0404 <<幕間>> 悪魔たち
ここは『ファイ』のどこか。
便宜上『ホール』と呼ばれている。
「待て、ジャン・ジャック!」
悪魔ジャン・ジャック・ラモン・ドゥースは、鋭い声で呼びとめられた。
声だけで、誰が呼び掛けたのかは分かったし、できれば聞こえなかったふりをしたかったのだが……そんな事をすれば、いきなり首を斬り飛ばされるかもしれないため、仕方なく振り向いた。
「おうレオノール、久しぶりだな」
そこには案の定、レオノール・ウラカ・アルブルケルケがいた。
後ろに、エルフのエリザベスも付き従っている。
「ジャン・ジャック、いちおう聞いておくが、西方諸国でリョウに手を出したりはしていないだろうな?」
レオノールは、腰に両手を置いて詰問調である。
とはいえ、それは仕方のないことだ。
ジャン・ジャックの性格をよく知っているから。
涼のような面白い人物を見かけたら、どうしてもちょっかいを出してしまう……。
もちろん今回は、事前に、レオノールから「絶対に手を出すな」と言われていたから、できるだけ近付かないようにしていた。
例の『堕天を知る者たち』に近づく場合でも、涼が近くにいない場合に限っていた。
そう、ジャン・ジャックにしては、非常な努力をしたのだ。
それなのに……。
「もちろんだ。指一本触れていないぞ」
いっそ堂々と、ジャン・ジャックは答えた。
それを訝しげに見るレオノール。
そして、後ろを振り向いて問うた。
「エリザベス、ジャン・ジャックは嘘をついているのではないか?」
「はい、嘘をついていらっしゃいます」
「おい!」
レオノールの問いにエリザベスは即答し、思わず声を上げるジャン・ジャック。
「やはりか! ジャン・ジャック、あれほど言うたであろうが!」
「いや、待て、レオノール、誤解だ! エリザベスもエリザベスだ。そこは、平和を優先して『嘘などついていません』と答えるべきだろう!」
「申し訳ございません、ジャン・ジャック様。私、嘘がつけません性分でして」
エリザベスはそう言うと、深くお辞儀した。
「待て、レオノール。まずは説明させろ」
「何だ、弁明か? あるなら聞いてやる」
「弁明……その言葉にも語弊があるのだが、いや、まあいい。弁明する。確かに、リョウと、ちょっと戦った……いや、まて、レオノール、その殴ろうとしている右手を引っ込めろ。確かに戦ったが、あくまでそれは成り行きでそうなっただけだ」
「どうせまた、人間を食べようとしたのであろう? 人間は、むしろ増やさなきゃいかんのだから、あんまり食べるなと言っておろうが」
レオノールはため息をつく。
「い、いや、それは、あれだ、ほら、例の西方諸国にちょっかい掛けている上位次元の奴、あいつの消滅を狙ってだな、妨害を兼ねて少し食べたりしただけだ……」
「嘘をつけ! それだけではないであろうが」
ジャン・ジャックが説明し、レオノールが断定する。
そして、後ろを振り向く。
「はい、嘘をついていらっしゃいます」
「やっぱりか!」
エリザベスが肯定し、レオノールが吠える。
「いや、だからエリザベス……。まあ、全部本当ではないが、嘘というほどではない。実際、奴がちょっかい掛けてくるようになってから、西方諸国の発展がかなり停滞するようになった……。昔のように戻って欲しいと思っているのは確かだぞ」
「うむ、それは我も疑っていない。とはいえ、奴は上位次元の存在……我々も、簡単には手が出せん」
「まあな。だが、あのリョウとそのパーティーは非常に興味深い。可能性はゼロではないと思っていてな……実は今も、ずっとあの辺りを監視している」
「ほぉ~、ジャン・ジャックにしては珍しいではないか」
「言ったろう? 西方諸国には、以前のように戻って欲しいと」
レオノールは心底驚いたように言い、ジャン・ジャックは心外な事を言われた様子で、小さくため息をついて答えた。
「ニューがいた頃は、なかなかに楽しかった。奴が死んでからも、数百年はいい時代が続いた。その間、人間とヴァンパイアの争いなど、見ているだけでも血沸き肉躍るような光景もあったが……いろいろと楽しかった……。祀られていたやつらの一部が、こうしてちょっかいを掛けてこなければ……」
「仕方あるまい。人間は、やはり特別な生き物じゃ。それは、上位次元の者たちにとっても。エネルギーの供給源を離れた者たちとて、消滅はしたくないじゃろう。そうであれば、新たなエネルギーを手に入れるほかない……」
ジャン・ジャックが過去に思いを馳せ、レオノールは未来を考える。
「生存本能だと? そうだとしても、俺に関係しない所でやって欲しいものだ……」
「奴らが、一番接しやすかったのが西方諸国なのじゃ、仕方あるまいよ。奴らも、ただ上位次元にいるというだけで、万能には程遠い。さらに、次元の異なるこちらの事情など理解はできまい。我らが、奴らの事情を理解できないのと同様にな。いろいろと仕方ないのじゃ」
ジャン・ジャックが小さく首を振り、レオノールも同じように首を振った。
世界は、人が思う以上に複雑らしい。
「まあ、そういうわけで、俺から積極的にリョウに手を出したわけではないからな!」
「そうか。今度リョウに会ったら聞いてみるとしよう。リョウの答え次第では、ぶん殴るからな!」
「えぇ……」
「いいな、ジャン・ジャック。何度も言うが、リョウは我の獲物じゃ! リョウを殺すのは我じゃ、絶対に手を出すなよ!」
また明日「0405」から本編に戻ります。