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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第八章 教皇就任式
433/910

0407 動き出す……

「ロベルト・ピルロ陛下。異常事態というのは、この微量の魔力吸い出しですね?」

やってきた涼が食い気味に問いかける。


「うむ。さすがリョウ殿じゃ、気付いておったか」

「いえ……実は、呼びに来たグロウンさんに『異常事態』と言われて、初めて気づきました」

ロベルト・ピルロが褒めるが、涼はバツが悪そうに苦笑した。


涼と(いえど)も万能ではないのだ。


「なに、経験の差じゃ。七十五年も魔法使いをやっておるから気付いただけよ」

ロベルト・ピルロはそう言って笑った。



そして、真顔に戻って問う。

「吸い出しているのは、この観客席自体じゃ。使節団の人間としては、この就任式そのものにケチをつけるのは避けたい……文官たちが努力してきた交渉の結果にも響くかもしれんからな。とはいえ、その文官たちが、一番被害を受けておる……。なんとか穏便に、解決する方法とか思いつかんか?」

ロベルト・ピルロは、かの『オーブリー卿が殺せなかった男』だ。

その頭脳明晰さはつとに有名。

だが、そんな男でも『穏便に解決』する方法は思いつかない……。



涼は少し考える。


まだ、正直、『魔力』というものが何なのか、完璧には理解できていない。


だが、『物の理』たる物理の外に存在するものではない。

それはミカエル(仮名)が言ったことから想像できる。


であるならば……魔力の吸い出し、つまり魔力の移動を遮断することはできるはずだ。



「水属性魔法に、ちょうどいい魔法があります。ちょっと試しで……陛下と僕で試してみてよろしいですか? 魔力の微量な吸い出しを正確に認識できるのは、この辺りですと陛下と僕くらいしかいませんので……」

「リョウ殿、それは……」

「よい、グロウン。リョウ殿が言うのももっともじゃ。全体にやる前に、わしらで試してみるがよい」

涼が提案し、それを護衛隊長としてグロウンが止めようとし、ロベルト・ピルロがそれを遮った。


率先して、自らの身を危険にさらすことをいとわない……ロベルト・ピルロという男はそういう人物なのだ。



「では失礼します。<アイスバーン複層氷>」

涼が唱えると、涼とロベルト・ピルロの足の下に、氷の床が生じた。

何の事はない、いつもの<アイスバーン>だ。


見た目は。


「あ、氷の床ですので、滑ります。お気を付けください。できるだけ滑りにくい氷にしましたが、どうしても『滑る』という特性は消えませんので」

涼は、椅子部分にまで張られた<アイスバーン複層氷>を触っているロベルト・ピルロに注意を促す。


「この氷は、冷たくないのお……」

ロベルト・ピルロが感想を言う。

「はい、そこが重要な点です。氷から水への変化を止め、熱の移動を禁じました。一枚の氷に見えるかもしれませんが、実は複層で、真ん中に分子振動がほぼ無い氷が挟んであります。そこは、強制的に分子振動を止めているのですが、おそらくそれによって、魔力の移動も阻害されているはずです」



魔力が何であれ、振動しているはずだ。

振動を強制的に停止することによって、その伝播を、遮断する。


ものすごく簡単なモデルで言うなら、熱に限った場合の、魔法瓶みたいなものだろうか。

二重構造の間を真空構造にすることで、熱の移動を防ぐ。



フェルスター機構ではなくデクスター機構だった、ということだろうか。

可能性は、<魔法障壁>や、絶対魔法防御と言われる<聖域方陣>、<絶対聖域>を見た時に、恐らくそうではないかと涼も推測していたが……絶対に間違い、というわけではなかったらしい。


うん、何か、少し違う気もするが気にしない。

どうせ、未だに魔力の本質は理解できていないのだから……。



「最初は、この観客席そのものに直接触れないようにすればいいのかとも思ったのですが……服や靴を履いていても吸い出されているということは、それだけでは難しいみたいです。なので、複層で挟んでみたわけです。陛下、魔力の吸い上げを確認してみましょう」

「うむ……正直、リョウ殿の説明はよく分からんが、何やら面白そうじゃな。いずれゆっくり魔法談議はするとして、とりあえずは、魔力の吸い上げが止まったかの確認じゃな」


ロベルト・ピルロはそう言うと、目を瞑り、自らの魔力の流れを追うことに集中した。


涼も同じように目を瞑り、自らの魔力の流れを追った。

先ほどまでは、足の裏から吸い出されていた魔力の流れは、止まっている。

空中への吸い出しもない。


処置は成功したらしい。


目を開き、二人は頷いた。



そんな二人の元へ、見知った顔が近づいてきて、声をかけた。

「陛下、リョウ殿、私にも教えていただけますかな」

「ハンス・キルヒホフ伯爵か。魔法使いとは聞いておらなんだが……さすがにできる男は違うのかのお」

近付いてきたのは、帝国使節団のハンス・キルヒホフ伯爵。

冗談めかしてロベルト・ピルロは言う。


「私も、魔力が吸い出されているのは感じられましたから。それで横を見ると、リョウ殿が連合使節団の方に行き、しかもロベルト・ピルロ陛下と話されている。となれば、魔法的な何かがあるのだろうと推測はできます」

「なるほど」

ハンスの理路整然とした、それでいて簡潔な説明に、涼は一つ大きく頷いた。



本当に優秀な人は、どんな場面でも優秀であるらしい。



「伯爵が感じた通り、この観客席自体が、我々から微量の魔力を吸い出しておる。で、騒がずにそれをなんとかできないかとリョウ殿に尋ねたら、彼の氷の床を張れば大丈夫になるらしいのじゃ」

「ですので、これから連合と王国全体に張ります。その後、帝国にも張りますので、伯爵は戻って皆さんにお知らせください」

ロベルト・ピルロが説明し、涼が追加で説明した。


ハンスは何も質問せずに、戻っていった。


恐らく、吸い上げられた魔力が何のためのものなのかも、推測できているのだろう。


それは、この二人もであった。


「リョウ殿、この吸い上げられた魔力は、やっぱりあれの起動用じゃろう?」

「ああ、はい。やはりヒューさんから聞かれていましたか。恐らく、この聖都の地下にある巨大魔法陣の起動用でしょう。もしものために、抵抗する可能性のある使節団員たちから魔力を抜いておけば、抵抗も抑え込みやすくなる……一石二鳥ですし」



涼たちが知らない間に、ヒュー・マクグラスは、連合や帝国とも情報を共有していたらしい。



組織を率いる者は、下の者が知らないうちに動いているものだ。

そうでなければ、組織はうまく回らない。


時々、そんな事を理解しないまま組織のトップになってしまう者がいる……。

当然、組織はうまく回らない。

下の者の感覚のままでは、組織は破綻(はたん)に向かう……地位を上がりたいなら、多くの事を学ばねばならないのだ。


組織に属する者、全員のために。



逆に言うと、その準備ができていない者を、上に上げてはいけない。



個人の処理能力と、プロジェクトや組織を回す能力は、全く別物。

それを理解できていない経営者の、なんと多いことか……。



「うむ。マスター・マクグラスから報告を受けておる。もちろん帝国使節団もな。例の『生贄(いけにえ)』についてもじゃ。リョウ殿が、魔法陣は効果を発しないように細工をしたとも聞いたが?」

「はい。ただ、一番中心の部分にまでは魔力が供給されないように、そこは動かないように細工しましたが……。初動部分は動きます。試験運用というか、そういうのを設置者が試す可能性はあると思ったので」

「まあ、当然じゃな。細工をしてあるのがばれてはいかんからな」

涼の説明に、ロベルト・ピルロは一度頷いて答えた。




王国使節団の観客席。

涼によって氷が床に敷かれ、椅子にも氷が張られている。

冷たくはないが、固いのはいかんともしがたい……。


そんな観客席で。


「くそっ……嫌な予感がしやがる」

「どうしました、団長?」

ヒュー・マクグラスは小さく呟いたのだが、隣に座っていた首席交渉官イグニスには聞こえていた。


「いや……こう、胸の奥辺りがざわざわするんだ。こういう時は、たいてい、とんでもないことが起きる」

「ああ……ムシノシラセとかって、リョウさんが言っていましたね。修羅場を多くくぐった人ほど、鋭くなるそうです。団長なら、かなりでしょう」

「こういうのは、当たって欲しくないんだがな」


ヒューはそう呟いたが、彼ら使節団全員の命が狙われているのは理解している。

それを、とんでもない事と言わなくてなんというのか。



打てる手は打った。打ってきた。

だが、それでも、思うのだ。

まだやれたんじゃないかと。

事前にもっと準備できたんじゃないかと。



「団長、大丈夫ですよ。団長は、やれることは全てやりました」

微笑みながらそう言い切ったのは、首席交渉官イグニス。


ヒューですら及ばぬほどの重圧に、日々さらされながらの交渉、その全てに責任を負う男。

間違いなく、この西方諸国への使節団の中で、最も神経をすり減らしている男。


彼の交渉指揮次第で、今後数十年に及ぶ、何カ国もの利害、影響力、権益その他が決まっていくのだ。

子や孫の代どころか、何世代も先まで。


いずれは、再交渉が行われる?

有利な条約を結んだ側が、再交渉に応じるか?

再交渉に応じる必要などあるか?



あるわけがない。



再交渉の機会など、五十年後、百年後にようやく出てくるかどうかだ。

それまでにどれだけの人数が、この条約に縛られるか。


そう考えれば、重圧と一言で言えるようなものではないのだ。



だが、そんな男が言った。

「大丈夫」だと。「やれることは全てやった」と。


その言葉は、想像以上に、ヒュー・マクグラスの心から重圧を取り除いてくれた。



「ああ、イグニス。そうだな」

ヒューは小さく頷き、それを見たイグニスも微笑んで頷いたのであった。




中央諸国使節団が、氷の床に足を置き、氷の椅子に座ることによって、魔力を吸い上げられる状況から解放されている間も、アリーナでは就任式が進んでいる。



涼は王国使節団の元の席に戻っていた。


「あの巨大魔法陣の起動魔力はどうするのかと思ったのですが、会場の観客席に仕掛けをしているとは思いませんでした」

「かなり、大掛かりなんじゃない?」

涼の感想に、エトが疑問を投げかける。


「そうですね……手間はかかるでしょう。たくさん、魔法陣を書かないといけないでしょうから……いや、これも大きめのを数個でやれる……かな? でもそうなると、またその魔法陣を起動するための魔力を……」

涼は答えが見つからないまま、その声が小さくなっていく……。



そこに、アモンの小さいが鋭い声が聞こえてきた。

「あっちの、暗黒大陸からの来賓の人たちも、眠っている人たちがいません?」

「ああ、いるな。まあ、百人のうち一人か二人くらいだが……。あっちも魔力を吸われているってことか」

アモンはその目の良さを活かして報告し、ニルスが同意した。


「魔力吸い出しの魔法陣か装置……錬金道具かな、その辺りを壊した方がいいですかね? 壊しちゃうと、この陰謀の中心にいる人が、失敗したことを認識して強硬措置に出る可能性が高くなりますけど」

涼は、ニルスとエトの方を向いて問う。


パーティーリーダーはニルスであり、普通はニルスが判断するのだが、この場合は魔法関連なため、エトの意見が尊重される。


ニルスとエトが視線を交わし、お互いに頷いた。


「壊しちまおう。どうせそのうち、俺ら使節団からは魔力を吸い出せていないことには気づくだろう。いずれ敵は、強硬措置に出る。それなら、先手を打つほうがいい」

ニルスが言うと、エトとアモンも頷いた。


「分かりました」

涼も頷いた。



四人は、ヒュー・マクグラスに相談し、決行の許可を貰った。


そうして、観客席の後ろ、最上段にある階段から、こっそりと出ていった……。


最近、アベルが出てきていない!

そう思った読者の方、いらっしゃいますでしょうか?

そう、出てきませんね。

筆者が忘れているわけではありません。

理由があって、なのです。


いずれ、分かります。

ええ、いずれね……ふふふ。

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