0391 尋問
地下空間からの帰り道。
「リョウさん、質問があるのですが」
「どうしましたアモン? またニルスが無理難題を吹っかけてきましたか? そんなことするリーダーは、僕がすぐに氷漬けにするから大丈夫ですよ!」
「おい、ばか、やめろ」
アモンの疑問に、涼が先回りして答え、ニルスが止める。
もちろんエトは笑っている。
「いえ、ニルスさんは問題ないです。初歩的な質問なんですけど、魔法陣と魔法式ってどう違うのかなって思いまして?」
「違い?」
「はい。どちらも、魔力を流したら魔法現象が発現するんですよね? でも、それなら、魔法陣と魔法式っていう二つに分かれていなくて、一個にまとまってもいいんじゃないかと……」
アモンが考えながら質問する。
「アモン、いい着眼点です! ニルスなんかよりも、はるかに錬金術師に向いています。すぐに、ケネスに弟子入りを……」
「俺を巻き込むな……」
涼が言い、ニルスが顔をしかめた。
「まあ、簡単に言うと、魔法陣はどんな属性の魔力を流しても起動しますけど、魔法式はその属性の魔力を流さないと起動しないんです。水属性の魔法式なら、水属性の魔力を流さないと起動しない、みたいな」
「なるほど……」
「その代わりに、魔法陣は比較的簡単な魔法生成しかできません、すごく複雑な式を書くことになるので。まあ、さっき見てきたやつみたいに、驚くほど巨大にして複雑な魔法陣にするのもありですけど……複雑になればなるほど、失敗もしやすくなりますからね。でも、魔法式は、数千、数万の魔法式を連結することもけっこう簡単にできるのですよ。最初から、いくつかの魔法式を連結する前提で書かれたり、作られたりしているものなので。なので、最終的に、かなり複雑な魔法を生成したりできるんです」
もちろん、涼が以前、ケネス・ヘイワード子爵に教えてもらったことである。
「ほら、剣術にも、両手剣と片手剣があるじゃないですか。どっちも剣の使い方だし、剣の種類だし……でも別々に発展してきたでしょう? 魔法陣と魔法式も、そういう関係なのかもしれません」
「ああ、それは、ちょっと分かります!」
世界には、一見、統合した方が合理的に見える事象が数多くある。
だが、別れたまま発展してきたという事は、それなりに理由があると、涼は思っている。
多分、それは、歴史学的な視点から見ることに慣れているからなのだろうが。
「理屈に合わないから」という理由でくっつけてもいいけど……数年後とか数十年後に、決定的な破綻をきたすことがあるよな~と思ったりするのであった。
四人は、延々続く上り坂を歩いて、ようやく第四保管庫に到着した。
「行きは下りだったからよかったが、帰りは大変だったな……」
ニルスの感想に、エトが何も言えずに首だけ縦に振っている。
かなり疲労したようだ。
だが、四人が第四保管庫に出ると、そこには誰もいなかった。
代わりに、外から剣戟の音が聞こえる。
「けっこうな人数で戦っている音ですよね」
アモンが呟き、涼が頷いた。
保管庫の扉をそっと開き、四人は頭だけ出して外を見る。
二十人ほどの、似たような装束の騎士どうしが、戦っている。
「仲間割れ?」
「あれは、テンプル騎士団の人たちだよ」
「あ! 昨日のバシュレ隊長がいますね」
「第三分遣隊とかの連中と、別の誰かたちだな」
涼が正直な感想を言い、エトが指摘し、アモンが気付き、ニルスが戦っている者たちを特定した。
第三分遣隊対別のテンプル騎士。
エトは、すぐ近くにピラル助祭がいることに気付いた。
同時に、ピラル助祭も四人に気付き、走り寄ってきた。
「皆さん、ご無事で」
「長く時間がかかり、ご心配をおかけしました。それで、これはいったい……」
ピラル助祭が声をかけ、エトが答えた。
「はい。バシュレ隊長率いる第三分遣隊の方々が保管庫を調べました。皆様のように。それで、保管庫を出られたら、別のテンプル騎士団の方々と争いになったみたいで……。ちょうど私は、その時、この保管庫の扉を閉めたりしていたものですから、詳しいいきさつは分からないのですが、気付いたらこんなことに……」
ピラル助祭は顔をしかめながら、小さく首を振った。
「第三分遣隊の方々とは、昨日も、他の保管庫でお会いしました。私たち同様に、無くなったものを探していらっしゃるとか」
「はい、そのようで」
エトの説明に、ピラル助祭が頷く。
「第三分遣隊の連中は、殺さないようにしているが、相手は本気で殺しに来ているな。僅かにバシュレ隊長とかの剣の腕は相手より上だが、殺さないようにしているから倒し切れん。疲れてくると何が起きるか分からんぞ」
ニルスが誰とはなしに言う。
特に、どちらも、敵でも味方でもないのだが、なんとなく薄い関わりがあるだけに、第三分遣隊の方の味方をしがちらしい……。
これが人の感情なのであろう。
「ニルス、どうします?」
涼が尋ねる。
なんといってもパーティーリーダーはニルスだ。
「どちらにもばれないように、第三分遣隊に勝たせたい、が……できるか?」
「多分。やってみましょう」
「<氷結>」
今まさに、バシュレ隊長の剣を受けようとしていた相手の、肘関節を一瞬だけ凍らせる。
それによって、受けのタイミングを失敗し、相手の剣は飛ばされた。
その流れのまま、バシュレは剣の腹で相手の後頭部を叩き、気絶させた。
そこからは、一方的であった。
同数で均衡が保たれていた場合、それが崩れれば戦いは簡単に決する。
ある場所で二対一の状況が生まれ、一の側が倒される。
さらに別の場所で二対一の状況が生まれ……。
十一人のテンプル騎士団が気絶させられた。
そこに、ピラル助祭と四人が出ていく。
「む? お主らは昨日会った冒険者か」
バシュレ隊長は覚えていたらしい。
「途中から見ておりました。騎士同士の戦いに、冒険者が手を出すのは失礼と思いまして」
エトが丁寧に言う。
テンプル騎士団は、聖職者であると同時に騎士でもある。
「うむ、殊勝である。こやつら、ほとんど問答無用に斬りかかってきおった。いったいどこの隊の者か……」
バシュレ隊長が言っている間に、隊員たちが持ち物を探っている。
そして、何か見つけたらしい。
「隊長、これを」
差し出されたのは、許可証。
「カミロ猊下の許可証? カミロ猊下の命令で動いているのか? だが、そうだとしても、同じテンプル騎士を襲うとはどういう了見だ……」
バシュレ隊長の呟きは、呟きというには少し大きかった。
四人にも当然聞こえた。
四人とも、何も言わずに、視線だけを交わす。
カミロ枢機卿が誰なのかは、四人とも知っている。
いや、正確にはどんな人物か知らないが。
軍務省交渉官グラディス・オールディスを監視していたグーン大司教。
そのグーン大司教は、カミロ枢機卿の子飼いの部下……。
それで、カミロ枢機卿の名前を、四人は知っているのだ。
「こやつらには、この場で尋問を行う。縛り上げろ」
バシュレ隊長は部下に命じた。
それを聞いて、コソコソと話し始める四人。
「尋問を行うそうです」
「もしかしたら、有力な情報が聞けるかもしれませんね」
「中央諸国の神官たちは尋問とかは苦手なので、勉強になりそう」
「異端審問官みたいなのがいる教会だからな……凄惨な光景になると大変だな」
涼が事実を告げ、アモンが期待を口にし、エトが学究の徒的に言い、ニルスが繰り広げられる光景を心配する。
四人は、何も言われないのをいいことに、そこから見守ることにした。
襲撃側の隊長らしき人物の目が覚まされる。
「ん……」
「起きたか。貴様たちに聞きたいことがある。ニュー様の名に誓って、嘘偽りなく答えよ」
バシュレ隊長が重々しく告げる。
襲撃側隊長は、無言。
「カミロ猊下の許可証をお前たちは持っていたが、我々を襲った目的は何か答えよ!」
「……」
バシュレ隊長が尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。
目を合わせようともしない。
「貴様! それでも、栄えあるテンプル騎士か! 答えぬか!」
「……」
バシュレ隊長が激しく尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。
「この痴れ者が! ならば質問を変える。なにゆえ、この場所に来た? 何が目的で来たのか答えよ!」
「……」
バシュレ隊長が質問を変えて尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。
「えっと……これは……正直、何も期待できない気がします」
「う、うん……襲撃した人たち、喋る気ないね……当然だけど」
「口を割らせる方法みたいなのは、ないんですかね」
「……いや、まあ、聖職者なんだから、拷問みたいなのはしない……のが当然と言えば当然だな」
涼が失望し、エトが同意し、アモンが疑問を呈し、ニルスが諦めを口にした。
すごくまともで、非暴力的な尋問だ。
現代地球の先進国における尋問……そう言われても違和感が無い気がする……。
悪いことをしたと認識している人が、口を割るはずがない。
そんな事を話していると……涼が動いた。
「どうした?」
ニルスが問う。
「誰か来ます。何やら大物ですよ」
「大物?」
涼が<パッシブソナー>で掴んだ情報を伝え、エトが尋ねる。
「歩き方が大物です。人も引き連れていますしね」
「大物の歩き方って何だよ……」
涼が言い、ニルスが呆れる。
「大物には、大物特有の歩き方があるんです。最近は、そういうのまで分かるようになりました」
「リョウさん、凄いですね!」
涼の言葉に、アモンが称賛する。
アモンは、相変わらず善い奴である。
「大物っぽい歩き方って、アベル陛下とかも?」
エトがちょっと興味を持ったらしい。
「そう、アベルの場合は、今近づいてきている人とは系統が違うんですよね。アベルは武闘派なので」
「武闘派……」
涼の回答に、ニルスが言葉を詰まらせる。
剣士で元A級冒険者の王様……武闘派なのは確かであろう。
「どちらかと言うと、連合のロベルト・ピルロ陛下とかが近いですね」
「なるほど」
涼の説明に、エトが納得した。
「大物というか、上流階級な人って、歩く速度に特徴があるんです。それと、ゆっくりですけどリズミカルです。ああ、あと、太っている人はまた違うのですが、足を地面につけるのも踵からつけることはほとんどなくて……」
涼の説明に、エトとアモンが真剣に聞いている。
ニルスだけは、微妙な顔をしている……。
もちろん、法国にも貴族はいるのだが……。
「やっぱり法国で大物、あるいは上流階級と言うと……」
「聖職者だよね。司教とか大司教とか……」
アモンが言い、エトが頷いて答える。
「さすがに<パッシブソナー>でも、相手の地位までは分かりません」
涼がいかにも残念という表情で答える。
いつか、そこまで分かる精度に……。
なれるだろうか? 論理的には不可能な気が……。
「その尋問、そろそろ終わってもらえますかな?」
現れた大物が言う。
後ろに騎士を引き連れ……緋色の法衣を着ている……。
「カミロ枢機卿……」
バシュレ隊長は呟き、絶句した。
だが、すぐに片膝をついて礼をとる。
他の第三分遣隊の隊員も。
十号室の四人の横にいるピラル助祭は、立ったまま頭を下げている。
テンプル騎士と他の聖職者は、礼の取り方が違うのかもしれない。
とりあえず、四人も立ったまま頭を下げた。
「テンプル騎士団聖都駐留大隊、第三分遣隊と聞いていますが?」
カミロ枢機卿が穏やかに問う。
「はい。第三分遣隊隊長アンドレ・ド・バシュレです」
バシュレ隊長はカミロ枢機卿と目を合わせず、俯いたまま答える。
「そう、バシュレ隊長。その者たちは、私の命令で動いている、調査大隊の者たちです。何か行き違いがあったようで、申し訳ありませんでしたね。私が身元を保証するので、解放してもらえますか」
「も、もちろんです猊下」
カミロの穏やかな言葉は、額面通りのものではないらしい。
あのバシュレ隊長の顔を、滂沱の汗が流れ落ちている。
そして、十一人の騎士たちは解放された。
「では、こちら調査大隊の者たちは私が引き取っていきます。バシュレ隊長、ご苦労様でした」
「はい……」
有無を言わせぬ……というより、ノーと言える聖職者などいるはずがない……そんな圧倒的なプレッシャーに、バシュレ隊長は押し潰されそうであった。
彼ら第三分遣隊が動けるようになったのは、カミロ枢機卿たちが去って、ゆうに一分以上経ってからだった。
「はぁ……」
バシュレ隊長のため息で、ようやく、他の第三分遣隊の面々も動けるようになった。
「すごいプレッシャーでしたね」
「枢機卿というのは凄いですね」
「まるで歴戦の剣士のような圧力を感じたぞ」
「あんな人たちと、グラハム枢機卿はやりあっているんですね……」
涼が感想を言い、アモンが驚き、ニルスが剣士にたとえて、エトがグラハムの苦労を慮った。
第三分遣隊が、バシュレ隊長の所に集まっている。
「隊長、ここにカミロ枢機卿が現れたという事は……」
「うむ、何かあるということだ。怪しまれるのを承知で、さっきの奴らを救いに来た……。奴らが、保管庫襲撃の実行犯、あるいはその一部の可能性もあるな」
そんな会話は、四人の元にも聞こえてきた。
「だそうです」
「さっきの奴らを尾行するか?」
「まだ、ぎりぎり僕の<パッシブソナー>で追えていま……」
涼はそこまで言って、口をつぐんだ。
「どうしたリョウ?」
「今、十一人の生体反応が消えました」
「それって、どういう意味?」
「多分、さっきの十一人、殺されちゃいました……」
エトの問いに、涼は顔をしかめながら答えた。
疑われることも、追われることも承知の上で、カミロ枢機卿たちは現れた。
そして、証人となる可能性のある十一人を連れて行った。
間髪を容れずに、証人を消した。
「マジで恐ろしいな、枢機卿……」
「疑いがかかっても、問題ないと思っているんだね」
ニルスが言い、エトも同意した。
「いちおう、十一人が殺された場所に行ってみましょうか」
そこは、西の街ゼピュロスの外れ、林に囲まれた池であった。
「殺して、池に落としたのか?」
「ええ。ちょっと見てみます。<精査>」
アベルの体内を詳しく探るために作った魔法を、応用して池の中を見る。
「見つけた。<ワールドイズマイン>」
遺体の周りの水を、自分の制御下に置く。
そうして、水面まで十一個の死体を浮かばせて、最終的に地上に置いた。
「水属性の魔法使いなら、これくらいお手のものです」
「リョウさん、凄いです!」
「いやあ、それほどでも」
アモンが素直に称賛し、涼は照れた。
ニルスとエトは、すでに死体を見ている。
「まだ放り込まれたばかりなのに……すでに何かに食われているな……」
「餌、だからね」
二人は、死体を見ながら呟いている。
「こいつらの身元が分かりそうなものは、全て剝がされているんだが……」
「この、ロケットだけだね。服の内側に縫い込んであった。多分、さっき尋問されてた、この隊の隊長だと思う……首から上、ないけど」
エトが見せたロケットは、ペンダントで、内側に若い女性の絵が描いてある。
美しく妖艶な女性。
ロケットには文字が彫られてあった。
『愛しいエレナ トマーゾは永遠の愛を捧ぐ』
「この絵の女がエレナで、男がトマーゾだろうな」
ニルスが、ごく常識的な判断をする。
「この絵が女装したトマーゾで、死体が男装のエレナという可能性も……」
「ねえよ!」
涼の奇をてらった推理は、ニルスに即座に否定された。
もちろん、涼もあるとは思っていない。
あえて……、そう、あえて、別の見方も示しただけだ。
議論を深めるために!
仕方なくなのだ。
「使える情報がこれしかないってのは……」
「かなり厳しいけどね」
「なかなか大変そうです」
「もう夕方だし、今日はゼピュロスの街に泊まりましょう」
ニルスが情報の少なさを嘆き、エトが同意し、アモンが先の見通しの困難さを理解し、涼が宿泊を提案した。
「リョウはぶれないな」
「体調を万全に保つために、宿と御飯は大切です」
ニルスの呆れた口調に、涼はチッチッチと指を振りながら偉そうに言う。
否定する理由もないため、結局三人も同意して、ゼピュロスでの宿を探すのであった。




