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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第七章 消えた魔法使い
417/930

0391 尋問

地下空間からの帰り道。


「リョウさん、質問があるのですが」

「どうしましたアモン? またニルスが無理難題を吹っかけてきましたか? そんなことするリーダーは、僕がすぐに氷漬けにするから大丈夫ですよ!」

「おい、ばか、やめろ」

アモンの疑問に、涼が先回りして答え、ニルスが止める。

もちろんエトは笑っている。



「いえ、ニルスさんは問題ないです。初歩的な質問なんですけど、魔法陣と魔法式ってどう違うのかなって思いまして?」

「違い?」

「はい。どちらも、魔力を流したら魔法現象が発現するんですよね? でも、それなら、魔法陣と魔法式っていう二つに分かれていなくて、一個にまとまってもいいんじゃないかと……」

アモンが考えながら質問する。


「アモン、いい着眼点です! ニルスなんかよりも、はるかに錬金術師に向いています。すぐに、ケネスに弟子入りを……」

「俺を巻き込むな……」

涼が言い、ニルスが顔をしかめた。



「まあ、簡単に言うと、魔法陣はどんな属性の魔力を流しても起動しますけど、魔法式はその属性の魔力を流さないと起動しないんです。水属性の魔法式なら、水属性の魔力を流さないと起動しない、みたいな」

「なるほど……」

「その代わりに、魔法陣は比較的簡単な魔法生成しかできません、すごく複雑な式を書くことになるので。まあ、さっき見てきたやつみたいに、驚くほど巨大にして複雑な魔法陣にするのもありですけど……複雑になればなるほど、失敗もしやすくなりますからね。でも、魔法式は、数千、数万の魔法式を連結することもけっこう簡単にできるのですよ。最初から、いくつかの魔法式を連結する前提で書かれたり、作られたりしているものなので。なので、最終的に、かなり複雑な魔法を生成したりできるんです」


もちろん、涼が以前、ケネス・ヘイワード子爵に教えてもらったことである。


「ほら、剣術にも、両手剣と片手剣があるじゃないですか。どっちも剣の使い方だし、剣の種類だし……でも別々に発展してきたでしょう? 魔法陣と魔法式も、そういう関係なのかもしれません」

「ああ、それは、ちょっと分かります!」



世界には、一見、統合した方が合理的に見える事象が数多くある。

だが、別れたまま発展してきたという事は、それなりに理由があると、涼は思っている。

多分、それは、歴史学的な視点から見ることに慣れているからなのだろうが。


「理屈に合わないから」という理由でくっつけてもいいけど……数年後とか数十年後に、決定的な破綻をきたすことがあるよな~と思ったりするのであった。




四人は、延々続く上り坂を歩いて、ようやく第四保管庫に到着した。


「行きは下りだったからよかったが、帰りは大変だったな……」

ニルスの感想に、エトが何も言えずに首だけ縦に振っている。

かなり疲労したようだ。



だが、四人が第四保管庫に出ると、そこには誰もいなかった。

代わりに、外から剣戟の音が聞こえる。


「けっこうな人数で戦っている音ですよね」

アモンが呟き、涼が頷いた。


保管庫の扉をそっと開き、四人は頭だけ出して外を見る。


二十人ほどの、似たような装束の騎士どうしが、戦っている。


「仲間割れ?」

「あれは、テンプル騎士団の人たちだよ」

「あ! 昨日のバシュレ隊長がいますね」

「第三分遣隊とかの連中と、別の誰かたちだな」

涼が正直な感想を言い、エトが指摘し、アモンが気付き、ニルスが戦っている者たちを特定した。


第三分遣隊対別のテンプル騎士。



エトは、すぐ近くにピラル助祭がいることに気付いた。

同時に、ピラル助祭も四人に気付き、走り寄ってきた。


「皆さん、ご無事で」

「長く時間がかかり、ご心配をおかけしました。それで、これはいったい……」

ピラル助祭が声をかけ、エトが答えた。


「はい。バシュレ隊長率いる第三分遣隊の方々が保管庫を調べました。皆様のように。それで、保管庫を出られたら、別のテンプル騎士団の方々と争いになったみたいで……。ちょうど私は、その時、この保管庫の扉を閉めたりしていたものですから、詳しいいきさつは分からないのですが、気付いたらこんなことに……」

ピラル助祭は顔をしかめながら、小さく首を振った。


「第三分遣隊の方々とは、昨日も、他の保管庫でお会いしました。私たち同様に、無くなったものを探していらっしゃるとか」

「はい、そのようで」

エトの説明に、ピラル助祭が頷く。



「第三分遣隊の連中は、殺さないようにしているが、相手は本気で殺しに来ているな。僅かにバシュレ隊長とかの剣の腕は相手より上だが、殺さないようにしているから倒し切れん。疲れてくると何が起きるか分からんぞ」

ニルスが誰とはなしに言う。


特に、どちらも、敵でも味方でもないのだが、なんとなく薄い関わりがあるだけに、第三分遣隊の方の味方をしがちらしい……。

これが人の感情なのであろう。


「ニルス、どうします?」

涼が尋ねる。

なんといってもパーティーリーダーはニルスだ。


「どちらにもばれないように、第三分遣隊に勝たせたい、が……できるか?」

「多分。やってみましょう」



「<氷結>」

今まさに、バシュレ隊長の剣を受けようとしていた相手の、肘関節を一瞬だけ凍らせる。

それによって、受けのタイミングを失敗し、相手の剣は飛ばされた。

その流れのまま、バシュレは剣の腹で相手の後頭部を叩き、気絶させた。


そこからは、一方的であった。


同数で均衡が保たれていた場合、それが崩れれば戦いは簡単に決する。


ある場所で二対一の状況が生まれ、一の側が倒される。

さらに別の場所で二対一の状況が生まれ……。



十一人のテンプル騎士団が気絶させられた。



そこに、ピラル助祭と四人が出ていく。


「む? お主らは昨日会った冒険者か」

バシュレ隊長は覚えていたらしい。


「途中から見ておりました。騎士同士の戦いに、冒険者が手を出すのは失礼と思いまして」

エトが丁寧に言う。


テンプル騎士団は、聖職者であると同時に騎士でもある。


「うむ、殊勝(しゅしょう)である。こやつら、ほとんど問答無用に斬りかかってきおった。いったいどこの隊の者か……」

バシュレ隊長が言っている間に、隊員たちが持ち物を探っている。

そして、何か見つけたらしい。

「隊長、これを」

差し出されたのは、許可証。


「カミロ猊下(げいか)の許可証? カミロ猊下の命令で動いているのか? だが、そうだとしても、同じテンプル騎士を襲うとはどういう了見だ……」

バシュレ隊長の呟きは、呟きというには少し大きかった。


四人にも当然聞こえた。

四人とも、何も言わずに、視線だけを交わす。


カミロ枢機卿が誰なのかは、四人とも知っている。

いや、正確にはどんな人物か知らないが。

軍務省交渉官グラディス・オールディスを監視していたグーン大司教。

そのグーン大司教は、カミロ枢機卿の子飼いの部下……。


それで、カミロ枢機卿の名前を、四人は知っているのだ。



「こやつらには、この場で尋問を行う。縛り上げろ」

バシュレ隊長は部下に命じた。


それを聞いて、コソコソと話し始める四人。

「尋問を行うそうです」

「もしかしたら、有力な情報が聞けるかもしれませんね」

「中央諸国の神官たちは尋問とかは苦手なので、勉強になりそう」

「異端審問官みたいなのがいる教会だからな……凄惨(せいさん)な光景になると大変だな」

涼が事実を告げ、アモンが期待を口にし、エトが学究の徒的に言い、ニルスが繰り広げられる光景を心配する。



四人は、何も言われないのをいいことに、そこから見守ることにした。



襲撃側の隊長らしき人物の目が覚まされる。

「ん……」

「起きたか。貴様たちに聞きたいことがある。ニュー様の名に誓って、嘘偽りなく答えよ」

バシュレ隊長が重々しく告げる。


襲撃側隊長は、無言。


「カミロ猊下の許可証をお前たちは持っていたが、我々を襲った目的は何か答えよ!」

「……」

バシュレ隊長が尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。

目を合わせようともしない。


「貴様! それでも、()えあるテンプル騎士か! 答えぬか!」

「……」

バシュレ隊長が激しく尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。


「この()れ者が! ならば質問を変える。なにゆえ、この場所に来た? 何が目的で来たのか答えよ!」

「……」

バシュレ隊長が質問を変えて尋ねるが、襲撃側隊長は無言のまま。



「えっと……これは……正直、何も期待できない気がします」

「う、うん……襲撃した人たち、喋る気ないね……当然だけど」

「口を割らせる方法みたいなのは、ないんですかね」

「……いや、まあ、聖職者なんだから、拷問みたいなのはしない……のが当然と言えば当然だな」

涼が失望し、エトが同意し、アモンが疑問を呈し、ニルスが諦めを口にした。


すごくまともで、非暴力的な尋問だ。

現代地球の先進国における尋問……そう言われても違和感が無い気がする……。



悪いことをしたと認識している人が、口を割るはずがない。



そんな事を話していると……涼が動いた。

「どうした?」

ニルスが問う。

「誰か来ます。何やら大物ですよ」

「大物?」

涼が<パッシブソナー>で掴んだ情報を伝え、エトが尋ねる。


「歩き方が大物です。人も引き連れていますしね」

「大物の歩き方って何だよ……」

涼が言い、ニルスが呆れる。


「大物には、大物特有の歩き方があるんです。最近は、そういうのまで分かるようになりました」

「リョウさん、凄いですね!」

涼の言葉に、アモンが称賛する。


アモンは、相変わらず善い奴である。



「大物っぽい歩き方って、アベル陛下とかも?」

エトがちょっと興味を持ったらしい。

「そう、アベルの場合は、今近づいてきている人とは系統が違うんですよね。アベルは武闘派なので」

「武闘派……」

涼の回答に、ニルスが言葉を詰まらせる。


剣士で元A級冒険者の王様……武闘派なのは確かであろう。



「どちらかと言うと、連合のロベルト・ピルロ陛下とかが近いですね」

「なるほど」

涼の説明に、エトが納得した。


「大物というか、上流階級な人って、歩く速度に特徴があるんです。それと、ゆっくりですけどリズミカルです。ああ、あと、太っている人はまた違うのですが、足を地面につけるのも(かかと)からつけることはほとんどなくて……」

涼の説明に、エトとアモンが真剣に聞いている。


ニルスだけは、微妙な顔をしている……。



もちろん、法国にも貴族はいるのだが……。

「やっぱり法国で大物、あるいは上流階級と言うと……」

「聖職者だよね。司教とか大司教とか……」

アモンが言い、エトが頷いて答える。


「さすがに<パッシブソナー>でも、相手の地位までは分かりません」

涼がいかにも残念という表情で答える。

いつか、そこまで分かる精度に……。


なれるだろうか? 論理的には不可能な気が……。




「その尋問、そろそろ終わってもらえますかな?」

現れた大物が言う。

後ろに騎士を引き連れ……()色の法衣を着ている……。


「カミロ枢機卿……」


バシュレ隊長は呟き、絶句した。

だが、すぐに片膝をついて礼をとる。

他の第三分遣隊の隊員も。


十号室の四人の横にいるピラル助祭は、立ったまま頭を下げている。

テンプル騎士と他の聖職者は、礼の取り方が違うのかもしれない。


とりあえず、四人も立ったまま頭を下げた。



「テンプル騎士団聖都駐留大隊、第三分遣隊と聞いていますが?」

カミロ枢機卿が穏やかに問う。


「はい。第三分遣隊隊長アンドレ・ド・バシュレです」

バシュレ隊長はカミロ枢機卿と目を合わせず、(うつむ)いたまま答える。

「そう、バシュレ隊長。その者たちは、私の命令で動いている、調査大隊の者たちです。何か行き違いがあったようで、申し訳ありませんでしたね。私が身元を保証するので、解放してもらえますか」

「も、もちろんです猊下」


カミロの穏やかな言葉は、額面通りのものではないらしい。

あのバシュレ隊長の顔を、滂沱(ぼうだ)の汗が流れ落ちている。



そして、十一人の騎士たちは解放された。



「では、こちら調査大隊の者たちは私が引き取っていきます。バシュレ隊長、ご苦労様でした」

「はい……」

有無を言わせぬ……というより、ノーと言える聖職者などいるはずがない……そんな圧倒的なプレッシャーに、バシュレ隊長は押し潰されそうであった。



彼ら第三分遣隊が動けるようになったのは、カミロ枢機卿たちが去って、ゆうに一分以上経ってからだった。


「はぁ……」

バシュレ隊長のため息で、ようやく、他の第三分遣隊の面々も動けるようになった。



「すごいプレッシャーでしたね」

「枢機卿というのは凄いですね」

「まるで歴戦の剣士のような圧力を感じたぞ」

「あんな人たちと、グラハム枢機卿はやりあっているんですね……」

涼が感想を言い、アモンが驚き、ニルスが剣士にたとえて、エトがグラハムの苦労を(おもんぱか)った。




第三分遣隊が、バシュレ隊長の所に集まっている。

「隊長、ここにカミロ枢機卿が現れたという事は……」

「うむ、何かあるということだ。怪しまれるのを承知で、さっきの奴らを救いに来た……。奴らが、保管庫襲撃の実行犯、あるいはその一部の可能性もあるな」


そんな会話は、四人の元にも聞こえてきた。


「だそうです」

「さっきの奴らを尾行するか?」

「まだ、ぎりぎり僕の<パッシブソナー>で追えていま……」


涼はそこまで言って、口をつぐんだ。


「どうしたリョウ?」

「今、十一人の生体反応が消えました」

「それって、どういう意味?」

「多分、さっきの十一人、殺されちゃいました……」

エトの問いに、涼は顔をしかめながら答えた。



疑われることも、追われることも承知の上で、カミロ枢機卿たちは現れた。

そして、証人となる可能性のある十一人を連れて行った。

間髪を容れずに、証人を消した。


「マジで恐ろしいな、枢機卿……」

「疑いがかかっても、問題ないと思っているんだね」

ニルスが言い、エトも同意した。


「いちおう、十一人が殺された場所に行ってみましょうか」



そこは、西の街ゼピュロスの外れ、林に囲まれた池であった。

「殺して、池に落としたのか?」

「ええ。ちょっと見てみます。<精査>」


アベルの体内を詳しく探るために作った魔法を、応用して池の中を見る。

「見つけた。<ワールドイズマイン>」


遺体の周りの水を、自分の制御下に置く。

そうして、水面まで十一個の死体を浮かばせて、最終的に地上に置いた。



「水属性の魔法使いなら、これくらいお手のものです」

「リョウさん、凄いです!」

「いやあ、それほどでも」

アモンが素直に称賛し、涼は照れた。


ニルスとエトは、すでに死体を見ている。


「まだ放り込まれたばかりなのに……すでに何かに食われているな……」

「餌、だからね」

二人は、死体を見ながら呟いている。


「こいつらの身元が分かりそうなものは、全て剝がされているんだが……」

「この、ロケットだけだね。服の内側に縫い込んであった。多分、さっき尋問されてた、この隊の隊長だと思う……首から上、ないけど」

エトが見せたロケットは、ペンダントで、内側に若い女性の絵が描いてある。

美しく妖艶な女性。

ロケットには文字が彫られてあった。


『愛しいエレナ トマーゾは永遠の愛を捧ぐ』


「この絵の女がエレナで、男がトマーゾだろうな」

ニルスが、ごく常識的な判断をする。


「この絵が女装したトマーゾで、死体が男装のエレナという可能性も……」

「ねえよ!」

涼の奇をてらった推理は、ニルスに即座に否定された。


もちろん、涼もあるとは思っていない。

あえて……、そう、あえて、別の見方も示しただけだ。

議論を深めるために!

仕方なくなのだ。



「使える情報がこれしかないってのは……」

「かなり厳しいけどね」

「なかなか大変そうです」

「もう夕方だし、今日はゼピュロスの街に泊まりましょう」

ニルスが情報の少なさを嘆き、エトが同意し、アモンが先の見通しの困難さを理解し、涼が宿泊を提案した。


「リョウはぶれないな」

「体調を万全に保つために、宿と御飯は大切です」

ニルスの呆れた口調に、涼はチッチッチと指を振りながら偉そうに言う。


否定する理由もないため、結局三人も同意して、ゼピュロスでの宿を探すのであった。


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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