0386 報告
((リョウ、聞こえるか?))
((珍しいですね、アベルの方から繋げるなんて。何かあったんですね? 視察が中止になりました?))
((ああ、視察は中止になって、しばらく前に王都に戻った))
涼と十号室と十一号室の六人は、聖都に向かっている。
あと、三十分も歩けば、聖都の門に着く。
((いちおう伝えておく。先ほど入ったばかりの知らせだ。デブヒ帝国の皇帝ヘルムート八世が亡くなった))
((え? どうして?))
((回廊諸国の騎馬の王、アーン王に討たれた))
((回廊諸国……。確かアーン王って、先帝ルパート陛下に恨みを抱いていたんですよね? それで、わざわざ帝国の皇帝を殺しに?))
((まあ、その辺りはいろいろと複雑だ))
そう言うと、アベルは、帝国動乱をかいつまんで説明した。
((なるほど。そのコンラート殿下の策ですか……。凄いですね、虎を討つのにワイバーンを呼び込むみたいな……。アベルはそんなことやらないでくださいね。王国内にどうしても倒したい勢力がいるのなら、僕が倒してあげますから。外国の勢力を呼び込んだら、そいつらに国をめちゃくちゃにされますよ!))
((お、おう……。その時は、頼むわ……))
王国において、国王に次ぐ地位にいるのは筆頭公爵たる涼だ。
涼はあまり自覚がないが……。
ただ、今回のコンラートの策が、かなり危ない橋を渡っているのは、アベルも理解していた。
そして、やむを得ないというのも理解していた。
コンラートがヘルムート八世を殺してしまえば、皇帝殺しと呼ばれる。
それは、少なくとも形の上では事実だ。
皇帝を弑逆しておいて、自分が皇帝位に就く……できないことはないだろうが、国内の貴族がうるさいことになるだろう。
有力貴族の多くが、先帝ルパートの時代に取り潰されたとはいえ、全くいないわけではない。
また、諸外国の目を、完全に無視するわけにもいかない。
例えば、亡くなったヘルムート皇帝の妹、先の第一皇女が嫁いでいる国などが介入してこないとも限らない……その国は、連合の主要国の一つであるし。
それよりは、今回のように、外国勢力に討たせた方が、ある意味スマートだろう……。
誰がどう見ても、コンラートが裏で糸を引いていると分かったとしてもだ。
形を整えておく事が重要。
強い力を持っているのなら、形さえ整えておけば、たいていの無理は通る。
世界とはそういうものだ。
もちろん、このまますんなりと、コンラートが皇帝位に就けるかどうかは……。
((おそらく、帝国使節団も、何らかの方法で本国の情報は入るようにはしていると思うんだが……))
((四千キロ以上離れていますけど? ケネスですら、その距離を超えるのは難しいと、以前言っていました……))
((だが、今回、俺の魂の響で超えているだろう? 帝国も優秀な錬金術師はいるからな。あるいは、例のハーゲン・ベンダ男爵に往復させるとか……))
((転移……それはそれで凄そうですね。魔力切れとかしないんですかね……))
((まあ、とにかく、この情報の扱いは、グラマスと決めてくれ))
グラマスとは、グランドマスター、団長ヒュー・マクグラスの事だ。
一行は、聖都の王国使節団宿舎に着くと、すぐにロビーにいた団長ヒュー・マクグラスに報告を行った。
まずは、悪魔の襲撃のこと。
そして、悪魔が語ったことを。
「まとめると……。教皇の後ろに堕天した存在がいるかもしれない。そいつの目的は、俺ら人間の中にある神のかけらを集める事。それは、その堕天した存在が消え去らないために」
ヒューが確認するように、丁寧に言葉にしている。
それを聞いて、涼が偉そうに頷く。
エトも頷いているのだが……なぜか偉そうには見えない。
その差はいったい……。
「そして、人に埋まっている神のかけらは、堕天した存在だけではなく、魔王と魔物たちにも関係する。『魔王の因子』が励起……まあ起きると、それを鎮める事ができるのは神のかけらだけ。だから、魔王軍対人間という争いが起こってきた」
涼は頷く。やはり偉そうだ。
エトも頷く。やはり偉そうには見えない。
「神のかけらは、世界の『バランス』をとっているものだから、そう簡単に大量に手に入れる事はできない……だから、遠い中央諸国から俺たちが呼ばれた。殺して、神のかけらを奪っても、この西方諸国にはあまり影響を与えないから。そしてそれらは、堕天した存在が糸を引いている可能性が高いと」
「はい」
ヒューの言葉に、エトが頷いた。
なかなかに複雑に絡まり合っているが、ヒューもエトも理解しているようだ。
もちろん、涼も理解している……多分。
最後に補足するように、涼はアベルから聞いたことを告げた。
つい先日、帝国の皇帝が、アーン王に討たれたという事を。
「なんだと……」
ヒューは絶句した。
他の六人も絶句した。
涼だけは説明を終えると、深刻そうな顔をしながらコーヒーを飲んでいる。
深刻そうな顔をしているのは、なんとなくだ。
雰囲気も大事かな、と思って……。
そんな雰囲気の場所にやってきた首席交渉官イグニス。
「何かあった雰囲気ですね?」
イグニスも、すぐに何か尋常ならざる情報が入ったことを感じ取っていた。
そして、皇帝ヘルムート八世の死去がイグニスにも伝えられた。
「それは、なんとも……」
イグニスは顔をしかめている。
これから大変なことになりそうな、帝国使節団の人員たちのことを慮っているのかもしれない。
「あ、イグニスさん、船、調達できました」
「おぉ~!」
澱んだ空気を打ち払うように、涼は報告し、イグニスは飛び上がって喜んだ。
イグニスがここまで喜ぶのは非常に珍しい。
涼が持ち帰った書類を見せる。
明日か、明後日には、別便で送らせた書類も届くはず。
イグニスは、詳細に確認する。
特に、船の仕様を見た時には震えていた。
涼に問いかける声も、震えていた。
「こ、これほどの船が、本当に……?」
仕様書と設計図から、どれほどの性能なのかを理解したらしい。
涼が頷くと、笑顔がはじけた。
「すぐに会議を開いてきます」
そう言うと、宿舎の奥に飛んでいった。
涼はそれを見て、頷いた。
そして満足した。
役に立てて良かったと、心の底から思った。
その間に、ヒュー・マクグラスの中でも、一つの結論が出されていた。
「帝国使節団には俺が伝える。情報の入手経路は適当にごまかす。王国使節団内には、今日の夕方に伝えることにするから、それまでお前たちも黙っていてくれ」
「わかりました」
ニルスが答え、涼を含めた六人が頷いた。
「あとは、その『堕天』と『生贄』だな……」
ヒューには、悪魔が語った全てを報告した。
当然それは、使節団全体の安全にも関わってくるものだからだ。
「さすがにそれは……今、この場ではどうにもならんな……。明日の朝、教皇庁のグラハム枢機卿の所に行って、話してみるか。グラハムが知っているとは思わんが、俺らだけでうんうん考えているよりは、何か見えてくるかもしれんからな」
「それがいいと思います」
ヒューの考えに賛同したのは、エトだ。
ジークも頷いている。
とりあえず、報告まで終了し、七人はヒューの下を去った。
安心したら、疲れがどっと出た。
多くの人が経験したことがあるであろう。
冒険者たる一行ですら、それは例外ではない。
涼だけは、すぐに大浴場でお風呂に入ったが、他の六人はそんな力すらなく、そのままベッドに横になった。
(あんな経験をしたのだから仕方ないでしょう)
などと涼は思いつつ、お風呂に入ってさっぱりした。
さっぱりしたら甘い物が欲しくなる。
これは当然だ。
そう、これは当然なのです。
異論は認めません。
問題は、宿舎ラウンジにするか、隣の『カフェ・ローマー』にするかなのです。
「久しぶりに、お隣にしましょう」
カフェ・ローマーは、かなり混んでいた。
やはり、午後三時過ぎという時間帯のせいだろう。
涼が入ろうかどうか迷っていると、一人の男性が出てきた。
男性一人客というのは珍しい。もちろん、涼は除く。
そのため、涼はすれ違ったその男性の姿を目で追った。
「ハーグ! ここにいたか」
その男性に声をかける人物が。
「小姓頭? どうかしましたか?」
「キルヒホフ伯爵がお呼びだ。急いで宿舎に戻ってくれ」
そんな会話を交わした後、二人は帝国宿舎の方に走っていた。
「ヒューさんの報告のせいかな? 帝国の方々も大変です」
涼は小さく首を振りながら、もう一度カフェ・ローマーを見る。
どうも、席は空いていないように見える。
「これは……今日は、宿舎ラウンジにしておけということでしょうか」
そう呟くと、王国使節団宿舎に戻った。
十分後、一階ラウンジで、美味しそうにリンドーのタルトを食べる水属性の魔法使いの姿が見られた……。
これで「第六章 再び共和国へ」は終了です。
明日より、新章「消えた魔法使い」開幕です!
ついに、西方諸国編の核心に……。




