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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第八章 教皇就任式
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0401 堕天せし者

「聞こえるか、サカリアス」

「はい、レグナ様。レグナ様の忠実なる僕、サカリアスは控えております」


そこは、教皇庁からほど近い場所にある、西方教会開発局の局長室。

部屋の中央では、サカリアス枢機卿が、両膝をついて顔を伏せて祈っているかのようだ。



サカリアスは、『レグナ』が天使であることを疑っていなかった。

サカリアスが信じるに足る内容を、いくつも見せてきたからだ。


サカリアスは、自分は非常に猜疑心が強く、疑い深い性格であることを認識している。

そんな者をすら納得させるほどの、この世のものではない多くの事をレグナは示してきた。


特にサカリアスの得意分野、人の中でも間違いなく頂点近い錬金術において、レグナはそれを遥かに超えるものをサカリアスに示してきた。

レグナに示された魔法陣、魔法式は、サカリアスですら理解できない部分が多々あったのだ。



まさに、人の業にあらず。


天使様でなくて何だというのか。



「地下街の魔法使いたちが解放された」

「なんですと!」

レグナと呼ばれる者の言葉は、サカリアスの頭に直接聞こえてくるようだ。

サカリアスの言葉は、普通に口から出ているのだが。


普段、驚くことなどめったにないサカリアスであるが、この知らせにはさすがに驚いた。

なぜなら、彼ら捕らえた魔法使いたちは、常時、魔力を吸い上げ、満足に動くことすらできない状態を保っていたはずだからだ。

しかも、『教皇』の一体を、守りとして配置していた……。



いったい、何が起こったのか?



「ま、魔法使いたちの魔力の吸い上げが足りませんでしたでしょうか?」

サカリアスは、最もありそうな事を問うた。


三十二人もの、優れた魔法使いたちだ。

しかも、そのうちの四人は、かつては勇者ローマンとパーティーを組んでいた者たち。

西方諸国の中でも、間違いなくトップクラスの魔法使い……。

油断していい者たちではない。


僅かでも余力があれば、くびきを食い破るであろう者たち。


「いや、そうではない」

レグナの言葉に、ほんの僅かに、サカリアスは安堵した。


だが、続く次の言葉で再び緊張することになる。


「『教皇』が倒され、倒した者によって解放された」

「馬鹿な!」


思わず叫ぶサカリアス。

サカリアスが叫ぶ光景など、恐らく、誰も見たことはない。


それほどに、稀な事。



「し、失礼いたしました。取り乱しましたこと、お許しください」

サカリアスはそう言い、床に頭をこすりつける。


「三十二人の魔法使い全てからの魔力の供給が万全の状態であり、『教皇』も想定通りの力を発揮したにもかかわらず、ただ一人の男に倒された」

「……」

レグナが告げるが、もはやサカリアスは何も言えない。

文字通り、言葉を発することができなかった。


完璧に、万全の状態であったにもかかわらず、教皇の一体が倒されたのだ。

しかも、ただ一人の男に。


「案ずるな。その男は、中央諸国から来た者だ」

「使節団の中に?」

「『就任式』によって、その男も吸い上げ、我の糧となる。案ずるな」

「おぉ……」


レグナ様の言葉に、サカリアス枢機卿は心底安堵した。

確かに、それであれば、どれほど強い男であっても問題ない。

それどころか、強ければ強いほど、レグナ様の良い糧となるであろう。

むしろ、好都合。


教皇就任式は三日後。

全ての準備は、ほぼ整っている。

当然だ、一年をかけて準備してきたのだ。

後は、その時が来るのを待つだけ。


「レグナ様の御心のままに……」




「やはり、一仕事終えてからのケーキとコーヒーは、たまりませんね!」

「いや、まだ何もしてないだろ?」

涼は嬉しそうにケーキを食べ、その横でつっこむニルスも、結局はケーキを食べている。


『十号室』の四人は、王国使節団宿舎の一階ラウンジにいた。

現在、午前十時。


「どうやっても起きないニルスを苦難の末に起こし、あられもない姿のまま朝食を食べに食堂に下りようとしていたニルスに服を着せ、『ちょっと西方諸国を滅ぼしちまおうぜ』と言ったニルスを、言葉を尽くして説得して止めましたよ?」

「うん、何一つ合っていないな! 一人で起きたし、まともな服装で食堂に行ったし……そもそも、最後のやつは何だ? なんで『ちょっと西方諸国滅ぼそうぜ』なんて言葉が出てくるんだよ。俺を危ない奴にするんじゃねえよ!」


涼が空想小説を語り、ニルスが全否定する。

よくある事だ。


「でも、ニルスだって一度くらいは、世界を滅ぼしてみたいと思ったことあるでしょう?」

「ねえよ!」

「そんな馬鹿な! 人として生まれたからには、一度くらいは思うはずです!」

「うん、リョウはそうかもな。リョウは、世界を滅ぼしてみたいとか思いそうだよな」

「人に、変な印象付けするの、やめてもらえませんかね?」

「お前が言うな!」


涼とニルスがそんな事を言っている横で、笑いながらエトとアモンがケーキを食べている。



そんな平和な光景が破られたのは、突然だった。



ロビーの向こう、入口とロビーの間で、何やら大声が飛び交っている。


「なんだ?」

ニルスが、非常に常識的な言葉を発する。

「誰かが、この宿舎に入ろうとして、それを冒険者が押しとどめているみたいです」

アモンが、目の良さを活かして報告する。

「この前みたいに、異端審問官とか?」

エトが、過去の事例から推測する。

「異端審問官って、黒い法服でしたよね? 今回の人たちは……騎士?」

涼が、首を傾げながら答える。



「我らはテンプル騎士団だ。軍務省交渉官グラディス・オールディス殿に話がある。通してもらいたい」

「交渉官への面会は、正式な手続きを踏んでから行え。そう決まっているだろうが」

テンプル騎士団の面会要請に、めんどくさそうに答えているのは団長ヒュー・マクグラスだ。


「どけと言っているだろうが! どかねば力ずくで押し通るぞ!」

「おもしれえ! やれるもんならやってみろ!」

ヒューがいる場所以外でも、騎士団と冒険者の『会話』は交わされている。


多少、売り言葉に買い言葉な要素も含まれているが。


「貴様ら! 我らテンプル騎士団を馬鹿にするか!」

「馬鹿にするも何も、あんたらの事なんか知らないよ!」

何カ所も、『会話』が交わされている。


やはり、売り言葉に買い言葉な要素が含まれている……かなり。



ようやく、ケーキとコーヒーを完全に食し終わった十号室の四人も、冒険者たちの群れの、最後方に移動した。


「僕たちが最後の砦ですね!」

「何でリョウは、そんなに嬉しそうなんだよ」

涼がニコニコしながら言い、ニルスがため息をつきながら答える。


「何か、法衣を着た聖職者の方が騎士団の後ろからやって来ましたね」

「緑と白の法衣なので、大司教でしょうが……」

アモンが入ってきた聖職者をみつけ、エトが大司教であることを指摘する。



入ってきた大司教が騎士団の先頭に出て、口を開いた。

「私はグーン大司教だ。王国使節団の一人、軍務省交渉官グラディス・オールディスには、聖都に不穏な物を持ち込んだ容疑が掛けられている。おとなしく身柄を引き渡してもらおう」


「もの凄い上から目線です」

「最初から、穏便(おんびん)に解決する気が無いとしか思えないな……」

涼が言い、ニルスも同意した。


まともな人間なら、あんな物言いはしない。



「おい、いい加減にしろよ」

団長ヒュー・マクグラスの怒りに満ちた、低い声が響く。


言われた騎士団と大司教よりも、後ろで聞いている冒険者たちの方が首を竦める。


「今すぐ出ていけ。出て行かねば、力ずくで追い出す」


「私は教会の大司教だ。お前たちに、私たちを押し出す権限などない」

グーン大司教は、いっそ清々しく、そう言い切った。



その瞬間、グーン大司教を含め、テンプル騎士団全員が、見えない壁によって宿舎の外に押し出された。


あまりの早業であったため、大司教と騎士団はもちろん、冒険者たちの多くも、何が起きたのか全く理解できない。

当然、騎士団の足元が氷の床になり、透明の氷の壁によって押し出されたことを理解できた者など、本当に一握りだけだ……。



騎士団が押し出され、間髪を容れずに扉が閉められた。

すぐに我に返った騎士団が、扉を開けようとするが、全く開かない。

扉自体に、透明な氷の壁が張られ、動かなくなっていたのだ。



十分ほど、騎士団は扉を押し開こうとしたが、最後には諦めて帰っていった。



それを見届けて、ヒュー・マクグラスも扉の元を離れ、ロビーの奥に歩いていく。

そこにいた、水属性の魔法使いの肩を一つ叩く。

口に出しては何も言わないが、一つ大きく頷いた。

肩を叩かれた涼も、無言のまま少しだけ微笑んだ。


交わされたのはそれだけ。


だが、それで良かった。


追い出すだけなら、力ずくで追い出すのはできたかもしれない。

だが、それをすれば、王国使節団の立場に響く。


事ここに至っては、よほどのことがない限り交渉が決裂することはないだろう。

ないだろうが、共同の海洋調査などは、これから始まるのだ。

今後も聖都に駐在する文官が出てくる可能性は高い。

彼らの肩身が狭くなる可能性がある。


少なくとも、肩身が広くなることはないであろう?



この先も、何らかの非暴力的な関係性が続いていく相手に対しては、できる限り穏便に問題を解決した方がいい。

これは、いつの時代、どんな世界においても変わらない真理。

力で、一気に解決した方が、ややこしくないし、力を見せつけるというのは、場合によっては気持ちのいいものでもある。

あるいは、今後、交渉の席で脅しとして使うことも可能であろう。


だが……。


一度、暴力を示された相手は、二度と心を開かない。

心の底から信頼することはない。

信頼したくとも、できなくなるのだ。


それが、人の心理。



マキャヴェッリも言っているではないか。

「最近与えた恩恵によって、以前の怨念が消えるなどと思う人がいたら、その人は取り返しのつかない誤りを犯すことになる」と。


人の心は、気をつけて取り扱わねばならないのだ……。


レグナ様の綴りは、きっと、「legna」に違いありません!

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