0421 ハフリーナ防衛戦
「なあ、スコッティー。巡視隊の連中って、助かりはしたんだよな?」
「ああ。さっきのエヴァンス殿たちが間に合ったらしく、巡視隊も、第一商隊も死者は出ていない……が、さすがに血が流れ過ぎたそうで、全員館で休んでいる。そのエヴァンス殿たち第三商隊の人たちが、看護を手伝ってくれているらしい」
王国騎士団中隊長同士の会話。
ザックもスコッティーも、正式な中隊長だ。
もう、その上は、数名の大隊長、そして騎士団長しかいないわけで……。
彼らは王国騎士団の中でも、高い立場だと言えるだろう。
現在の王国騎士団においては、中隊長は五十人の騎士を率いる。
多くの場合、騎士には従士がついているため、五十人の騎士、五十人の従士を率いていることになる。
ここ、ハフリーナには、王国騎士団二個中隊がいる。
これは、レッドポストのような、東部国境最大規模の街を除けば、最も充実した防衛戦力と言える。
逆に言うと、これで勝てなければ、どうしようもない……。
そんな時に。
「隊長! 北から狼煙が!」
その声に、二人は急いで城壁に上がって北を見る。
「あれは……ブーソー村の辺りか?」
「恐らくな。やはり、城壁の無い村を襲撃か」
ここ数日は、城壁の無い村や、移動している商隊が襲われている。
「よし、じゃあ行ってくる。ザック、後を頼む」
「スコッティー、本当に行くのか? もうすぐ夜になるが……」
スコッティーの言葉に、ザックが逡巡する。
「いや、そう取り決めただろうが。交互に出撃。今回はうちだ」
スコッティーが苦笑しながら言う。
彼だって部下を預かる身。
そんな部下たちを、いたずらに危険に晒すのは望んではいない……それが騎士団の役割だとしてもだ。
だが……。
「王国騎士団の復興……それは、俺たち自身の行動で示すしかない。アベル陛下も言っていただろう」
スコッティーはそう言うと、部下をまとめ、ハフリーナの街から出撃していった。
「スコッティー殿は行かれたのですね」
「ああ、子爵殿」
城壁上から、スコッティー隊が北に向かうのを見ていたザックに声をかけたのは、ハフリーナ子爵ミラベル・パワー。
(パワーという苗字とは裏腹に、美しい女性なのだが……)
などという事を考えるザック。
だが、すぐに心の中で首を振る。
(いや、俺にはセーラさんだけだ!)
世界は、いろいろと難しい……。
「北に向かったのは、騎士五十人です」
「ふん。まあ、多少は減ったか。期待していなかった策としては、悪くないだろう」
部下の報告を受けて呟いたのは、魔人ガーウィン四将の一人オレンジュ。
ここは、ハフリーナの街を遠くに望む、森の中。
オレンジュ率いる『実体兵』の一団が潜んでいた。
魔人ガーウィンが作る『実体兵』は、『虚影兵』と違い、明確な実体がある。
というより、人間だ。
ただし、個性や意志といったものはほとんどない。
ただ、例外はある。
四将一人で情報を収集し、指示を出し、軍全てを動かすのは現実的ではない。
そのためガーウィンは、『実体兵』の中でも、高位の実体兵を作り出すことができる。
それら、高位の実体兵は、副官や分隊の指揮官的役割を果たすことができる。
そんな高位の実体兵の副官が、先ほどからオレンジュに報告しているグリーニュ、分隊指揮官として、この後、最前線で部隊を率いる予定なのがブルーニュだ。
グリーニュもブルーニュも、他の実体兵と違い、普通の人間とほとんど違わない。
グリーニュが緑色の髪で、ブルーニュが青い髪というだけ。
ただ、見た目は二十代半ばの青年であるが、二十年以上生きてきたわけではなく、生まれたばかりであるため、ガーウィンの知識が植え付けられているので……。
経験という面では極めて怪しい。
オレンジュは秘かにそう思っている。
「よし、予定通り夜襲をかける。準備をしろ」
日が暮れて、すぐであった。
「うっ……」
監視塔に詰める、ハフリーナ守備兵の喉に矢が突き刺さる。
そのタイミングで、城壁上に複数の鉤爪がひっかけられた。
しばらくすると、それを伝って、人が上がってくる。
城壁上に、のそりと顔を出す。
ズサッ。
出した顔に矢が突き刺さり、声をあげることなく外に落ちていった。
赤い鎧を着た男が。
「くそっ、マジで来やがった。急げ! 王国騎士団は城壁に上がって侵入を阻止しろ! 弓士と従士は、それまで上がってこようとする奴を射ろ」
ザックは大声で指示を出す。
赤い鎧の男たち。
暴れまわっている連合領でも、城壁のある街は攻めない……そういう認識が広まっており、実際、王国領においても攻められたことはなかったが……。
ザックも、もしもの事を考えていたのだ。
それは、あまりにも、ブーソー村の方角からの狼煙が、タイミングが良すぎたから。
とはいえ、備えをしておいても、悪くはないという程度の認識だった。
そのために、監視塔はやられた……。
まさか直接的に、いきなり城壁に鉤爪をかけて登ってくるとは思っていなかった。
「ああ……もう! 防衛戦とか苦手なんだよな……絶対、スコッティーが残って、俺が村に向かった方が良かったろう……」
ザックは小さな声でぼやく。
いちおう、部下たちには聞こえないくらいの声だ。
五十人の騎士、預かりとはいえ百人の従士を指揮する立場だ。
指揮官として、言うべきでない言葉くらいは理解している。
こうして、ハフリーナ防衛戦の幕が切って落とされた。
最前線で、ブルーニュが指示を出しているが……攻略が上手くいっていないことは、誰の目にも明らかであった。
特に、四将オレンジュの目には。
「イゾールダは、経験を積ませるためにやらせろと言っていたが……やっぱ無理じゃね? 経験積ませるなら、訓練からやるべきだろ。確かに、実戦経験は一番身に付くし、経験も訓練とは比べ物にならないくらいに積めるが……『実体兵』は普通に死ぬんだよな」
見た目やその言動からは想像しにくい、非常にまともなオレンジュの感想。
とはいえ……。
「俺、攻城戦とか大の苦手だから、どうしようもないんだけどな」
魔人の眷属にも、得手不得手はある……。
「イゾールダは、グリーニュやブルーニュが得た経験は、ガーウィン様の経験になるとか言ってたが、信じられないよな……。今までだって……そうだったなら、ガーウィン様ももう少し賢くなっているは……」
そこでオレンジュはふと、斜め後ろを振り返った。
そこには、副官であるグリーニュが。
特に表情は変わっていない。
だが……。
「グリーニュ、今俺が言ったことは、ガーウィン様には言うなよ」
口止めをしておかねば!
「……」
グリーニュは何も言わない。
無表情に無言。
「グリーニュ、聞いているのか?」
「……畏まりました」
オレンジュが厳しく言い、グリーニュは頭を下げて答えた。
オレンジュは一抹の不安を抱きつつ……視線を前に向けた。
オレンジュの周りには、『実体兵』は二十人ほどしかいない。
他の三百人を超える『実体兵』は、全て攻城戦に投入している。
その指揮は、高位眷属であるブルーニュが執っている。
魔人ガーウィンの眷属は、大まかに分けて三種類いる。
最上位の眷属である、オレンジュら四将。
彼らは、時代を超えてガーウィンに、常に付き従う。
簡単に言うと、ガーウィンの復活と共に四将も復活する。
次に高位眷属である、グリーニュやブルーニュ。
これは、ガーウィンが復活するたびに、毎回、新たに生み出される。
そのため、記憶は引き継がれない。
だが、ガーウィンが生み出すたびに、自らの記憶を植え付けている……らしい。
そして最後に、有象無象。
『実体兵』であったり、『虚影兵』であったり……小さなものであれば魔人虫と呼ばれるものまで。
はっきり言って、使い捨てだ。
生み出すのに、それなりの労力が必要な『実体兵』ですら、ガーウィンから見れば使い捨て。
全ては、ガーウィンの完全覚醒のため。
ガーウィンの体が眠る、この王国東部から連合西部にかけてで、多くの人間の命が絶たれることによって、ガーウィンは完全覚醒に近づく。
……らしい。
実は、オレンジュはあまり理解していない。
「めんどくせー」
そんな一言に、全てが集約されていた……。
ハフリーナ防衛戦が始まって一時間。
ハフリーナ守備兵と王国騎士団による防衛は、大きな破綻を見せずにいる。
一人ひとりが非常に強力な力を持つ、魔人の『実体兵』を相手にしていると考えれば、これはかなりの善戦と言えよう。
もちろん、それには理由がある。
「絶対、城壁に上げるな! 上がられた瞬間、終わるぞ!」
王国騎士団中隊長ザック・クーラーが叫ぶ。
城壁上には、槍を持った王国騎士が並び、城壁を上ってくる赤鎧の騎士たちを、上から突いて落としている。
完全な形の一対一では勝ち目がないが、両手が塞がった状態で上がってくる『実体兵』相手であれば、なんとかなる!
さらに監視塔から、ハフリーナ守備兵が、城壁を上がってきたり城門を破ろうとしている赤鎧に、矢と魔法を浴びせていた。
その指揮は、ハフリーナ子爵ミラベル・パワー自身が執っている。
領主自ら防衛戦の指揮。
これは仕方のない事であった。
神殿の人脈を生かして領地復興の人材を斡旋してもらったとはいえ、どうしても内政に関する人材優先となってしまう。
領地が豊かにならねば、防衛力を、軍を食べさせていくことはできない。
だから、まずは内政。
順序的に仕方がない。
そう、たとえ国境に近い領地でもだ。
さらに、もっと現実的な理由もあった。
神殿関係の人脈には、どうしても軍の指揮ができる人材は少ないのだ……。
これは仕方のない事であろう。
そんな様々な理由から、現在、ハフリーナの街には、守備兵全体を指揮できる者はいない……。
巡視隊、小隊程度の指揮をできる者ならいる。
いずれは、その者たちが経験を積んで、その中から優秀な人材が出てくればいいとミラベルは思っていた。
ミラベル自身は、領主となった後、いちおう軍隊指揮の手ほどきは受けた……そのために、他よりましである……。
まあ、最前線は、王国騎士団が担っているために、なんとかなっているという面は多分にある。
防衛戦は破綻せずに推移していた。
「あ~~~、やっぱめんどくせー。うまくいかねーし……かといって、あまりにも犠牲が多く出ると、絶対ガーウィン様怒るし……イゾールダも冷たい目で見てくるだろうし……。やっぱさ、俺がちょちょっとやってくるのが、一番早いんだよな」
オレンジュの愚痴だ。
もちろん、それに対して、誰も答えない。
副官グリーニュも、表情を変えず、顔の向きも変えず、ハフリーナの街を向いたまま。
オレンジュは一つ大きなため息をついて、言葉を発した。
「おい、グリーニュ」
「はい、オレンジュ様」
「ブルーニュの訓練は、もうやめる」
「……やめるとおっしゃいますと?」
オレンジュの言葉を、グリーニュは理解できないらしく聞き返す。
「俺が行って、城門を開けてくる」
「ああ、なるほど……」
オレンジュの説明に、グリーニュは理解できたらしく頷いている。
反論などはない。
「お前もこの隊を率いて、攻城戦に加われ。もう、さっさと終わらせるぞ」
「畏まりました」
その時、ザック・クーラーが城門付近にいたのは、完全に偶然だった。
魔法の詠唱が途中で途切れ、くぐもった音が聞こえてきたのも、この戦場の喧騒中では、かなり幸運だったのだろう。
すぐにその声の方に走り、その原因となった者と対峙できたのが、幸運かどうかは、評価の別れるところではあるが……。
「こいつもだったが、最近の魔法使いは詠唱をするのが流行りなのか? 昔は、詠唱なんて、大魔法の行使の時にしかやらなかったはずだが……」
ザックの目の前に現れた、巨漢の男が言った。
おそらく、ザックに対しての問いなのだろう。
右手に持っている剣は血にまみれ……巨漢の男が通って来た足元には、守備兵の魔法使いが転がっている。
「貴様……なんで、城壁のこちら側にいる」
ザックでなくとも、目の前の巨漢の男が敵であり、攻め手側であり、城壁の外にいるはずの相手であることは理解できる。
「いや、まあ、俺らからすれば、城壁を飛び越えるなんて簡単な事だからな」
巨漢の男が、苦笑い未満の笑みを浮かべながら答えた。
「つまり、一般兵じゃないってことか」
ザックは、剣を抜きながら、もちろん油断なく構えながら言う。
「お前さんだって、良い鎧、着てるじゃねえか。ただの騎士じゃなくて、隊長ってところだろ?」
巨漢の男オレンジュは、明確に、ニヤリと笑いながら言った。
「答える気はない! 知りたければ剣で聞け!」
そう吐き捨てると、ザックはオレンジュに斬りかかった。
カキンッ、カキンッ、カキンッ……。
ザックの攻撃を、全て丁寧に受けるオレンジュ。
大剣による受けの、教科書のような受け。
剣そのものを大きく動かすことなく、剣先から剣元までのあらゆる箇所を使って受ける。
驚くほど基本に忠実な、だからこそ簡単には抜けないと、相手に分からせる受け。
ザックはこの三年間、剣の道に邁進した。
その結果、剣に関しては、王国騎士団内でもトップ5に入るほどに強くなった。
ひたすら剣を振り、倒し、倒されを繰り返してきた。
だからこそ分かる。
(こいつは化物だ……)
もちろん、魔人の眷属だ。
それも、上級の眷属だろう。
だから、化物なのは確かなのだが……当然、そんな意味で思ったのではない。
剣技において、化物だと。
自分に力がついたからこそ理解できる。
目の前の男の、剣の強さ。
何でもそうだ。
こちら側の知識、経験、能力が上がって、はじめて……。
目の前にいる、相手の凄さが分かる。
目の前の、技能の凄さが分かる。
……自分と大きく開いている差が、理解できる。
(勝てん……)
だが、勝てないと理解したからといって、逃げるわけにはいかない。
この城門付近に単騎でやってきたという事は、間違いなく中から城門を開けるのが目的。
今、ザックが退けば、城門は開けられ、ハフリーナの街は落ちる……。
そうであるなら、ここでやれることは……。
「誰かー! 来てくれー!」
ザックは叫んだ。
そう、援軍を呼ぶこと。
「おいおい……一騎打ちが騎士の誉じゃないのかよ」
「知らんな。とうの昔に、そんなものは無くなったらしいぞ?」
オレンジュが呆れたように言い、ザックはむしろ清々しく言い切った。
実際、そんな騎士道は廃れて久しい……いや、かつてそんな時代があったのかどうかも、本の中でしか知らないが。
「まあ、いい。仲間を呼んだとして、犠牲が増えるだけだと思わんか?」
「……だとしても、城門が開かれれば終わる」
オレンジュの的確な指摘に、一瞬言葉に詰まりながらも、ザックはそう答えるしかなかった。
犠牲を払ってでも守らねばならない……。
戦場では必ず出てくる場面。
だからこそ、指揮官の心は荒んでいく。
味方を死なせる事を理解しているのに、指示を出さねばならないから。
絶対死守しなければならないもののために、死んでくれと言わねばならないから。
「因果な商売だ」
それでも、ザックは呟いた。
少なくとも王国騎士団は、そんな覚悟を決めたうえで戦場に出る。
国民を守るため。
王国を守るため。
ザックは立ちはだかる。
そして、剣を振り続ける。
何度受けられようと。
何度でも振り続ける。
何度受けられよう……。
スカッ。
「あ……」
思わずザックの口から漏れた。
ザックの袈裟懸けを、オレンジュは受けずにかわした。
今まで全く見せなかった、足さばきで。
オレンジュは左足を一歩踏み出し、下げた剣を斬り上げる。
驚くほど鋭い剣閃は、ザックの腹部装甲を切り裂き、右わき腹から背中にかけて走った。
ただ一太刀。
「ぐはっ……」
さすがに、片膝をつくザック。
「数年、剣を振るった程度にしては、まあまあだったぞ、人間」
余裕の笑みを浮かべ、見下ろしながら言うオレンジュ。
「これは、無理か……セーラさ……」
「死ね」
「<アイスウォール>」
戦場に、若い声が響き渡った。
カキンッ。
オレンジュが振り下ろした剣は、見えない何かに弾かれる。
「ほぉ……」
目を大きく開き、思わず呟く。
その間に、離れた場所から、一人の青年が走ってきて、倒れたザックの下に跪いた。
そして、懐から何かを出す。
「クーラー隊長! ポーションです、飲んで」
「エヴァンス殿……離れてろ、こいつはヤバい……」
ザック・クーラーの口に、ポーションを持っていく商隊頭エヴァンス。
息も絶え絶えながら、そのエヴァンスを遠くに離れさせようとするザック。
「大丈夫。先生仕込みの氷の壁です。そう簡単には割れませんから!」
そう言って、エヴァンスはザックの口にポーションを飲ませた。
「ふむ……これは、氷の壁か。障壁かと思ったが……驚くほど透明だな」
感心したのは、オレンジュ。
拳でカンカンと、軽く叩いたりしている。
「これほどの水魔法。かつての戦いでも、見たことはなかったな……」
何かを思い出しながら、オレンジュは呟く。
そして、ポーションを飲ませたエヴァンスの方を見て言った。
「水魔法使い。その身なりは、騎士ではないな。騎士団付きの魔法使いか? 人間のその若さでこれほどの魔法、やるではないか」
「私は商人だ」
エヴァンスは、はっきりと言い切った。
「は? 商人? マジか?」
呆けたような顔で問い返すオレンジュ。
エヴァンスの姿を、もう一度しっかりと見る。
「確かに……言われてみれば、騎士はもちろん、魔法使いのローブでもないのか……。いや、それでも、これほどの魔法だぞ? 人間で、これほどとは……この王国でも上位だろ? それが商人とは……」
「あなたが誰か知らないが、あまりにも無知。私の魔法など、先生に比べれば取るに足りません」
オレンジュが感心し、エヴァンスはそれを否定した。
「……その先生とやらは、そんなに凄いのか?」
「ええ、凄いです。私の、軽く一億倍は」
「お、おう……」
エヴァンスは胸を反らしてはっきりと言い切り、その表情になぜか気圧されるオレンジュ。
エヴァンスのこの辺りは、水属性の魔法使いである『先生』譲りなのかもしれない……。
「ふぅ……助かったぜ。エヴァンス殿、感謝する」
ザックはそう言うと、剣を支えに立ち上がった。
「クーラー隊長、私が<アイスウォール>で抑え込んでおきますので、ちゃんと神官の<ヒール>を受けてきてください」
エヴァンスが言う。
「それは無理だろう?」
答えたのはオレンジュ。
「どういうことですか?」
「あ~、確かにすげー氷の壁だが……」
カシュッ。
軽い音が響いた後……<アイスウォール>は崩れ落ちた。
「なっ……」
「割れないわけじゃない」
絶句するエヴァンス。
ニヤリと笑い、肩に剣を担ぎ上げるオレンジュ。
「くそっ……剣閃が見えないほどだと……」
ザックは悔しそうに言う。
それほど、オレンジュの一閃は速かった。
「いや、まあ、治癒してもらうのは大切だ。ああ、すげー大切だ。今すぐ、やってもらった方がいいというのには、俺も同意する。ただ……」
オレンジュはそこで言葉を一度区切り、鼻の頭を指でかいてから再び言葉を続けた。
「その間に、城門を開けさせてもらうがな」
ザックは、体を支えていた剣を、再び構える。
逃げるという選択肢はない。
それを見て、エヴァンスも腹を決めた。
「<アイスアーマー2>」
ザックとエヴァンスの体の表面に、薄い氷の装甲が張られる。
「あの剣に、どれほどの効果があるか分かりませんが」
「いや、感謝する」
エヴァンスの囁きに、ザックは頷いて答えた。
そして言葉を続ける。
「エヴァンス殿、俺がやられたら、さっきの氷の壁を張り続けて、こいつが城門に近づけないようにしてくれ」
「え……」
ザックはそう言うと、エヴァンスの答えを聞かずに、オレンジュの間合いに飛び込んだ。
最速の打ち込み。
……だが。
オレンジュは、足さばきで左に開き、先ほど傷ついたザックの右わき腹に、再び剣を叩きこんだ。
「ぐはっ」
だが、腹は斬られず、ザックの体は吹き飛んだ。
「剣閃が鈍くなったな」
オレンジュはそう呟くと、そのまま速度を上げて城門に向かう。
「<アイスウォール5層>」
「それは無駄だと言ったはずだ」
オレンジュはそう言うと、氷の壁を斬った……。
キンッ。
斬った……が……高い音が響き、切り裂くことはできなかった。
「なんだと?」
はっきりと驚くオレンジュ。
この城門付近に現れてから、初めて、本気で驚いたと言ってもいいかもしれない。
「<アイシクルランス2>」
(<アイシクルランス16>)
さらにエヴァンスが唱えると、二本の氷の槍が、両脇からオレンジュを襲った。
ザシュッ、ザシュッ。
とても大剣とは思えない、高速の剣が左右に振るわれ、氷の槍を一瞬で切り裂く。
しかし、それは囮。
主攻は……。
「上か!」
16本の氷の槍が直上からオレンジュを襲う。
辺りは、舞い上がった砂煙で視界が悪くなった。
「……やった?」
エヴァンスが小さく呟く。
きっと、彼の『先生』がそれを聞けば言ったであろう。
「エヴァンス、それはフラグです」と。
体の動きすら、エヴァンスには見えなかった。
彼の、五層の氷の壁が、一瞬で砕け散ったのも認識できなかった。
完全に無意識に、完全に偶然に、体が動き……。
剣をかわした。
ぼろぼろの服になった魔人の眷属の、怒りの一閃を。
「おい……商人が俺の剣をかわすとか、冗談じゃねえぞ」
先ほどまでの余裕はあまりない。
オレンジュは怒りの雰囲気を纏っている。
エヴァンスがかわせたのは、偶然だ。
三年半前から、ずっと仲間同士で、<アイスウォール>と<アイシクルランス>の打ち合いの模擬戦を、繰り返してきたから……。
だが、かわしはしたが、尻もちをつき、さすがにもう動けない。
オレンジュが剣を振り上げる。
「死んでろ」
実は、それもフラグ。
ここにいる水属性の魔法使いは、一人ではない。
「<アイスウォール5層パッケージ>」
エヴァンスよりも、さらに若い男の声が響き渡った。
若いが、エヴァンスよりもはるかに魔力量が多い。
第一商隊所属。
「ルーチェ!」
魔力量は多いのだが、襲撃された際に血を流し過ぎたのだ。
まだ、顔色はよくない。
どこまで戦えるか……。
「おいおい……どうなってるんだよ」
怒りは完全に霧散し、驚きだけが残った声が聞こえる。
もちろん、発したのはオレンジュ。
「こんな魔法を使える奴が、もう一人? こんな辺境の街に? ありえないだろう……」
オレンジュはそこで言葉を区切り、新たに魔法を発動した顔色の悪い少年を見る。
「しかも……また、商人とか言うんじゃないだろうな。見るからにガキだし」
何度も首を振りながら、オレンジュは言う。
「さて、どうしたもんか……」
オレンジュが迷っている間に、事態は、城壁の外で激変していた。
「騎士団、突撃!」
若い女性の声による、鋭い突撃命令。
命令一下、騎士たちが、赤鎧の男たちに後方から襲いかかった。
後衛を任されていたグリーニュも、決して油断していたわけではない。
前衛を指揮していたブルーニュも、援軍を想定していなかったわけではない。
しかし、彼らが想定していた援軍は、ブーソー村に向かった王国騎士五十人。
それくらいなら、不意を突かれても十分に対応できると考えていた。
それは驕りではなく、事実、魔人の『実体兵』と人間の騎士との間には、それ程の力の差がある。
だが、彼らを襲ったのは五十人ではなかった。
三百人の騎士。
「突き崩せ! シルバーデール騎士団の力、魔人に見せつけよ!」
シルバーデールの次期公爵フェイス指揮による騎士団突撃。
その強さは、王国屈指。
同数なら、未だ王国騎士団をも上回る。
そんな突撃を後方から食らえば、さすがの魔人の『実体兵』すら、こらえきることはできなかった。
五回の突撃によって、壊走。
こうして、ハフリーナ防衛戦は終了した。
後に、魔人大戦と呼ばれる一連の戦争において、人間が初めて魔人の眷属たちに勝利した戦いであった。
昨日も9000字を超えていましたけど、今日も約10000字。
涼は出てきませんが、弟子たちが出てきたという事で、ご勘弁を!




