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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第七章 消えた魔法使い
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0399 聖者(?)の行進

とりあえず、涼は持っていた涼特製ポーションを飲み干す。

いつも通り、驚くべき速度で、石の槍で貫かれた左足やその他の小さな傷を修復してくれる。


完全に体が元に戻ったところで、ゆっくりと、壁に(はりつけ)られた教皇に近づいた。


「そろそろ来るかな?」

そんな言葉を呟きながら。



そして、来た。



天からの光が教皇を撃つ。



そして、一瞬後には、教皇の体は消えていた。


地下空間なのに、上方から来た光……もちろん、天井に穴など開いていない。

上の次元のものが、下の次元のものに干渉したのだ。

天井を割るなど、そんな無粋な事をする必要はない。



涼は、教皇の体を張り付けていた場所を詳しく見る。


想像通りなら……。


その場所には、何カ所か血がついていた。

恐らくは、教皇の血。


「よし!」

涼はそう言うと、小さくガッツポーズをする。



前回、氷の棺の中に完全に閉じ込めたのに、教皇の体を全て、完璧に、天からの光は奪っていった。


次元が違う。



今回、教皇の体に突き刺した無数の氷の槍から、涼特製の『水』をしみ出させ、教皇の体内の血液と混ぜてみた。

どうなるか試してみたのだ。


その結果が、回収を完全には成功できなかった、という血の残り。


少なくとも、干渉してきた者が、決して全知全能な存在ではないという事は証明された。

はっきり言うと、ミカエル(仮名)並みの完璧な干渉ができるわけではない気がする……ということだ。



これは、まさに僥倖。



この血こそ、上の次元の者への爪痕。


そして、希望。




あれだけの戦闘音、破壊音が響いたのに、誰も来ない。

水蒸気すら遮断していた空気の膜のせいだろうか?


とりあえず、涼にとっては都合がいい!


吹き抜けの奥に歩いていくと、奥に通路が続いていた。

長い通路。

通路の左右に、頑丈そうな鉄の扉がいくつもある。



「<パッシブソナー>」

手前側、左右に二つずつ、合計四つの部屋に、求める四人がいた。


その奥の部屋には、別の魔法使いたち。

さらに、突き当りのいわば大部屋にも……合計で三十人を超える捕らわれの者たち。



「解放すべきかせざるべきか、それが問題だ……」

ハムレットのように悩む涼。

まあ、助けない理由はないのだが……。



とりあえず、手前の四人は解放することになっているので、扉を開ける。


もちろん、鍵は無い。


だが、扉は鉄らしい。

そして涼は、水属性の魔法使いだ。



鉄は、冷やせば簡単に『割れる』


かのタイタニック号も、冷えて脆くなった鉄の船体に氷山がぶつかったからだと言われている。


常温の鉄は、金づちで叩いても曲がるだけなのだが、液体窒素で冷やした鉄だと、一撃で割れる……そんな動画を地球にいた頃に見たことがある!



そんなわけで、冷やして、割る!



パキンッ。



高く澄んだ綺麗な音を響かせて、四つの鉄の扉が割れた。



涼は、いちおう、手前から(のぞ)いていく。

鎖で繋がれているのは知っているから。


最初の部屋には、女性の風属性魔法使いアリシア。

だが、床に臥している。

体は、僅かに上下動を繰り返しているので、死んでいるわけではなさそうだ。

とりあえず、足に繋がれている鎖を、先ほどと同様に、冷やして割る。

そして、涼が持っている特製ポーションを飲ませた。



次の部屋は、ドワーフの土属性魔法使いベルロック。

こちらは、床にどっかと座っていた。

「おう、リョウ、久しぶりだな」

「ベルロックさん、お久しぶりです」


普通に会話を交わした。

鎖を割って解放。



三つ目の部屋は、エンチャンターのアッシュカーン。

床に座っているが、顔色が良くない。

が、顔を動かして、涼の事は認識した。

ちょっとだけ頭を下げる。


とりあえず、鎖を割って解放してから、特製ポーションを手渡す。

「ありがとう」

「いえいえ」

アッシュカーンは小さな声で感謝した。



四つ目の部屋は、火属性魔法使いゴードン。

仁王立ちになっている。

だが、足がプルプルと震えている……強制的に魔力を吸い出されて、つらいのだろう。

恐らく立っているのは、ただの意地。


「元気そうですね。頑張ってください」

涼はそう言うと、顔を引っ込める。

「おい、待て。せめて鎖を割っていけ!」

ゴードンが叫ぶ。


仕方がないので涼は、鎖を割ってやった。

別に、火属性の魔法使いだから冷たく接しているわけではない。

決してない。


ゴードンが、アベルを攻撃しようとしたのを、リーヒャが体を張って防いだのを忘れていないだけだ。



なんだかんだありながら、涼は四人を助け出した。

ドワーフのベルロックとエンチャンターのアッシュカーン以外、自力で歩けない。



同じような手順で、奥に閉じ込められている残りの魔法使いたちの扉と鎖を破壊した。


最終的に、三十二人の魔法使いが助け出された。

だが、大きな問題がある。


結局、ベルロックとアッシュカーン以外、誰も自力で歩けなかったのだ……。


魔力を搾り取られていたかららしい。


かつて涼も、この『ファイ』に転生してきた頃、毎日のように魔力切れでベッドに倒れ込んでいた思い出がある……それが、ほぼ常時ということであるなら、確かに歩くなど不可能だろう。


「困りました」

涼は本当に困った。



ローマンパーティーの、アリシアはアッシュカーンが、ゴードンはベルロックが背中におんぶしている。

だが、他の者たちの移動手段がない。


「多少目立つけど、背に腹は代えられないか……」

涼はそう呟くと、腹をくくるのであった。




辺りを圧する轟音が響いた。

『宮殿』に常駐する者たちが、さすがに何事かと見る。


現れたのは……。

先頭を歩むローブを纏った魔法使いらしき男。

その後ろに、キラキラと輝く、氷の荷車のようなものが、何十も連なっている。

まるでそれは、聖者の行進。


荷車には、人が乗っている……。

一人一台ずつ。

その多くは倒れ伏したまま。

起きている者は、皆一様に目を伏せて。



「の、のう、リョウや。わしらは歩けるぞ?」

ベルロックが小さな声で言う。

その言葉に、アッシュカーンも無言で何度も頷く。


「いえ、ずっと魔力を奪われ続けていたのですから、かなり大変でしょう? 遠慮しないでください。三十二人くらい、問題無いですから」

「いや……遠慮したい」

涼は自信をもって答えた。

羞恥(しゅうち)(しん)に満ちたベルロックの呟きは、涼の耳には届かなかった……。



カキンッ、カキンッ、カキンッ。



後方から、硬質な物どうしがぶつかり合った時に響く音が聞こえてくる。

剣や槍で、<アイスウォール>を叩いているらしい。

当然のように、涼と魔法使いたちの周りは、氷の壁で防護されている……。


「何をしている! さっさと奴らを止めろ!」

「ダメです! 見えない何かに弾かれて、手が出せません!」

「あり得ないだろう、なんだ、この障壁」

「魔法も通じません! 魔法障壁と物理障壁の同時展開?」


違います、<アイスウォール>です。

透明なアイスウォールと、物理障壁、魔法障壁は、外見上見分けにくい……。



突き進む一行。



正確には、涼が突き進み、三十二個の<台車>がついてきているだけだが……。


階段は全て氷によって段差がなくされ、スロープに……。

時々涼は振り返って、問題なくついてきているのを見て、満足げに頷く。



ついに、一行は、『宮殿』の門に到達した。



「待て!」



初めて、涼の前に立ち、明確に進むのを止める男が現れた。


騎士であるが、周りの騎士たちに比べて、明らかに手の込んだ装飾が鎧に(ほどこ)されている。

地位の高い人物なのだろう。


強引に、<アイスウォール>で排除してもいいのだが、涼は少しだけ思案し、止まることにした。



「なんでしょうか?」

涼は、丁寧に答える。


「貴様は、何者だ。そいつらをどこへ連れていく?」

「相手に問う前に、自分から名乗るのが礼儀でしょう?」

偉そうな騎士が問い、涼が問い返す。


騎士はむっとしたが、いちおう答えた。

「私は、テンプル騎士団地下政庁大隊、大隊長アッボンディオである」


アッボンディオ隊長は、堂々と名乗った。



「なるほど。テンプル騎士団の大隊長殿でしたか。それなら話が早い。我々はこのまま、聖都のグラハム枢機卿の元に参ります」

「グラハム猊下(げいか)の元に?」

涼は答え、アッボンディオ隊長は(いぶか)しげに眉根を寄せる。


「アッボンディオ隊長は、グラハム猊下が、以前、誰のパーティーにおられたかはご存じですか?」

「当然だ。勇者ローマン殿のパーティーで、魔王を討伐された」

涼の問いに、アッボンディオ隊長ははっきりと答えた。


「まさにその通りです。で、その時の、勇者パーティーの四人の魔法使いが、こちらにいる四人です」

涼はそう言うと、後ろの<台車>に乗る四人を示した。


「なに?」

アッボンディオ隊長の目は、大きく見開いている。

明らかに驚いているのだ。

恐らく、彼ら四人が、この『宮殿』に捕らわれていたことを、今初めて知った……。



「この四人は、見てわかる通り、非常に衰弱しております。なぜなら、この建物の地下二階に、長い間捕らわれ、その魔力を吸い上げられていたからです。ここで質問なのですが、アッボンディオ隊長は、グラハム枢機卿の仲間であったこの四人が、ここに捕らわれ魔力を吸い上げられていたことをご存じでしたか?」


ここにきて、涼の表情は非常に険しいものとなっている。


今の涼の問いは、アッボンディオ隊長にとって非常に難しいものだ。

「知っていた」と答えれば、グラハム枢機卿の怒りを買うのは必定。

「知らなかった」と答えれば、管理者としての能力を疑われることは避けられない。


だが、アッボンディオ隊長は逡巡(しゅんじゅん)しなかった。

「もちろん、知らなかった」


実際に知らなかったのだろう。

そして、今は、こう答えるのがベストだ。


グラハム枢機卿を敵に回すのはまずい。


一介の騎士団大隊長と枢機卿では、持っている権力が全く違う。

これが、枢機卿ではなく大司教相手なら、なんとかなる場合もあるが……。



西方教会において、枢機卿は、他とは隔絶した存在でもある。



「そうですか、ご存じなかったのですね。それを聞いて安心しました」

涼は、にっこりと笑って、ゆっくり頷いた。

別に涼自身が、何らかの権力を持っているわけではないのだが……その笑顔と頷きを見て、アッボンディオ隊長がホッとしたのは仕方なかったであろう。


「さて、先ほども言いました通り、我々はこのまま聖都に向かい、グラハム枢機卿の元に四人はもちろん、他の魔法使いたちも連れていきます。あなたはどうされますか?」

「わ、私?」

「ええ。彼ら魔法使いたちは、この建物に捕らわれていました。そして、非人道的な事に、魔力を吸い続けられていました。あなたは、この建物の責任者……あるいは、それに類する立場の方でしょう? 事の推移を見届ける責任があるのではありませんか?」

「そ、そう言われれば確かに……その方がいいのかもしれん」


涼の言葉に、考えながら小さく頷いて呟くアッボンディオ隊長。


「とにかく我々は進みます。道を開けてください。ついてくるというのであれば、最後尾からついてきてください」

涼はそう言うと、再び歩き始めた。

慌ててどくアッボンディオ隊長。



涼を先頭に、一行は、地下街に出て、そのまま進み続けた。


それは、当然のように目立った。




「なあ。俺の目が悪くなったのか、頭がおかしくなったのかよく分からんのだが、あの行列の先頭にいるのは、リョウのような気がするんだ」

「うん……そう見えるよね。多分、あれはリョウだと思うよ」

「後ろのやつは、リョウさんの『ダイシャ』とかいう魔法だったはずです」

涼たち一行を遠くから見つけたニルスが呟き、エトが同意し、アモンが魔法の説明をする。



「後ろについてるの、政庁に詰めてるテンプル騎士団の連中だろう?」

「なんか、すげぇ行列だな」

「さっきあいつらが話しているの聞いたんだけど、このまま聖都にいくらしいぜ」

「ああ、それ、俺も聞いた。グラハム枢機卿様に、元勇者パーティーの魔法使いがどうとか言ってた」


そんな会話が、三人の耳に聞こえてきた。


「例の四人の魔法使い、救出に成功したんだね」

「リョウさんのすぐ後ろに乗っていますよ!」

「もう少し、目立たないように救出して欲しかった……」

エトが喜び、アモンが四人を発見し、ニルスが小さくため息をついた。


とはいえ、喜ばしいことであるのは確かだ。


「聖都に行くつってたよな。先に、グラハムさんに知らせておくか」

「うん、それがいいだろうね」

ニルスが言い、エトが同意した。


そして、三人は走り出し、螺旋(らせん)階段から地上に出るのであった。




涼を先頭にした一行は、地下街を進み、最初に十号室が入ってきたスロープへと進む。

ボレアス政庁の中庭からの道だ。


涼の後ろには、三十二人の<台車>が続き、さらにアッボンディオ隊長を先頭にしたテンプル騎士団地下政庁大隊の騎士たちが五十人ほど続いている。


それは、離れた場所から見れば、ある種壮観であったろう。



預言者のごとく先頭を進むローブの男。

キラキラと輝きながら続く<台車>と、それに乗る魔法使いたち。

そして、警護するかのように、付き従う騎士たち。



もちろん、<台車>に乗る人々は、俯いたままだ。

なぜなら、凄く目立っているし、恥ずかしいから……。


外から見るのと、中で経験するのは全く違うもの……。

そんな、どこの世界でも通用する真実は、この一行の中でも通用する真実であった。



「な、なあ、リョウや」

「どうしました、ベルロックさん」

「十分魔力も回復したし、もうこれに乗らんでも歩けるんじゃが」

「ああ。この上り坂もけっこう長いんですよ。それに、この先のボレアス政庁から聖都までもけっこうな距離ありますから、遠慮せずに<台車>に乗っていてください」

ベルロックの言葉に、素晴らしい笑顔で涼は答えた。


そんな笑顔で言われたら、さすがのドワーフ、ベルロックと雖も邪険にはできない。


「そ、そうか……」

他に言える言葉はなかった。



ただ一人、アッシュカーンだけは、他の魔法使いたちと違っていた。

最初乗った時は、恥ずかしがって顔を真っ赤にしていたが、途中からは表情も変わってきていた。


身を乗り出して周囲の景色を見たり、後ろに連なる<台車>の列を見たり、いわゆる『きょろきょろ』という言葉がぴったりな動きを見せていた。


表情は、いつも通りあまり変わらないが、楽しそうなのは誰の目にも明らかであった。


「やっぱり、アッシュカーンは、わしなんかよりも肝が据わっておる……」

ベルロックのその呟きは、誰の耳にも届かなかった。




三時間後。

一行は、何事もなく、聖都北の門に到達しようとしていた。


涼の<アイスウォール>で守られているのだから、何事もないのは当然と言えば当然……。



聖都の北の門の前には、人だかりができている。


「あれ?」

涼のその小さな呟きは、すぐ後ろの<台車>に乗っているベルロックの耳にも届いた。

「どうした?」

そう言うと、ベルロックは、前方を見た。

それで理解した。

門の前に、かなりの人出がある。


そして、その中に知った顔を見つけた。

「グラハムがおるではないか」

「ああ、なるほど。迎えに来てくれたのですね」

涼は頷いた。

当然、誰が手配してくれたのかは理解している。


さすがは、頼れるパーティーメンバーたちだ。



「グラハムさん、約束通り、お連れしました」

「リョウさん、感謝いたします。本当に、ありがとうございます」

グラハムはそう言うと、深々とお辞儀した。

その間に、四人が台車から降りてくる。


土属性魔法使いのベルロック、エンチャンターのアッシュカーン、風属性魔法使いのアリシア、そして火属性魔法使いのゴードン。


「良かった、四人とも無事で」

「迷惑をかけたな、グラハム」

グラハムが笑顔で言うと、ベルロックが照れたように答えた。

他の三人も、照れ笑い。



涼は、ニルス、エト、アモンと再会していた。

「三人が、グラハムさんを呼んできてくれたんですよね」

「おう。そうしないと、あの行列のまま、教皇庁に突っ込んだら大変だろう?」

「よく分かりましたね。そのつもりだったんです」

ニルスが問い、涼は素直に答えた。


「先回りしてよかったね」

「その光景も、ちょっと見てみたかったです」

エトが胸をなでおろし、アモンが素直すぎる感想を述べる。


「まあ、どちらにしろ、グラハムさんからの依頼達成です」

そう、これは、グラハム枢機卿からの正規の依頼。

冒険者として依頼を受けたからには、きちんとこなさなければならない。



涼は、そこでようやく、一行の最後についてきていた者たちを思い出した。

アッボンディオ隊長率いる、テンプル騎士団地下政庁大隊。


「アッボンディオ隊長、見ての通りです。無事、勇者パーティーの魔法使い四人を、グラハム枢機卿の元にお連れすることに成功しました。護衛、ありがとうございました」

いつの間にか、テンプル騎士団が護衛したことに……そんな既成事実を作り上げた涼。


実は策士だ!


「う、うむ。我らも猊下のお役に立てて光栄だ」

アッボンディオ隊長はそう言った。

そう言うしかない。

ここまで来たら、もう他の選択肢はない。


外から見た場合、勇者パーティーの魔法使いたちを護衛し、グラハム枢機卿の元に連れてきた……そう見えるということは、事ここに至っては、アッボンディオ隊長も理解していた。


今さら、それを否定するような言動をとっても、メリットは全くない。


例えば他の枢機卿や、他のテンプル騎士団の大隊長、あるいはその上からは、アッボンディオ隊長はグラハム枢機卿の側についたと見えたであろう。

外から見える光景などそんなものだ。

中にいる者たちの真意など、考慮されない。


今までは、アッボンディオ隊長は、特にどこかの派閥に属したりもしていなかった。

もちろん、清廉潔白、その篤い信仰心だけで大隊長の地位にまで上がった、などと言うつもりはない。

言うつもりはないが、それでも誰にも、どこにも、深入りしすぎることなく、テンプル騎士団としての職務を淡々とこなしてきたつもりだ。



だが、もはやそれを変更せざるを得ない状況に陥ったことに、気付いていた。


知らなかったとはいえ、アッボンディオ隊長が責任者を務める場所に、枢機卿の部下たちが捕らわれていたのだ。

しかも拷問まがいの事までされていた……。


どこの派閥にも属していないという事は、誰も守ってくれないという事でもある。

間違いなく、彼は処罰されるであろう。

自分が助かるためにも、旗幟を鮮明にして保護してもらうしかない……そんな状況なのだ。



グラハムと、四人の魔法使いたちが旧交を温めあったのが一段落したのを見計らって、アッボンディオ隊長は、グラハムの前に片膝をついた。


「猊下、テンプル騎士団地下政庁大隊、大隊長のアッボンディオと申します」

「彼らを護衛してくれたのですね。ご苦労様でした、アッボンディオ大隊長」

アッボンディオは、まだ何も説明していない。

それなのに、グラハムは護衛してくれたと言い、感謝の言葉を述べた。


ここでも、すでにアッボンディオ隊長は、言葉によって縛られていた。

圧倒的上位者である教会の枢機卿に感謝の言葉を述べられ、「いいえ、違います」とは言えない。

もっとも、アッボンディオ隊長は、涼に言われてすでに腹をくくっている。


その決断の下では、まさに渡りに船。


「お言葉痛み入ります。ただ、地下政庁大隊の責任者でありながら、皆様が地下深くに捕らわれていることを知りませんでした。その罪はいかようにもお受けいたします」

「大隊長、誰しも万象(ばんしょう)を理解するなど不可能な事です。大隊長は、そんな大罪が行われていることを知って、できる限りの努力をした。護衛し、彼らが無事に聖都に戻ってくることに、力を貸してくれた。私は、それでいいと思います。大隊長の正義の心は、開祖ニュー様の御心に通じるところがあると感じました。これからも、その正義の心に従って、テンプル騎士としての務めを果たされるのがよろしいと思います」



そこで、グラハムは一度言葉を切ってから、もう一度続けた。



「私、枢機卿グラハムは、アッボンディオ隊長の正義を体現した行為を、決して忘れることはありません。これからも、あなたの働きを期待してよろしいですね?」


これは、グラハムからの提案。

私の下につくか、というその最終確認。


当然、アッボンディオ隊長は逡巡しない。

すでに、そんな状況は過ぎている。

「もちろんでございます、猊下。私、アッボンディオの、(まった)き忠誠をお受け取りください」



これ以降、グラハムの力は、テンプル騎士団内にも広がっていくことになる。


次話「0400 幕間」で第七章終了です。

明後日、「0401」より新章「教皇就任式」が開幕です。

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