0403 祭りの前
教皇就任式まで、あと二日。
聖都全体が、賑やかになっていく。
就任式そのものは、教皇庁並びに周囲の教会関連施設で行われる。
だが、慣例として教皇は、就任式を行う前に、聖都の大通りを馬車に乗って移動し、信者たちに祝福を与える。
そのため、聖都全体もお祭りのように盛り上がるのだ。
「いいよね、こういう祭りの前って感じ」
「ウィットナッシュの開港祭を思い出します」
「ウィットナッシュは、最後、厄介な相手と対峙しましたね。さて、今回はどうでしょうか」
「リョウが言うと、本当にそうなりそうだから困る……」
エトが街の雰囲気を喜び、アモンがかつての港町での祭りに思いをはせ、涼が『あの火属性魔法使い』との対決を思い出し、ニルスがため息をつく。
十号室の四人は、王国使節団宿舎に隣接するカフェ、『カフェ・ローマー』のテラス席で、ケーキとコーヒーのセットを食しながら話していた。
はっきり言って、たいした仕事はないため、こうして時間を潰しているのだ。
だが、涼の中には、ただ一つだけ気にかかることがあった。
それは、錬金術師ニール・アンダーセンの行方。
涼が知る限り、教皇庁の中にはいない。
グラハムにもお願いして、探してもらっているが、そちらも全く手掛かりがない。
もしかすると、すでに聖都のみならず法国を出たのではないかとすら、最近では思っていた。
彼は、暗黒大陸に渡ると言っていたし。
少しだけ気にかかりながらも、それほど深刻には考えていない……。
それよりも、深刻な問題があった。
彼ら四人は、一人での行動を団長ヒュー・マクグラスによって禁止されていた。
四人は、まがりなりにも聖剣を取り返し、勇者パーティーの四人の魔法使いをはじめとした地下政庁に捕らわれていた魔法使いたちを解放した。
当然、多くの有力者たちから注目されているはずだからだ。
そのため、基本的には使節団宿舎の中だけ。
外に出る場合は四人一緒で、この宿舎隣の『カフェ・ローマー』まで。
そう決められていた。
「最近、魔物討伐をしていません」
「突然、なんだ、リョウ」
涼がふと呟き、ニルスが聞きとがめた。
「この西方諸国に来る途中は、けっこうな数の魔物がいましたけど……特に法国に入ってからは、全く出会いません」
「そりゃあな。中央諸国と違って、けっこう狭い地域に人間が密集して住んでいるからな」
「それでも、多少は大きな森の奥とかには魔物がいるらしく、騎士団が訓練で討伐することもあるらしいよ」
「魔物の討伐は冒険者じゃなくて、騎士団なんですね」
涼が寂しそうに言い、ニルスが答え、エトが事情を説明し、アモンが王国との違いを指摘した。
そんなとりとめもない話をしている間に、涼はふと気になる光景を見つけた。
「なんか……異国情緒を感じさせる人たちが、けっこういませんか?」
「ああ、リョウさんの言いたいこと、わかります」
涼の小さな声に、アモンも小さな声で返した。
ここカフェ・ローマーは、西方諸国の中心と言っても過言ではない聖都マーローマーにある。
しかも、そんな聖都の中でも、最もハイソサエティと言える教皇庁のすぐそばにあり、高級カフェとして知られている。
そのため、お客様の多くは、着こなしが洗練されている。
もちろん、例外もいる。
「俺たちの方が、明らかに浮いてるだろ……」
ニルスが小さく首を振りながら呟いた。
そう、中央諸国使節団の冒険者たちは……その例外にあたる……。
とはいえ、涼が指摘したものについては、四人とも気付いた。
明らかにどこかの民族衣装! みたいなわけではない。
西方諸国の中でも一般的な服装ではあるのだが……。
「ああ! 髪の毛の色とかが違うんですね」
アモンが指摘する。
そう、髪の毛を染めているのかどうなのか、それは分からないが、緑色とか、ピンク色とか……果ては水色まで……。
水色の髪の人は、整った顔立ちもあってなかなか素敵だが。
「多分、暗黒大陸からの来賓の人たちだと思うよ」
エトが微笑みながら答えた。
どこからか、情報を得ているらしい。
神に仕える者同士、西方教会の聖職者からであろう。
神官と聖職者。
普通に考えれば、殺し合い……とまではいかなくとも、異端め! と相手を指さして非難しそうな関係になりそうなものだが。
西方教会には、異端審問庁なるものもあるし。
だが、実際はそんな事はないそうだ。
西方教会の開祖ニュー様は、『信教の自由』を謳っていたらしい……。
五人ほどの、暗黒大陸からの来賓の一団は、美味しそうにケーキを食べている。
それを見れば、世界平和の可能性も見えてくる。
そう、美味しいものは正義なのだ!
涼はなんとはなしに、嬉しい気持ちになった。
そうして、四人は、『カフェ・ローマー』を後にした。
『十号室』の四人に見られていたことなど知らない暗黒大陸からの来賓五人。
もちろん、この五人だけが来賓ではない。
数百人に上る者たちが、今回の教皇就任式に来賓として出席するために、この聖都に到着している。
「いやあ、それにしてもこのケーキは美味いな。我が大陸産のコーヒーに驚くほど合っている」
「パトリス・チセケディ、美味しいのは同意ですが、本当にいいのですか? 我々、こんなところで遊んでいて……」
「グティ、フルネームで呼ぶなといつも言っているだろう。いいんだよ。首長閣下自らが、『カフェ・ローマーに行ってこい』とおっしゃったのだから。ここだろ、カフェ・ローマーって」
パトリスと呼ばれた男性は、グティと呼んだ女性に肩を竦めながら説明をした。
二人の会話を横に苦笑しながら聞く三人。
「それにだ。首長閣下が、わざわざ場所を指定して行ってこいとおっしゃったのだ。おそらく何かあると思うんだよな」
パトリスは、少しだけ声を潜めて言う。
言われて、グティも頷いて言った。
「ああ、なるほど。それはあるかもしれませんね」
だがグティは知らない。
この後、パトリスがニヤリと笑ったのを。
その顔はまさに、「グティ、ちょろい!」を表現していた。
もちろん、他の三人は、パトリスのそんな顔を垣間見たため、先ほど以上に苦笑したのだ。
それが、この五人、護衛パーティー『清涼なる五峰』でよくある光景であった。
それから一時間、ケーキセットをおかわりしながら五人は『カフェ・ローマー』にとどまったのだが……特に何も起きなかった。
ほぼ口から出まかせ的に言ったパトリス・チセケディと、苦笑していた三人は、特に何とも思わなかったのだが、一人真面目なグティだけが、「何も起きないですね~」を繰り返していた。
彼らに何かが起きるわけではなく、彼らの姿を別の者に見せるために『カフェ・ローマー』に行けと指示された……とまでは、考えることはできなかったのだ。
それが、この後、どこで生きるのかは、少なくともこの五人は知らない。
行けと指示した『首長』も、そこまでは『視え』ていない……。
『十号室』の四人が戻った宿舎の一階ロビーで。
「ニルスさん!」
戻ってきたニルスを見つけ、声をかける男性が一人。
「ん? ハロルドか? 久しぶりだな。何をやっていたんだ?」
「はい。マクグラス団長の指示で、ラシャー東王国の王都バチルタにいっていました」
ニルスの問いに、『十一号室』のハロルドが答えた。
ハロルドの後ろには、ゴワンとジークもいる。
二人とも、『十号室』の四人に、小さく頭を下げた。
「ラシャー東王国の王都バチルタって言うと、グラハム枢機卿が大司教時代に赴任していた所ですよね?」
「ええ、まさに。そこに、ちょっとおつかいに」
エトが問い、ハロルドが頷いて答えた。
十号室の四人がいろいろやっている間に、彼ら三人も経験を積んでいたらしい。
涼は、なぜか腕を組んで偉そうに頷いている。
三人が多くの経験を積み、成長しているその姿に満足したのであろう。
もちろん、涼は特に何もしていないのだが。
そこへ、上の階から団長ヒュー・マクグラスが降りてきた。
これはけっこう珍しいことである。
なぜなら、ヒューは、昼間の時間帯は、たいていこのロビーに詰めているからだ。
自分の部屋は上階にあるのだが、そこに上がるのは夜になってから……。
しかし、現在午前十一時。
「おう、十一号室も戻って来たか。ちょうどいい。十号室と十一号室、それとリョウ、ちょっと俺の部屋に来てくれ」
ヒューはそう言うと、再び階段を上がった。
七人は顔を見合わせて、すぐにそれを追った。
ヒューの部屋には、大きめの会議用机がある。
それを囲んで七人は座る。
「十一号室の報告は後で聞く。先に、お前たちに伝えておくことがある」
ヒューはそう言うと、一度言葉を切ってから、続けた。
「先日、このロビーにもやってきたグーン大司教、それとその上司、カミロ枢機卿。彼らの脅威は排除された、とグラハムから連絡があった。見た目は変わらないだろうが、使節団の脅威になる事はないから安心して欲しい、ということだ」
「それは、いったいどういう意味なんでしょう……」
ヒューの説明に、そのまま疑問に思ったことを問いかける涼。
「俺にも分からん。勇者パーティーの斥候モーリスが、さっきグラハムからの手紙を持ってきてな。そこに、今言った通りの事が書いてあった。まあ、あいつが勇者パーティーに入る前に所属していたところに関連する技術なんじゃ……」
「異端審問庁……。煙で自由を奪ったり記憶を書き換えたりするそうですけど……」
「ああ、恐らくその辺なんだろうな……。あの手の組織で上に行こうとすれば、清廉潔白なだけでは無理だ。清濁併せ呑むのはもちろん、それら全てを、笑顔を浮かべたままやり通すくらいの胆力も必要だ……」
「凄いですね……僕には無理です」
「ああ……俺も無理だ」
涼もヒューも、顔をしかめながら小さく首を振った。
まさに、権謀術数渦巻く権力闘争!
「そういうわけで、グーン大司教とカミロ枢機卿は問題ない。枢機卿の中で、最大の問題はサカリアス枢機卿という人物だそうだ。彼には注意しろということだった」
「錬金術師の枢機卿ですね。グラハムさんが教えてくれましたけど、例のブローチとかブレスレットを作ったのは、そのサカリアス枢機卿だそうです。あと、多分なんですけど、西の街ゼピュロスの第四保管庫から繋がっていた地下空間。あそこに描かれた巨大魔法陣も、多分そのサカリアス枢機卿が設計したものだと思います」
「マジか……」
ヒューが情報を伝え、涼が事実と推測を口にし、ニルスが驚く。
「ブローチやブレスレットの魔法式と、共通する思考過程というか、そんな印象を受けました。ああいうのって、けっこう人によって違うんですよ。複雑なものであればあるほど、設計者の違いによる差が顕著に現れます。音楽とか分かりやすいでしょう。慣れると、初めて聞いた曲であっても、誰が作曲したものか分かるじゃないですか。あれと同じような感じです」
「ああ、なるほど」
涼の説明に、納得して頷いたのはジークとエトだけであった。
やはり他は脳筋なのか……。
「絵なんかもそうだな。タッチというか、画風というのか、俺もよくは知らんが、同じ作者の作品だとなんとなく分かる。ああいう感じという事か」
そう答えたのはヒュー・マクグラス。
強面巨漢で、この中では最も『脳筋』、つまり脳の中まで筋肉に見えるが、意外にもそうではないらしい。
実は、かなりの教養を身に付けているのかもしれない……。
「さすがヒューさん……ニルスとは違……」
「リョウ、何か言おうとしているか?」
涼の呟きに、横入りをするニルス。
「も、もちろん何でもないですよ。ヒューさんは教養がある、さすがはグランドマスターだな~と言っているだけです。他の誰とも比較などしていません」
涼はおすまし顔でそう答えた。
口は禍の元。
平和が一番。
もちろん、エトが笑いを押し殺し、アモンが苦笑しているのは今さら説明するまでもないであろう。
結局、いくつかの話し合いが行われ、『十号室』の四人は部屋を出た。
『十一号室』の三人からの詳しい報告を、この後ヒューは聞くらしい。
階段を下りて一階に向かう四人。
だが、エトが涼に声をかけた。
「リョウは、何か気になる事があるの?」
そう、涼は階段を下りる間も、少し首を傾げて何事か考えながら歩いていたのだ。
たいていこういう場合は、「お昼ご飯に悩む」だとか、「ケーキセットは何がいいか」だったりするのだが、今日はそういう感じではないと、エトは思ったのだろう。
「いえ、取り戻した聖剣の件なのです……」
涼はそう言うと、少しだけ考えて、言葉を選んだ。
自分だけが理解できる言葉を使っても意味がないからだ。
「僕たちから、神のかけらを取り出そうとしている存在、まあ堕天者とでも名付けますけど、その堕天者は、元天使のような存在……と我々は考えています」
涼がそう言うと、エトは無言で頷いた。
それを見て、ニルスとアモンも頷いた。
「しかし……天使というのは、本当に、それこそ僕たちの手が届く存在ではないですよね? 神殿とかでも『天使』というのは教義の中に出てくるのでしょう?」
「うん、出てくるよ。もちろん普通の神官は経験しないけど、聖者様や聖女様は、天使と話したことがあるという伝承もある。ただ、本当に稀な事だけどね」
涼の問いに、エトは色々と考えながら答えた。
そして、考えたことによって、涼が言わんとすることを理解した。
「ああ、もしかしてリョウは、あの聖剣なんかでは、天使様、つまりその堕天者を倒すことなど不可能じゃないか、って思った?」
「そうなのです。さすがはエトです。天使というのは……そんなことで手が届く存在ではないだろうと」
エトが言い、涼が頷いて答えた。
もちろん、この時、涼の頭に浮かんだ天使は、ミカエル(仮名)だ。
「でもそれにしては、カミロ枢機卿とか、西方教会の上層部が、あれだけ力を入れて聖剣を手に入れようとしていたのがよく分からないのです。保管庫にあったものだけじゃなくて、使節団の人が持っている物まで手に入れようとしていたじゃないですか。普通じゃないですよね。間違いなく、その堕天者か、あるいは堕天者の指示を受けた誰かから、そうするようにと言われたと考えた方が、筋が通りますよね。あるかもしれないから~程度で、使節団にまで手を出さないでしょう。だって、大切な『生贄』なんですから」
涼はそこまで一息で言い切ると、ラウンジに座った。
他の三人も、それぞれ座る。
そして、注文される暗黒コーヒー四つ。
「そう……もしかしたら聖剣は、堕天者そのものを倒すための物ではないのかもしれないね」
エトは、考えたことをさらにもう一度考えながら、ゆっくりと口を開いた。
「どういうことです?」
涼が首を傾げて問い、ニルスとアモンも疑問な顔でエトの方を見る。
「堕天者そのものではなくて、堕天者が生み出すもの、あるいは召喚するものに対する武器かなと。ほら、うちらが初めて悪魔ジャン・ジャックに転移させられた時、あの街って、レイスが何度も召喚されていたよね。あれを思い出しちゃって」
「なるほど。眷属とか召喚した物に対しての武器……それならありそうですね!」
エトの推測に、涼は何度も頷いて肯定した。
ニルスとアモンは、すでに出てきたコーヒーに意識が向いており……。
「リョウはさあ、その堕天者は、顕現すると思う?」
エトは、先ほど以上に、真面目な表情で涼に問うた。
「顕現っていうと、この世界に形をもって現れるかどうか、ってことですよね。神とか天使みたいな存在が」
「うん、そんな感じ」
涼が問うと、エトが頷いて答えた。
「それはないと思うんです」
「どうして?」
涼は即答し、エトが尋ねる。
「う~ん、説明しにくいんですけど、彼らがいる所と、僕たちがいる所は、別次元……あ~、違う場所だと思うんです。接してはいるけど、行き来はできない場所。干渉はできるけど、相手の場所に現れることはできない繋がり方。説明しにくいですね……」
「ふむ」
以前考えたみたいに、三次元と二次元で考えてみよう。
我々はまっ平らな二次元におり、ボールが地面から一メートル離れた三次元に浮いている光景を想像してみる。
三次元にあるボールは、自分の方からなら接している二次元にぶつかりに行くことはできる。
その際、二次元にいる我々にダメージを与えるだろう。
ボールがぶつかってきたら、きっと我々は痛いだろう。
そういう風に、『干渉』してくることは可能だ。
だが、そのボールは、我々がいるまっ平らな二次元に、来ることができるだろうか?
ボールという球形そのものが、厚みのある、三次元の形だ……だから、二次元に来ることは無理であろう。
二次元の中で描かれたボール……つまり絵の中のボールとは、別物だ。
我々二次元の者は、三次元にあるものに対して、基本的に干渉はできない。
そして、三次元に行くこともできない。
ボールのように三次元の存在は、二次元にあるものに対して、好きな時に干渉ができる。
ただし、二次元に行くことはできない。
それが、涼が考えた結論。
だから、堕天者は、自分たちに干渉することはできるが、こちらの次元に来ることはできない。
そう考えた。
そう考えて、エトに答えた。
答えたのだが……。
何かが抜けている気がする。
大きな何かを見落としている気がする……。
だが……分からない。
ついに、『水属性の魔法使い』が1億PVに到達しました!
1億ページ読んでもらえたということですよ。
これは、とてもすごい事です!
いつも読んでくださる読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
2020年4月1日に初投稿して……1年と4カ月。
個人的には、けっこう早く到達したのではないかと思っております。
それだけ、多くの方に支持されて、読んでいただけたということですものね。
なんてありがたい~。
出版していただいている、TOブックスのTwitterでも祝福いただきました!
https://twitter.com/TOBOOKS/status/1427475874647928832
これからも投稿し続けていきますので、引き続き、応援よろしくお願いいたします。
明日、一話だけ幕間が入ります。
「0404 <<幕間>> 悪魔たち」
ええ、ちょっと悪魔たちのお話が……。