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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第七章 消えた魔法使い
416/915

0390 地下に……

翌朝。

四人は、西の街ゼピュロスに向かって出発した。


「さっき出る時に宿で聞いたんだけど、昨日のカラアゲって料理は、『ニュー様の料理』と呼ばれて、伝統料理の一つらしいよ」

エトが、掴んだ情報を披露した。


ニュー様とは、西方教会の開祖と呼ばれている人物だ。



「伝統料理……」

涼は思わず呟く。


「でも、使節団宿舎では見たことないですよね?」

「ないな。俺はあそこの全種類の料理を食べたが、カラアゲはなかったぞ」

アモンが疑問を呈し、ニルスは完璧な回答をした。

これ以上に完璧な答えがあろうか。


「ニルスのそういうところは、ちょっと尊敬します……」

「あ! リョウ、お前、ちょっと馬鹿にしただろ!」

涼は小さく首を振りながら言い、ニルスは馬鹿にされたことに気付いた。

エトとアモンは大笑い。


今日も賑やかな四人であった。



西の街ゼピュロスの中心にあるゼピュロス教会。

その敷地内に、第四保管庫はある。



「こう、そろそろ敵が襲ってきて、それを迎え撃って捕虜にして、口を割らせて本拠地を吐かせる……とかそういう展開になるのがいいと思うんです」

「そんな都合よくいくわけないだろうが……」

涼のラノベ的王道展開を、ニルスが言下に否定する。


「リョウはその手の解決法が好きだよね」

「力こそ全て、ってやつですね。ちょっと憧れます」

エトが苦笑しながら言い、アモンは力に憧れているらしい……『十号室』一番の常識人なのに。



この日、ゼピュロス教会の責任者である司祭は、不在であった。

「申し訳ありません。司祭様は、昨日より聖都の方に行っておいでで……」

司祭の代わりに責任者となっている、ピラル助祭が説明した。


いつものように、エトが聖印状とグラハム枢機卿の許可証を見せる。

それによって、ピラル助祭が第四保管庫に案内してくれた。



中の広さは、第二、第三保管庫よりもかなり広い。

ただ、第一保管庫ほどではない。


特に、他の三つの保管庫との違いは、見るからに重厚そうな造りであった。


「かなり頑丈そうな石造りの壁です」

「ああ、凄いな。保管庫というより、城塞って感じだ」

涼が言い、ニルスも同意する。


保管庫の中も外も、重厚な石造り。



「おっしゃる通り、かつてこの保管庫は、城塞だった時期がございます」

「そうなのですか」

「反逆者コズロフの軍に対して、聖人ヨシュア様がここに立てこもって戦ったのです。二階以上は撤去されましたが、この一階や基礎は、その時代のままです」

ピラル助祭が熱っぽく語った。


聖人ヨシュア由来のゼピュロス教会で助祭をしていることを、誇りに思っているようだ。


エトは大きく頷いた。

ピラル助祭の気持ちは、エトにもよく理解できるから。


「な、なるほど」

ニルスにはよく理解できないものだったらしい。


「ニルスが、アベルから『この地を頼む』と言われれば、死ぬ気で守るでしょう? そういうものです」

「なるほど! それならよく分かるな」

涼が、合っているのか合っていないのか分からない微妙なたとえで説明し……だが、ニルスの中では納得できたらしい。



「倒され、壊れた棚は、こちら三分の一ほどです」

ピラル助祭が、保管庫の一番奥でそう言った。


もちろん、現在では、棚も元通りになり、床にもチリ一つ落ちてなくて……。


「ここの床石、亀裂が入っています」

「ああ、そうなんですよ。新しく入った棚の大きさが、以前の物と少し違っていまして。これまで棚の下にあった部分が見えるようになったんですね。その中の一部に亀裂が入っているのが分かって、取り換えていただくことになっているんです。確か、今日の午後には工事していただけるはず……」

涼の指摘に、ピラル助祭が頷いて答えた。


床石の亀裂など、珍しいことでもない。

だが、涼はなぜか気になった。


(<アクティブソナー>)

床に向けて『刺激』を送る。

基本的に、床に当たって跳ね返ってくるのだが……。

(この感触は……この下に空間がある?)


それほど広い空間ではなく、階段のようなものが下に続いていく感じ……。

水蒸気直接ではなく、床からの反射の感触で推測したものなので、かなり曖昧(あいまい)だ。


(でも、入口はこの床じゃないよね……普通は壁のどこか?)


涼は辺りを見回す。

その様子に気付いたのは、アモンであった。


「リョウさん、どうかしたんですか?」

アモンも、涼がコソコソしているのは理解したのであろう。

囁くように尋ねる。

「アモン、多分、この建物の下に、階段みたいにさらに深い地下に続く道があります」

「えっ……」

涼の言葉に、驚くアモン。


そして、アモンも周囲を見回す。

しばらく見回すと、何か気づいたのだろう。

一番奥の壁をじっと見て、近付いていく。


その頃になると、ニルスとエトも、アモンと涼がいつもとは違うのに気付いていた。

だが、あえてピラル助祭と話し、注意を逸らしている。



そして、アモンが、一番奥の壁の石組の一つを、押した。


ズズズズズ……。


壁の中に、螺旋(らせん)階段が現れた。


「え……」

それを見て、一番驚いたのはピラル助祭であった。

絶句したまま、動きを止めている。



再び動いたのは、たっぷり一分後。



「なんでそんな階段が?」

「ピラル助祭もご存じなかった?」

「はい。お恥ずかしい話ながら……。実際、この保管庫には、普段は司祭様しか入られません。もちろん、今回のように司祭様がおられない場合は、私が教会責任者となるので入ることもあったのですが……。こんなものがあるとは知りませんでした」

ピラル助祭は、目を大きく見開いたまま答えた。


「えっと、降りていってもいいでしょうか?」

涼が、ピラル助祭に問う。


「正直、私には判断がつきかねますが……。ただ、皆様は聖印状を持ち、枢機卿(すうききょう)猊下(げいか)の許可証もお持ちですので、それを止める権限は誰にも……教皇聖下以外は持っていないと思います。ですので、潜られてもいいかと……」

ピラル助祭は考えながらそう答えた。


要は、四人が強引に潜ったという事にしておけば、問題はないのだろう。

ニルスはそう判断すると、指示を出した。

「俺、アモン、エト、涼の順で。ピラル助祭は、ここで待っていてください」

「分かりました」


こうして、突如出現した保管庫の中の階段で、四人は地下に降りていった。



錬金道具の『街灯』が、四人が降り始めると、次々に自動で点いていく。



螺旋階段でしばらく降りると、途中から下り坂になった。

ちょうど、保管庫の下を奥から手前に横切る形だ。

涼が<アクティブソナー>で感じたのは、この通路だったらしい。


通路の幅は二メートル半、高さも二メートル半、床も周囲も石が固められている通路。



ズズズズズズ……。


上の方で、重い物が移動した音がした。

おそらく、四人が入ってきた扉が閉まったのであろう。



「なんとなく通路があったので入ってきましたけど、今回の魔法使いと聖剣の探索には関係無い可能性が高いです」

「俺もそう思う」

涼の指摘に、ニルスも頷いて同意した。


とはいえ、現状、全く手掛かりがないのだ。

目の前に、そこの責任者代理すら知らない、地下への螺旋階段が現れれば、降りるだろう。



だって、四人は、冒険者なのだから。




けっこうな距離を歩いた。


「ずっと下り坂が続いているので、かなり地下深いはず?」

エトが誰とはなしに問う。


「角度かなりきつめの道路と同じくらいの勾配だった気がする」

涼は呟いた。

道路で、かなりきつい勾配だと『10%』という標記がある。

つまり、百メートル横に進んだら、十メートル下がっている……。

一キロメートル横に進んだとしたら、地上から百メートルという、大深度地下!



それは、突然だった。



下り坂が終わったと思ったら、そこは広い……いや、広大な空間であった。

日本の首都圏を洪水被害から救うために造られた首都圏外郭(がいかく)放水路を、涼は真っ先に想像した。

地下神殿などと表現される巨大地下空間だ。

大深度、広大な空間、そして、いくつも建つ驚くほど太く、高い柱……。


おそらく天井まで、五十メートル以上あるであろう空間。



さすがに涼も、完全に冷静ではなかった。

冷静になったのは、数秒後。


(<アクティブソナー>)


結果は、奥の壁まで四百メートル以上ある空間。

人はいない。

地下の大空間なのに問題なく見えるのは、柱に錬金道具『街灯』が埋め込まれているからだ。



「いちおう、人はいません。奥まで四百メートルほどあります」

「でかいな……」

涼の報告に、驚くニルス。


空間の中央には、柱が一切建っていない場所があった。

そこだけでも、かなりの広さだ。


「地面に、何か書いてありますよね?」

「……魔法陣?」

アモンが指摘し、涼が首を傾げながら答えた。


首を傾げたのは、それが魔法陣なら、驚くほど巨大なものだからだ。

柱が建っていない場所いっぱいの広さを使って、描かれている……。


ざっと、直径三十メートル以上。


あまりに大きすぎて、正直何が描かれているのか分からない。



「魔法陣ということは、錬金術か。どうだ、リョウ?」

ニルスが涼の方を向いて尋ねる。


涼も、尋ねられるまでもなく、見ているのだが……大きすぎる。


「ちょっと上から見てきます。<ウォータージェットスラスタ>」

そう言うと、上空に浮き上がった。



「ゴールド・ヒル会戦の時も見たが……人が空に浮かぶってのは、本当に凄いな」

「普通は、魔法使いも空を飛べないって『六華』の魔法使いさんが言ってましたよね」

「まあ……リョウだからね」

ニルスが感心し、アモンが記憶を掘り起こし、エトが頷きながら結論を述べた。



四十メートル近く浮き上がった涼は、下を見る。

この高さからなら、全体も分かる。


それで理解できた。

(驚くほど複雑な魔法陣だ……)


簡単ではないと踏んだ涼は、氷の台を生成し、その上に寝転んだ。

地下とは言え、四十メートルの高さにそびえる氷の台。

そこにうつ伏せに寝転んで、魔法陣の解析に取り掛かった。



「リョウさん、台を出しましたね……」

「高さ四十メートルのベッドかな……、なかなか見ないよね」

「……リョウ、だからな」

アモンが驚き、エトが感嘆し、ニルスが全てを諦めて受け入れた。


ただ、三人とも理解したのだ。

錬金術大好きな涼であっても、簡単には読み解けない魔法陣らしいと。




涼が降りてきたのは、実に二十分後であった。


「おかえり」

エトがにこやかに迎える。

他の二人は、腕立て伏せをしたり、剣を振ったりしていた……まあ、剣士なので。


それでも、涼が降りてきたので集まる。



「当たりだと思います」

「当たり?」

涼が眉根を寄せて告げると、エトが首を傾げて問いかけた。


「はい。この魔法陣は、恐らく、例の僕らを『生贄(いけにえ)』にする時に使われる魔法陣です」

「なんだと!」

涼の言葉に、ニルスが弾けるように反応した。


「まだ起動はしてないよね?」

「していませんね。ですので、ここにいる僕らに、何か起きるという事はありません」

「良かった……」

エトが尋ね、涼が答え、アモンが安心した。



魔法陣は、魔力を流して起動しない限り、魔法現象を発現したり、魔法を生成したりはしない。



「ここ、かなり深い場所だろう? こんな所の魔法陣で、地上に影響を与えることができるのか?」

ニルスの疑問はもっともであろう。

地上から百メートル、あるいは二百メートルといった大深度地下だ。


「ここが地下二百メートルだとして、途中に硬い岩盤があったとしても、地上まで影響する魔法を生成することは可能でしょう。どこか、別の場所から起動用の魔力を引っ張って来るようになっていますから。それで、この魔法陣の役割は、神のかけらを吸収することですから……その、神のかけらなるものが、この地面を透過するものなら問題ないのでしょう」


日本にあるスーパーカミオカンデやカムランドは、地下一千メートルの地点にある。

これは、宇宙から地球に降り注ぐニュートリノなどを検出する装置だ。

ニュートリノのような極小とはいえ質量のあるものですら、千メートルもの地下まで到達するのであるから、なんとなく質量などなさそうな、霊的な感じと勝手に涼が認識している神のかけらなどであれば、二百メートル程度の地下には簡単に届きそうな気がする……。



多分。



「どうする? 今のうちに、この魔法陣、壊しておくか?」

ニルスが顔をしかめながら提案する。


「でも、まだ就任式まで十日以上あるから……壊されたことに気付いたら、別の手を考えるんじゃ?」

エトが懸念を表明する。


「見えない手に備えるのは難しいですよね。見えている手を出させて、そこに攻撃を合わせる方が楽ですよね」

アモンが戦いの極意的なたとえ話をする……恐ろしい。


「ばれないように細工をしましょう。細工がばれる可能性はあるので、できる限り地上でも『生贄』を避けるように動きますが、二重三重に策をめぐらしておいた方がいいでしょう?」

涼が頷きながら結論を出した。


「できるのか?」

「正直、この魔法陣の全ては理解できていません。途中には、全く理解できない部分が多々ありますし……魔法式同様に、製作者によってがらりと変わる物ですからね、魔法陣も。ただ、どんなものでもそうですが、共通する部分はあります。なんとか、ばれない細工をしてみますよ」

ニルスが問い、涼は答えた。



涼は、魔法陣に近づいていく。

「起動点……分岐点……連鎖式……。多分、テスト起動くらいはするだろうから……ループ機構でここを……」

魔法陣の周りを歩きながら、ぶつぶつとそんな事を呟いている。



「魔法使いと聖剣を探しに来て、こんな魔法陣が見つかるとはな……」

「運がいいのか悪いのか……」

ニルスが言い、エトが答える。



アモンは、一人首をひねっていた。

「どうした、アモン」

ニルスが問う。


「いえ……ここ、けっこう重要な場所だと思うんですけど、見張りとかいないから、どうしてかなと」

「ああ、確かにな」

アモンの疑問に、ニルスも頷く。


「多分……これを作った人は、根本的に他の人を信じていないんだよ」

エトが、魔法陣を見ながら答える。

「他の人を……」

「信じていない?」

ニルスとアモンが首を傾げて問う。


「魔法陣そのものは、時間さえかければ一人で作り上げることができる。これほどの大きさでも。そして、作り上げれば、あとは何らかの方法で魔力を流しさえすれば、起動する。そこに、人はいらない。勝手に動いたりもしないし、盗まれることもない。監視しておく必要は無い。むしろ、監視者が裏切ったり、どこかで口を滑らせたりする方が怖い……そう考えたんじゃないかな」

「なるほど」

エトの推論に、アモンが頷く。


「心から信頼できる仲間がいないってのは、ちょっと可哀そうだな」

ニルスの呟きに、エトとアモンは頷いた。



「うん、くっつける魔法陣はこれでよし。起動は、この本体の魔法陣が起動すれば、連動して自動で起動するけど……この場に、この魔法陣を維持しておく必要があるんですよね~」

涼はそう呟くと、周りを見回す。


主電源はコンセントからもらうが、それを抜いてもメモリーを保持しておくために小さなボタン電池が内蔵されている機械がある……そのボタン電池に該当する物を探しているのだ。


「森の中とかなら、持ってる魔石をポンと草の間においておけばいいだろうけど、この床だと小さな魔石でも目立つ……」

さらに、見回すと、いいものが見つかった。

柱に付けられた、錬金道具『街灯』


「よしよし。ここから維持用の魔力を流用しましょう」




「完成です!」

涼が言うと、他の三人も集まってきた。


「完成したんですね!」

「ん? でも無い……よね?」

「元々のでかい魔法陣しか……ないな」

アモンが喜び、エトが首を傾げ、ニルスが見つけられず。


「当然です。見えちゃったら壊される可能性がありますからね……壊せるかどうか、ちょっと分かりませんけど」

「はい?」

涼の言葉に、ニルスも首を傾げる。


「この、空気中の水蒸気……この辺に浮いている、ちょ~小さい水たちで魔法陣を描きましたよ。<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)>の変化形です。この、おっきい魔法陣に魔法が流されると、<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)>みたいに反応して、空中に僕の魔法陣が描かれます。本体の魔法陣のコア部分が本起動する前に、魔力が僕の魔法陣の中を延々ループし続けるのです。それによって、決定的な中央部分は起動されません!」


涼が想定したのは、コンピュータプログラミングの中でよくやってしまう、無限ループだ。

いや、よくやってはいけないのだが……うん、仕方がないのだ。


「よく、わからんが……それで、この魔法陣は起動しないんだな?」

「一部は起動しますけど、最後の決定的な部分は起動しないはずです」

ニルスの問いに、涼は頷いて答えた。


「よし、なら脱出するぞ」



そうして四人は、元来た道を帰っていった……。


なぜか6600字とかになってしまいました。

戦闘場面でもないのに、なぜ……。



本日、出版のTOブックスのTwitterでも上がっていたのですが、

第三巻の校正ゲラ(本編と特典SS二本)を担当編集さんに送付しました。


https://twitter.com/TOBOOKS/status/1422837208520658944


着々と第三巻は準備されておりますよ!

あと筆者が書くのは、あとがきだけのはず……。


いろいろお知らせもあります(まだ情報開示できませんが)

もうしばらくお待ちください!

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『水属性の魔法使い』第三部 第1巻表紙  2025年3月19日(水)発売! html>
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