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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第七章 消えた魔法使い
421/915

0395 教皇と次元

十号室の四人は、パダワン伯爵の屋敷から撤収した。


現在午前三時。


聖都の城門は二十四時間開いている。

信者に閉ざす扉はない、ということらしい……。

しかし、自由に出入りできるとは言え、城門に衛兵はいるし、ゴーレムも立っている。


こんな深夜、というよりもうすぐ明け方になろうという時間に聖都の城門をくぐるのは、さすがに目立つ。

疑われる行為は避けておくに限る。

取り戻した聖剣も持っていることだし。


そのため、四人は街道から少しそれた場所で休憩していた。



「エト、さっき言ったのは本当か?」

ニルスがエトに問う。

もちろんその疑問はニルスだけではなく、アモンも涼も持った疑問。


「エレナさんのお腹の赤ちゃん? 赤ちゃんがいるのは確かだよ。それはエレナさんも分かっているみたいで、飲んでいたのは水だけだったでしょ」

「なるほど」

エトの説明に、涼が頷いた。


そう言えば、話の途中で呷ったのも、お酒ではなくて水だった。


「まあ、赤ちゃんのお父さんがトマーゾかどうかは正直分からないけど、多分、合っているでしょ」

エトは少しだけ微笑んでそう言った。




瞬間だった。




「<アイスウォール20層パッケージ>」

立ち上がる暇もなく、涼が叫ぶ。

氷の壁で四人が覆われたのとほぼ同時に、無数の土の槍が襲った。


「なに!?」

四人を襲う土の槍の隙間から、ニルスが周囲を見回す。

だが、周囲に変化はない。

変化はないが、剣士の彼ですら、何かヤバいものがいることは感じられる。


魔力の流れを感じられる神官エトは、ニルス以上に脅威を感じていた。

「何これ……普通じゃない魔力の流れ。こんなの初めて……いや、あの爆炎の魔法使い以来? まさか、あのクラスの人間が? いや、あんなのそうそういないでしょ?」


ウィットナッシュで、爆炎の魔法使いオスカーの魔力にさらされた時以来の経験。

冷や汗が止まらない。


アモンも震えていた。

だが、それは恐怖による震えと、武者震いと……そして歓喜による震え。

強者とまみえることができた歓喜……。

未だ姿は見えないが、恐ろしいほど強い者がいることだけは理解できていた。



「<積層アイスウォール20層パッケージ>」

涼は、全方位防御のパッケージを、積層アイスウォールで張りなおす。

中心から外に向かって、自動的に分厚くなっていく氷の壁。

そうしなければならないほど、土の槍による攻撃は苛烈。


土の槍と氷の壁が衝突する場所では、対消滅による光が乱舞している。

つまり、槍一本一本が、二十層の氷の壁と同等の威力という事だ。


はっきり言ってあり得ない。



数千もの光の乱舞は、たっぷり三分間続いた。



土の槍の雨が止んでから、声が響く。

「聖剣を置いていけ」


その声とともに現れたのは、白い法衣に身を包んだ……。

「え……」

「嘘だろ、おい……」

「まさか、教皇……」

アモンが絶句し、ニルスが驚愕し、エトがその正体を口走る。



それは、数日後に就任式が行われる現教皇であった。



「聖剣を置いていけ」

再び、教皇が口を開いた。


感情を伴っていない言葉。


「なるほど。人間とは思えないって言う人たちがいたけど、確かに人間じゃないかも……」

涼が呟く。

ただ、ゴーレムというのも、何か違う気がする……。


だが、どちらにしろ、溢れる魔力は本物。

使節団が到着した際に遠目に見た、中身が空っぽに感じられた教皇とは全く違う。

外見は同じだが、中身が……その溢れる魔力が……。


あれだけ土の槍を降らせたのに、有り余る魔力。

魔法戦において、魔力量の多さは正義である。



「聖剣を置いていけ」

教皇の三度目の呼びかけ。


「断る」

ニルスが言いきった。


間髪を容れずに教皇が唱えた。

「<ブレイドラングトライデント>」

教皇が唱えると、伸ばした右手の先から、三本の炎が渦を巻きながら氷の壁に向かった。

そして、涼の氷の壁をえぐる。


「<積層アイスウォール20層><アイシクルランスシャワー>」

正面のアイスウォールを強化しつつ、氷の槍を教皇に降らせる。


「<魔法障壁>」

だが、教皇は炎の渦による攻撃を維持しながら、魔法障壁を張って涼の攻撃を弾いた。



「二つの魔法を同時展開! しかもさっきは土、次に炎だったよね……二属性……」

エトが驚いて叫んだ。

エトが叫ぶ姿など非常にレアだが、涼はもちろん、ニルスもアモンも、そこに驚く余裕はない。


目の前の教皇の攻撃は強力で、涼の攻撃すら防ぐほど防御は強固。


「リョウ、アモンと左右から突っ込んで、奴を斬ってくる」

ニルスが言う。

「了解。援護に目くらましをします」

涼は頷いてそう答えた。


涼が村雨を構えて突っ込んでもいいのだが、その間、どうしても三人の防御が薄くなる。

それよりは、本来前衛の二人が突撃する方がいい気もする。



「行きます。<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)>」

涼が唱えると、『教皇の周囲に』水蒸気機雷が敷設された。

そして、水蒸気機雷とブレイドラングトライデントが接触し、対消滅が発生。

対消滅による光が、教皇の視界を奪う。


それを確認すると、ニルスとアモンが突っ込んだ。

一気に距離を詰め、無言のまま教皇を左右から襲う。



カキンッ、カキンッ。



だが、音高く弾かれる二人の剣。


教皇は、正面に<ブレイドラングトライデント>を放ちつつ、上方からの氷の槍を<魔法障壁>で防ぎながら、自分の左右に<物理障壁>を展開して、二人の斬撃を防いだのだ。


「なにそれ!?」

さすがの涼も驚く。


「<エンチャント><身体強化><ヘイスト>」

教皇が唱えた。

同時に、両手で杖を構える。

エトたちが持つ杖ではなく、先端に宝玉のようなものがついた杖。

それを振り回した。


アモンはかわし、ニルスは剣で受ける。


「うぉっ」

受けた瞬間、ニルスの体は吹き飛ばされた。

信じられない膂力(りょりょく)

そして、想像を超える速度。



「エンチャントって言ったよね」

「言ったね。なんというか……混ざっている?」

「ああ、エトもそう思いました?」

エトと涼が囁きあっている。


もちろん、今も教皇の炎の渦による攻撃を受け続けているのだが、会話する余裕はできていた。


どれほど恐ろしい攻撃であっても、人は、いつかは慣れるものらしい。


「いなくなった勇者パーティー四人の魔法使いの属性って……」

「そう、土、火、風、そしてエンチャンター。エンチャントのアッシュカーンさんは、属性的には風ですけど」

「その四人から抽出した魔法?」

涼が四人の属性を述べ、エトがそれをどうしたのかを推論する。


「あれが人でないにしても、これほどの魔力が入りきるとは思えないんですよね」

「あ、うん……涼は一人でずっと受け続けているけどね」

涼が頷きながら考え、エトの呟きは涼には聞こえていない。


「でも、常時供給しているなら、あり得るかな?」

「つまり、四人から吸い上げたものを教皇の中に入れたわけではなく、今も吸い続けていて、教皇を通して放出しているだけってことね。そうなると……」

「ええ。教皇にその魔力を供給している『線』みたいな何かがあると思うんですよね」


涼はずっとそれを探っている。だが、見つけられていない。


「リョウが見つけられないってことは、空中じゃないってこと?」

「空中じゃない? なるほど、地面からか!」



エトに言われて涼は(ひらめ)いた。



その時参考になったのは、いつかアベルと共にロンドの森からルンに行く際に戦った、岩のような野生のゴーレム。

彼らは、地面から魔力の供給を受けているかのようであった。

アベルが蹴り倒すと、その動きを止めたのだ。



前線では、教皇が、未だに<ブレイドラングトライデント>を涼とエトに向けて放ちながら、氷の槍を<魔法障壁>で防ぎつつ、アモンの剣と杖でやりあっていた。


「アモン、離れて!」

涼の叫びが聞こえると、アモンは大きく後方に飛んだ。

離れろと言った理由は分かっていないだろうが、そこには涼に対する全幅の信頼がある。


「<アイスバーン><積層アイスウォール10層パッケージ>」

涼が唱えると、教皇が立つ地面に氷が敷かれる。

さらに教皇を中心に、半径三メートル程度に氷の壁が発生し、急激に中心、つまり教皇に向かって氷の壁の厚さを増していった。


「<氷柱>」

教皇が、自分に迫ってくる氷の壁を杖で打ち割っている間に、アイスバーンが氷の柱のように、上空に向かって延びる。

当然、氷柱の上に乗っている教皇は上昇し、地面からの距離が離れていく。

離れていくにしたがって、教皇の動きは少しずつ弱くなり……。


教皇は迫りくる氷の壁に包まれ、氷漬けとなった。



教皇の氷漬けは、地上から二十メートルほどの位置。

すぐ下からはよく見えない。

だが、少し離れた場所に吹き飛ばされたニルスからは、よく見えたらしい。


「すげえな、あれ、何だ?」

ニルスが涼に問う。

「教皇聖下の氷漬けです」

涼がドヤ顔で答える。



だが、その瞬間、天からの光が氷柱を撃った。



四人が驚いて氷柱を見ると、先端に閉じ込められていた教皇が消えていた。


「なんと……」

驚き絶句する涼。

他の三人は言葉も出ない。


氷柱を縮めて地面にまで戻す。

教皇がいた場所は、空間になっていた。

氷が割れたわけではなく、教皇の体だけが別の場所に移動されたらしい。


「教皇の背後にいる存在が、やはり相当に厄介です」

「まあ、そのために聖剣を取り戻したんだしな」

涼が言い、ニルスが答えた。



ニルスの答えに頷きつつも、涼には今一つしっくりこなかった。



教皇の背後にいる存在は、堕天したもの……。

それが、本当に元が天使のような存在だったとして、果たしてこの聖剣で倒せるのだろうかと。


涼が『天使』と言われて真っ先に思い浮かべるのは、当然、白い空間で会ったミカエル(仮名)だ。

彼は自分で言ったのだ。天使のようなものだと。

そして、その存在感というか、存在の格というか……それは、涼のような人間とは全く別次元のものだと感じられた。


例えば、そんなミカエル(仮名)を、これらの聖剣で倒せるかと問われれば……どうしても、倒せるとは思えない。

文字通り、次元が違うと感じるから。


想像もできないほど、別次元の存在。



なぜ想像できないほどなのか?


次元が一つ違うだけで、全く別物になるからだ。



三次元の我々が、時間を加えない空間だけで四次元というのがどういうものか想像することは……ほぼできない。

数式や、言葉で言われて何となく理解した気になる事はあっても、頭の中にイメージとして描くことはできていない。

それは、四次元空間を経験したことがないからだ。




そもそも、三次元以上の空間が存在するのか?


これはYesだ。


地球では、物理学において、その存在は確実となっている。

そもそも、人が存在する世界は、九次元以上ある事が確実となっている。


だが我々は三次元しか認識していない。

残りの六次元はどこに?


それが、余剰次元の問題なのだ。



いわゆるカラビ・ヤウ多様体で表されるようなコンパクトな状態ですぐそばにあるか、あるいはブレーンワールドのように逆に広がっているのか……。


それは分からない。

三次元に住む我々には、六次元を認識、捉えることはできないからだ……。



え? なぜ認識できない、見えもしないのに確実にあると言えるのか?



そうしなければ、つじつまが合わないから。



導き出したのは『超(げん)理論』と呼ばれる、理論物理学の最先端と言ってもいいものだ。


二十一世紀においては、超弦理論を完全に否定する理論物理学者は、ほぼいないと言えるほどに、世界中の天才物理学者たちが取り組んでいる理論。


そんな最先端理論から導き出された。



まあ、認識はできないのだが。



だが、理解してみたいと思う。

低次元から、高次元を見たらどんなものなのかを、理解してみたいと思う……。



どうすればいいだろうか。



簡単だ。一つ次元を落として考えてみればいい。



例えば、我々がいる三次元で考えてみれば分かる。



三次元とは、縦、横、高さという、三つの軸をとることができる。だから「三」次元。

その下の、二次元とは、縦、横という、二つの軸だけをとることができる、平面だけの世界。だから「二」次元。



一つ次元を落として。

我々が平面だけの二次元にいると考えて、一つ上の三次元への干渉がどうなるかを考えてみよう。



我々がいるのは平面だ。

まっ平だ。高さはない。


その平面から一センチ浮いた高さにあるボールを掴もうとする……つまり三次元にあるボールを掴もうとする……もちろん、掴めない。

なぜなら、我々は平面の中に生きる者だから。二次元の者だから。


つまり、上の次元のものには、干渉できないのだ。


だが、ボールが浮くことをやめ、我々のいる平面に落ちてくれば……我々はダメージを受ける。

当たれば痛いだろう。

つまり、上の次元から下の次元には、気が向けば干渉することができる……。



生殺与奪の全権は、上の次元のものが握っている。



だがだが、ここで気づくはずだ。


二次元と三次元は、決して、別の場所にあるわけではないと。

交わっている部分もあるのだと。

二次元と三次元は、接している部分もあるのだと。


そんな、接している部分にやってきたボールに対しては、二次元にいる我々も、掴むことができる……はずだ。多分。

いや、掴めずとも干渉する事はできる。

接する事はできる。



その瞬間にだけ、下の次元のものが、上の次元のものに影響を与えるチャンスが訪れるのだ……。


対教皇 第1ラウンド終了。


いつもの顔見世です。


一部、表現を変えました(内容は変わっていません)8/9 21:35追記

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