0412 送り出す
アリーナが大混乱に陥っている時、『十号室』の四人はいったい何をしていたのか?
左手、暗黒大陸西部諸国の来賓席第一層に到着した四人であったが、そこには十人のテンプル騎士団の死体と、瓦礫と化した棺桶大の錬金道具が転がっていた。
「暗黒大陸西部諸国には、僕たちよりも早く、事を成した人たちがいるようです」
涼が頷きながら言う。なぜか偉そうだ。
「あの錬金道具、ぶっ壊されてるが……先の二つも、ぶっ壊せばよかったんじゃないか?」
ニルスが、棺桶大の錬金道具と涼をかわるがわる見ながら、当然の事を言った。
先の二つは、涼が何やら水属性魔法を使って、内部の『線』を切ることによって、停止していたからだ。
目の前のやつのように、ぶっ壊した方が早い気がするのだ。
「何を言っているのですかニルス! あれは、悪い人が作った悪い錬金道具とはいえ、素晴らしい物です。ある種、傑作と言ってもいいかもしれません! そんな素晴らしい道具を、こんな見るも無残な状態に破壊するのは、錬金術の頂を目指す者としては受け入れられません!」
「お、おう……」
力強く断言した涼の前に、ニルスはそれ以上言葉を続けられなかった。
もちろん、エトとアモンは苦笑している……。
だが、そんな時……。
「何か来ます!」
涼が叫んで、吹き抜けの入口の方を見た。
他の三人も、同じように見る。
そこには、金色の煙が集まり、塊のようになって、人間大の二足歩行の煙でできたものが現れた。
「煙人間!」
もはや、誰の言葉か言うまでもないであろう……そんな感性の水属性の魔法使いなど、一人しかいない。
「もう少し、別の表現はないのか?」
ニルスが少し呆れたように言う。
「じゃあ、ニルスなら何て表現するんです?」
「え……いや……金煙の塊……」
「却下です!」
ニルスと涼の会話中も、エトはしっかりとその煙人間を見ている。
そして、一つ頷いて言った。
「多分、あれは『霊煙』と呼ばれるやつだよ」
「煙人間、惜しかった……」
「惜しくないわ!」
涼が残念そうに言い、ニルスがつっこんだ。
「西方教会の教えによると、天使が地上で力を行使する際に現れると言われるもの……らしいよ」
「さすがエトです。でも、よくそんなの知ってましたね?」
エトが言い、涼が感心した。
「うん。ほら、カールレ修道士、彼が教えてくれたんだ。なんでも、グラハムさんは開祖ニュー様の研究者として有名らしくて、その研究の中に、この『霊煙』も出てきてるんだって。すごく嬉しそうに話していたけど……多分、それだよね。今回の天使は、あれだけどね」
「ああ……堕天使……」
エトが理由を説明し、涼が納得して頷いた。
だが、その涼の言葉に、煙人間もとい、『霊煙』が口を開いた。
「堕天使、と言ったか?」
四人にも、はっきりと言葉が聞こえた。
驚く四人。
「喋れるんだな……」
「堕天使に反応するということは、堕天の概念を理解している?」
「すごく強そうです」
「声帯とかどうなっているんですかね」
ニルスとエトは、まあいいだろう。
普段は『十号室』一常識的なアモンだが、こういう時は、戦闘狂の気が出る。
そして、涼に至っては……もはや何も言うまい。
だが、言い返したのは、そんな涼であった。
「堕天使とは、神から離れ、エネルギー供給を絶たれた天使。そのままでは、消えてなくなるしかない憐れな存在です」
普段、宗教的な事はエトが言うのだが、今回は涼が口火を切った。
認識が、どこまで合っているのかを確認してみたかったのだ。
「……サカリアスの魔法陣を邪魔したのは、お前たちか」
「ニルス、全てばれているみたいです」
「ここで俺に振ってどうする」
「本当に、神から離れた天使など、存在していたのですね」
涼とニルスの会話とは違って、エトがため息交じりに呟く。
概念としては理解できても、本当に、神から離れて存在し続ける事が可能なのか……心から受け入れていたわけではなかったのだ。
だが、目の前にいる存在は、涼の言葉を否定しなかった。
神から離れた天使……。
天使とは、神の力を地上に顕現させるもの……神の力の地上代行者。
それが、神の下を離れて存在し得るとは。
少しだけ悲しげな表情のエト、それとニルスと涼……だが、そんな三人とは明らかに違う表情と様子の四人目が、この『十号室』にはいる。
「ニルス……アモンが、戦いたそうにうずうずしています」
「奇遇だな……俺にもそう見える」
涼とニルスが、アモンを見て言う。
「あ、すいません。何というか、あの『霊煙』とかいうの、力の底が見えないんです。凄く強そうじゃないですか? いや、もちろん、戦って負ければ死んじゃうのは分かっているんですけど……」
アモンが、戦闘狂な事を言っている。
「煙だし……剣では斬れない気がするよ?」
「確かに! でも、こっちにダメージを与える一瞬とかには、硬くなったりとかは、しないですかね?」
涼とアモンの頭の中では、すでに『霊煙』との戦闘シミュレーションが行われているらしい。
「エト……うちのパーティーは、半分は戦闘狂だよな」
「ニルス……そういうニルスも、時々楽しそうに戦っているよ?」
ニルスの言葉に、小さく微笑みながら反論するエト。
反論されたニルスは、驚愕して言葉を失った。
「そうですね~、アモン、ちょっと剣を見せてください」
涼が言うと、素直にアモンは剣を見せた。
その剣に、涼はなにやら水で魔法式を書く。
「この前、共和国でゴーレム戦を見た後、ゴーレムに施されたエンチャントの魔法式を見せてもらったんです。ゴーレムに書けるなら、剣にも書けると思うのですよ」
「えっ……」
涼の言葉に絶句するアモン。
「相手は煙人間ですけど、それでも核になる部分はどこかにあるはずです。天使の力で作られたものだとしても、こちらの世界に顕現しているものである以上、こちらの世界の理から逸脱はしていないはずです。煙は、集まり続ける何らかの力がないと、散っちゃうでしょう? でも散っていないという事は……」
「なるほど! 煙を集めている核のような部分を見つけて、そこに剣を突き立てろと」
涼のほわっとした説明であるが、天才肌のアモンは理解したらしい。
「<アイスアーマー複層氷20層>」
アモンの体を薄い氷が覆う。
薄いながらも、<アイスバーン>でも実践した『複層氷』……『振動しない』氷を挟み、二十層という強靭さだ。
多少は、耐えられるはずだが、なにぶん天使や『霊煙』の力が分からない以上……。
「あてにはしないでください」
「ありがとうございます! 久しぶりですね、リョウさんの<アイスアーマー>。ダンジョン講習とかを思い出します」
涼の言葉に、アモンは嬉しそうに昔を思い出して言った。
ダンジョン講習最終日、初めてダンジョンに潜った時も、そして次の日も、涼が<アイスアーマー>を纏わせていたのだ。
アモンは、ほとんど意識していないと思っていたのだが、覚えてはいたらしい。
涼とアモンがそんな話をしている間、『霊煙』は攻撃も何もせずにじっと待っていた……というわけではなく、エトが尋ねていた。
「なぜ、あんな、地下の魔法陣を構築させたのですか」
そんなエトの問いかけを、ニルスは横で見ている。
はっきり言って、目の前の煙人間が、人間の質問などに答えるとは思えないのだが……。
「我の、慈悲である」
(答えた……)
答えたというその事実に、ニルスは驚いた。
エトは、答えた事には全く驚いていない。
この辺りは、一般人に比べれば、神や天使との距離が近いであろう、神官ならではなのかもしれない。
だが、答えた事には驚いていないが、答えの内容には疑問があるらしい。
「慈悲、と仰いましたか?」
「慈悲である」
『霊煙』の答えにぶれはない。
おそらくは、目の前の霊煙というよりも、その根源とも言える堕天使的な者の答えだろうが。
「なぜ、問答無用に人の命を奪う魔法陣が、慈悲なのでしょうか?」
エトは顔をしかめながら問うている。
いかにも、理解しがたいという表情と雰囲気で。
「あれならば、人は痛みを感じずに神のかけらを手放すことができる。その意味において、慈悲である」
「神のかけらを手放すというのは、死ぬ、ということですよね? 人にとって、死ぬことが慈悲だとは思えません!」
『霊煙』の答えに、エトは小さい声ながらも鋭く反論した。
「この世の全ての苦痛から解放されることは、慈悲である」
「痛みは、苦痛は、確かに不快です。そこから逃れたいと思うのは、人の本能だと思います。ですが、それは神が人に与えたもうた試練。乗り越えることによって、人は成長します。決して無用な、あるいは有害なものではありません!」
「神は、お前たちが思うほど慈悲深いものではない」
「なぜ、あなたは……」
エトはそこまで言って、言葉を続けられなかった。
目の前の『霊煙』、ひいてはその本体であろう堕天使と自分は、考え方が永遠に交わらないということを理解できてしまったのだ。
それは、とても寂しい感覚であった。
「エト、アモンの準備は終わりましたよ」
涼が言う。
涼の耳にも、エトと霊煙の『問答』は聞こえていたが、それについては、あえて触れなかった。
涼の中では確信していた。
目の前の『霊煙』の本体である堕天使は、涼が知るミカエル(仮名)などとは、また別物であると。
予想はしていた。
それが確信に変わった。
とはいえ、やることは変わらない。
ただ、少し安心しただけ。
ミカエル(仮名)のようなものが相手であれば、自分たちが生き残る希望などは全くないと思っていた。
だが、そうでないのならば……。
ニルスは、何も言わず、ただアモンの肩を一つ叩いた。
それだけで十分だった。
叩かれたアモンも、何も言わずに一つ頷いただけ。
そんな二人を見守る涼。
(人を育てるということは、周りの人間が覚悟を決めるという事です。取り返しのつかない問題が起きた時、送り出した人は、その後一生、その決断を……後悔に、苛まれることになるからです。放っておいても人は育つ? そんなわけないのです。そんなこと言うのは、人を育てたことのない人たちです)
そうして、集会場西側吹き抜けにおいて、アモン対『霊煙』による戦闘が、開始された。
(活動報告から転載・抜粋)
今日(2021年8月26日)、久しぶりに「小説を読もう」ページの『小説検索』で、
『週刊ユニークアクセスが多い順』で並べ替えてみたのですよ。
そしたらなんと!
『水属性の魔法使い』が一番上に来ていましたよ!
週別ユニークユーザ: 266,882人
つまりこの一週間で、全なろう833,239作品中で、
一番多くの方が読んでくださった作品ということですよ!
ありがとうございます!
7月15日に出した活動報告
「『水属性の魔法使い』9000万PV到達&週刊ユニークアクセス数「なろう」で2番目に多い……」
でも、週別ユニークユーザ: 267,024人ということでしたから、
一カ月以上ずっと読んでいただけている……そう解釈していいのかなと思っています。
一週間で、26万数千人の方が見てくださっている……毎日平均で4万人弱!
ありがたいことです。
アニメ化作品でもなく、コミカライズ第一話待ちで、
なろう表紙に載っている「今、最も勢いのある作品」というわけでもなく……。
初投稿から一年四カ月、180万字・400話超も経ているのに……。
多くの方に読み続けていただいているというのは、凄く嬉しいですね!
本当に、ありがとうございます。