0413 アモンの成長
相手は煙。
アモンの剣が空を切る。
パリンッ。
間髪を容れずに、アモンの胸部装甲が砕かれた。
涼特製の<アイスアーマー>が、一撃で砕かれたのだ。
「<アイスアーマー複層氷30層>」
瞬時に再構築される氷の装甲。
一撃で割られる可能性は想定していた。
ミカエル(仮名)と違うとはいっても、『天使』であったと名乗る者が相手なのだ。
本体ではないとしても、想定する中で、最大の攻撃力だと考えておくべきであろう。
「むぅ……想定の範囲内とはいえ一撃とは……」
想定してはいても、悔しいという思いはある。
涼の呟きに、ニルスが答えた。
「やはり、今までの相手とは、勝手が違い過ぎるな」
アモンの動きも、かなり戸惑っているのが見て取れる。
涼の氷装甲が一撃で割られるのも、ほとんど経験の無い事であるし。
「でも、送り出した以上、見守るしかないよ」
エトが言い切る。
下手な剣士や魔法使いよりも、神官であるエトが、一番腹をくくっているらしい。
「分かっている。分かってはいるんだ……。アモンは、少なくとも俺よりも剣の才能がある。いずれはアベル陛下クラスにまで達するかもしれない」
ニルスのその言葉に驚いたのは涼だ。
ニルスの中で、剣士アベルというのは、神と同義。
そのレベルにまで、いずれアモンは達するかもしれないと認識しているというのは、最上級の評価と言える。
「だが、まだ十九歳だ……。もっとじっくり経験を積ませるべきだったんじゃないかと……」
ニルスの言葉は尻すぼみになる。
頭ではもちろん理解している。
今さらだと。
だから、最後までは言い切らない。
「大丈夫。即死以外なら、私が助ける」
エトが力強く言い切る。
「心臓は、リョウの氷が守っているから。だから大丈夫」
エトが再び強く言い切る。
そこに頷く涼。
バキッ。
再びアモンの胸部装甲が、割られる。
だが、貫通はされなかった。
三分の二で止まっている。
二十層を三十層に増やした効果は、あったらしい。
「<アイスアーマー複層氷30層>」
二度目の再構築。
バキッ。
「<アイスアーマー複層氷30層>」
三度目の再構築。
バキッ。
「<アイスアーマー複層氷30層>」
四度目の再構築。
…………。
氷の装甲が割られ、その度に涼が張りなおす。
それが、何度も繰り返された。
ニルスがはらはらとした表情のまま見守っている。
エトがどっしりと構えて見守っている。
涼は……だが、張りなおしていて気付いていた。
「少しずつ、間隔が広がってきています」
そう、装甲を張りなおす間隔が広がってきている。
つまり、割られにくくなってきているのだ。
それは、とりもなおさず、アモンが、少しずつ慣れてきているという証拠。
カキンッ。
さらに、時々、硬質の物体どうしがぶつかり合う、高い金属音も響いてくるようになった。
おそらく、片方はアモンの剣。
では、もう一方は?
煙が、固まったもの……であろう。
つまり、煙が固まり、攻撃してくる瞬間を、アモンが捉え始めている。
「凄いですね……」
涼が思わず呟く。
それはアモンのしのぎ。
当然、相手は『煙』のため、剣一本の相手などとは全く違う。
体の全ての部位が、ある瞬間に武器に変わる……。
アモンはその攻撃をしのぐために、最小限の体と剣の動きで対応していた。
本当に僅かな剣の動きで、『霊煙』の攻撃を流しているのだ。
僅かな動きでなければ、『霊煙』の手数と速度についていけない。
最初、攻撃を受けて、胸部装甲を何度も割られていたのは、その辺りに問題があったらしい。
だが、現在は、対応し、ほとんど致命的なダメージは受けなくなっている。
そんなアモンの動きに感心しながらも、涼の手もわずかに動いていることに、エトは気付いていた。
苦笑しながら、エトは首を振る。
「やっぱり、リョウも戦闘狂だね」
エトのそんな呟きは、誰にも聞こえなかったが。
アモンが村にいた頃に学んだ剣は、ヒューム流であった。
これは、涼の周りで言うなら、アベルが修めた剣と言ってもいいだろう。
初期の段階では、フットワークを多用するが、それぞれの体の特性に応じて最適化していき、無駄な動きを減らしていきながら戦う。
だが、あくまでそれは基本。
アベルにしてからが、決してフットワークを多用する方ではない……戦闘のポイントとなるタイミングで、集中的に使用するという感じだ。
そして、目の前のアモン。
フットワークはあまり使っていない。
そもそも、煙が相手であるため、余裕がないというのもあるだろう。
だがそれ以上に、アベルの剣とは違う……。
「ああ、ニルスの剣と重なる部分があるんだ」
涼はようやく気付いた。
ニルスの剣は、完全に我流だ。
アモンは、ヒューム流の剣に、ニルスの剣を取り込んで、さらに自分に合うようにカスタマイズしたらしい。
武道や茶道に関連して、『守破離』という言葉がある。
師弟関係や、修行の段階、あるいは流派そのものとの関係を表した言葉とでも言おうか。
守……流派の教えや技を忠実に守り身につける段階。だいたいの者が、ここで終わる。
破……他の流派などからも、良いものを取り入れて、自分の中で発展させていく段階。超一流。
離……流派から離れ、独自の流派を起こす段階。歴史に名が残る。
涼の認識としては、だいたいこんな感じだ。
アベルは、間違いなく破の中でも最後期レベルであろう。
もし、王様になどならずに、剣士として剣の道を究めようとしていれば……あるいは『離』にまで達したかもしれない。
だが、驚くべきは、目の前のアモン。
十九歳にして『破』に達し、しかも今、この瞬間にも成長を続けている……。
いずれは『離』に達し、新たな剣の流派を興す可能性すらある……。
例えば、日本の剣術の歴史で言うなら、念流を興した念阿弥慈恩や、陰流を興した愛洲移香斎、あるいは一刀流を興した伊東一刀斎など……。
まさに、歴史に名を残すレベルの……。
「今のうちに、サインをもらっておいた方がいいかもしれません」
涼のその呟きは、ニルスにもエトにも聞こえた。
だが、二人は、全く意味が分からなかったために、聞き流す。
青田買いは、けっこう難しい事なのだ。
「アモン、凄いね」
「ああ」
エトが呟き、ニルスが同意する。
そこで、エトが、チラリと涼を一瞥した後で、さらに小さな声で問うた。
「アモンと……リョウならどっちが強いかな」
「リョウだ」
ニルスは、間髪を容れずに答える。
その速さにエトは驚いた。
少しは迷うのではないかと思ったのだが。
エトから見れば、涼とアモンの強さの差は全く分からない……。
「それは……リョウの魔法のせい?」
エトは、最初に考え付いた理由で尋ねる。
「いや……。そもそも魔法有りなら勝負にならん。魔法無しで戦っても、最後に立っているのはリョウだ」
ニルスは再び断言した。
「どうして?」
「リョウの防御は鉄壁だ。あれは……たとえ剣聖であっても……つまり人間では突破できん」
「剣聖って……」
剣聖とは、まさに剣士の最上位者。
常にいるわけではなく、誰かに認定される存在でもない。
世の多くの剣士たちが、自然と最上位だと認める存在。
現在、中央諸国には、『剣聖』と呼ばれる人物はいない。
いや正確には、現役ではいない。
すでに第一線を退き、引退している……。
「人間以上の存在……力か、速度か、あるいは別の何かが……そんな、まさに人外のレベルでようやくどうか、という話だ」
「それほどなんだ……」
ニルスの言葉に、エトは驚いた。
そして神に感謝した。
今、このパーティーに、涼やアモンのような人間がいることを。
その間も、アモンと『霊煙』の戦闘は続いている。
だが、明らかに、戦闘開始時とは違う部分が出てきていた。
それは、アモンの動き。
足が動いている。
要は、最小限の動きでのしのぎ一辺倒から、反撃に転じる場面が出てきたのだ。
その際、一気に踏み込む場面で、フットワークが使われ始めていた。
全ては、煙の動きに慣れてきたため。
「普通に考えて、このまま煙人間が、ジリ貧なままで終えるとは思いません」
「同感だな」
涼の言葉に、ニルスも頷いて同意した。
圧倒的優勢から始まって、現状すでに劣勢な状況にまで追い込まれていることは、『霊煙』の側も理解しているはずだ。
当然、それを打開するために、逆転の一手を放ってくる……のが普通。
だが……もし、そんな一手を放ってこなかったら?
それは、普通ではないという事。
何が普通ではないのか?
目に見える範囲では、何もなさそうだ。
であるならば、目に見えない範囲で、普通ではない何かがあると考えるしかない。
そして、ついに……。
「ここ!」
ザクッ。
アモンの剣が、煙ではない何かを貫く。
その瞬間、貫かれた何かが氷に覆われた。
「え……」
思わず、アモンの口から漏れる驚きの言葉。
氷が、『霊煙』の心臓のようなものを覆った瞬間、煙は霧散した。
「お見事です、アモン」
涼が拍手する。
「よくやった!」
ニルスも拍手する。
「怪我はない?」
エトは神官らしく、アモンの体を心配した。
「あ、はい、大丈夫です」
アモンは、とりあえずエトの問いに答えた。
そして、剣から地面に滑り落ちた氷を見た。
「これは……リョウさんの氷?」
「うん、そう。アモンの剣が煙人間の核っぽいものを捉えたら発動するように、さっき魔法式で剣に描いたあれです。さすがアモン、よく貫きましたね」
「あ、はい、ありがとうございます!」
ここで、ようやくアモンは弾けるような笑顔を浮かべたのだった。
だが、エトがある事に気付く。
「あれ? でも、アモンの剣には魔石とか付いてないよね? 魔法式が起動する魔力はどこから?」
「さすがエトです。着眼点が素晴らしいですね! そこは、僕からの魔力線が繋がっていたのです」
「魔力線……」
「ええ。見えないですけどね」
涼が何度も頷きながら、嬉しそうに答える。
小説家が、書いた小説の隠し要素に気付いた読者がいることを知って、満足するかのような……。
「まあ、何はともあれ、無事に倒せてよかったな」
ニルスが、一番まともな事を言って、西側吹き抜けでの戦闘は、アモンの勝利で幕を閉じたのであった。




