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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第八章 教皇就任式
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0415 聖剣の主

「あっちこっちで戦っているな……」

「もの凄い戦闘の跡がいっぱいありますけど、死体はないですね」

「『霊煙』が大量に……」

「向かいの、観客席! アラクネが襲ってますよ!」

ニルスとアモンが戦闘に着目し、エトが先ほどアモンが戦ったのと同じ『霊煙』を見つけ、涼が化物クモをアラクネにたとえた。


アラクネとは、ギリシャ神話に出てくる、胴から上が女性、胴から下がクモという怪物だ。


言われてみれば、化物クモはそう見えなくもないが……頭部サカリアス枢機卿は、どうみても男性……腹部の教皇も男性……。

クモは八本足であることが多いが、アリーナにいるのは四本足。


だが、シルエットとしては、涼がアラクネと言ったのも分からないではない……。



「あのクモ……魔法、四つ発動してない?」

「してますね……。顔がいっぱいあるみたいだから、それぞれ別々で魔法を発動できるんですかね……昔、そんな漫画を見た覚えが……」

エトが問い、涼が頷きながら答えた。

漫画、という単語はエトには通じていないようだが。


涼は、そこまで言って思い出した。

「そういえば、以前襲ってきた教皇は、四つの首が浮かび上がって、魔法を同時に四つとか放っていましたね」

「なんだ、首が浮かび上がってって?」

「本物の頭の横に、四つ浮かんでいるんです……けっこう不気味でした」


ニルスの疑問に、涼は的確に答えたのだが、全く伝わらなかったらしい。

ニルスが首をひねっている。


相手が見たことがない情景を言葉で伝えるのは、難しいものなのだ。



情景を浮かべるのを諦めて、ニルスがアリーナと観客席を見回した。


まず、アリーナのグラハムと目が合った。

次に、観客席のヒュー・マクグラスとも目が合った。


グラハムは、視線で、地面に置いてある二つの袋を見た。

ヒューは、視線で、化物クモが襲っている東部諸国の来賓席を見た。


ニルスは、それだけで理解した。



「団長命令だ。襲われている東部諸国の来賓を救えと。そして、グラハムさんは、使う人間がいない二振りの聖剣を使えだそうだ」

ニルスの説明に、三人は驚いた。


驚きはしたが、それが今、最も求められる行動であることも理解している。


「俺とアモンが聖剣を持ったら、『霊煙』を斬りながらアリーナを突っ切る。そして、あの化物クモに後ろから斬りつける。リョウとエトは来賓席に行ってくれ。エトは、来賓席で怪我人の回復を。リョウはそこまでエトを確実に守って、その後は来賓を守れ」

「了解」

三人が異口同音に答える。



「<アイスアーマー複層氷30層>」

涼が唱え、四人の体が氷の装甲を纏う。


そして、一呼吸を置いて……。


「いくぞ!」

ニルスの号令一下、四人は駆けだした。




ニルスとアモンは、グラハムたち枢機卿と大司教が集まっている場所に向かって走った。


その途中にも、『霊煙』はいるが、揺蕩(たゆた)っているだけ……。

二人も、攻撃などはせずに、一気に走り抜ける。


グラハムとステファニアが『霊煙』と繰り広げる戦闘に、くぎ付けになっていた聖職者たちが、ニルスとアモンに気付いたのは、二人が走り寄って来て、地面に置いてあった袋に入った聖剣を手に取ってからであった。


「おい!」


さすがに、その光景を見れば声をかける。

一目で冒険者と思しき人間がやってきて、聖剣を手に取ったのだ。


だが……。


「よい!」


戦いながらも、『十号室』の行動を目の端で追っていたグラハムが声を出した。

その声で、二人を止めようとした聖職者たち、主に異端審問官たちが動きを止める。

間違いようもない、敬愛する元上司グラハムの声だからだ。



「東部諸国の来賓救出、頼んだぞ」

「畏まりました」

グラハムが戦いながら言い、ニルスが答えた。


それと同時に、ニルスとアモンは袋から聖剣を取り出す。


その瞬間、聖剣がほんの僅かに光ったのを、グラハムとステファニアは見た。


「光った……」

「あれが、本当に聖剣が主として認めた時の光らしいぞ。さすがB級冒険者だな」

ステファニアが呟き、グラハムが微笑みながら答える。

グラハムとステファニアは、聖剣に「いちおう認められた」レベルであるが、ニルスとアモンは、聖剣に「正式に認められた」レベル。


その違い。



とりあえず現状は、どちらでもいい。

聖剣を使わねば倒せぬ相手が目の前にいる以上、使えることが重要だ。


グラハムもステファニアも、手を止めずに『霊煙』を斬り続ける。



それが、仲間たちを救う唯一の道であると信じて。



聖剣を手にしたニルスとアモンは、近寄ってきた『霊煙』の首と思われる個所を斬った。

それだけで、『霊煙』は消滅した。


「さっき、吹き抜けで戦ったのに比べると、すごく楽です……」

アモンが驚いて言う。

「まあ、さすがに聖剣、それも霊を消滅させるのに特化した聖剣とかだったろう? とんでもないな」

ニルスが、聖剣の能力を見て呆れたように言う。


走りながら、グラハムとステファニアの戦いを見ていたため、首の位置を刎ねたり、胸を突けば、一撃で消滅させることができるというのは分かっていた。

分かってはいたが……。

「破格の性能だ。こいつを奪っておきたかった理由、よく分かるな」

わざわざ使節団宿舎にまで乗り込んできて、聖剣を没収しようとしたのが、今ではよく理解できる。


実際、中央諸国使節団でも、王国の軍務省交渉官グラディス・オールディスと、連合の護衛隊長グロウンの二人の聖剣持ちが中心となって、使節団に寄ってくる『霊煙』を退け続けている。


「さっさと、あの化物クモを倒すぞ、アモン」

「はい!」

ニルスとアモンは聖剣を手に、立ち塞がる『霊煙』を切り伏せながら、サカリアス枢機卿の頭のついた化物クモに向かって走るのであった。




一方、エトと涼。

選んだコースには、ほとんど『霊煙』はいない。

もちろん、二人とも、<アイスアーマー>だけではなく、<アイスシールド>も周りに浮かせて守っているため、そう簡単にダメージは受けないが……それでも、敵がいるといないでは、走る速度も疲れ方も全く違う。


「リョウ、まだこの距離じゃ、魔法は?」

「うん、まだ精密砲撃はできない距離。攻撃して、来賓さんたちを援護したいですけど……」


エトの問いに、涼が答えた瞬間。


南側観客席から、五本の攻撃魔法が放たれ、化物クモを襲った。

特にその中の一本は、かなり強力だったらしく、障壁を張っていなかった化物クモはかなりのダメージを受け、のたうち回る。


「今のは……」

「多分、ロベルト・ピルロ陛下ですね」

エトも涼も、誰が中心となっての砲撃か理解していた。


二人とも、連合の先王ロベルト・ピルロが、非常に強力な魔法使いであることは知っている。


魔法砲撃が、五本だけであった理由も分かっている。



「戦場のような、大量の魔法砲撃だと、互いに干渉しあって狙いから大きく逸れる……それを防ぐために強力な五本だけにしたんだよね」

「さすがはロベルト・ピルロ陛下とその部下たちです。あれだけの距離の精密砲撃は、けっこう難しいと思うのですよ」

エトも涼も、感心していた。

さすがの、冷静な魔法砲撃に。


「あんな方が、十三年前の『大戦』では、王国の敵だったんだよね……」

「イラリオン様やアーサーさんが言っていました。連合の魔法は厄介だった、死ぬかと思ったと。その時は、ロベルト・ピルロ陛下の名前は出なかったのですが、後で陛下からお聞きしました。その連合の中心にいらしたと」


ロベルト・ピルロは、王国と連合が戦った『大戦』において、連合を代表する魔法使いの一人として、戦場に立っていたのだ。

当時、六十歳をすでに超え、連合の中心である十人会議の一席を占めていながら、自ら最前線に立つ。


王国側の魔法使いの主力であった、イラリオン・バラハやアーサー・ベラシスと死闘を繰り広げたという話を、涼はロベルト・ピルロ本人から、この西方行の途中で聞いていた。



「あ、もう一回、砲撃がありそうですね……エト、再び、アラクネの意識が使節団の方に向くでしょうから、その瞬間、観客席に飛びましょう!」

「え? 飛ぶ?」


涼の言葉の意味を全く理解できないエト。

だが、涼は、そんなエトの疑問を解消することなく、実力行使に出る。


エトの腰に左手を回し、がっしりと掴む。

決してガタイがいいとは言えない涼であるが、しっかり鍛えられ、それなりに筋肉はついているし、何より握力は強い。

剣を使うから。

しかも、左手の握力が!


その握力だけでもいけるのだろうが、いちおう、エトを落とさないように氷でも補強した。

あの……とか、えっと……とかエトが言っているうちに……。


涼の予測通り、再び中央諸国使節団から、化物クモに三本の砲撃。


だが……。


「<絶対聖域>」


四本足にある顔たちではなく、腹にある教皇の顔が唱えた。

絶対防御魔法。


さすがに、絶対防御は貫けず、砲撃が弾かれる。



だが、涼たちにとっては、砲撃の成功、不成功はどうでもいい。

涼が勝手にアラクネと呼んでいる化物クモの意識が使節団の方に向いた瞬間、一気にその上を飛び越える。


「<ウォータージェットスラスタ>」


そうして、東部諸国の来賓席に着地。

エトを離し、唱えた。


「<アイスウォール複層氷30層>」


氷の壁が、化物クモと来賓席の間に張られた。

エトは、突然の飛翔経験によるショックなど全くなく、化物クモの攻撃魔法によって多くのケガ人が転がる来賓席で、移動しつつ<ヒール>をかけ始めた。


『十号室』で、最も(きも)()わっているのは、やはりエトなのかもしれない……。



この瞬間、暗黒大陸東部諸国来賓たちは、全滅の危機を脱したのであった。


ついに『十号室』が、伝説のパーティーとしての一歩を……。

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