0043 ギルド登録
魔石の大きさ、個数を記録し、ヒューが執務室の金庫に保管し終えたところで、廊下から走る音が聞こえてきた。
それと共に……。
「みなさん、待ってください。まだそこはお話し中で」
というニーナの声も聞こえてきた。
先ほどの、ヒューが走っていた音に比べると大分軽いドタドタという音が聞こえ、勢いよく扉が開く。
そこに立っていたのは、黒いローブを着て、左手には大きな杖を持った背の低い女性の魔法使いであった。
「アベル……よかった……」
そう言うと、魔法使いは膝から崩れ落ちた。
(どこかで見た光景だ)
涼は失礼なことを思った。
「リン、心配かけてすまなかったな」
アベルのパーティー『赤き剣』の風属性魔法使いのリンだ。
その後からも、白い神官服を纏った女性と、巨大な盾を背負った巨漢の男が部屋に入ってきた。
「アベル……」
神官の女性の鈴の音が鳴るような綺麗な声が涼にも聞こえた。
「リーヒャ、ウォーレン、ただいま戻った」
「ええ……お帰りなさい、アベル」
涙ぐんだリーヒャと、完全に泣いているリン、無言だが安堵した表情のウォーレン。
三者三様の姿に、苦笑するアベル。
その光景に、どんな表情をすればいいのか困ったのは、涼だけではなかった。
「アベル、まあ、積もる話もあるだろうから、この部屋を使え。リョウとニーナは、ちょっと向こうで手続きをしよう」
そう言うと、ヒューはリョウとニーナを伴って応接室を出たのであった。
そしてギルドマスター執務室。
そこの応接セットにどっかりと座ったヒュー。
「ふぅ、ああいう雰囲気は苦手なんだよな。リョウもそこに座ってくれ。ニーナ、リョウはD級で登録するから、悪いがセットを一式こっちに運んでくれ」
「承知いたしました」
そう言うと、ニーナは準備のために部屋の外に出て行った。
強面巨漢のギルドマスターと二人、部屋に取り残された涼。
「D級登録、よろしいのですか?」
「ああ、かまわん。あんな大量のワイバーンの魔石を見せられたら、納得するしかないわな」
そう言って、ヒューは豪快に笑った。
「まあ、とどめはアベルが刺してくれましたから」
「アベルの実力は知っている。あれは間違いなく天才だ。だが、そうは言っても、剣士だ。その実力を知っている以上、奴一人でワイバーンを倒せないということも知っている。ということはだ、お前さんの実力が相当にあり、アベルに加勢すればワイバーンを倒せるほどに底上げしてくれる、そういう魔法使いってことだ。間違いなくD級登録できる実力さ」
そう言って、ヒューは豪快に涼の肩を叩いた。
骨がきしむ……。
「お? リョウ、お前さん魔法使いらしいが、身体も結構鍛えてるな?」
勢いよく肩を叩いたときに、ヒューは気づいた。
「一人で狩りとかしてましたし、スタミナが尽きて戦えなくなりました、とかじゃ困りますからね」
それを聞くとヒューはうんうんと何度も頷いた。
「そうなんだよ、ほんっとそうなんだよ。どんだけすげー技やら魔法やら持っていても、体力が尽きたらお終いなんだよ。だが最近のわけー奴はそれが分かってねえ」
そこからしばらく、最近の若い者に対する愚痴であった。
そうは言っても、ヒューですら、三十代半ばなのだが。
しばらく、愚痴が続いた後、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼します。ギルドマスター、登録道具をお持ちしました」
先ほど出て行った受付嬢のニーナが、お盆に大きい水晶などを持って入ってきた。
「おお、じゃあ、リョウの手続きを頼むわ。リョウは、ニーナの説明通りにやってくれれば大丈夫だから。俺は書類と格闘だ」
そう言って、ヒューは自分の机に向かった。
「改めまして、リョウさん、私はルン冒険者ギルド職員のニーナです。よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。リョウです。こちらこそよろしくお願いいたします」
二人は挨拶を交わした。
きちんとした挨拶、これ大事。
「では、まず聞き取りを行います。私が質問しますので、それに答えてください」
「わかりました」
(普通、紙を渡されて名前とかを書くパターンが多いと思うのだけど……で、「代筆が必要ですか」とか聞かれて、「いえ、大丈夫です」みたいなやりとりが……。そういうのが多いから、もう最初からデータの記入はギルド職員がすることになってるのかな)
涼の知っている異世界ものの展開とは違うらしい……。
「お名前はリョウさん、と。ご職業は、魔法使いでよろしいでしょうか?」
「はい、魔法使いで」
「魔法の属性は?」
「水属性です」
「お住まいは……まだ決まっていませんよね」
「はい、着いたばかりですので」
「登録から三百日までは、ギルド併設の宿舎に住むことが出来ますよ。軌道に乗ったら出ていく、という感じで。あとは登録したばかりの、つまり若手同士の知り合いを作る、的な意味合いもあります」
ニーナは、宿舎説明の紙を涼の前に差し出した。
「三百日までの間でしたら、いつでも入居できますし、退居もいつでもできますので、生活場所の候補の一つとしてご考慮ください」
「考えておきます」
(この紙……活版印刷とかがあるとは思えないのだけど……でも同じ内容の説明書きはいっぱい準備されてる感じだよねぇ。また謎が一つ増えた)
『ファイ』に来て、謎ばかりが増えていく涼。
「それと、リョウさんはダンジョンに潜られたことは無いですよね?」
「はい、ないです」
「ギルドでは、毎月、ダンジョン初心者講座を開いています。ダンジョン未経験者を対象に、ダンジョン内での注意すべき点や、採取できるもの、あるいはそれらの換金額。それとダンジョン以外での、冒険者としての初心者講座的な内容も含んでいます。そういったものを無償で学ぶことが出来ます。もし、ダンジョンに入るご予定があるのなら、受講されることを強くお勧めします」
「ぜひ、受けたいです!」
涼は食いついた。
「今月の講座は、明後日開講です。五日間、毎日異なる内容の講座ですので、五日間とも出られるとよろしいでしょう」
そう言って、ニーナはにっこり微笑んだ。
それはとても魅力的で、さすがは辺境最大ギルドの受付嬢であると言えよう。
ヒューが、その様子を自分の席から見ながら頷いていたのは、内緒である。
「では、リョウさんの講座申し込みはこちらでしておきますね。明後日、朝九時までにこのギルドの三階講義室においで下さい」
「九時?」
地球と同じ、九時?
「はい。広場に時計塔がありますので、それで時間を見てくださいね。ルンの街は、九時、十二時、十五時、十八時に時計塔の鐘が鳴ります」
どうやら地球と同じ、九時らしい。
「聞き取りは以上となります。後は、リョウさん自身の登録をしていただきます」
「僕自身の登録?」
「はい。この水晶に手を当てていただけますか」
涼は言われた通り、ニーナが運んできた水晶に右手をかざした。
「登録」
ニーナが呟くと、水晶が光りはじめた。
そして少しだけ、ほんの少しだけ、涼から魔力が抜けた感じがした。
水晶の光は、集束し、ニーナが持ったカードに入り、弾けて消えた。
「リョウさん、手を放しても大丈夫ですよ。ありがとうございます」
そう言われて涼は水晶から手を放した。
涼自身には、何も変化は起きていない。
ニーナは、光が弾けたカードを確認している。
そして一通りのチェックが終わったのであろう。涼にカードを差し出した。
「どうぞ。これが、リョウさんのギルドカードとなります。身分証の代わりとなることもあるので、紛失した場合はすぐにギルドに届け出てください。再発行には一万フロリン、つまり金貨一枚かかりますので、お気を付けください」
涼はカードを受け取ると、書いてある内容を確認した。
名前、冒険者ランクDというのと、所属が『ナイトレイ王国 ルン』
それだけであった。
「何かご質問などありますか?」
「すいません、一つだけ。アベルから、ギルドはお金を預かってくれる、それは国内ならどこのギルドからでも引き出せると聞いたのですが……」
「はい、その通りです。窓口で言っていただければ、別室にて手続きしていただけます。先ほど登録に使用した、この水晶で本人確認をする形になります」
「つまりその水晶は、国内全部繋がっていると……?」
なんということでしょう。
まさにファンタジー、まさに魔法。
地球では、現代においてようやく実現したオンラインシステムが、すでに『ファイ』では実現している!
「そうですね。そういう認識でよろしいかと思います」
ニーナは一つ頷いた。
ちょうどその時、扉がノックされた。
ニーナがギルドマスターで部屋の主、ヒューの方を見る。
「入れ」
ヒューは書類から顔も上げずに言った。
入ってきたのは、アベルら『赤き剣』の面々であった。
「ギルマス、応接室助かった。もう終わったから帰るわ」
ギルマスに報告したのはアベルだ。
「おう。気にすんな」
「ギルドマスター、ニーナ、今日十八時から『黄金の波亭』で、『アベル帰還感謝祭』をやるから、ぜひ来てね」
そう言ったのは、魔法使いのリンであった。
「もちろん、リョウは主賓だから強制参加だ」
アベルはそう言うと、ニヤリと笑った。
「え……」
固まる涼。
「黄金の波は俺らの定宿なんだ。リョウの部屋も用意しておくから、酔いつぶれても大丈夫だぞ」
「それは大丈夫とは言わない……」
「まあとにかく、リョウは参加だ。で、その前に、ちょっとリョウを連れて行きたいところがあるんだが」
アベルはそう言うと、ニーナの方を見た。
「冒険者登録は終わりました。リョウさんの質問がなければ、これで終了となります」
「ああ、何か質問があったら俺が答えるから。よし、じゃあリョウ行くぞ」
そう言ってアベルは涼を立たせた。
「では、私たちは先に黄金の波に行って、準備をしておきますね」
神官のリーヒャがそう言うと、リーヒャ、リン、ウォーレンの三人は部屋を出た。
「じゃあ、ギルマス、リョウをもらっていくぜ」
「あ、ギルドマスター、ニーナさん、いろいろありがとうございました」
涼は、そう言って頭を下げた。
「おう。これでリョウはルンの街の冒険者だからな、これからもよろしくな」
ヒューはそう言って、片手を上げた。
ニーナも、涼に向かってお辞儀をした。
そしてアベルは涼を連れ出した。
「ではギルドマスター、私も窓口業務に戻ります」
「おう、ありがとうな」
ニーナも窓口に戻って行った。
一人執務室に残ったギルドマスター、ヒュー・マクグラス。
「ああああ、よかった~~~」
声は外に聞こえないように小さかったが、まさに万感の思いが込められていた。
「アベルが行方不明、って報告した時の空気と来たら……あれは、もう二度と経験したくねえ。マジで帰ってきてくれてよかった……。まったく……流れ着いた先が魔の山の向こう側とか……。どう考えても絶体絶命じゃねえか……アベルも俺も」
そこまで言うと、自分の執務机に突っ伏した。
「もう、ほんっと、密輸の調査依頼なんて受けなくていいから、マジで。そう、せめて地上にいてくれ。剣で解決できる範囲なら、あいつが後れを取るなんて滅多にないんだから……。ダンジョンでも、多分何とかなる。でも海の上とかやばいから。うん、ほんとに。そうか、だとしたら連れ帰ってくれたリョウにも感謝だな。マジ助かったわ……。もし戻ってこなかったら、間違いなく俺、命無くなってるだろうし……。あ、戻ってきたこと、報告するか」
そう言うと、ヒューは、戸棚の中に設置してある通信用錬金水晶を起動するのであった。




