0414 アリーナは……
第一層の吹き抜けでアモンが『霊煙』と戦い、集会場アリーナの一部で、グラハムが聖剣で『霊煙』を斬っていた時……実は、集会場の別の場所では、もっと凄惨な戦いが起きていた。
それは、東側観客席。
そこにいるのは、集会場の外に退避しはじめていた暗黒大陸東部諸国からの来賓。
『首長』をはじめとした来賓幹部はすでに観客席を出ていたが、まだ来賓の四分の三は残っている。
「おい、化物クモが来たぞ!」
そんな叫びが、観客席から上がった。
頭部にサカリアス枢機卿の顔、腹部に教皇の顔、四本の足の膝に四司教の顔という、間違いなくグロテスクな生物が、アリーナから一気に東側観客席に向かって近づいてきた。
そして唱えた。膝が。
「<ファイヤーカノン>」
「<ファイヤーカノン>」
「<ファイヤーカノン>」
「<ファイヤーカノン>」
四つの声が、化物クモから響く。
それは、<ファイヤーカノン>の四連斉射。
ただでさえ、<ファイヤーカノン>という魔法は、炎の塊を十連射する魔法だ。
それが四つ。
ただ一度の四連斉射で、観客席の一割が瓦礫と化した。
とっさに防御した者たちも、無傷ではない。
連射される炎の塊は厄介だが、その塊一つ一つの破壊力も、非常に高い……。
「何だ、この魔法は……」
「籠手で弾けない……」
「せめてエンチャントがあれば……」
「おい、キンメ殿は?」
「キンメ殿は『首長』の護衛をして、すでに外に……」
来賓たちは、困難な撤退戦を強いられるのであった……。
化物クモによる、東部諸国来賓の虐殺とも言うべき惨状は、枢機卿、大司教たちのところからもはっきり見えていた。
だが、手助けに行こうと言い出す余裕のある者はいない。
それは、斬っても斬っても際限なく『霊煙』が現れることに、さすがに辟易しはじめていたグラハムもだ。
「あの化物クモは、人の力で作り出せるものではあるまい……。そうであるなら、聖剣の力が多少は役に立つのか?」
グラハムの呟きに答える者は誰もいない。
『霊煙』に対して、効果のある攻撃を行えるものが、聖剣を持ったグラハムしかいない。
そんな現状に、後ろから祈るだけだったステファニアが意を決したかのように動いた。
地面に置かれた、三本の聖剣の一本を袋から出し、手に取る。
「ステファニア長官!」
部下たる異端審問官たちが、驚きの声をあげた。
聖剣は、主たると認めない人物が手に取れば、その魔力、あるいは生命力そのものを吸い取ると言われている。
今、地面に置かれた三本の聖剣は、長い間、主がいないままの聖剣たち。
ステファニアは、その一本を取り、あまつさえ、鞘から剣を抜いたのだ。
だが、何も起きない。
それは良い事。
聖剣は、基本的に、魔剣のように光ったりはしない。
ステファニアが、力を吸われて倒れたりしなかったという事は……。
「いちおうの主として、認めてくれたか」
ステファニアの呟きは、周りにいた異端審問官たちにも聞こえた。
そしてステファニアは、グラハムの下に走った。
「ステファニア?」
「グラハム様、お手伝いいたします!」
こうして、グラハムとステファニアによる剣の共演が始まった。
ステファニアは、異端審問庁長官だ。
場合によっては、道を外れた聖職者たちを、力づくで異端審問にかけなければならない状況も生じる。
その際、異端審問官を率いる長官が、近接戦に弱いなどという事はあってはならない。
特に、前任の長官は、ヴァンパイアハンターと呼ばれ、人間を圧倒的に上回るヴァンパイアとすら渡り合ってきた人物。
後任のステファニアが、弱いなどあってはならない。
実際、ステファニアの目の前で聖剣を振るう、前任者グラハムの剣は冴えている。
全力ではなく、かなりの余裕をもって振るっているようだが、危なげない戦い。
それを上回るとは言えないが、ほぼ遜色ないほどの剣を、ステファニアも振るった。
「ステファニア、腕を上げたな」
「ありがとうございます、グラハム様」
これまで、グラハム一人で戦ってきた状況に比べれば、聖剣で戦う人数が倍になったのだ。
はっきり言って、余裕が生まれていた。
だが、それでも、アリーナの『霊煙』たちを突破して、東部諸国の来賓たちを救いに行けるかと言われれば、それは不可能だ。
おそらく、その瞬間に、残った枢機卿や大司教、場合によってはその後ろの観客席にいる聖職者たちが『霊煙』に襲われる……。
(残酷なようだが、私が今、最も守るべきは、来賓たちではない。ここにいる聖職者たちだ)
グラハムは、すでに心の中で、そう割り切っていた。
それはおそらく、隣で剣を振るうステファニアも同じ。
「助けに行きましょう」とは言いださないことからも分かる。
彼女も、冷静に、状況を分析していた。
もちろん、心は痛む。
状況を一変させてくれる、何か、あるいは誰かが現れないか。
そんな都合のいいことは起きないし、そんな者は現れない……それは知っている。
グラハムですら、そんな、勇者のような存在を欲していることを自覚していた。
「我ながら愚かだな」
自嘲する。
だが、自嘲しつつも、自分の心に嘘はつけない。
かなり年下であっても、勇者ローマンを絶対的に信頼していたのは、彼がどんな時でも諦めず、そして問題解決の突破口となる事が多かったからだ。
だが、もう、勇者はいない。
「東部諸国の来賓が刈り取られれば、次はこっちが危なくなる」
正面向かい側の、中央諸国使節団は、『霊煙』に対しても、堅い防御を示し耐え抜いている。
三カ国それぞれの指揮能力が非常に高いゆえだ。
また、聖剣持ちが複数いることも大きいのだろう。
決して、迎撃しやすいとは思えない観客席であるが、まだまだ破綻はしなさそうだ。
もし自分が、あの化物クモであれば、次に狙うのは自分たち聖職者の可能性が高いとは思う。
突き崩しやすいのはこちらだろうから。
「やはりこのままではジリ貧……」
この状況を打開できる、勇者のような、強力な存在……。
グラハムがそう思いながら、すでに撤退し、観客席が空いている西側を見た時……。
そこに、四人の冒険者が現れた。
ついに、次回、四人が合流!
あとは、一気に……。




