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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
457/930

0431 アベル対オレンジュ

その頃、アベルとオレンジュはどうなっていたか?



「人間にしてはやるな、国王さん。マジで驚いたわ」

「魔人本体ならともかく、眷属になど負けん」

「いや、それはなめすぎ……」

アベルの、ある種の決意表明に、顔をしかめるオレンジュ。


オレンジュからしてみれば、アベルは確かに強い剣士ではあるが……どちらが勝つかと言えば、100%自分。

天地がひっくり返っても、その結果は変わらない。


だが……。


(そう、だが、その目が気になる)

オレンジュは、アベルの目を見て、そう思った。

その目は見おぼえがある。

かつて、主ガーウィンを相手に戦ったあの男……。


(リチャードと同じ目。あいつも、何度もガーウィン様に弾き返されながらも、向かっていった……)

それは、傍目から見ていたオレンジュにとって、決して不快な光景ではなかった。


諦めないリチャード。

笑みを浮かべながら戦うガーウィン。


それも、決して馬鹿にした笑みではない。

心底、嬉しそうな……。

本当に心の底からこみあげてくるような笑い……。


オレンジュは、正直に思った。(うらや)ましいと。


心の底から笑みが浮かぶ相手と戦える。

何千年を生きようとも、そんな経験は数えるほどしかない。

最近なら、ハフリーナの街で水属性の魔法使いたちに、それに近い感情を抱けた。



だが、時間が短すぎた!



では、目の前の男はどうだ?


可能性はある。

そんな気にさせられる。

もしかしたらと思ってしまう……。



(これが……? そうかもしれない? もう少し戦ってみれば分かるか?)

オレンジュは、心の奥底からこみあげてくるその感情に、少しだけ驚いた。


何度も何度も向ってくる目の前の男は……。

可能性を持っている。


もっと戦い続けたい。

もっと剣を交え続けたい。

もっと、もっと、もっと!



「オレンジュ、何を遊んでいる!」



オレンジュの思考は、横から入ってきた女性の声で乱れた。


「イゾールダ、邪魔をするな」

それは、オレンジュ自身が驚くほど(けん)の入った声。

不愉快さに満ちていた。


「ガーウィン様が、その男は早めにとどめを刺せと仰せだ」

「今、良いところなんだよ。黙ってそこで見てろ」

イゾールダの言葉に、あえて正面から答えないオレンジュ。


ガーウィンの命令には背けない。

だが、今、本当にいいところだ……それは誰にも邪魔されたくない。


それが、オレンジュの素直な気持ちであった。




アベルは、自分が圧倒的に不利であることは理解していた。

オレンジュと呼ばれた目の前の眷属の剣は、アベルが知っているどんな剣とも違う。

師匠の剣とは違うし、ダンジョン四十層で魔王子が振るった剣とも違う。

もちろん、彼が知る最強の魔法使い、涼の剣とも違う……本気の一太刀(ひとたち)は、数回しか見ていないが。


だが、オレンジュの剣が、膨大な時間を費やして、現在の形にまで昇華したのは理解できた。

小手先の技ではない。

才能や能力に頼ったものでもない。

そんなものであれば、これほど絶望しなかったであろう。



アベル以上に、剣に専心(せんしん)した者の剣。



そんな剣は強い。


当たり前だ。



しかも恐ろしいことに、目の前の男は、魔人の眷属。

それはつまり……。

力でも、速度でも、そして技術においても自分を上回っている。

恐らくは、持久力においても……。


そんな者に、どうやったら勝つことができるのか?


答えは明らか。

「勝てない」だ。


当たり前だ。

剣の道はそんなに甘くない。


だからこそ、皆、力をつけ、速さを磨き、技術を極めようとするのだ。

勝つために。


それら全てで上回る相手に勝つことは、できない。



分かっている。



分かっている。



分かっている……だが……。



『ダメです! 僕は認めません!』


なぜか、ここにはいないはずの筆頭公爵の声が聞こえた気がした。

魂の響は、接続が切れたままなので、間違いなく幻聴なのだろうが。


『アベルは、まだやるべきことがあるでしょう! ノアを、父無し子にするのですか? リーヒャを置いていくのですか? 国民を……あなたを王に戴いた彼らを放置するのですか? ダメです。そんなことは認めません!』


(ああ……。病の床で言われた言葉か。ここで魔人を倒せなければ、ノアもリーヒャも、そして国民も……生き残れないんだがな。リョウはいつも無茶を言う)

アベルは薄っすらと笑った。



それは、アベルの剣に変化をもたらした。

余計な力が抜けた。



おそらく、起きた事はそれだけだ。

余計な力が抜けた。それだけなのだが……。


剣速が上がった。


打ち付けるタイミングで強く握り込み、それ以外は力を抜くためか……威力も上がった。


そして視野が広がったからだろうか……オレンジュの剣と体の動きを、今まで以上に理解できるようになった。



ただ、余計な力が抜けただけで。



あらゆるスポーツにおいて、反復練習をする理由。

それは、自分の体における最適化を図っていく……からだという者がいる。


最適化が進めばどうなるか?

最初はぎこちなかった動きが、スムーズになる。

いちいち考えてやっていた動きを、ほとんど反射的にできるようになる。


それは、必要なところ、必要なだけ集中的にエネルギーが注がれ、手を抜けるところは手を抜く……ということになる。


それはある意味、余計な力が抜けるということなのだ。



もちろん、アベルは、それらの事を理解して剣を振るっているのではない。

ただ、勝つために振るっている。


だが、少しだけ笑う事によってリラックスして、不要な力が抜け……視野が広がり、思考に余裕も生まれた。

「悪くない」

アベルは呟いた。


同時に、心の中では考えていた。

(この眷属……打ち下ろしからの横薙ぎ気味の切り上げ、よく連携するよな……)

高速の連撃の中に組み込まれている、その繋がり、組み合わせの確率が驚くほど高いことにアベルは気付いた。



それもこれも、涼が笑わせたからだ……。




目の前の国王の剣が変化したことは、もちろんオレンジュも感じ取っていた。

(剣速が上がったな……。体の動きもしなやかになった? いきなり成長した? いや、さすがにそれはないか。いったい……)


少し前の事を思い出して、オレンジュは気付いた。


(少しだけ笑ったな……あの後から、だな)

オレンジュは、アベルから余計な力が抜けて、剣速だけではなく体の動きそのものがスムーズになり、速さを増したことを理解した。

オレンジュは剣に生きた眷属だ。

いや、剣に()かれた眷属と言っていいかもしれない。


どうすれば剣で勝てるかを追求してきた……。


力の込め方。

速度の上げ方。

そして、技術の磨き方。


人が生きることの叶わない年月……。

それだけの時間、剣を極めることに費やせば、当然強くなろうというものだ。



だから強い。



だが、驚くべきことに、目の前の剣士は、オレンジュが費やしてきた数百年、あるいは数千年という時間に、今この瞬間、追い付こうとしている。

(馬鹿な……)


そう、そんな事はあり得ない。

剣を極めるというのは、そんな簡単な事ではない。


いかな天才であろうと、どれほどの才能を持っていようと……鍛えるには時間がかかる。


(いったい何が起きている?)

オレンジュは(いぶか)しむ。

訝しみ、おかしいとは思いつつも……心の奥底では、理由などどうでもいいとも思っていた。

アベルが、最初よりも強くなったことによって……。


(面白いからな!)

思わず笑みがこぼれる。




アベルが変化した理由に気付いたのは、傍から見ていたイゾールダであった。

もちろん、ガーウィンが、アベルの剣について指摘したから。


(あの魔剣、赤く光るだけだったのに、白い光も交じりだした)

そう、アベルの愛剣の光り方が変わった。

それによって、具体的に何がどう変わったのかは分からない。

だが、それが何か理由になっている気がする……イゾールダはほとんど確信していた。


(だから言ったのだ! さっさととどめを刺せと!)

拳を握りしめながら、心の中で悪態(あくたい)をつくイゾールダ。

それなのに、オレンジュは邪魔をするなと……。


(これは介入するべきか?)

正直、判断がつかない。

まだ、互角にもなっていない……オレンジュの方が上だ。

だが……何が起きるか分からない。



イゾールダが動けないまま、見つめるその先で。



オレンジュの高速の連撃。

一口に連撃と言っても、何十、何百という組み合わせがあるため、相手は読む事はできない。


できないはずなのだ……。


オレンジュが、打ち下ろし、地面につく直前からの45度ほどの切り上げ……。


アベルは、大きく足を広げ、さらに上半身を前にかがみ、切り上げる剣の下に潜り込んで……。


一太刀でオレンジュの両手首を切り、返す剣で首を切り飛ばした。



「なんだと……」

言葉を続けることができないイゾールダ。


何が起きたのかは理解できた。

アベル王は、読んだのだ。オレンジュの技の連携を。

連撃の中に組み込まれた、必ずある技の繋がりを。


打ち下ろしからの45度の切り上げ。


もちろん、毎回ではないだろう。

剣の打ち下ろしなど、よくある動きだ。

だが、そこから45度の切り上げに繋げる何らかの癖を見つけたか……あるいはもっと細かな事を元にした予測か……。

どちらにしろ、『見切り』によって、一瞬で形勢をひっくり返した。


だが、それがアベルの力だけでなかったのは、イゾールダには見えていた。

オレンジュの両手を斬り、首を斬り飛ばした時、その剣が鋭く輝いた。

アベルの動きか決意か……何かに、剣が応えた……。


「いや……」


アベルの息が荒すぎる。

ついには、剣を地に突き刺し、杖のようにして体を支え出した。


明らかに、剣戟だけの結果ではない。


「剣に、その身を捧げた……? 強引に剣の力を引き出したわけだ」

もちろん、ある程度は剣に認められたのだろう。

だが、完全ではない。

完全には、剣は認めていない。

だからその分、自らの気力……あるいは魔力か……それを差し出して、瞬間的に剣の力を引き出した……。


「なるほど……さすがにリチャードの末裔」

イゾールダは顔をしかめながら呟いた。


もうすぐ……。


ガーウィンの覚醒について、ここまでの数話、本文を何カ所か補足しました(2021.9.15)

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