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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
459/915

0433 涼の帰還

魔人ガーウィンの周りが、そんな事になっているのを、眷属二人は少し離れたところから見ていた。

言葉も、少しは聞こえてきていたし……。


「あっちは、勇者と魔王かよ……」

「ガーウィン様であれば、勇者と魔王が相手でも問題ないでしょう」

オレンジュが(うらや)ましそうに言い、イゾールダは戦闘におけるガーウィンへの全幅の信頼を口にした。


「なんだ、眷属。人間の国王にも負かされたのに、勇者だ魔王だと……身の程をわきまえた方がいいのではないか?」

「ああん? 弓しか取り柄の無いエルフが、偉そうなこと言ってんじゃねえぞ」

「セーラ……なぜ(あお)る」

セーラが煽り、オレンジュが怒り、アベルが小さく首を振る。


アベルは小さな、本当に小さな声で呟いた。

「やっぱり、どっかの筆頭公爵に似てきていないか?」



カキンッ。



オレンジュが一気に飛び込んで()いだ剣を、やすやすと受け止めるセーラ。


「……エルフのくせに、多少は剣を使えるか」

「この程度か? アベル、この程度の眷属に苦戦するとか、国王になってたるんでいるのではないか?」

「俺を巻き込むな……」

オレンジュ、セーラ、巻き込まれたアベルが、それぞれの感想を述べる。


「我慢ならんな。弓の無いエルフを殺しても、何の価値もないだろうが、その傲慢(ごうまん)な口を切り裂いてやる」

「魔人の眷属が言うには真面目なセリフだな。よほど普段の言動が真面目なのだろうな」

「……お前ら、ずれてるの分かってて言ってるだろ」



始まるオレンジュとセーラの剣戟。



だが、剣戟が始まって、すぐにオレンジュは気付いた。

(マジか……このエルフ、剣の技巧、バケモンじゃないか!)


セーラの驚くほどの超絶技巧……おそらく、凡百の者たちであれば、まだ誰も気付かないほどのものであるが、そこはオレンジュ。わずか数合も打ち合えば十分理解できる。


一度大きく振って、距離を取ると、イゾールダに叫んだ。

「イゾールダ、お前に貸してある『速さ』を返せ!」


追撃しようかと考えていたセーラであったが、さすがにオレンジュの言葉に興味を持つ。

「『速さ』を貸すことができるのか? アベル、最近の剣の世界は凄いな」

「ああ、俺の知らない剣の世界だと思うがな」

セーラの言葉に、つっこむアベル。


「それほどなのか。まあ、いい。返すから、さっさとケリをつけな」

イゾールダが言った瞬間、イゾールダの体から淡い金色の光が抜け、オレンジュの中に入っていった。

「おお、ようやくだな」

オレンジュはそう言うと、一度、二度と剣を振る。


「なるほど。確かに先ほどまでより、遥かに剣閃が鋭くなったな」

「分かるか。これが、俺の本来の速さだ」

セーラが感心して言い、オレンジュがニヤリと笑って答える。


だが、すぐにオレンジュはアベルの方を向いて申し訳なさそうな顔をして言葉を続けた。

「王様にはすまなかったな。手を抜いたわけじゃないぞ、あの時の全力だったのは確かだ」

こんななりで、傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)に見えるオレンジュであるが、剣に対しては真摯(しんし)だ。

だからこそ、先ほど全力で打ち合ったアベルに対して、『速さ』が欠けていたことを詫びた。


「あれで『速さ』が欠けていたとか、正直知りたくなかったんだが……」

アベルは、まだ愛剣を支えにようやく立って……呟く。



「ロクスリー、そっちの女型の眷属を任せる。多分、不死身なのだろうから、相打ちみたいなことはするなよ」

「畏まりました」

セーラは、『速さ』が落ちた眷属ならいけると踏んで、アベルの傍らで守るように立っていたロクスリーに指示を出した。


わざわざ、他の眷属から『速さ』を借りなければならないということは……まあ、そういうことなのだろう。

セーラを除けば、『西の森』で圧倒的に剣を使えるロクスリーなら、なんとかなると考えたのだ。


「いつ、不意に飛び込んできてアベルを殺そうとするか分からんからな」

「すまんな」

「気にするな。アベルが死ねば、リョウが悲しむだろう?」

「……俺や王国のためじゃなくて、リョウのため……ああ、何となく理解してはいた」

最後のアベルの言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。



そうして始まる、再びの魔人オレンジュとセーラの剣戟。



オレンジュの剣、そして体の動きは、先ほどまでとは比べものにならない。

それは、少し前に全力で戦ったアベルが言葉を失うほどに。


だが……。


それに互角の『速さ』

そして、打ち負けない『強さ』

『風装』を(まと)ったセーラも、人外だと言っていい。


「マジか……」

「これくらい歯ごたえがあるといいな」

驚くオレンジュ、微笑みながら戦うセーラ。



二人の戦いも、人外の領域へと突入していった。




再び、魔人対勇者・魔王の戦い。


余裕の表情を浮かべる魔人ガーウィンと、必死な表情を見せる勇者ローマン。

傍目(はため)には、ほとんど差がないように見える戦いだが、二人の表情の差が、実はそのまま戦いの差となっていた。


(なんという強さ! こちらは、ナディアの魔法も絡めての攻撃なのに、破れないなんて。特に……)

聖剣アスタロトがガーウィンの左腕を斬り飛ばす。

だが同時に、ガーウィンの右腕がローマンの左脇腹を(えぐ)る。

「<完全回復>」

瞬時に、魔王ナディアがローマンの脇腹を回復する。


(この相打ち戦法。絶対わざとだ……。狙いは、ナディアの魔力枯渇(こかつ)? けど、ナディアは仮にも魔王……どれほど使えば魔力が枯渇するのか、本人すら知らないのに?)


ローマンがそんな事を考えている間に、ガーウィンの左腕も瞬時に生える。



明らかに、ガーウィンは一対二の戦いを楽しんでいた。



最初は、四将の一人ジュク……外見はアーウィン・オルティスが、ナディアにあたろうと一歩踏み出したのだ。

だが、それをガーウィンはわざわざ止めた。

「二人とも俺が戦う。ジュクは下がっていろ」と言って。

言われたジュクは一礼して下がり、そのまま動いていない。


他の四将、オレンジュやイゾールダに比べると、素直で従順なのかもしれない。



(悪くない……悪くないのだが……まだ、少し早かったか?)

ローマンと剣を合わせ、ナディアと魔法を戦わせながら、ガーウィンは心の中で考えていた。


(勇者というだけあって、さすがの力と速さ。技術もなかなかのものだ……なかなかのものなのだが、まだ隙がある。もう五年ほど経ってからなら……もっと楽しめたか? 魔王も……さすがの魔力と制御だ。勇者との相性もいい。お互いの動きを分かっているからだろう、相手の邪魔にならないように攻撃を仕掛けてくる。だが……)

ガーウィンは、心の中だけで小さく首を振った。

(俺が本気でやれば、すぐに倒してしまう)


ガーウィンはそんな事を考えていた。

決して傲慢(ごうまん)ではない。

もちろん、他の人間たちに比べれば、勇者と魔王は圧倒的だ。

比べるのも愚かしいほどだ。

いや、まあ、そこにいる魔法使いの老人も、まあまあだったが……。早口とはいえ、詠唱をしている時点で残念だ。


「まったく……誰が、魔法使いは詠唱を絶対にしなきゃいかんなどと……」

ガーウィンは、心の底から嘆くのであった。



ガーウィンは、ふと向こうでの剣戟を見る。

オレンジュが、イゾールダに貸していた『速さ』を戻して、戦っている。

相手は……。

「エルフ? ふむ、エルフにしては剣をよく使う……。あっちの方が、勇者よりも強いか」

ガーウィンはそう思い、相手を取り換えようかと考えた。

だが、オレンジュを見てやめる。

(オレンジュが楽しそうにしているな……ここで取り上げるのは、あんまりか?)


ガーウィンは、実は部下思いである。


オレンジュを、よく怒鳴りつけているが。


(あのエルフは確かに凄いが……欲を言えば、剣戟に魔法も混ぜて欲しいな……)


それは、ただの贅沢(ぜいたく)だ。

そもそも、高速の剣戟の最中に、魔法を混ぜるということ自体が、ほとんどできないことだ。

魔法を使う際に、どうしても意識が魔法のコントロールに流れる。

ほんの少しであっても流れる。

当然それは、剣の方に隙ができる……。


だから、剣と魔法を戦闘時に同時に使うのは、ほとんど不可能。


(リチャードは、それをやっていたからな)


ガーウィンにとって、リチャードは憎んでも憎みきれない男。


自分を、900年以上も封印したのだから、憎いのは当然であろう。

だが、同時に、戦うのが楽しい男でもあった。



勇者と魔王の組み合わせなら、それに匹敵すると思った。

もしかしたら、五年後であったら、そうだったかもしれない……。

「ああ……この二人は、今殺すのはやめておくか?」


ガーウィンに、そう考えさせるほどに、二人のポテンシャルは高い。


そして、ガーウィンは気付いていた。

あの、馬鹿げた、戦場全体を回復する錬金道具を守っている神官たちの魔力が、尽きようとしていることに。

尽きれば……。


「絶対防御がはがれるな」


そう判断したガーウィンの動きは早かった。



勇者ローマンの横薙ぎ。

それを、体を使って『受け止めた』


聖剣アスタロトの横薙ぎだ。


体を硬化させ、腕をアスタロトに巻き付ける、完全に。


驚くローマン。

当然だ。

こんな事、初めての経験。


ガーウィンは、受け止めた剣を巻き込みながら、自らの体全体を剣に巻き付けるように……

体全体を時計方向に回転させた。


プロレス技のドラゴンスクリューに近い体勢か。

ドラゴンスクリューは、受け止めた相手の足を巻き込んで回転して相手の膝にダメージを与える技だが、今回は足ではなく剣を……。

徒手のスタイルならでは。


剣を持った腕が捻じ曲がり、思わずアスタロトを手放すローマン。

アスタロトを奪い取るガーウィン。力を聖剣に吸い取られるが、そんなことはお構いなし。

地面から這い上がるように、右肘をローマンの鳩尾(みぞおち)に打ち込む。


「グホッ」


鳩尾は筋肉の重なりの薄い場所。

人間の体の構造上、鍛えにくい場所。

だから、急所。


吹き飛ぶローマン。


同時に、ガーウィンは聖剣アスタロトをナディアに投げつけた。

魔王ナディアですら認識できない速さ。

しかも、飛ぶのは聖剣。

普通の防具では、当たった瞬間に四散することもある……。


カキンッ。


だが、金属音が音高く響き、アスタロトはナディアから逸れた。


「死にぞこないの国王が……」

投げたのは国王アベル。

自らの魔剣。


未だ、体力は回復していない。

体を支えていた剣を投げたために、地面に両膝をついている。

そして、心の中で思っていた。

(やはり……無理だったか)



魔人を倒せない限り、王国側に勝ち目はない。



眷属オレンジュに対しては、セーラがほんのわずかに優勢に戦っている。

しかし、もし倒せたとしても、再び魔人ガーウィンによって蘇らされるであろう。


やはり、肝はガーウィン。


だが……。

勇者と魔王という、最高の組み合わせですら勝てなかった。

セーラは、剣において最高かもしれないが……ガーウィンは『斬っても意味がない』

穴だらけにされても再生するのだ。



そうして……ついに、神官たちの<聖域方陣>が消失した。



<聖域方陣>を展開する魔力が尽きた。

<エクストラヒール>と比べても、魔力を馬鹿食いする神の奇跡……。

逆に、よくここまでもったというべきか。



「ようやくか」

笑うガーウィン。


「これまでか」

絶望するアベル。



「それじゃあ、その馬鹿げた錬金道具を破壊し、神官たちには死んでもらうか」

ガーウィンが笑いながら言う。




その時。



空が裂けた。



そして、何かが出てくる。



響き渡る声。

「<アバター>」


さらに響く声。

「<アイシクルランスシャワー><ウォータージェットスラスタ>」



次の瞬間。



氷の槍で穴だらけになる魔人とその眷属。

同時に、三体が振るう氷の剣に切断される魔人。


「<ウォータージェット2048>」


さらに細切れになる魔人。



結果……。

魔人は、消え去った。




水属性の魔法使い、涼の帰還であった。


帰還!

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