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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
446/932

0420 東部の動き

王国東部、連合西部で首脳会談が開かれた後。

王国東部最大の街ウイングストンの公爵邸別館。新領主執務室。


そこには、公爵権限は王室が預かったままではあるが、領主として統治を学び始めたシュールズベリー公爵家当主アーウィン・オルティスがいた。


外見は、十三歳という(とし)相応(そうおう)であるのだが……。

外見は、アーウィン・オルティスであるのだが……。

外見と、中身が必ずしも一致しない事が、この世界にはある……。



「なぜだ! もう六日も経つというのに、なぜ戦争が起きん!」

アーウィンの外見をした人物が叫んだ。


「ガーウィン様。(よみがえ)らせてもらった俺が言うのもなんだが、ちぃ~っと早すぎたんじゃないのか? もう少し先……ガーウィン様の力が完全に戻ってからにした方が……」

「黙れオレンジュ! 今でも八割がた戻っておるわ! だが、最後の二割……このために、多くの人間の血が、この東部に流れる必要があるのだ!」

「やはり、リチャード王のくびきは厄介であったと」

「黙れオレンジュ! あいつの話はするな!」


アーウィンの外見をした、ガーウィンと呼ばれた少年は、怒鳴り返した。

怒鳴られたオレンジュと呼ばれた男……豪快、粗野、荒削りといったイメージをまとめて形にしたかのような巨漢。

長く伸ばした濃いオレンジ色の髪と、同色の瞳がその巨体以上に目立つ。



「イゾールダ、何か策はないのか!」

ガーウィンが部屋の一方を見て怒鳴った。


怒鳴った先のソファーには、長い黒髪の女性が一人座り、ゆったりと紅茶を飲んでいる。


そして、一口飲んでから、ゆっくりと言葉を発した。

「まず、以前に申し上げました。あんな策では戦争など起きぬと。言った通りになりました」

「うぐっ……」

澄ました顔で、イゾールダと呼ばれた女性は言い切った。

そして、返答に詰まるガーウィン。


しばらく無言であったが、顔をしかめたまま、言葉を紡いだ。

「……認める。俺が間違っていた。お前の意見に従うべきだった」

ガーウィンは素直に、自らの間違いを認めた。


決して優秀な頭脳というわけではないガーウィンであるが、その自覚があるため、自らの誤りを認めるのにも、あまり抵抗はない。


それを受けて、イゾールダは一つ頷いて言葉を続けた。

「まず、魔人たるガーウィン様の最後の二割の『力』の充填(じゅうてん)、これは非常に難しいものです。人間どもが『魔人虫』と呼んでいる眷属ジャーヤでの魔力集めでは効果がありません。現実的にあり得るのは、よほど特殊な種からの魔力簒奪(さんだつ)か、人の死による『神のかけら』の大量収集くらいでしょう」


イゾールダはここで一度言葉を切って、紅茶を一口飲む。

ガーウィンは何も言わずに言葉を待っている。



「恐らくは、南に封じられていたフィン様が、ガーウィン様よりも先に完全に封印を解いたのは、前者でしょう。ですがこれは、多分に偶然の要素が関わってきます。ですので、計画的に行うなら後者。そして、それを最も効果的に行うのが戦争……」

「ああ、そうだ」

イゾールダの言葉に、ガーウィンは相槌(あいづち)を打つ。


「ただ、国同士の戦争は、そう簡単には起きません。ですので、こちらから動くのがよろしいかと思われます」

「こちらから動く?」

「はい。国同士で戦わせずとも、我らが人間を殺していけばいいのです」

「確かにな」

イゾールダの提案に、ガーウィンは大きく頷いて同意した。


「ただ、一点、注意していただくことがあります」

「む?」

「それは、ガーウィン様の『体』が、この領主館の地下にあるという点です」

「それは……そうだが……見つかっても、人間どもは、結局何もできぬであろう? 俺は死なぬし……」

イゾールダの指摘に、ガーウィンは顔をしかめて問いかける。


「無論、ガーウィン様を死なせることは誰にもできませんが……今の、魂の抜けた状態で破壊されますと、復活するのにかなりの時間が必要となります」

「具体的にどれくらいだ?」

「恐らくは、五百年ほど」

「……長いな」


ガーウィンは顔をしかめた状態のまま考える。

三十秒ほど考えてから口を開いた。


「この、シュールズベリー公爵の体を捨てて、魂を本体に戻した場合、どうなる?」

「リチャード王の封印に捕らわれたまま、完全に力が回復するまで待つことになるかと……」

「長さは?」

「百年から二百年でしょう」

「……やはり長いな」


「最善の策は、『体』のこともガーウィン様の事も、誰にも知られないうちに、この王国東部と連合西部で、多くの人間が死ぬこと。そのために、オレンジュとヴィム・ローが、派手に動いて人間を殺してまわるのがよろしいかと」

「俺?」

イゾールダが言うと、巨漢オレンジュが自らの顔を指さしながら問い直した。


もう一人の男、ヴィム・ローは、部屋の隅で壁に背を付けて立ったまま、無言で頷いた。



「二人は、このウイングストンに目を向けられないように、連合領内を中心に派手に動いてください。最初のうちは、王国東部は少な目で。ゼロである必要はありませんが……。今回、二人に率いさせるために、ガーウィン様には『虚影兵』ではなく『実体兵』をご準備いただきます」

「実体兵か……」

イゾールダの言葉に、今まで以上に顔をしかめて答えるガーウィン。


だが、反論はしない。

虚影兵ではなく実体兵が必要な状況であることは理解しているからだ。



「前回と違い、オレンジュもヴィム・ローも、ガーウィン様から長く離れて行動してもらうことになりますので、どうしても『実体兵』である必要があります。当然、『虚影兵』のようにはいきませんので、二人は運用を間違えないように」

イゾールダの言葉に、二人は頷いた。


「間違っても、王国東部の力を落とし過ぎて、そこに連合が介入、ウイングストン陥落などということにならないように」

「ああ……前の帝国との戦争みたいなやつか」

イゾールダが忌々(いまいま)しい口調で言い、オレンジュが苦笑いしながら答えた。


「帝国が、王国東部支配に興味が無かったために何事も起きませんでしたが、連合だと何があるか分かりません。もちろん、最後には、この王国東部もガーウィン様の復活の生贄(いけにえ)に捧げられるのですが……」

そこまで言うと、イゾールダは禍々(まがまが)しく笑った。

それを、肩を竦めて横目に眺めるオレンジュ。

部屋の隅で小さく頷くヴィム・ロー。

そして、力強く大きく頷くガーウィン。



彼らが、『東に封じられた魔人』ガーウィンと、その()将たちであった。





王城国王執務室。

「確かに、フランク・デ・ヴェルデ伯がおっしゃる通り、伝承にあります『魔人の虚影兵』の記述と一致します」

答えたのは、ラーシャータ・デヴォー子爵。


ちなみに、フランク・デ・ヴェルデは、王国にいた頃は伯爵であった……。

後継者を含めて家族はいない。

そのため、フランクが出奔し連合にいることが確認されて、ヴェルデ伯爵は空位となっている。

領地は、王室が管理している。



「魔人の虚影兵……」

呟いたのは、王国騎士団長ドンタン。


ここには、もう一人騎士団長がいる。

「不勉強で申し訳ないのですが、虚影兵というのは何なのでしょうか?」

尋ねたのはワルキューレ騎士団長イモージェン。


だが、彼女が不勉強というわけではない。

アベルも、ドンタンも知らないのだから。

そう、二人とも言う。

「俺も知りたい」

「私も知りたいです」


「申し訳ありません、言葉が足りませんでした」

むしろ、謝るラーシャータ。



そして、説明を始めた。

「九百年以上前の文献による情報であることを考慮したうえで、聞いていただきたいのですが……。『魔人は虚影兵を操った』という記述があります。いくつかの文献を相互に調べてみますと、それは、魔人が生み出す霊体のようなものだと思われます」

「霊体?」

問いかけたのはアベルだけだが、他の二人の騎士団長も首を傾げている。


「魔人の不思議な力によって、兵を生み出すことができる、と考えてよろしいのかと思います。それも、魔人が思い浮かべた兵を」

「何だ、それは……」

ラーシャータの説明に、思わず言葉を失うアベル。


「ただ、文献によっては、一日間という時間制限があるようだ、と書いてあるものもありました。時間制限があったのは確かなようですが、最長で五日、最短で十二時間までと、いろいろで……。詳しいことは分かりません」

「なるほど……」

ラーシャータが説明し、イモージェンが頷いて呟いた。


「時間制限があるのであれば、その『虚影兵』なるものに、例えば城の警備などをさせるのは、難しいわけですな」

ドンタンが言う。


頭の中では、すでに対魔人戦を想定しているのかもしれない。



「はい。ですが、魔人はそれだけではなく、『実体兵』も操ったと言われています」

「今度は実体兵か……。昔の人は、難しい言葉を使うな……」

アベルがぼやく。


「こちらは、生身の人間です。ですが、自らの意思はなく、魔人とその将軍たちが意のままに操ったという記述が残っていました」

「ああ、そういえば、魔人には幹部だか将軍だかがいるのでしたな」

ドンタンが何度か頷きながら確認した。


「東に封じられた魔人には、四人の将軍がいたそうです。ただ、詳しい内容は不明です」

ラーシャータは小さく首を振りながら言う。

彼ですら分からないというのであれば、中央諸国で分かる人間はいない。



「その実体兵が生身の人間なら、水や糧食がいるだろう? 出し入れ可能な虚影兵に比べて、使い勝手が悪くないか?」

アベルが素直に感じたことを質問する。


王たるもの、民にしろ兵にしろ、飢えさせてはいけないのだ。


「陛下のおっしゃる通りです。ただ、虚影兵は時間制限がありましたが、実体兵は時間制限がありません。さらに、生身の人ではあるのですが、普通の兵士よりもはるかに強力であったと言われています。魔法を使えないという点を除けば、最強の兵士たちだと」

「魔法を使えないのは良かったが、最強の兵士たちというのは……」

「困りますな……」

「はい……」

ラーシャータの説明に、再びため息をつくアベル、ドンタン、イモージェン。



「実際どうなのだ? 魔人が復活したのかどうかは分からんか?」

アベルの問いに、ドンタンもイモージェンも大きく頷いた。

三人が知りたいのは、まさにそこなのだ。


だが……。


「分かりません」

ラーシャータの答えは、無情であった。


「『虚影兵』が現れたという事は、かなり覚醒しているのは間違いないかと思います。ですが、完全に覚醒していたら……はっきり言って、この程度では済まないでしょう」

ラーシャータの言葉に、他の三人は生唾を飲み込む。


「そもそも、南の魔人もそうでしたが、東の魔人も、封じられた体がどこにあるのか、正確には分かりません。当時、封印した者たちにも様々な思惑があったのでしょう。あえて、正確な場所が伝わらないようにした形跡すらありました。どのような封印かも分からず、どこに封印されたかも分からず……」

ラーシャータ自身も、小さく首を振る。



「ラーシャータ、何か……弱点はないのか?」

アベルの問いは当然のものであろう。


だが、ラーシャータの答えも、また当然のものであった。

「申し訳ございません、陛下。その答えとなりそうなものは、伝承の中にはありません……」


「……で、あるか」

アベルは小さくため息をついて、呟いた。

「魔人との対峙か……重いな……」





王国東部国境付近。

ゲッコー商会ルン本店所属、東部国境方面第三商隊は、三台の荷馬車を連ねて、移動していた。


「ようやく、ルンに帰れる……」

「あはは……クロエには、いつも心労をかけるね」

護衛隊長クロエの呟きに、商隊頭エヴァンスは笑いながら答えた。


クロエは知っている。

エヴァンスは優しい言葉をかけているが、実は心の底からそうは思っていないことを。


エヴァンスは商人。

ギリギリを見極めて利益を上げるのが、もうほとんど本能になってしまっている男。

もちろん、商会の仲間や部下たちのためなら、いつでもその身を危険にさらす男ではあるが、同時に、利益を上げることが大好きでもある。



油断してはいけない。



「それにしても……荷がほとんど空っぽな状態で移動するのは、すっきりしないね」

(ほら、やっぱり!)

エヴァンスの言葉に、クロエは心の中で叫ぶ。


まあ、確かに、荷馬車の中がほとんど空っぽというのは、あまり経験の無い事ではある。

空荷のままの移動というのは、商隊にとって良いことではない。

着いた先で売るものが無い、ということなのだから。


だが、今回は仕方がないのだ。


「仕方ないでしょう、エヴァンス。ハフリーナの街で仕入れられる物は何もなかったんだから。あんな状態では……全ての物資が、全然足りていなかったじゃない」

「そうだね。避難民をいっぱい収容していたから……。おかげで、持っていった食料を、政庁自身が高値ですべて買い取ってくれたけどね」


そう、売上はかなりの額に上った。


その点は、商隊全員がホクホク顔だ。

ルンに戻れば、特別手当が出るのは間違いない額だから。


「それに、まさか王国騎士団が来ているとは思わなかったわ。ハフリーナ子爵領の中心都市だし、まあこの辺りでは、かなり防備のしっかりした街だし、避難民も多く収容したから……防衛拠点に指定されたのかしら」

「そうかもね。中隊長クラスの人も二人いたしね。戦場になるのかな……」

クロエが指摘し、エヴァンスも思い出しながら答えた。



ちなみに、第三商隊の人員構成は、商会員六人、護衛九人、荷馬車は三台。

一台につき商会員二人、護衛三人と、かなり護衛の比率が高いと言える。


これは、東部国境沿いを行き来することが多いため、治安の悪い場所を通過することがあるからだ。

ゲッコー商会の、東部国境方面の商隊の基本人員配置でもある。



「それにしても、先に第一商隊がハフリーナの街に荷を届けていたのには驚いたわ。いったい、どこで情報を掴んだのかしら……」

「第一商隊は、ジーグさんが商隊頭だからね。さすがに東部国境の情報収集は、他の人たちの一歩も二歩も先を行くね」

クロエの言葉に、何度も頷きながらエヴァンスは答えた。


「でも、この東部国境も、かなりきな臭いじゃない? 国境の向こうほどじゃないけど……。だいたい、ハフリーナの避難民も、半分は連合領から逃げてきた人たちだったし。そもそも、ルン本店から帰還命令が出るなんてのも、初めての経験でしょう……」



東部国境方面を行き交う商隊に対して、ゲッコー商会ルン本店は、できるだけ早期のルンへの帰還を促していた。

わざわざ鷹を使っての連絡で。


それもあって、エヴァンスは、空荷での出発を決断したのだ。

帰還命令がなければ、なんとしても積み荷を手配しようとしたかもしれない……。


その点に関しては、クロエは安堵していた。

確かに、商隊頭エヴァンスはいろいろな面で優秀であるが、決して万能ではないのだ。



「第一商隊が出たのって、私たちよりも、けっこう早かったのよね?」

「そう言ってたね。四時間? 五時間くらいかな? 周囲を見回る巡視隊の人たちと一緒に出たとか」

「巡視隊と一緒なら襲われにくいからよね。さすが、抜け目ないわね」

護衛隊長的見地から感心するクロエ。


エヴァンスは苦笑しながら言う。

「まあ、そうなんだろうけど……。そもそも、第一商隊にはルーチェもいるし、普通の盗賊程度では、指一本触れることもできないだろうけどね」

「うん……ルーチェも、そしてエヴァンス、あんたも、反則だから」

「反則って……」

クロエが断言し、エヴァンスは大きなため息をついて言った。




第三商隊がハフリーナの街を出てから三十分ほどした頃だろうか。


正面から、かなり急いで馬を駆った人間が、一人やってきた。


用があったのは第三商隊ではないらしく、そのまますれ違う。

だが、すれ違う間も、馬の男が、じっと第三商隊が掲げた旗を見ていた。



月光に照らされた街……ゲッコー商会の旗。



馬の男は、すれ違った後、馬を返し戻ってきた。

「何かしら?」

「ずっと、商会の旗を見てたよね」

クロエが問い、エヴァンスが答える。


馬の男は、馬上から焦ったように言った。


「俺は巡視隊の者だ。この先で、お前たちと同じゲッコー商会の者たちが戦っている!」


それだけ言うと、再び馬を返し、ハフリーナの街の方へ駆け出した。



「エヴァンス!」

「ああ。護衛隊は全員荷馬車へ。全速力で救援に向かう!」


全員が馬車に乗った第三商隊は、全速力で走り出した。



仲間を救うために!




「エヴァンス、あれ!」

護衛隊長クロエが、先頭馬車を操る商隊頭エヴァンスに指し示す。


指差された辺り一帯では、すでに三台の荷馬車は全て壊れ、二十人を超える人間が倒れている。


「戦闘中? なんで!」

エヴァンスは思わず叫ぶ。


今戦っているのは、六人。


赤い軽鎧を着た五人の騎士風の男たちと……。

「ジーグさん!」

エヴァンスが再び叫ぶ。


ただ一人戦っていたのは、第一商隊の商隊頭ジーグ。

だが、次の瞬間。


ジーグは吹き飛ばされた。



「くっ。<アイスウォールパッケージ>」



ようやく、エヴァンスの魔法の射程に入り、唱えられた。


赤鎧の騎士五人の四方と上方を、氷の壁が囲う。

倒すための魔法ではなく、行動を阻害(そがい)し、味方を救出するためだ。


第三商隊の三台の馬車が到着し、エヴァンスやクロエはもちろん、商隊員と護衛隊員全員が、ポーションを持って馬車を下りる。


そして、倒れている者たちの元へ駆け寄った。



エヴァンスが真っ先に駆け寄ったのは、まだ若い、十五歳ほどの少年の元。

「ルーチェ!」


ルーチェは、腹に剣を突き立てられたのであろう。

かなり深い傷を負っている。


「エヴァ……巡視隊の人が……飛び出ちゃって……アイスウォールできなくて……」

「いい、しゃべるな!」

エヴァンスは、ルーチェが話すのを遮ると、ポーションを半分、直接腹部の傷にかけた。

その後で、ルーチェの口に持っていく。

「ポーションだ、飲め」

エヴァンスの言葉に、素直に従って少しずつ飲むルーチェ。


お腹の傷も少し光り、回復しているのが分かる。


飲むにしたがって、呼吸も安定し始めた。

おそらく大丈夫だ!



ここで、ようやくエヴァンスは安堵した。



ルーチェは、かなり血を流したために、まだ動くのは難しいだろうが、命は助かったのだ。

周りを見ると、ポーションが行き渡っている。


ゲッコー商会の商隊は、かなり多めのポーションを常備している。

たった一本のポーションが、人の命を繋ぐことを知っているから。


そして今回、かなりの命を繋いだようだ。


「第一商隊十五人、巡視隊五人、なんとか間に合ったわ」

護衛隊長クロエの報告に、大きく頷くエヴァンス。

馬車を飛ばしたかいがあったというものだ。



「けど、あの赤鎧の騎士たち……」

氷の壁で囲い込んだ五人の騎士。

<アイスウォール>を割ろうとしてはいるのだが……。


「なんだろうね、本当に人間かな? 表情がないというか、感情の起伏に乏しいというか……」

エヴァンスは呟いた。

それを聞いて、クロエも頷く。


<アイスウォール>を割ろうとしているのだが、表情は怒っていない。

『無表情』という言葉がぴったり当てはまる。



だが、氷の壁に向けて振り下ろす剣の威力、突きの鋭さは、かなりのものだ。



「いずれは、割れるね……」

エヴァンスは、自分が張った<アイスウォール>だから分かる。

あの調子だと、二分もしないうちに割られる。



そして、情勢は、さらに動き始めていた。



「頭! 向こうから何か来ます!」

商隊員が北の方を指して叫ぶ。


確かに、砂煙が上がり、何かが近づいてきているのが分かる。


何にせよ、戦う相手ではない。


仲間は助けた。

仲間じゃない人も助けた。


目的を達成したら撤収(てっしゅう)するのみ。


だが、問題は、どこに撤収するか……。

ハフリーナの街以外は遠すぎる。



「仕方ない。全員荷馬車に乗れ。ハフリーナの街に戻る!」



こうして、ゲッコー商会ルン本店所属、東部国境方面第三商隊は、第一商隊を救い、ハフリーナの巡視隊を救い、撤収した。


先ほど出てきたハフリーナの街へ。




「エヴァンス殿、巡視隊を救っていただき感謝する」

頭を下げたのは、ハフリーナ子爵ミラベル・パワー。

今年、成人したばかりの十八歳。

くすんだ金髪と深い青い目、真面目さと知性を感じさせる顔貌が印象的な女性だ。



三年前の東部動乱から王国解放戦までの混乱によって、王国東部の多くの貴族家が断絶した。

ハフリーナ子爵家も、全ての直系が絶え、領地は王室が接収する一歩手前であった。

だが、そこに一人の少女が名乗り出た。


ハフリーナの街の神殿で、神官として神に仕えていたミラベル。

自分は、先代ハフリーナ子爵の私生児であると。


もしもの時のために神殿に預けられていた身分を証明する書付(かきつけ)と、神殿長自身が証人となって、王室に申し立てが行われた。


王室自身も、東部貴族の断絶具合に頭を悩ませていたため、この申し立ては速やかに処理され、ミラベルは『パワー』の苗字を戻されて、正式にハフリーナ子爵に任命された。


それが二年半前。


それ以来、ミラベルは、ハフリーナの街を中心とした領地の復興に全力を注いだ。

彼女自身は、幼い頃から神殿に入っていたため、統治に関する知識も経験も未熟だ。

だから、優秀な人材を集めた。

神殿を通しての人材斡旋(あっせん)により、南部、西部からの人材の確保に成功。

それによって、ハフリーナ子爵領は、復興地域である東部の中でも、かなりの速度で発展することができたのだ。


現在では、この辺りの中心の一つと、王城からも認識されるほどに。


そのおかげで、今回、二個中隊百人とはいえ、王国騎士団すら派遣されている。



そんなハフリーナ子爵自身が、商人であるエヴァンスに頭を下げた。



「いえ、子爵様。どうか、お顔をあげてください。今回は、うちの仲間もいましたし、助けに行ったのは当然の事ですから」

エヴァンスは慌てて答える。


彼も、東部国境付近を行き来する商人として、目の前のハフリーナ子爵の貴族位継承の経緯は知っているし、幼い頃から神殿で、人々と分け隔てなく接してきた結果が、現在である事も知っている。


だが、それでも、貴族は貴族。


平民であるエヴァンスと、貴族であるミラベルの身分の差は、非常に大きい。

そんな人物に、人前で頭を下げられれば、焦るのも当然だ。



そんな、焦った状態の所に、助け船がやってきた。

ハフリーナの街に駐留する王国騎士団を率いる、二人の中隊長。


「子爵殿、準備は整いました。ん? ゲッコー商会のエヴァンス殿か? さっき出て行ったんじゃなかったか?」

「ザック、彼らが巡視隊を救ってくれたんだ。さっき報告されただろう?」

ザックと呼ばれた男性が、エヴァンスたちが戻ってきたのに疑問を持ち、もう一人の中隊長がその理由を答えた。


「はい、クーラー隊長、コブック隊長、また戻ってきてしまいました」

エヴァンスが答えた相手、二人の王国騎士団中隊長。



それは、『次男坊連合』にも所属している、ザック・クーラーとスコッティー・コブックであった。


魔人様、強いんですけどね……頭脳はちょっと……。

誰しも、きちんと頭の中まで鍛えた方がいいですよね。

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