0432 援軍到着
イゾールダは、首を斬り飛ばされたオレンジュの方を見て唱えた。
「<リジェネレーション>」
瞬時に、斬り飛ばされたオレンジュの頭と手が消える。
そして、胴体に頭と手が新たに生成され……オレンジュは起き上がった。
「だろうなとは思っていたが、実際に生き返る光景を見ると、気が滅入るな」
剣を支えにようやく立っているアベルは、小さくため息をつくと、そうぼやいた。
生き返らされたオレンジュは……。
「せっかく、気持ちよく倒されたんだから、そのままにしておけよな」
イゾールダに文句を言っている。
「あんたの命は、あんたのもんじゃないでしょ。ガーウィン様のもんでしょ。働きなさい」
「そうだとしても、イゾールダに言われるのは、何か違うと思うんだ……」
イゾールダの言葉に、顔をしかめて言い返すオレンジュ。
「まあ、そんなわけで……悪いなアベル王、死んでくれや」
ようやく剣を支えにして立っているアベルに、オレンジュは申し訳なさそうに言う。
嫌味や皮肉ではなく、本当に申し訳なさそうだ。
オレンジュにとっては、先ほどのアベルとの剣戟は、自分が倒されたところで終わったのだろう。
だから、そんな敗者の自分が、勝者のアベルの命を取るのは、何か違うと思っている。
思っているが……ガーウィンの命令なら仕方ないのだ。
「くそっ……」
悪態をつくアベルの声も小さい。
その時……。
銀色の光が奔った。
「アベル、さすがに、その状態では戦えないだろう?」
銀色の光が止まり、そんな声が横から聞こえる。
「……セーラ?」
それは、エルフのB級冒険者にして、『西の森』次期代表セーラ。
「少し遅れたな、申し訳ない。さすがに、西の端から王国を横断して駆けつけるには、それなりに時間がかかってな」
セーラは、小さく首を振りながら言う。
そして、少し遅れて、セーラの後ろにエルフの男が到着し、片膝をつき、アベルに口上を述べる。
「陛下、西の森よりエルフ軍二百、ただいま到着いたしました」
その瞬間、戦場を、数百の矢が切り裂いた。
到着したエルフたちの攻撃だ。
「虚影兵は、正確に胸の中心から喉を狙え。それ以外では倒せぬぞ!」
響くのは、大長老おババ様の声。
「おババ様は、以前、魔人の軍と戦ったことがあるらしい」
「なるほど……」
セーラが説明し、アベルは頷く。
エルフの寿命が長い、というのはアベルも知っている。
だが、すぐにアベルは思い出す。
「いや、セーラ、こっちより、向こうの魔人本体の方に向かってくれ」
今は遊んでいるようだが、さすがに、そろそろ神官たちの<聖域方陣>も維持できなくなるのではないかと思っているのだ。
「なんだ? 魔人の眷属ごとき、二人同時でも相手にできるというのか? その状態でも? すごいな、アベルは」
「あん?」
セーラがわざとらしく言うと、眷属の一人オレンジュがアベルを睨みつけた。
「いや、なぜ煽る? セーラ、最近、かなりリョウに似てきたよな……」
「そうか! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか!」
アベルはため息をつきながら言い、セーラは今までにないほど晴れやかな笑顔で答える。
涼に似てきたと言われたのが、かなり嬉しかったらしい。
そして、笑顔のまま言葉を続けた。
「まあ、大丈夫だ。向こうには、来るときに追い越してきた二人が到着した」
「追い越してきた二人?」
セーラの言葉に、首を傾げるアベル。
そんな、魔人ガーウィンの元に。
カキンッ。
これまでとは明らかに違う金属音が、音高く響いた。
飛び込んできた剣士の驚くべき一閃を、ガーウィンが両手甲をクロスして受け止めたのだ。
「聖剣アスタロトだと? 今代の勇者は西方諸国にいるんじゃなかったか?」
受け止めた剣を一瞥し、ガーウィンは笑いながら問う。
「今は、ナイトレイ王国民です」
にっこり微笑んでそう答えたのは、勇者ローマン。
「しかも、一緒に来たのは……魔王? 魔王? マジで魔王か? 勇者と魔王が、なんで仲良しこよしでやってるんだよ」
それには心底驚いたらしく、大きく目を見開くガーウィン。
「結婚しているからだ」
はっきりと言い切る勇者ローマン。
その言葉を聞いて、顔を赤くして俯く魔王ナディア。
「何の冗談だ……」
そして、呆然とする魔人ガーウィン。
それも当然であろう。
まず、人間の魔王というだけでも稀有だ。
数千年を生きたガーウィンですら、他に一人しか知らない。
そのうえ、その魔王が勇者と結婚?
「愛があれば関係ない! 魔人のくせに器が小さいのではないか?」
「そ、そうか。魔人にどんなイメージを持っているのか知らんが……まあ、いいか」
ローマンが言い切り、ガーウィンが納得しがたい表情を浮かべながらも受け入れた。
「まあ、いいか」を何度も繰り返しながら。
そうして、魔人対勇者・魔王の戦いへと移行した。
普通の武器では、受けた瞬間に破壊されてしまう勇者の聖剣アスタロト。
剣を使わず、手甲、足甲をつけての近接戦が得意な魔人ガーウィンは、自らの魔法で作り出した特殊な手甲でアスタロトの一撃を受ける。
それは、当然のようにアスタロトの一撃さえも受けきる。
剣対徒手。
大きな違いはリーチだ。
剣の方が長く、遠い間合いで戦える。
これは、多くの場合有利だと言える。
だが、絶対ではない。
間合いが短い方が有利な場合もある。
それは速度。
次々と攻撃を繰り出す、攻撃の回転速度ともいうべきもの。
これは、間合いが短い方が速い。
つまり武器を持たず、己の拳で戦うスタイルこそが……最も速い。
速い方が戦闘の主導権を握り、攻撃する側に回る。
ガーウィンの攻撃、ローマンの防御。
だが……。
「おいおい……。お前、ホントに人間かよ。速すぎだろ」
「勇者ですから」
他とは隔絶した速さに、驚き呆れるガーウィン。
事実を告げるローマン。
「俺も、数千年くらいは生きてきたが、その中で見てきた勇者の中でも、五指に入るほどには速い」
「それはどうも」
「だが、技はまだまだ!」
ガーウィンは、ローマンの突きをよけず、流さず、自らの右拳で迎え撃った。
想定外のポイントでの突きの迎撃。
どこかの水属性の魔法使いや、若手天才剣士が見せたような……。
ローマンの突きは大きく後方に弾かれる。
当然、その隙をついて、ガーウィンの左拳がローマンを打……。
ジャキンッ。
ローマンの陰から、ぐるりと回り込んできた石の槍を、ガーウィンは左腕で弾き飛ばした。
「魔王……」
笑いながら言うガーウィン。
魔王ナディアの魔法による石の槍。
これはさすがに、思わず弾いてしまう。
他の有象無象の魔法とは違い、仮にも『魔王』の魔法だ。
ガーウィンの見たところ、『魔王』としての力は、まだほとんど現れていないが、油断してはいけない。
魔王は全属性の魔法を操る。
あの石の槍が、当たった瞬間に爆発するなどということもあるのだ……。
「魔王の遠距離攻撃をよけながら、勇者の近接攻撃をさばく? これは面白そうだ」
ガーウィンは、自分で言ってから大きく笑った。
数千年を生きた魔人でも、そんな経験は初めてだからだ。
「さあ、勇者と魔王よ、かかってくるがいい」
もう、すぐ!