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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第八章 教皇就任式
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0413 アモンの成長

相手は煙。

アモンの剣が空を切る。


パリンッ。


間髪を容れずに、アモンの胸部装甲が砕かれた。

涼特製の<アイスアーマー>が、一撃で砕かれたのだ。


「<アイスアーマー複層氷30層>」

瞬時に再構築される氷の装甲。


一撃で割られる可能性は想定していた。

ミカエル(仮名)と違うとはいっても、『天使』であったと名乗る者が相手なのだ。

本体ではないとしても、想定する中で、最大の攻撃力だと考えておくべきであろう。



「むぅ……想定の範囲内とはいえ一撃とは……」

想定してはいても、悔しいという思いはある。

涼の呟きに、ニルスが答えた。

「やはり、今までの相手とは、勝手が違い過ぎるな」


アモンの動きも、かなり戸惑っているのが見て取れる。

涼の氷装甲が一撃で割られるのも、ほとんど経験の無い事であるし。


「でも、送り出した以上、見守るしかないよ」

エトが言い切る。

下手な剣士や魔法使いよりも、神官であるエトが、一番腹をくくっているらしい。


「分かっている。分かってはいるんだ……。アモンは、少なくとも俺よりも剣の才能がある。いずれはアベル陛下クラスにまで達するかもしれない」

ニルスのその言葉に驚いたのは涼だ。

ニルスの中で、剣士アベルというのは、神と同義。

そのレベルにまで、いずれアモンは達するかもしれないと認識しているというのは、最上級の評価と言える。


「だが、まだ十九歳だ……。もっとじっくり経験を積ませるべきだったんじゃないかと……」

ニルスの言葉は尻すぼみになる。

頭ではもちろん理解している。

今さらだと。

だから、最後までは言い切らない。


「大丈夫。即死以外なら、私が助ける」

エトが力強く言い切る。

「心臓は、リョウの氷が守っているから。だから大丈夫」

エトが再び強く言い切る。

そこに頷く涼。



バキッ。


再びアモンの胸部装甲が、割られる。

だが、貫通はされなかった。

三分の二で止まっている。

二十層を三十層に増やした効果は、あったらしい。


「<アイスアーマー複層氷30層>」

二度目の再構築。



バキッ。

「<アイスアーマー複層氷30層>」

三度目の再構築。



バキッ。

「<アイスアーマー複層氷30層>」

四度目の再構築。


…………。



氷の装甲が割られ、その度に涼が張りなおす。

それが、何度も繰り返された。



ニルスがはらはらとした表情のまま見守っている。

エトがどっしりと構えて見守っている。

涼は……だが、張りなおしていて気付いていた。

「少しずつ、間隔が広がってきています」


そう、装甲を張りなおす間隔が広がってきている。

つまり、割られにくくなってきているのだ。

それは、とりもなおさず、アモンが、少しずつ慣れてきているという証拠。



カキンッ。


さらに、時々、硬質の物体どうしがぶつかり合う、高い金属音も響いてくるようになった。


おそらく、片方はアモンの剣。

では、もう一方は?


煙が、固まったもの……であろう。


つまり、煙が固まり、攻撃してくる瞬間を、アモンが捉え始めている。



「凄いですね……」

涼が思わず呟く。


それはアモンのしのぎ。

当然、相手は『煙』のため、剣一本の相手などとは全く違う。

体の全ての部位が、ある瞬間に武器に変わる……。


アモンはその攻撃をしのぐために、最小限の体と剣の動きで対応していた。


本当に僅かな剣の動きで、『霊煙』の攻撃を流しているのだ。


僅かな動きでなければ、『霊煙』の手数と速度についていけない。

最初、攻撃を受けて、胸部装甲を何度も割られていたのは、その辺りに問題があったらしい。



だが、現在は、対応し、ほとんど致命的なダメージは受けなくなっている。



そんなアモンの動きに感心しながらも、涼の手もわずかに動いていることに、エトは気付いていた。

苦笑しながら、エトは首を振る。

「やっぱり、リョウも戦闘狂だね」

エトのそんな呟きは、誰にも聞こえなかったが。



アモンが村にいた頃に学んだ剣は、ヒューム流であった。

これは、涼の周りで言うなら、アベルが修めた剣と言ってもいいだろう。

初期の段階では、フットワークを多用するが、それぞれの体の特性に応じて最適化していき、無駄な動きを減らしていきながら戦う。


だが、あくまでそれは基本。


アベルにしてからが、決してフットワークを多用する方ではない……戦闘のポイントとなるタイミングで、集中的に使用するという感じだ。



そして、目の前のアモン。


フットワークはあまり使っていない。

そもそも、煙が相手であるため、余裕がないというのもあるだろう。

だがそれ以上に、アベルの剣とは違う……。


「ああ、ニルスの剣と重なる部分があるんだ」

涼はようやく気付いた。


ニルスの剣は、完全に我流だ。


アモンは、ヒューム流の剣に、ニルスの剣を取り込んで、さらに自分に合うようにカスタマイズしたらしい。



武道や茶道に関連して、『(しゅ)()()』という言葉がある。


師弟関係や、修行の段階、あるいは流派そのものとの関係を表した言葉とでも言おうか。


守……流派の教えや技を忠実に守り身につける段階。だいたいの者が、ここで終わる。

破……他の流派などからも、良いものを取り入れて、自分の中で発展させていく段階。超一流。

離……流派から離れ、独自の流派を起こす段階。歴史に名が残る。



涼の認識としては、だいたいこんな感じだ。

アベルは、間違いなく破の中でも最後期レベルであろう。

もし、王様になどならずに、剣士として剣の道を究めようとしていれば……あるいは『離』にまで達したかもしれない。


だが、驚くべきは、目の前のアモン。


十九歳にして『破』に達し、しかも今、この瞬間にも成長を続けている……。

いずれは『離』に達し、新たな剣の流派を(おこ)す可能性すらある……。


例えば、日本の剣術の歴史で言うなら、念流を興した(ねん)阿弥(あみ)慈恩(じおん)や、(かげ)流を興した愛洲(あいす)移香斎(いこうさい)、あるいは一刀流を興した伊東一刀(いっとう)(さい)など……。


まさに、歴史に名を残すレベルの……。



「今のうちに、サインをもらっておいた方がいいかもしれません」

涼のその呟きは、ニルスにもエトにも聞こえた。

だが、二人は、全く意味が分からなかったために、聞き流す。


青田買いは、けっこう難しい事なのだ。



「アモン、凄いね」

「ああ」

エトが呟き、ニルスが同意する。


そこで、エトが、チラリと涼を一瞥した後で、さらに小さな声で問うた。

「アモンと……リョウならどっちが強いかな」

「リョウだ」

ニルスは、間髪を容れずに答える。

その速さにエトは驚いた。


少しは迷うのではないかと思ったのだが。


エトから見れば、涼とアモンの強さの差は全く分からない……。


「それは……リョウの魔法のせい?」

エトは、最初に考え付いた理由で尋ねる。

「いや……。そもそも魔法有りなら勝負にならん。魔法無しで戦っても、最後に立っているのはリョウだ」

ニルスは再び断言した。


「どうして?」

「リョウの防御は鉄壁だ。あれは……たとえ剣聖であっても……つまり人間では突破できん」

「剣聖って……」


剣聖とは、まさに剣士の最上位者。

常にいるわけではなく、誰かに認定される存在でもない。

世の多くの剣士たちが、自然と最上位だと認める存在。


現在、中央諸国には、『剣聖』と呼ばれる人物はいない。

いや正確には、現役ではいない。

すでに第一線を退き、引退している……。



「人間以上の存在……力か、速度か、あるいは別の何かが……そんな、まさに人外(じんがい)のレベルでようやくどうか、という話だ」

「それほどなんだ……」

ニルスの言葉に、エトは驚いた。


そして神に感謝した。


今、このパーティーに、涼やアモンのような人間がいることを。




その間も、アモンと『霊煙』の戦闘は続いている。


だが、明らかに、戦闘開始時とは違う部分が出てきていた。

それは、アモンの動き。


足が動いている。


要は、最小限の動きでのしのぎ一辺倒から、反撃に転じる場面が出てきたのだ。

その際、一気に踏み込む場面で、フットワークが使われ始めていた。


全ては、煙の動きに慣れてきたため。



「普通に考えて、このまま煙人間が、ジリ貧なままで終えるとは思いません」

「同感だな」

涼の言葉に、ニルスも頷いて同意した。


圧倒的優勢から始まって、現状すでに劣勢な状況にまで追い込まれていることは、『霊煙』の側も理解しているはずだ。

当然、それを打開するために、逆転の一手を放ってくる……のが普通。



だが……もし、そんな一手を放ってこなかったら?



それは、普通ではないという事。



何が普通ではないのか?


目に見える範囲では、何もなさそうだ。

であるならば、目に見えない範囲で、普通ではない何かがあると考えるしかない。



そして、ついに……。



「ここ!」


ザクッ。


アモンの剣が、煙ではない何かを貫く。

その瞬間、貫かれた何かが氷に覆われた。


「え……」

思わず、アモンの口から漏れる驚きの言葉。



氷が、『霊煙』の心臓のようなものを覆った瞬間、煙は霧散した。



「お見事です、アモン」

涼が拍手する。

「よくやった!」

ニルスも拍手する。

「怪我はない?」

エトは神官らしく、アモンの体を心配した。


「あ、はい、大丈夫です」

アモンは、とりあえずエトの問いに答えた。


そして、剣から地面に滑り落ちた氷を見た。


「これは……リョウさんの氷?」

「うん、そう。アモンの剣が煙人間の核っぽいものを捉えたら発動するように、さっき魔法式で剣に描いたあれです。さすがアモン、よく貫きましたね」

「あ、はい、ありがとうございます!」


ここで、ようやくアモンは弾けるような笑顔を浮かべたのだった。



だが、エトがある事に気付く。

「あれ? でも、アモンの剣には魔石とか付いてないよね? 魔法式が起動する魔力はどこから?」

「さすがエトです。着眼点が素晴らしいですね! そこは、僕からの魔力線が繋がっていたのです」

「魔力線……」

「ええ。見えないですけどね」


涼が何度も頷きながら、嬉しそうに答える。


小説家が、書いた小説の隠し要素に気付いた読者がいることを知って、満足するかのような……。


「まあ、何はともあれ、無事に倒せてよかったな」

ニルスが、一番まともな事を言って、西側吹き抜けでの戦闘は、アモンの勝利で幕を閉じたのであった。


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