 勇者? の奥さん?」

ケネスが驚いて言う。


よく見ると、リーヒャの後ろに、照れくさそうに立っている、人が良さそうな青年がいる。


「そして、ナディアは魔王なの。魔王は全属性の魔法が使えるから、回復もできるのよ」

「ある程度は、距離が離れていても治癒は可能ですが……さすがに、ここからリョウさんまでの距離は無理です」

「あ、その距離はなんとかしま……いえ、魔王? え? 王国って、勇者と魔王がいるんですか?」

リーヒャが説明し、ナディアが補足し、ケネスは驚いた。


人材豊富なナイトレイ王国。


「ケネス、これは極秘事項だから内緒にしておいてくださいね」

「承知いたしました、王妃様」

リーヒャは口止めし、ケネスは頷いた。



そして、ナディアと錬金装置を交互に見ながら言葉を続ける。


「そう、そうです、ナディアさんが懸念されていた事ですが、距離が離れていても、『長距離拡散式女神の慈悲』なら治癒を届けることが可能です。ただ、リョウさんは……」

「ええ。敵味方識別タグとかいうのをつけていないわ」


『長距離拡散式女神の慈悲』は、『敵味方識別タグ』を身に着けている者だけを治癒する。

戦闘開始時から王国軍に加わっているものは、全員がタグをつけているが、涼は途中参加のため、つけていない。

だから、治癒できない。


「分かりました。手動に切り替えて、私がリョウさんにだけ当てます」

ケネスはそう言うと、すぐに調整に取り掛かった。

調整そのものは難しくない。

レバーを二つ切り替えるだけだ。

問題は、高速で動く目標に、腕を抜いたタイミングで、完璧に当てる事……。

その、射手ならびに調整者としての難しさ。


もちろんそれは、本来想定していない使い方でもある。

なんといっても、この装置は『拡散式』なのだ。

ただ一人だけに当てることは、設計の仕様には入っていない。

入っていないが……。


「私ならやれます」


それは錬金術師としての自負。

そして、覚悟。



『長距離拡散式女神の慈悲』を開き、高速で魔法式を書き替えていく。

魔力検知による目標固定。

目標自動追尾。

伝播収束。

速度向上。

圧縮率最大。


一瞬で届き、一瞬で全ての効果を生み出さねばならない。

当たった次の瞬間には、対象は動いているのだ。

『当て続ける』などというのは現実的ではない。



「よし。いけます!」

ケネスが言うと、魔王ナディアは頷いた。

手には、『長距離拡散式女神の慈悲』への魔法伝達ケーブルを握っている。

一つ呼吸を整えて、ナディアは待った。


そして、涼がチラリと見た。

神官団に向かって、小さく頷いたのが見えた。


次の瞬間、胸から、氷漬けの魔人の腕を抜きとる。


間髪を容れずに、ナディアは唱えた。

「<完全回復>」

すぐに発射される魔法。


それは、狙い違わず涼に直撃し……。



胸に開いた大穴が塞がった。



目の前で起きた光景に驚いたのは、魔人ガーウィン。

「おい……」

「魔人よ、これが人の叡智です」

なぜか偉そうに言う涼。


まあ、ケネスが調整して、リーヒャが間を取り持ったので……人の技ではある。


魔法そのものは、魔王のものだが……。



「ああ……例の、戦場全体を回復する道具か。やっぱり、潰しておくべきだと思った俺の判断は間違ってなかったんだな」

ガーウィンは、なぜか満足げに頷く。

「ほっほぉ~。『長距離拡散式女神の慈(パナケイア・ブレス)悲』に目をつけていたとは、いいじゃないですか。なかなかやりますね!」

「お、おう……。なんで、お前の方が上から目線なのか分からんが……」

涼が再び偉そうに言い、ガーウィンは小さく首を振る。


「あれは、ケネスと僕が作り上げた、初めての大作合作ですからね。現代錬金術の極致と言っても過言ではありません」

自信満々に言い放つ涼。

それを見て、少しだけ目を見張るガーウィン。

そして、しみじみと言った。

「ケネスってのは、俺を穴だらけにした錬金術師だな。リチャードもとんでもない錬金術師だったが、お前たちも凄いな……」

ガーウィンは、良いものは良いと言えるだけの器の大きさはあるようだ。


「リチャードって、中興の祖の人ですよね、全属性の魔法を使えた」

「そうだな。リチャードは全属性の魔法を使えたな」

「なんて羨ましい」

最後の涼の呟きは、誰にも聞こえていない……。

と思ったが、目の前で戦っているガーウィンには聞こえていた。

「魔法使い、お前ほどには水魔法を使いこなしていなかったぞ。さすがに、俺を消滅させた連携は、初めての体験だった……」

「そうですか? いやあ、それほどでも」

ガーウィンは褒め、涼は照れた。戦いながら。


ふと、涼は疑問に思った。

『リチャード王と魔人が戦った』というのは、ただの伝説だと言われていたのだ。

それを思い出した。

その疑問を解決できる存在が、今目の前にいる。

しかも、完全に解決できる存在だ。

「現在、伝わっている話では、リチャード王と魔人が戦ったのは、ただの伝説となっています」

「何?」

「僕も詳しくは知りませんが、時系列的に合わないとかどうだとか」

「時系列がどうとかは知らんが、戦ったのは事実だぞ」


伝説が正しかった。


それが、今証明されたのだ。



これで、涼の全ての懸念は払拭された。

そろそろ、次の段階に進むべきであろう。


いくらかの情報も揃ったし!


だが、そのタイミングは、魔人ガーウィンの方でも同じだったらしい。


「そろそろ本気でいくぞ」

「ええ、望むところです」


ガーウィン対涼の、次なる戦いが始まる。


クライマックスです!


「第二部 西方諸国編」は、あと二話で終わります。

最後まで、楽しく読んでいただければ嬉しいなと思います!

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