0387 新たな依頼
本日より、新章「第七章 消えた魔法使い」開始です。
涼と十号室、十一号室の六人が聖都に戻ってきた翌日。
それは、遠く離れた中央諸国から、皇帝ヘルムート八世が討たれたという情報が入った翌日。
早朝から、ヒュー・マクグラスは教皇庁に来ていた。
傍らには、なぜか水属性の魔法使いも。
「なあ、リョウ。お前さん、例の『教皇の四司教』と戦ったんだろ? 教皇庁に来たりしたら、危ないんじゃないか?」
「大丈夫です。教皇庁の中では、さすがに魔法無効化とかはできないと思うんです。やったら、他の聖職者の人たちが困るから。それなら、十分戦えますよ」
ヒューが懸念を表明し、涼がその懸念を解消する。
もちろん、ヒューは、何かずれている……と思いながらも、追い返すことはなかった。
いれば、何かの役に立つかもしれないと思って。
二人は、グラハム枢機卿の部屋に通された。
「よくいらっしゃいました。リョウさんもお久しぶりです」
いつものように、グラハムはにこやかに微笑んで、二人を迎え入れた。
一通りの挨拶の後、ヒューが「怒らないで聞いて欲しいんだが」と断って話し始めた。
悪魔の存在について、神のかけら、そうして堕天について。
堕天した存在、それは元天使のような存在であったものかもしれない点。
そして生贄についても。
中央諸国からの使節団が招かれた理由について、堕天と生贄と関連させながら。
そして、最後に……。
「教皇が、それら全てに関係している可能性がある」
最後の言葉すら、グラハムは表情を変えず、つまりにこやかなまま聞いた。
そのにこやかな仮面は、ヒューが驚くほどに、完璧。
外見上は、非常ににこやかなまま、全てを聞き終えた。
グラハムは、コーヒーを一口飲み、カップを置いてから口を開いた。
「マスター・マクグラス、私は、あなたがおっしゃったことを、否定する根拠を持ち合わせていません」
「ん? それはどういう意味だ?」
「つまり、あなたがおっしゃったことは、全て事実の可能性が高いということです」
「おい……。俺が言うのもなんだが、枢機卿がそんなことを言ってもいいのか?」
グラハムの言葉に、逆にヒューの方が焦る。
「問題ありません。教会の教義を信じる事と、マスター・マクグラスが言ったことを認めることは、全く矛盾しません。それどころか……」
グラハムは、ここで初めて表情を崩し、少しだけ顔をしかめて言葉を続けた。
「新たな教皇聖下は、人間ではないのではないかと感じたことがあります」
「それって……」
グラハムの言葉に、ヒューは言葉を失った。
傍らで聞いている涼も、驚いている。
教皇が人間ではない可能性……。
「いえ、その堕天した存在が教皇聖下だとは思いません。おそらく、その存在は背後にいる。ただ、教皇聖下は……なんというか、中身が無いというか……そう、ゴーレムか何かのような」
「人形かよ……」
グラハムが言い、ヒューは思ったことをそのまま述べた。
「以前は違ったのです。教皇聖下が、まだ大司教であった頃に何度か、開祖ニュー様の秘蹟について共に研究したことがありました。とても聡明で、切り口も斬新な説を展開されたこともあり、凄いと感じたのを覚えています。その記憶からすると、今は……」
グラハムはそう言うと、小さく首を振った。
かつての姿を知っているグラハムには、今との違いが、あまりに鮮明に映るのかもしれない。
「生贄については、こちらでも調べてみましょう。それほど大規模に、人から何かを取り出そうというのであれば、それなりの準備を……魔法陣や錬金術などで、進めている可能性があります。何か掴めるでしょう」
「ああ、頼む」
グラハムが言い、ヒューは頭を下げた。
もちろん、涼も。
「そうだ、リョウ……ついてきたのは、何か聞きたいことがあったからじゃないのか?」
ヒューは、ようやく涼に話を振った。
「はい。実は、これなんですが……」
涼はそう言うと、鞄から350ミリリットル缶ほどの大きさの、円筒形の箱を取り出して机に置いた。
それを見た瞬間、グラハムの目が鋭く細くなった。
ヒューの話の間、全く表情を変えなかったグラハムがだ。
「リョウさん……これをどこで?」
「これが何か、ご存じなのですね。実は、ある三人の司教に襲われまして、その時に、アベラルドさんという方が落としていかれました」
「奪い取ったんだろうが」
グラハムが問い、涼がぼかして答え、ヒューが小さい声でつっこむ。
言い方ひとつで、事実は、様々な姿を見せるものだ。
「ええ、それが何かは知っています。魔法無効空間を生み出す錬金道具……。『ニール』と呼ばれていたはずです」
グラハムは頷いて答えた。
(ニール……ラテン語だと、無……英語のNothing。名付けた人は中二病に違いない! あ、いや、ニール・アンダーセンさんの名前も、ニールだ……)
涼が失礼な事と、知り合いの名前を考えていると、代わりにヒューが質問した。
「なあ、グラハム、さすがに魔法無効空間を生み出す錬金道具なんてのは、とんでもない錬金術の天才じゃなきゃ作れないと思うんだ。であるなら、お前さんなら、誰が作ったのか知っているんじゃないか?」
ヒューは鋭い視線で問いかけた。
「そう……確かに、魔法無効空間を生み出すのですが、特殊な素材を使っているとかで量産はできません。それに、使う人間にも驚くほどのダメージがあります。使用者本人の寿命を削って発動するとか」
「ああ……。アベラルド司教は、酷い状態になっていました」
涼は、戦闘時の状況を思い出して答えた。
「この、リョウさんが手に入れたやつも、すぐに寿命が尽きるはずです……あと一回使えるか……もしかしたら、もう使えない可能性すらあります」
「なんという薄命……」
グラハムの説明に、涼は嘆きながら机の上の『ニール』を見た。
やはり、魔法無効化というのは、いろいろと無理をするものらしい……。
だいたい寿命を削って発動とか……普通、そんな道具はない。
道具というのは、あまねく人を幸せにするためのものなのに……。
「それを入れても、教会にあるのは三基のはずです。本当に切り札なのですが……」
グラハムはそこまで言って、苦笑いをしながら言葉を続けた。
「リョウさん、それを破ったんですね」
「近接戦も鍛えておいてよかったです」
涼はしみじみとそう言った。
ヒューが、ジト目で見ているのには気づかずに。
「ああ、そうでした。これを作った人物の心当たりでしたね。あります。というか、恐らく、彼しかできないでしょう。教会の歴史上でも、特筆すべき錬金術師である枢機卿」
「枢機卿? そんなに高位なのか……」
グラハムの言葉に驚くヒュー。
「ええ。枢機卿です。サカリアス枢機卿」
「あと、以前、マスター・マクグラスに頼まれていた調査が完了して、資料があがってきましたよ」
「調査? そうか、荒らされた教会保管庫から無くなったやつだな」
グラハムは、十枚ほどの紙を持ってきた。
一覧表になっており、保管庫襲撃後になくなっていた物がずらりと書いてある。
「じっくり宿舎などで見て欲しかったのですが、教皇庁から外に出してはダメらしいので、申し訳ないですが、ここで見ていくだけにしてください」
「ああ、感謝する」
ヒューはそう言うと、さっそく一覧表を見始めた。
涼も暇なので、見ようと思ったのだが、ふと、さっきの話を思い出してしまった。
「グラハムさん、先ほどのサカリアス枢機卿という方なのですが……」
「はい?」
「魔法強化の錬金道具とかも作られました?」
涼はそう言うと、鞄から、共和国で貰ってきた錬金道具を取り出した。
融合魔法のブローチだ。
チェーザレたちが使っていた物。
「それは……。リョウさんは、かなり……教会の錬金道具を手に入れられたようだ」
グラハムは苦笑する。
当然、涼が出した物が、教皇直属の暗殺部隊が使っていた物であることを理解したのだ。
「あ、こ、これは、共和国政府から、正式なルートで貰った物なので、たとえ元が教会の物だったとしても、今では僕の物で……」
涼は、グラハムから返還要求をされるのではないかと思って、慌てて説明をする。
「いえ、返還しろとか言いませんから」
「よかった」
グラハムは苦笑しながら言い、涼はホッとした。
「それは、サカリアス枢機卿が司教時代に開発した物です。人によって、適合するしないの差が激しいらしく……逆に言えば、教皇直属の暗殺部隊、それとサカリアス枢機卿直下の者たちは、それに適合する者が選ばれていると言われています」
「なるほど」
グラハムの説明に、頷く涼。
そんなことを言っている間に、ヒューが何事か頷いて、口を開いた。
「やはり、四つの保管庫に共通して盗まれている。想定通りだ」
それを聞いて驚いたのは涼だ。
今の短時間で、全部確認した? 早すぎる……。
「なんだ、リョウ。変な顔をして」
ヒューが、訝しげに問う。
「いえ……ヒューさんの確認があまりにも早かったもので。その一覧、かなりの量があるでしょう?」
「なんだそんなことか。毎日書類仕事をしていれば、これくらいにはなる。俺なんかで驚いていたら……本国の宰相閣下なんて化物だぞ?」
「ハインライン侯爵?」
「ああ。書類を読む速度自体がとんでもない。俺も、あれくらい早くなりたいものだ」
ヒューはそう言うとため息をついた。
それを見て、涼は何も言えず、グラハムは苦笑している。
枢機卿は、書類仕事は多くないのだ……。
「共通するのは、聖剣、それも霊体にダメージを与える系や、その可能性が高い物。霊体にダメージを与える可能性のある聖剣は、全て持ち去られたようですね」
グラハムも同じ答えにたどり着いていたらしい。
「ああ。うちの使節団で狙われていた聖剣も、霊体を消滅させるとか、破邪の剣とかだったからな。俺のも聖剣だが、再生能力を封じるのが特性だから、狙われていない」
ヒューは顔をしかめながら言った。
なんとなく、狙いが見えてきた。
「聖剣に斬りつけられたくない霊体が、後ろにいると」
「そいつが、堕天した存在……か」
グラハムが導かれた結論を述べ、ヒューが補足した。
それを聞いて、涼は、両手を組んで頷いている。
なぜか偉そうだ。
そんな事を話している時、隣の控室との間の扉がノックされ、カールレ修道士が入ってきた。
いつも、涼の案内をしてくれていた修道士なので、もちろん涼も知っている。
だが、なにやら落ち着きがない。
「猊下、ご来客中のところ、申し訳ございません。ただいま、こちらが届きました」
カールレはそう言うと、一つの封筒をグラハムに渡した。
そして、言葉を続ける。
「至急、とのことです」
グラハムは封筒を開け、中身を読む。
涼にも、一瞬だけ、眉根が動いたのが見えた。
グラハムは、暖炉の火の中に封筒と便箋を投げ入れて燃え尽きたのを確認してから、初めて口を開いた。
「ローマンパーティーの、魔法使いたちを覚えていますか?」
「うん? 火のゴードン、風のアリシア、土のベルロック、それとエンチャンターのアッシュカーンだったか。それがどうかしたか」
ヒューは、四人とも属性と名前を憶えていた。
涼は素直に凄いと思った。
涼は、ここまでスムーズに名前は出てこなかったから。
エンチャンターのアッシュカーンは最初に出てきた。
次に、土属性のベルロックが出てきた。ドワーフだ。
そして、風属性のアリシアが出てきた。斥候のモーリス、アッシュカーンと、女性三人組だった。
最後に、一人、なかなか出てこなかったのだ。
恐らく、火属性の魔法使いだったからだろう。
あるいは、アベルを攻撃したからだったか。
ヒューに言われて思い出した……ゴードンという名前だったと。
「その四人との連絡が途絶えたと、モーリスから連絡がありました。何者かに捕まった可能性が高いと。力を貸してもらえませんか?」




