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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
448/930

0422 各地の事情

ハンダルー諸国連合首都ジェイクレア。執政執務室。


「閣下、また村が焼かれたとのことです……」

執政補佐官ランバーが、顔をしかめながら報告する。


「イウバラか、カリニャーノ辺りか?」

「イウバラ村です……」

連合執政オーブリー卿は表情を変えずに問い、ランバーがしかめた顔のまま答える。



ランバーが何か言いたそうにしているが、結局何も言えないのはオーブリー卿も分かっている。


「ランバー、言うまでもないと思うが……」

「分かっております。当地の防衛は、ヴォルトゥリーノ大公国の役割であることは」


そう、ランバーも理解しているのだ。

連合政府が手を出せない箇所である事は。


これが、正式に『戦争』と認定されれば、連合独裁官であるオーブリー卿が、連合領内におけるほぼ全ての軍関連の権限を持つことになる。

だが、現状、地方反乱。

せいぜい、大規模武力勢力活動。


それは本来、連合を形成する各国で対処する内容なのだ。



ハンダルー諸国連合は、『諸国連合』という名の通り、多数の国による連合国家だ。

オーブリー卿が執政を務める連合政府は、あくまで取りまとめ役にすぎない。

もちろん、様々なごり押しをしようと思えばできないことはないが、乱発できるものではない。


あくまで、各国が治政の中心。


その中でも、『十人会議』に席を持っている十カ国は、連合の中でも強力な力を持っている。


ヴォルトゥリーノ大公国も、十人会議に席を持っている。

もちろん、ヴォルトゥリーノ大公自らが、その席に座っている……。



今回、赤鎧の男たちが暴れまわっているのは、元インベリー公国の領地の一部と、ヴォルトゥリーノ大公国の一部。

元インベリー公国であった地域は、十国が分割して統治しているが、王国と接する国境付近は、ヴォルトゥリーノ大公国が併合していた。


元々、インベリー公国があった時から、王国の国境の街レッドポストと接していたのが、ヴォルトゥリーノ大公国だ。

そのため、元インベリー公国の西部地域も大公国が併合。

これに関しては、他の九カ国も、文句は言わなかった。

王国との国境付近は大公国に任せて、自分たちは他の地域を欲した。

大国と接する国境警備は、いろいろ面倒ごとが多いので……。



その結果、今回被害にあっている場所の九割が、ヴォルトゥリーノ大公国支配地域……。


「せめて、ヴォルトゥリーノ大公が、連合政府に支援要請をすればこちらも兵を出せるのですが……」

「せんだろうな、あの男は」

補佐官ランバーが言い、オーブリー卿は小さく首を振りながら答える。

頑固そうなヴォルトゥリーノ大公の顔を思い浮かべながら。


基本的に、十人会議を構成する十国の代表は、オーブリー卿による連合政府の方針に反対することはない。


だからと言って、なんでもかんでもオーブリー卿の好きなようにできるわけでもない。


この辺りのバランスをとるのは、非常に難しい……。

十三年前から、あまり変わっていない。



周りが思うほどには、オーブリー卿も好き勝手にやっているわけではないのだ。



元インベリー公国の公都アバディーンは、連合政府の直轄地となっている。

さらに、連合首都ジェイクレアからアバディーンまで、インベリー公国に攻め入った時に造った直通路が走っており、物資はもちろん軍の移動も驚くほどスムーズに行える。


はっきり言って、戦略的には、このジェイクレアからアバディーンまでを押さえておけば、現在の連合南部地域の支配権は確立したも同然なのだ。

だからこそ、西部で王国との国境沿いなど、十カ国に任せておけばいいと、オーブリー卿は割り切っていた。



だが、さすがに、これだけ荒らされると、他地域の人心に影響を及ぼし始める。

(いわ)く、何か起きた時に、連合政府は自分たちを守ってくれないのではないかと。


そういう意味では、あまり大きな被害になって欲しくない、というのが為政者(いせいしゃ)としての偽らざる心境でもあった。





「そうか、ハフリーナの街は守られたか」

報告を受けて、国王アベルは大きく息をつき、頷いた。


「襲撃したのは、かなり上級の眷属(けんぞく)だという報告が届いております」

報告をするのは宰相ハインライン侯爵。

独自の諜報網も持っているため、かなり詳細な情報が彼の元には集まる。


「よく……そんな上級の眷属を撃退できたな? 最後、シルバーデール騎士団が間に合ったというのは聞いたが……ハフリーナは、まだ守備隊も脆弱(ぜいじゃく)だし、駐留していた王国騎士団は二個中隊だろう?」

「はい。陛下もよくご存じの、ザック・クーラーとスコッティー・コブックの隊です」

「マジか! 無事……なんだよな?」

「はい。(くだん)の上級眷属と斬り合ったのは、ザック・クーラーだそうです」


アベルの少しだけ心配そうな問いに、ハインライン侯爵は頷いて答えた。


「ザック……マジで剣の道に邁進(まいしん)しているのか……」

その理由を知っているアベルとしては、かなり複雑な心境ではある。

ザックの恋が実らないことを知っているから。

とはいえ、頑張っている友人の気持ちを折るのも……また心苦しい。


「ですが報告によりますと、ザック・クーラー一人では相手にならなかったとか」

「何?」

「ゲッコー商会の商人が、彼の危機を救ったそうです」

「ゲッコー商会? 商人? 何だそれは?」

ハインライン侯の報告に、首を傾げるアベル。


だが、(ひらめ)いた。


「まさかそれは……水属性の魔法を使ったとかじゃないか?」

「ご明察、恐れ入ります」

「やはりか。リョウの弟子か……」


ゲッコー商会を訪れた時に、アベルも見たことがある。

少年たちが、<アイスウォール>と<アイシクルランス>で模擬戦をしている光景を。


最初見た時は、口をあんぐりと開けて止まっていたと思う……。


商人ゲッコーが言って、理解した。

「リョウさんの弟子たちです」と。



「弟子すら、魔人の眷属と戦える……しかも商人とは……」

アベルの呟きは、ハインライン侯の耳には届いた。


ハインライン侯は少しだけ微笑み、言った。

「先生が先生ですから」




その頃、ハフリーナの街では。

「ルーチェ殿は?」

「無理をしたみたいで……眠っています。しばらくは動けないだろうと」

ザック・クーラーの問いに、クロエは館の方を見て答えた。



「……エヴァンス」

「ルーチェ、気が付いたか。ダメだぞ、動くな。ただでさえ弱っているのに、5層パッケージなんて使ったんだから」

「仕方ないでしょ、エヴァンスがヤバかったんだから」


ルーチェが苦笑しながら言い、エヴァンスは顔をしかめて答えた。


「ああ……助かった」

エヴァンスはそう言うと、座ったまま頭を下げた。


「僕は……うまくやれたのかな?」

「ん? 私の命を助けてくれただろう?」

「そうだけど……。先生が見てたら……褒めてくれたかな?」

「当たり前だ。リョウ先生なら、絶対こう言うぞ。『ルーチェ、凄いです!』って」

「似てる」

エヴァンスが、口調を真似て言うと、ルーチェは笑った。


「でも結局、5層パッケージも切り裂かれて、逃げられた……」

「そうだな。魔人の眷属らしいけど、とんでもないな」

「もっと練習しなくちゃ」

「……まずは、完全に体を治してからな」

練習熱心な後輩を気遣う先輩……。


それは、いつの時代も、なかなか大変なのだ。




「馬鹿者、オレンジュ! 王国の騎士団に不覚をとるとは、なんたる失態か」

「申し訳ありません」


ここは、ウイングストンのシュールズベリー公爵家の別館、新領主執務室。

外見十三歳のアーウィン・オルティスが、(ひざまず)く巨漢の男を叱っていた。


「とはいえ、そこに至るまでに、多くの村を滅ぼしたのは重畳(ちょうじょう)。それは褒めてやる。よくやった」

「ははっ」

アーウィンの外見の、魔人ガーウィンが褒め、巨漢の男オレンジュが感謝した。


「だが、まだ足りん。ヴィム・ローは、連合領で動いておるのだな?」

「はい。あちらは、たいした戦力がおらぬようで。非常に順調です」

ガーウィンの確認に、イゾールダが頷いて答えた。



謝罪した後、イゾールダの前のソファーに座るオレンジュ。

オレンジュの機嫌がいいのは、イゾールダにも分かった。

「珍しいわね、あんたが上機嫌なんて」

「あ? 別にそんな事はねーだろ。いつも通りよ、いつも通り」

イゾールダの言葉に、オレンジュは適当に答えた。


だが、自覚はあった。


はっきり言って楽しかったのだ。

ハフリーナでの戦闘が。


騎士は……まあまあ、悪くなかった。

人間であれだけ剣を振るえれば、かなりのものだろう。


だが、それ以上に良かったのは……。


(あの水魔法使いだ。しかも二人だぞ? 二人も、あんな奴らがいる……。以前、覚醒していた時に比べて、今代の魔法使いのレベルは低くなったと思ったが、とんでもない! 水魔法はすげー発達していた!)


なにやら誤解があるらしい。


(他の水魔法使いとも戦ってみたいな……いっそ、ガーウィン様に再出撃をお願いするか? あ~けど、実体兵、けっこう死なせたからな……難しいかな~)


そんなことを考えながら、一つの記憶がよみがえる。


(あの水魔法使いは言っていたな。先生は、自分の一億倍凄いと……あれの一億倍ってどーよ? まあ、そこまでなくとも、あれより強いのは確かなんだろう? あ~~~、めっちゃ戦ってみて~~~)



そんなオレンジュを見ながら、イゾールダは少し考えた後、口を開いた。

「ガーウィン様」

「なんだ、イゾールダ」

「そろそろ、次の段階に進んでもよろしいかと思います」

「次の段階?」

イゾールダの言葉に、問い返すガーウィン。


「はい。最近、街の動きを見ますに、ネズミがうろついております」

「ネズミと言うと……密偵(みってい)か? どこが、何に気付いた?」

「王国、連合双方の密偵でしょうが、はっきり気付いたとは言えないかと……」

「ふむ。して、どうする?」

二人は、詳細な打ち合わせに入った。


オレンジュは、いちおう聞いている風ではあるが、頭の中では別の事を考えていた。

そう、あの水魔法使いたちが本気で戦えば、どんな魔法を使ってくるだろうかなどを……。





アベルの執務室に入ってきた宰相アレクシス・ハインライン侯爵の表情は(くも)っていた。

それは珍しい事だ。

常に激務をこなしているため、疲労が溜まっていることも多いはずだが、それが表情に表れることはない。

また、大きな問題が発生しても、報告する際にそれが表情に表れる事もない。


だが、入ってきた瞬間、アベルがチラリと見ただけで、それと分かるほどに表情が曇っていた。


「どうした?」

「はい、陛下。まだ確定情報ではない……いえ、事実ではあるのですが、なぜそうなっているのかは不明なのですが……」

ハインライン侯が、これほど逡巡するのは、おそらく宰相になって初めてのはずだ。

「珍しいな。何か相当に悪いことが起こったのは分かる。何が起きた?」

「はい……。シュールズベリー公爵家は、魔人と関係がある可能性がございます」

「……何?」


アベルは顔をしかめた。

もちろん、ハインライン侯が、何の根拠もなくそんな報告をするはずがない事は分かっている。

恐らく、何度も情報を精査したはずだ。

その上での報告であることは分かっている。


分かっているが、それでも……嬉しくない報告であるのもまた確かだ。


現シュールズベリー公爵は、もちろん十三歳のアーウィン・オルティス。

公爵権限は停止中であるが、領地経営を学びたいという本人の希望によって東部の領地に戻り、現在は公爵領の都ウイングストンにいる。


「詳しく説明せよ」

「はい。ウイングストンのシュールズベリー公爵邸ですが、その一角には、使用人はもちろん、騎士団長をはじめ重鎮(じゅうちん)たちすらも近づくことが許されない『別館』と呼ばれる場所があるそうです。アーウィン殿が戻られてから、そのように取り決められたそうなのですが……」

「ふむ?」

「そこに、赤鎧の者たちが出入りしているようです」

「なんだと……」


ハインライン侯の報告に、アベルは言葉を失った。


『赤鎧』と言えば、王国東部国境、連合西部国境を荒らしまわっている者たちが着ている。

それが、『東に封じられた魔人』の眷属であることは、ほぼ確定している。

そんな者たちが出入りしているというのは……少なくとも普通ではない。


「人数は多くないため、恐らく本拠地は別の場所にあるのでしょう。ですが、王国騎士団ザック・クーラー中隊長と打ち合った上級眷属と思われる者が、確認されております……」

「むぅ……」

アベルは、文字通り頭を抱え込んだ。


言うまでもなく、シュールズベリー公爵家は、王国東部の(かなめ)

三年前の戦争の最初の引金も、当時のシュールズベリー公爵の死から始まっている。


そんな要の公爵家が……?



「アーウィン・オルティス自身が関わっているかどうかが重要だ」

「おっしゃる通りです。ですので、陛下、提案がございます」

アベルが確認するように言い、それに対してハインライン侯が、提案があるという。


「まず、ハフリーナの街に駐留しております、ザック・クーラーをウイングストンに派遣し、例の上級眷属を確認させてはどうかと」

「なるほど……」

「もちろん、相手は魔人の眷属ですので、危険な任務ではありますが……」

「危険ではあるが……その確認はとても大切だ」

ハインライン侯の言葉を理解しつつも、その確認が大切であることをあえてアベルは口にした。


場合によっては、再び国を二分しての争いとなる。



しかも片方は、シュールズベリー公爵家と魔人の眷属が組んだ勢力。



アベルは思わず口に出した。

「間違いであって欲しいが……」

ハインライン侯も頷く。だが、その表情は渋い。

自らが掴んだ情報の確度がどれほどかは、誰よりも分かっているから。

それでも、間違いであって欲しいとは思うが……。

(繋がりがあるのは間違いない。問題は、アーウィン殿がどこまで関わっているか)


中央諸国中……どころか、今では回廊諸国にまで諜報網を張り巡らしているアレクシス・ハインライン侯爵。

当然のように、シュールズベリー公爵家の中にも、間諜を潜り込ませている。

当然、優秀な者たちばかりであるが……。

そんな者たちですら、公爵邸『別館』の中の様子を探る事はできていない。

現公爵アーウィンと魔人との繋がりがどうであったとしても、彼らが様子を探る事ができないほど厳重な場所があるというのは……少なくとも、そんな状況は普通ではない。



絶対に隠しておかねばならない事がある。



公爵家ともなれば、国の政治と無縁に存在する事はできない。

嫌でも係る羽目になる。

その中には、宰相のような国家中枢に知られたくないものもあるであろう。

それは当然だ。


だが、公爵邸『別館』は、あまりにも異常すぎる。


アーウィン自身は、本館の執務室と、別館の新執務室を行ったり来たりしているらしい。


別館とはいえ、かなりの広さがあるのだ。

そこに、使用人の誰一人として近付けない?

掃除はどうしている?

アーウィンが、自分で掃除をしているのか?

そんな馬鹿な。


考えれば考えるほど、不自然な部分が出てくる。


(ザック・クーラーには、上級眷属の確認に行ってもらうとして、確認できた場合のさらに先……アーウィン・オルティス自身の確認も必要か。そういえば、『彼ら』が近くにいたか? 回ってもらおう)

ハインライン侯は、小さく心の中で頷くと、国王執務室を出て、すぐに命令書を書くのだった。


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