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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
454/930

0428 開戦

午前九時。戦笛(いくさぶえ)が響き渡る。

「いよいよだな」

「ああ」

王国軍中央前衛で、ザック・クーラーが呟くように言い、スコッティー・コブックが頷いて答えた。



先に動いたのは魔人軍。


「来たぞ!」

ザックがそう呟いた時、王国全軍に声が響いた。

「突撃してきたのは虚影兵。前衛待機。モンク隊出撃」


その声は、イラリオン・バラハによる魔法<伝声>


大軍を指揮するのに、これほど便利な魔法はない。

広い戦場全体に、指示の声を届ける事ができるのだから。


風属性魔法<伝声>は、決して難しい魔法ではないが、戦場のような場所で使うのは難しい。

魔法が飛び交い、魔力が荒れ狂う場所だからだ。

もちろん、今はまだ開戦前だからよいが……。

戦端が開いた後でも使えるのは、王国広しと(いえど)も数人。



<伝声>での命令に従い、神殿のモンク隊が出る。

中央、右翼、左翼にそれぞれ千人ずつ配置されている。

数としては、決して多いとは言えないだろう。

向かってくる魔人の虚影兵は、ざっと見ても六万はくだらない。

実に二十倍!


だが、モンクは(ひる)まない。


並の神官などとは比ぶべくもない信仰を抱かねば、モンクにはなれない。

その全てを光の女神に捧げ、女神と信徒たちを守るためなら、喜んで自らの命を危険にさらす。



今、彼らは、信徒である王国民を守るために、全てをなげうつ覚悟で出撃した。



モンク隊の先頭と、虚影兵の先頭がぶつかる。

モンク隊は、自らの命を懸ける武器『聖なる祝福を受けた杖』を振り回しながら、虚影兵につっこむ。


まさに一撃。


杖が触れただけで、虚影兵は消滅。


その光景を見て、大きく頷いたのは、大神官ガブリエルと伝承官ラーシャータ。

予想通りとはいえ、それが上手くはまれば嬉しいのは当然だ。



王国軍にとって、魔人軍に対してのほぼ唯一のストロングポイント、虚影兵に対するモンク隊は、驚くべき効果を上げていた。


波のように押し寄せる虚影兵の前に、全く怯まず戦い続けるモンク。


無論、無傷とはいかない。

二十倍の敵に対しているのだ。

目の前の敵を倒している間に、横から斬りつけられることもある。


だが、彼らはモンクだ。

戦う修道士。

全員が、光属性魔法の使い手でもある。


「母なる女神よ 大いなるその癒しの手にゆだねん <ヒール>」


自らにかけ、隣の仲間にかけ……。

致命打だけは避けつつ、戦い続ける。



彼らは理解している。

魔人の虚影兵に対して、自分たちが切札(きりふだ)であると。


逆に言えば、自分たちがいなくなれば虚影兵に数で押し切られると。


だから、まだ死ねない。

信徒である王国民を守り抜くために、戦い続けなければならない。

そのために、死ぬ事はできない。



彼らに、代わりはいないのだから。



大胆に、危険に身をさらしながら。

慎重に、致命打を避けながら。

その両方を見極めながら、モンク隊を率いる総長グウェイン、副総長チェイスは自らも戦いつつ指揮を執る。


総撤退のタイミングは、本営から届く。

だからそれまで、崩れないように……。


彼らにとってもっとも厄介な敵は、虚影兵ではなかったのかもしれない。


彼らに代わりはいない。

つまり、虚影兵が出てこなくなるまで戦い続けなければならない。


最大の敵は、持久力であったのかもしれない。



総長グウェインは周囲を見回しながら戦う。

虚影兵は、さらに増援されて出てきているようだ。

モンクたちは、戦い続けているが、まだ余裕があるように見える。


(鍛え上げたからな)

グウェインは薄っすらと笑いながら、杖を振り続ける。




それは、王都騒乱の時であった。


総長グウェインと副総長チェイスは、中央神殿モンク隊長、副隊長として、地下から湧き続ける化物たちと対峙していた。

当時、たまたま神殿にいた現王妃リーヒャの指揮の下、なんとか壊滅は免れていたが劣勢。


いよいよダメかという時に、現国王アベルが味方を引き連れて援軍に来たのだ。

そして、少し遅れて、あの驚くべき魔法使いも参戦した。


そこからは、全く危なげない防衛戦。


魔法使いが氷の壁で調整し、アベルと勇者が斬り続ける。


アベルと勇者が凄いのは分かる。

だが、彼らの前で、数時間にもわたって魔法を行使し続けた、あの水属性の魔法使い……あり得ない。

しかも、終わってからも、汗一つかいていないとか……。



全てが終わった後、グウェインは件の水属性の魔法使いに教えを乞うた。


その時、水属性の魔法使いはこう言った。

「訓練し続けるのです。それ以外にはありません。人の体は、全て、使い続ければ鍛えられていきます。それはモンクである皆様も経験されているでしょう? 戦場において最も大切なのは、生き残る事です。そのためには、最後まで戦い続け、立ち続けなければなりません。それを可能にするのは持久力です。持久力は、鍛えさえすれば、誰でも身に付ける事ができます。そこから始めてみてはどうでしょうか?」


二人は訓練し続けた。

少しずつ、他のモンクたちも訓練に加わり始めた。



解放戦後、モンクたちは王都の外を走り鍛えることがあった。


その時見たのは、城壁に向かって氷の槍を放つ、例の水属性の魔法使い。

そして、跳ね返ってきた氷の槍を自らの剣で斬る。

しかも、一本ではない。

数十、あるいは数百の氷の槍を。


水属性の魔法使いは、筆頭公爵に(じょ)されていた。


身分違いを理解しつつも、思わずグウェインは再び教えを乞うた。


「魔法を使い続けながら走ってみてはどうでしょう」

「それは、自らにヒール掛けながらということでしょうか?」

ヒールは、基本的に怪我の回復を行うが、わずかに疲労の回復効果もある。

その説明をグウェインがすると、水属性の魔法使いは目を輝かせて頷いた。

「素晴らしいですね! 訓練を長く続けられますよ!」


王国全モンクの総長となったグウェインは、自らにヒールをかけながらの訓練も、メニューの中に取り入れた。



それが今、生きている。



戦い続けるモンクたちは、どうしても動けなくなると、自らにヒールをかけ、疲労を回復しながらさらに戦い続けた。

彼らは、当然のように、早口での詠唱だ。


「なんか、すげーな」

遠く本営から見つめる王様は、そう呟いたとか……。



十数回の虚影兵の波に耐え続けたモンクたち。

ついに響く<伝声>。


「敵は実体兵を繰り出した。モンク隊は下がれ」


彼らは、耐え抜いた。




「ようやくだな!」

「ああ」

ザックが気合を入れ、スコッティーが頷く。


そして、スコッティーは後ろを向いて部下たちに叫んだ。

「分かっているな! 怪我してもいいが死ぬなよ!」

「おぉ!」


「いや、あからさまだな……」

ザックが小さく首を振りながら言う。

「怪我はヒールで治るが、死んだらどうしようもないからな」

スコッティーが小さく肩を竦めて答える。


「来たぞ」



第二ラウンドの幕が上がった。



騎馬同士の激突……の前に、王国軍から放たれる魔法砲撃。


中央、右翼、左翼全ての中衛に、魔法使いが配置されている。

そこからの、一斉砲撃。


火属性、土属性、風属性……。

魔法使い各々が、ソニックブレードのような、着弾前に五つに分裂して面制圧を行う魔法を放つ。

だが、魔人の実体兵は……。


「奴ら、魔法を斬りやがった」

「強い、ということだ」


ザックの言葉に、スコッティーが答える。

ザックは、ハフリーナ防衛戦において、実体兵の攻撃を受けたことがある。

部下たちが、できるだけ正面から戦わなくてすむように、城壁上からの槍での攻撃に終始させた。

それでも、強さの一端は垣間(かいま)見れた。


スコッティーは、初めて見るが、想定はしていたのだろう。

魔法を斬るのを見ても、驚いてはいないようだ。



そして、王国騎士団、カーライル騎士団と実体兵がぶつかった。


ほぼ同時に、右翼でルン辺境伯領騎士団、左翼でシルバーデール騎士団が戦闘に入る。


いずれでも、中心となる騎士団は精強をもってなる者たちばかりだが、戦線が広がれば、当然、それほど強くない騎士たちも戦闘に巻き込まれる。

五万もの騎士となれば、強さにばらつきがあるのは当然だ。


だが、強さにばらつきはあれども、大切なものを守りたいという気持ちに変わりはない。

ここで負ければ、国が滅び自分たちの家族も巻き込まれることは理解している。



技術が足りない者はいても、思いは同じだ。



騎士たちは奮戦した。


「下がるな! 押し込めずとも、絶対に下がるな!」

「我らが下がれば負けるぞ!」

ザックとスコッティーは、自ら斬り合いながら叫ぶ。

そして、指示を出していく。



何があろうとも下がるな。



それが、中央を任せられた王国騎士団に下された命令。


だからこそ、王国騎士団と共にカーライル騎士団が置かれている。

大盾を振るう三百人の騎士。

彼らは、最初の位置から、一歩も下がっていなかった。


相手は、魔人の眷属だ。

力、速さ、体力……何もかもが人間に比べて圧倒的に上。


だが、そんな相手にも……。

一歩も(ひる)まない。

一歩も下がらない。

一歩も踏み込ませない。




中央で王国騎士団とカーライル騎士団が踏みとどまっているのとは対照的に、右翼と左翼はじりじりと下がり始めていた。

まさに、悔しいが力負け、といった様子で。


少しずつ、少しずつ。



三十分かけて、両翼が押し込まれ、中央だけが突出した形になる。

それは、非常に危険な形。

前方だけではなく、右からも左からも敵に攻撃されるから。


しかし!


これこそが、望んだ形!



王国軍中央で戦う者全員に聞こえる声。

イラリオンの<伝声>が聞こえる。


「合わせよ! 三、二、一、放て!」


放て、の瞬間、突出していた中央部隊全員が、地面にうつぶせになった。


もちろん、戦っている最中にだ。

目の前の敵と、剣を合わせている最中にだ。


そんなことをすれば、殺される?



考えてみて欲しい。

今の今まで、剣で戦っていた相手が、いきなりうつ伏せになったら、あなたはどう思う?


その瞬間、地面に伏せた相手を剣で刺す?

残念ながらそれは無理だ。

どうしても、「なんだ、それは?」と疑問を持つ。考える。そして周囲を見回す。


いきなり伏せた相手を刺すことはない。

誰だって分かるのだ。


「何かある」と。



実体兵たちが、周りを見回した瞬間であった。



緑色の光が二条。

一つは、右から左へ。

もう一つは、左から右へ。


()いだ。



多くの実体兵が、体を切断され、地に()した。




「ヴェイドラ斉射、成功」

その瞬間、王国軍本営では歓声が上がった。


アベルですら、一つ大きく頷いた。

だが、冷静だ。

すぐに次の指示を出す。

「神官団に下命(かめい)。戦域回復」


それを受けて、イラリオンが<伝声>を発動する。

「神官団、戦域回復を」


その<伝声>は、本営後方に届く。

そこには、ひと際大きな馬車が置かれ、錬金術師のケネス・ヘイワード子爵とラデンが命令を待っていた。

命令を受けて、馬車に載った装置のスイッチを押して言う。

「『長距離拡散式女神の慈悲』起動」

すると、二秒後、青い光が灯る。


「起動しました。ガブリエル様、お願いします」

「承知いたしました」

ケネスが、大神官ガブリエルに言う。


『長距離拡散式女神の慈悲』の周りにいるのは、ケネスとラデン以外は、全員が神官。

大神官ガブリエルはもちろん、聖女として知られる王妃リーヒャもいる。

その全員が、装置から延びる数十本のロープを握っている。


ガブリエルが、右手を上げた。

そして、一度、神官たちを見渡してから、その右手を勢いよく下ろす。

その瞬間、神官全員がトリガーワードを唱えた。


「<ヒール>」


神官たちの魔法が、ロープを伝って『長距離拡散式女神の慈悲』に届く。

そこから、不可視ではあるが、戦場全体にヒールがかけられ……。



王国軍全体が回復した。



「まさに、神の奇跡だな……」

「錬金術の奇跡であろう」

「これほど広範囲のヒールなど、人の(わざ)としては伝承にも残っておりません」

アベルが呟き、イラリオンが言い、ラーシャータが感嘆した。



空気中の水蒸気を伝って、戦場全体にヒールを届ける錬金道具。

それが、涼とケネスが開発した『長距離拡散式女神の慈悲』

通称、パナケイア・ブレス。


水属性魔法を使って、光属性魔法を遠距離まで届ける。


範囲回復魔法<エリアヒール>の強化版……ではない。

その特筆すべき効果は、王国軍全員に対して、神官が体に触れながらヒールをかけるのとほぼ同じ効果をもたらすという点だ。

しかもほとんどの者が、複数回ヒールをかけられる……その効果は凄まじく、死んでいない限り、重傷であっても、ほぼ全快する。

それでいて、神官たちの魔力消費は、<ヒール>一回分と変わらない。



「敵味方識別(しきべつ)タグ、効果を発揮しましたよ、リョウさん」

ケネスは、微笑みながら、はるか西方諸国にいる共同開発者の事を思った。


王国軍は、全員が、ペンダント風の『敵味方識別タグ』を首から下げている。

もちろん、命名者は涼だ。

現代地球で、軍人さんたちが首から下げているタグ、外見的にあれを模したから……。

当然、現代地球のタグに、敵味方を識別する機能はないが。


この『敵味方識別タグ』を下げている人間に対して、『長距離拡散式女神の慈悲』から放たれる光属性魔法は効果を及ぼす。


敵まで回復してしまっては意味がないから……。



とりあえず、ここまでは計算通り。

アベルは、そう認識すると、傍らのイラリオンに、さらに命令した。

「ようやく魔人と上級眷属が前線に出てくるぞ。『船』に下命。狙いをつけたら躊躇(ちゅうちょ)なく撃て」


王国軍、押しています!

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