0429 対魔人の策
王国軍にとっては狙い通りであっても、魔人ガーウィンにとっては、完全に想定外であった。
「なんだ……いったい、何が起きた……」
緑色の光が二条、薙いだ。
その光に、実体兵一万の内の、七割が切り裂かれた。
それは見えた。
見えはした。
見えはしたが、理解できない。
たった二本の攻撃で、七千もの実体兵が倒された?
「風属性魔法でした……」
報告をするイゾールダの声も小さい。
オレンジュに至っては、口をポカンと開けたままだ。
そして、さらに衝撃的な光景が生み出された。
その時点で死んでいた者を除いて……怪我をしていた王国軍の騎士たちが、全員回復したのだ。
全員だ。
戦場全体で。
全員だ……。
「馬鹿な! ありえない!」
そう、あり得ない。
そんなことは、あり得ない。
「光属性魔法が、戦場全体を……奔りました」
イゾールダの報告は、先ほど以上に小さい声。
だが、今回の報告は決定的な効果をもたらした。
「なるほど……戦場全体にかける事ができる回復魔法か。なんて馬鹿げたものを作りやがった……」
魔人ガーウィンは、絞り出すように言った。
だが、冷静さを取り戻してもいた。
「あの回復は厄介だ。最悪、一撃で倒さぬ限り次々と蘇ってくるということだ。だが……何か、それを可能にした錬金道具があるはずだ。そいつは潰さねばならん。あとは、先ほどの緑の光か。もし、もう一度奔れば……発生地点が分かる」
ガーウィンがそう言った瞬間、再び、二条の緑の光が薙いだ。
「見つけたぞ!」
ガーウィンは禍々しく笑うと、まだ呆然としている二人の四将に命令する。
「オレンジュは、右の装置を潰せ。俺は左のをやる。イゾールダは俺についてこい。行くぞ!」
「はい!」
呆然としていたオレンジュとイゾールダであったが、ガーウィンの命令に我に返り、返事をした。
そこから走る三本の線。
それは、駆ける魔人と上級眷属。
王国軍は、二度目の、緑色の光が薙いだ関係からか、まだ全員伏せたままだ。
王国軍中央の前衛付近に置かれた、一台の馬車。
そこに、ガーウィンとイゾールダが到着。
着くが早いか、ガーウィンは唱える。
「<グラビティ>」
その瞬間、馬車は潰れた。
距離は短く、移動式ではあるが、速射能力を高めた小型ヴェイドラ。
それが、馬車に積んであったのだが……一瞬で潰された。
それを呆然と見ている王国軍……。
ガーウィンは、少し離れた位置で、オレンジュがもう一台の馬車を剣で斬り裂いたのを見た。
その瞬間。
「ガーウィン様!」
イゾールダが叫びながらガーウィンを押しのける。
驚くガーウィン。
その目の前で、緑色の光が、イゾールダの上半身を消し去った。
「な……」
さすがに声が出なくなるガーウィン。
何が起きたのかは、何となく分かった。
先ほどの、実体兵たちを薙ぎ払った緑の光。あれが、イゾールダを撃ったのだ。
だが、どこから?
今、装置は潰したばかりだ。もう一台の馬車もオレンジュが潰した。
まさか……もう一台……?
ガーウィンは、王国本営の、さらに後方を見る。
その視力は人間とは比べものにならない。
意識すれば、二キロ以上先のものさえ、はっきりと見える。
そこには、低空で浮かぶ船が……。
「おのれ! <エキサイテイション>」
唱えた瞬間、二キロも離れた船の一部が弾け飛んだ。
まるで、二キロの距離などないかのように……。
王国軍にとっては、魔人が前線に出てきたのは想定通りであった。
そして、前線に出た小型ヴェイドラを、魔人が自らの手で破壊したのも。
二台の小型ヴェイドラは囮。
本命は、本営のはるか後方に浮かび、出てきた魔人を撃つためだけに配置された空中戦艦ゴールデン・ハインド号と、そこにあるヴェイドラ一号機。
これこそが、魔人を討つ本命。
三年前からさらに進化を遂げ、今では「人工ゴーレムのバリアすら撃ち抜きますね!」と、筆頭公爵が嬉しそうに言うほどに強力になっている。
この一撃で、魔人を消滅させる。
完全に、想定通りであった。
だが、最後の最後で……上級眷属が身を挺して魔人を庇った。
しかも、魔人が、遠距離攻撃によってゴールデン・ハインドに搭載したヴェイドラ一号機を潰してみせた。
「ゴールデン・ハインドが……」
「沈みますな……」
「あれでは、もう、戦線復帰は無理か」
ワルキューレ騎士団長イモージェンが呟き、イラリオンが事実を述べ、アベルが悔しそうに言った。
沈痛な面持ちに包まれた王国軍本営。
だが、それは長くは続かなかった。
アベルは椅子から飛びあがり、一歩前に踏み込み、そのまま抜剣一閃。
カキンッ。
甲高い音と同時に、アベル以外の者たちが吹き飛ばされた。
そこには、右手でアベルの剣を受け、左手を振るっただけで他の者たちを吹き飛ばした、魔人ガーウィンがいた……。
「お前は……」
アベルは、それ以上、言葉を続けられなかった。
彼の知っているアーウィン・オルティスの外見ではあるものの、纏う空気は全く違う。
そして、表情も……。
声さえも……。
「リチャードの末裔なだけはあるか」
その声は、十三歳のアーウィンではなく、何か禍々しい、人が接してはいけないものだと、アベルに感じさせた。
その声で、アベルは、目の前の存在が、アーウィン・オルティスではなく、魔人ガーウィンであることを、心の底から理解した。
「魔人、ガーウィンか」
それは確認ではない。
思わず、口から漏れた言葉だ。
「ああ。魔人ガーウィン様だ。それで、国王、お前の名は?」
「アベル一世」
「そうか、アベル王、だが今は、お前に構うよりもやるべきことがある」
ガーウィンはそう言うと、本営後方に目をやる。
その視線は、ひと際大きな馬車と、その周りにいる神官たちに。
もちろん、王妃リーヒャもいる。
アベルは一瞬で理解した。
ガーウィンは、『長距離拡散式女神の慈悲』の機能を潰すのが最優先だと思っていると。
「行かせん!」
「無駄だ」
アベルは怒鳴る。だが、ガーウィンは薄っすらと笑いながら答えた。
そして、アベルの剣を受け止めたままの右手を、そのまま強引に外に振った。
剣を構えたまま吹き飛ばされるアベル。
そうして、ガーウィンは、一足飛びで馬車の近くに移動した。
そこにいるのは神官たちと錬金術師。
およそ、戦闘力と呼べるものは持っていない……。
吹き飛ばされながら、アベルは絶望的な表情でそれを見る。
『長距離拡散式女神の慈悲』と神官たちの前に立ち塞がる、一人の錬金術師。
天才と名高い錬金術師であるが、およそ戦闘とは無縁の男。
「ケネス!」
アベルの声は、おそらく立ち塞がるケネス・ヘイワード子爵には届いていない。
『長距離拡散式女神の慈悲』……ケネスが、弟子であり友とも呼べる人物と作り上げた、最初の大作。
両手を広げ、守るように立つケネス。
右手には引きちぎったペンダント。左手には何かの起動スイッチ。
この錬金術師は、戦闘など一度も経験したことがない人間……そう感じたのであろう。
魔人ガーウィンの表情には余裕があった。
だからであろうか、ケネスが唱えた瞬間、無防備であった。
「『封印起動』 <バレットレイン>」
ケネスが左手に持ったスイッチを押す。
同時に、右手に持ったペンダントが割れる。
ケネスの体から放たれた、無数の不可視の風の弾丸がガーウィンを穿つ。
時間にすればわずか一秒。
だが、それによって、ガーウィンは穴だらけになり、仰向けに倒れた。
ほとんど同時に、『長距離拡散式女神の慈悲』を積んだ馬車の御者席が光り輝く。
御者席に座ったラデンが、表示される数値を忙しそうに見ている。
これが、王国のケネスと連合のフランクが共同で作った、魔人封印用の錬金道具。
ただし、急ごしらえ……。
「ゴフッ」
『封印』の起動を見届けると同時に、血を吐き、前のめりに倒れるケネス。
「<エクストラヒール>」
リーヒャが駆け寄り、ケネスを回復する。
回復しながら、神官たちが、ケネスの体を馬車の近くにまで移動させた。
「体は大丈夫ですが、魔力が完全に切れています」
リーヒャが大神官ガブリエルに報告する。
「風属性の最上級攻撃魔法を放ったのですから……。死ななかっただけ、良かったです」
ガブリエルは小さくため息をついて言った。
ケネスが右手に握りしめた、砕けたペンダントを見ながら。
「最上級の攻撃魔法を刻み込める錬金術など、聞いたことがありません……」
「私もです……」
ガブリエルもリーヒャも、起きたことは理解していた。
ケネスが、錬金術を使って、驚くほど長い詠唱を必要とする<バレットレイン>を、トリガーワードを唱えるだけで発動させた。
言葉にすればそうなのだが……。
彼らが知る錬金術の常識からすれば、そんな事は不可能なのだ。
不可能なのだが、目の前でそれが起きた。
同時に、『封印』の起動。
<バレットレイン>で穴だらけにし、弱らせた状態での封印。
ゴールデン・ハインド号の砲撃が失敗した場合の、最後の最後の砦。
ケネス・ヘイワード子爵が自らの命を賭けてまで発動させた……。
だが……。
「くっ……ダメです……封印、もちません……」
御者席のラデンが焦るように、喘ぐように言う。
当代最高の錬金術師二人が作り上げた封印だが……魔人を封印できない。
「しかも……」
「魔人は蘇る……」
ガブリエルもリーヒャも、見たくない光景を見ていた。
穴だらけになって倒れた魔人が、再生していく光景を。
そして……。
ゴンッ。
重い音が響き、御者席が割れた。
「封印……できませんでした」
ラデンが悔しそうに報告する。
その報告を受けて頷く王妃リーヒャ、大神官ガブリエル。
対魔人用に準備した手段は、全て失われた。
だが、戦いは続く。
「時間を稼げば、状況が変わるかもしれません。そのためにも、この装置、なんとしても、守り抜きます」
「はい。<聖域方陣>」
ガブリエルが決意し、リーヒャは絶対防御である<聖域方陣>を唱えた。
『封印』に失敗した。
だが、それでも、神官たちは王国の希望を守り抜くために、最後の賭けに出た。
騎士たちの命を繋ぐ『長距離拡散式女神の慈悲』を守る。
『封印』が失敗した時、アベルは受け入れたのかもしれない。
勝てないと。
そして、勝てないという事は、王国は滅びるのだという事を。
((さすがに疲れましたよ。これは超過勤務手当を貰わなければ、やってられません))
((……リョウ))
((アベル? どうしたんですか?))
((……すまん、リョウ。もう、王国はダメかもしれん))
((アベル?))
((使節団の人間だけでも生き残ってくれ……いいな? 絶対に中央諸国に戻ってくるなよ))
((アベル?!))
((戻ってくるな……))
アベルがそこまで言うと、『魂の響』の接続は切れた。
理由は分からないが、魔人ガーウィンが再生しつつあることと、何か関係があるのかもしれない。
どちらにしろ、ナイトレイ王国の種は残した。
使節団一行が西方諸国にいる以上、たとえ中央諸国全土が魔人の手に落ちたとしても、絶えることはない。
国はなくとも国民は残る。
自分だけでなく、リーヒャと、おそらく王都のノアも、生き残ることは叶うまいが……。
だが、このまま、絶望を受け入れるだけで終わらせることはできない。
「どうやっても倒せないものが相手なのだとしても……最後まで抵抗してやる」
アベルは、そう呟くと、愛剣を手に走り出した。
準備した、全ての策が尽きました。
「0417 終幕 そして、絶たれた希望」の場面に繋がりました。
ここからは……。
ちょっとだけ、本文に言葉を付け足しました(2021.9.14)




