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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 最終章 魔人大戦
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0419 戦争を回避する方法

西方諸国において教皇就任式が行われる、二週間前。


王国東部、国境の街レッドポスト。

連合西部、元インベリー公国国境の街レッドナル。


どちらも、この国境付近に特徴的な、赤土から取られた街の名前。


その二つの街の中間を、王国連合国境が走っている。

その国境線上に、巨大な天幕が設置された。



そこが、会談場所であった。




「初めまして、陛下。ハンダルー諸国連合執政、オーブリー・ハッブル・コールマンと申します」

「連合執政にして独裁官オーブリー卿のご高名はかねがね。ナイトレイ王国国王アベル一世です」

挨拶後、握手を交わした。


二人の表情は穏やかであるが、(まと)う空気は重い。

緊張感が、二人の間に漂っているのが見えるかのようであった。



だが、二人の傍らでは、全く違う挨拶が交わされていた。


「フランク……お久しぶりです」

「ケネス、立派になったのぉ」

それは、国の頭脳と言っても過言ではない、王国と連合それぞれを代表する錬金術師たちによる、数年ぶりの邂逅(かいこう)であった。


かつて、王立錬金工房で、机を並べていくつもの発明を成してきた二人。

年齢は、孫と祖父ほどに離れているが……才能に年齢は関係ない。


お互いに、相手こそ中央諸国最高の錬金術師と思っている。

それほどに、高く評価しあっていた。



「よし、ケネス、美味いパンを焼いてきたぞ。最高峰とも評価したコロンパンには及ばんが、なかなかのできじゃ。これ、そこの侍従殿、わしらは向こうの席でパンを食べるから、コーヒーをくれ」

「フランク、相変わらずですね……」

フランクとケネスは、天幕の隅に置かれた席に向かいながら、そんな会話を交わしていた。



それを横目で見る二人の国のトップ。


口火を切ったのは、オーブリー卿であった。


「ケネス・ヘイワード子爵を連れてくるという申し出があった時には、正直驚きました。よろしかったのですかな、子爵をドクター・フランクと会わせて」

「それはどういう意味ですか?」

「ケネス・ヘイワード子爵が、我が連合に亡命してくる可能性があるとは思いませんか?」

「思いませんね。それよりも、フランク・デ・ヴェルデこそが、王国に戻りたいと思うのではありませんかな。愛弟子ケネスに(ほだ)されて」

「いやいや、それはありますまい」


アベルとオーブリー卿はそう言いあうと、二人とも大きく笑った。



遠く離れた席から、パンを片手に、

「国の舵取りをする者は大変じゃな」

「確かに」

などと二人の錬金術師たちが小さく首を振りながら話しているのは、国王と執政には聞こえなかった……。




「我が連合が確認したいことはただ一点です」

オーブリー卿は、特に怖い顔をして言ったわけではない。

だが、目の奥は笑っていない。


二人とも、この先の質問も、答えも、すでに決まっている。

あくまでこれは、確認。


「クルチョの街を攻めたのは、王国ですかな?」

「いいえ、違います」


質問者同様に、答えるアベルの声音(こわね)も、極めて落ち着いている。

確認であることを理解しているからだ。


問うたオーブリー卿も、一つ頷くだけである。



「王国からの質問も、ただ一つです」

アベルも、特に強張った表情などではない。

だが、こちらも目の奥は笑っていない。


確認であることを理解していても、死んだ王国民の事を考えれば笑えない。


「バン・レーンの街を攻めたのは、連合ですか?」

「もちろん、違います」


答える連合執政オーブリー卿の声音も、極めて落ち着いている。

確認であることを理解しているからだ。


アベルも、一つ頷いた。




「確認は取れましたな」

「ええ」

オーブリー卿もアベルも、頭では理解していた。

論理的にあり得ないから。


だが、確認は必要だ。


それは、相手が嘘をついていないかどうかも含めての、確認。

このクラスになれば、目の前の相手が嘘をついているかどうかなど、簡単に見抜けてしまう。



「さて、そうなると、問題が出てきますな」

「ええ。いったい誰が攻撃したのか」

「そう。何のために、犠牲を払ってまで攻撃したのか」

アベルもオーブリー卿も、同じ疑問に達している。


「普通に考えるなら帝国ですが……」

「そう……ですが、あまりにも帝国国境から離れすぎている」

アベルもオーブリー卿も、その点に関しては同じ考えであった。


王国のバン・レーンの街も、連合のクルチョの街も、帝国から見ると、かなり南方にある。

そこまで、両国に知られずに一万の騎馬を移動させるのは、極めて困難だ。


もちろん、帝国には<転移>を使えるハーゲン・ベンダ男爵がいる。

現在、帝国を離れ西方諸国への使節団に加わっていると思われるが……彼が戻って来て<転移>した可能性は確かにあるのだが……。


正直、そこまでやるか? というのが、アベルとオーブリー卿双方ともに考えているところなのだ。


そんな事をせずとも、もっと北の方でやればいいだけの話だ。

「絶対に、連合と王国だけしか可能性がない場所」でやりたかったのだとしても、そもそも、攻城戦をする必要はないのだ。


帝国が、北部にいたアベルを襲ったように、謀略の方法などいくらでもある。

どう上手くやっても、多大な犠牲が出る攻城戦を行ってまで、この二国をぶつけたい理由が分からない。


しかも……。

「クルチョの街は、住民は虐殺され、街には火を掛けられ、放棄されておりました」

「バン・レーンの街も同様です」


そう。

どちらの街も、放棄されている……。

住民は全て虐殺されたが、貴重品や物資などを、奪われた形跡もない。



城攻めで、多大な犠牲を払ったはずなのに……。



「実はその点に関して、一つ情報を提供したい」

そう切り出したのはアベル。

「ほう。うかがいましょう」

オーブリー卿としても、正確な分析をするのに、情報が全く足りていないのは理解している。


「これは、我がバン・レーンの街が攻められた時の事なのだが……。騎馬が、次々と城門にぶち当たっていったらしい。そして、少しずつ損傷を広げていった城門がついに破られたと……」

「陛下、それは……何ですかな?」

アベルの情報に、オーブリー卿は眉根(まゆね)をひそめて問い返す。


当然であろう。

騎馬が次々城門にぶつかっていく?

そんな攻城があるか!

城門にぶち当たった騎馬はどうなるんだ?

そもそも、そんな攻撃にたいした威力はない。


『名将』と呼ばれたオーブリー卿は、当然、攻城戦においても多くの実績がある。

アベル王が言うような攻城戦など、聞いたことがない。



「まあ、そうでしょうな。報告してきた者たちですら、実際に見ても信じられない光景だったとか。城門にぶち当たった騎馬たちは、城門に損傷を与えて、自分たちは霧散したそうです」

「人間ではなかったとでも?」

アベルの言葉に、オーブリー卿は小さく首を振りながら答えた。


だが、その言葉に反応したのは、彼ら二人ではなかった。

少し離れた席でホカホカのパンとコーヒーを食していた……。


「それは伝承にある、魔人の軍隊ではないのか?」


フランク・デ・ヴェルデであった。



「ドクター・フランク?」

オーブリー卿が、怪訝な顔で問いかける。

「ほれ、いちおうわしも、魔人の伝承について調べたであろうが? その時に、そんな記述が載っていた本があったのじゃ。題名は覚えておらんがな。わしなんかより、王都中央神殿に有名な伝承官がおったであろう。この前、連合に来て魔人虫の特定をしてもらった……」

「ラーシャータ・デヴォー子爵ですね」

フランクの言葉に、ケネスが答えた。


「そうそう、そやつじゃ。そのデヴォー子爵に確認するのが一番確かじゃと思うぞ」

「なるほど」

フランクの言葉に、オーブリー卿は一つ大きく頷いて答えた。


「確かにこれは、速やかに確認する必要があるな」

そう言うと、アベルは立ち上がった。


「陛下」

「ええ、オーブリー卿、分かっています。何らかの確認が取れましたら、すぐにそちらにも連絡します。さすがに、まだ錬金道具での交信はできないでしょうが……」

オーブリー卿の言葉に、アベルは間髪を容れずに答えた。


「ジェイクレアに戻りさえすれば、すぐに繋がるようにできるぞ」

「え?」

フランク・デ・ヴェルデの一言に、異口同音に聞き返すアベルとオーブリー卿。


「やっぱりフランクも、同じような機構で長距離交信を考えていたみたいです。少し調整すれば、王国のものと交信可能だそうです。もっとも、王都にある大きいやつだけですが」

「最後の最後を、わしは突破できんで止まっておったのじゃが、さすがはケネス。あっさり解決しておったわ」

「いえ、たまたまです……」

フランクの絶賛に、真っ赤になって照れるケネス。



二人の関係の良さを見て取れるやり取りであった……。


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