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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
410/930

0384 <<幕間>> 帝国動乱 中

「ルビーン公爵領軍、全ての配置が完了いたしました」

「ご苦労」

オスカーの副官兼ルビーン公爵領軍司令官代理である、ユルゲン・バルテルの報告に、短く頷くフィオナ。


「ですが、本当によろしかったのですか? 領内全て、完全に臨戦態勢ともなると、ヘルムート陛下から何か言われるのでは?」

フィオナの副官兼侍女長である、マリーが問う。

「問題ない。リーヌスの反乱への備えと共に、新たな反乱が起きるのを抑止するためとか言っておけばいい」

オスカーは表情も変えずに答えた。



「盤石に見えた帝国が、わずか二週間でこんな事になるなんて……」

フィオナは小さく首を振りながら呟く。


「こうなると、皇帝十二騎士が揃っていないのも痛いな」

「皇帝十二騎士?」

オスカーの呟きに、フィオナが反応する。



皇帝十二騎士とは、皇帝が任命する、皇帝を守る十二人の最高の騎士たちである。

その一人ひとりが、まさに一騎当千。

いつの時代においても、全ての帝国民の憧れと言って過言ではない。


「皇帝陛下の身に迫る危険を、力によって打ち払うのが皇帝十二騎士。今の状況が進めば、必ずや皇帝陛下に直接の害を及ぼそうと考える者たちが出てくるはずだ。それを守る者が……少ない」

「父上の……先代ルパート陛下の皇帝十二騎士は、慣例により全て外れました。全員貴族となって領地へ。新たに任命されたのは、確か……まだ四人?」

フィオナは、新たな皇帝十二騎士を思い浮かべながら、答えた。



「まあ、本来、急いで選ぶようなものでもないから、じっくりとふさわしい騎士が見つかれば任命する、という形で問題なかったのだが……。これほどに荒れなければな。しばらくは、帝国全土の治安が悪化するだろう。恐らく、東部とこの南東部を除いて」

「え? それはどういう意味……」

オスカーの言葉に、首を傾げるフィオナ。


「南東部は、このルビーン公爵領が多くを占める。東部は、隣接するクルコヴァ侯爵領が中心ともいえる地域。クルコヴァ侯爵夫人と、フィオナの関係を知っていれば、侯爵領にも手を出してこないだろう」

「関係を知っていれば? 反乱者がそんなことを考えるとは思えませんけど?」

オスカーの説明に、やはり首を傾げたままフィオナは問いかける。


「今回の反乱、後ろで糸を引いているのは、恐らくコンラート様だろう」

「まさか!」

「ほぼ、間違いなく。そうであるなら、フィオナを敵に回すことは避けるはず。ここ、ルビーン公爵領はもちろん、クルコヴァ侯爵領にも手を出せば、フィオナは敵に回るだろう?」

「それはもちろん」

オスカーの問いに、フィオナはすぐに頷いた。



クルコヴァ侯爵夫人は、フィオナが昔から慕っている人物であり、帝国で最も信頼する貴族ですらある。

彼女のためなら、フィオナは全力を尽くすだろう。

それに侯爵夫人は、オスカーも若かりし頃、お世話になった人物でもある。

フィオナを助勢こそすれ、止めたりはするまい。


もっとも、クルコヴァ侯爵領の戦力も、決して弱いものではない……。

帝国内でも有名な騎士であるノルベルト騎士団長率いるクルコヴァ侯爵領騎士団は、精強で知られる。

侯爵夫人の薫陶を受けてか、侯爵領の騎士は、武、知、教養を身に付けたものばかり。

多くの貴族が憧れる騎士団の一つでもある。



またクルコヴァ侯爵領には、帝国でも唯一の、身分不問の学校群があり、大学まで存在し、一種の学術都市を形成している。

この十年で、侯爵夫人がその私財を投じて造ったのだ。


学術都市サンスーシーと呼ばれる、街自体を。



三年前の王国侵攻終盤、隣接するモールグルント公爵領は、公爵領軍と皇帝率いる帝国軍の激しい戦いの戦場となった。

だが、クルコヴァ侯爵領は戦火を免れた。


そのため発展は止まらず、今では帝国東部で最も発展した領地となっていた。

それは、フィオナのルビーン公爵領すら上回る。


「この公爵領とクルコヴァ侯爵領は、絶対に守ります」

フィオナの固い決意に、思わずマリーも頷いた。




帝城第三尖塔……囚人の塔。

コンラートは、未だに捕らわれの身だ。


「殿下、一つお尋ねしたいことがあるのですが」

「どうした、ランド」


コンラートの補佐官ランドは、何か分からないことがあるらしい。

コンラートが補佐官に任じているのだから、頭の回転が速く仕事ができるのは当然。

だが、基本的にランドは善人だ。

そのため、いわゆる権謀術数には、決して詳しくないし、そちらをあまり得意としない。


もちろん、コンラートとしてはそれで全く問題ない。

むしろ好ましいとすら思っている。

魑魅魍魎が跋扈する帝城。

領地に戻ってからも、常の安全が保証されているわけではないコンラートの立場。


そんな環境に置かれているコンラートにとって、ランドの、場合によっては『抜けた』とすら言える善人な部分は、傍らに置いていても心休まるものだからだ。



「はい。先日、帝国第九軍が『消滅した』との報告があったのですが……。戦って壊滅でも、敗走でもなく、消滅というのは……どうやって消滅したのかと」

「ああ、それか。別に、魔法などで消えたわけではないぞ。お金をばらまいただけだ」

「お金を、ばらまいた?」

「ああ。軍を抜ければ大金をくれてやると言ってな。それで、全員が軍を抜けた。結果、第九軍は消滅した」


ランドの問いに、コンラートは何でもないことのように答えた。


「なるほど。ですが、帝国軍の給金は、それほど低くはないでしょう? 軍を抜けたら、これから先の収入は無くなるわけで……」

「そうだな。四十五歳までは軍に所属できて、給金はもらえるからな。だから、それなりの金額をくれてやった。確か、一人一億フロリンだったはずだ」

「い、一億フロリン……」


ちなみに、帝国軍一般兵士の年間の給金が、二百万フロリン。

その五十年分。


「第九軍は一万五千人……つまり一兆五千億フロリンものお金を……」

ランドは息も絶え絶えに言う。

「なんだ、計算したのか? さすがランドだ」

コンラートはあっけらかんと笑っている。


「その……お金は、殿下ご自身の……?」

「ああ、もちろんだ。公爵領の金には手を付けていないから安心しろ」

「殿下の補佐官を五年以上させていただいておりますが……失礼ながら、殿下がそれほどのお金をお持ちとは知りませんでした」

「まあ、母上の遺産を投資して増やしたものの一部だ。大した額ではない」

「いやいや……公爵領の年間予算ですら三兆フロリンですぞ?」

「なんだ、たった半分じゃないか。やっぱり大した額じゃないな」


冷や汗をかきながら言うランドと、笑いながら答えるコンラート。



「金なんてのは使ってこそ、その価値が生まれる。貯め込むのは……何かあった場合でも対応できると安心はできるが、それだけ。使ってこそ金は生きる。その辺りは、父上は非常に上手かったが……ヘルムート兄様はあまり上手くないよな」

コンラートは、口をへの字にしながら言う。


帝国にしろ公爵領にしろ、金がうまく回るように運営することが肝要なのだ。

稼いだり貯め込んだりすることが目的ではない。


税として取り立ててもいいが、理想は、民や商会に喜んで使わせること。

嫌々、税として差し出させるのではなく、嬉しそうに楽しそうに使わせる。

それが統治者の役割。


コンラートは、そう理解していた。


「その点、ヘルムート兄様は理解が乏しい。だから、人から好かれない……」

その呟きは、傍らのランドにも聞こえなかった。




弟コンラートから、厳しく評価されているヘルムート八世。

だが彼は、決して無能ではない。

無能な人間が、皇帝位に就けるわけがないのだ。二年間と雖も。


もちろん、生まれて、物心ついた時から、いずれは皇帝にと考えていた。

それは否定しない。


当然であろう。

父は皇帝ルパート六世、母はその第一皇妃。

そして、自分は第一子。しかも第一皇子。


これで帝位を望まぬ者など、いるはずがない!



その後も、望むに値するだけの実績を出してきたつもりだ。


だが、それでも必ず言われる言葉があった。



『ルパート陛下は偉大な皇帝』



そう、父は偉大な皇帝だ。それは事実だ、認めよう。

問題なのは、その先だ。

言った人間は、心の中でこう続けている。『ヘルムート殿下はそれに比べてまだまだ』


それは、ヘルムートの被害妄想だったのかもしれない。

だが、ヘルムート自身が、嫌でも理解していた。



父である、先帝ルパート六世には遠く及ばないと。



どこが、ではないのだ。

何が、でもないのだ。

全てが……なのだ。



決して、ヘルムートは無能ではない。

恐らく、歴代の皇帝たちと比べても、十分平均以上の能力、資質を有している。


だが、周囲が比べる相手は歴代の皇帝ではないのだ。


部下、民、周辺諸国が比べる相手は、先帝ルパート六世なのだ。



だからこそ、ヘルムートは焦った。



ルパート六世すらなしえなかった、ナイトレイ王国の征服、あるいは領土奪取。

これを成せれば、先帝ルパートを上回ったと言える。

だからこそ、アベル王を襲わせた。


殺せれば、未だ盤石とはいえない王国は揺らぐはずだ。

後継者はまだ二歳。

王室を支えるべき貴族たちも、まだ育ちきっていない。


征服までいかずとも、いくらかの領土は奪えるはず!


ルパート六世すら、王国の領土は一ミリも奪えなかった。もし奪えれば、自分への評価も……。



だが、襲撃は失敗した。



そうなると、国内の情勢が気になり始める。

ヘルムートの地位も、盤石には程遠い。

自分のライバルたちが、アベル王襲撃の失敗をあげつらって、帝国貴族たちを煽るのではないか。

自分に、反旗を翻すのではないか。


その最右翼は、弟コンラート。


シュタイン公爵コンラート・ボルネミッサ。

未だ二十三歳でありながら、多くの子飼いの部下たちを抱えている。


先帝ルパート六世の三男で、自分同様、第一皇妃の息子。

他に、第一皇妃の子供は、末の妹フィオナのみ。

フィオナは、明確に、皇帝位を望まないと先帝ルパート六世に告げたという報告を受けている。



そもそも、フィオナを敵に回すのは絶対避けなければならない。

なぜなら、フィオナを敵に回すということは、夫であるオスカー・ルスカ伯爵を敵に回すということだから。

冗談抜きで、帝国全軍を敵に回すよりも、オスカーを敵に回す方が恐ろしい。


だから、フィオナが帝位を争う相手にならなかったことを、ヘルムートは心底喜んだ。



そこで、ヘルムートの思考は途切れた。


「申し訳ございません、陛下。火急の報告が……」

珍しいことに、執政マルティナ・デーナーの声が、僅かながら震えている。


「申せ」

「本日正午、アラント公爵ジギスムントが反逆。公爵領政庁に赴いていた帝国第三軍司令官イーヴォ将軍らが、殺害されたとのことです」

「なん……だと……」


さすがに、これは、完全にヘルムートの想像外の報告であった。

正直、リーヌスやモールグルントのロルフのような、新たな反乱の可能性は考えていた。


だが……ジギスムント?


あり得ないだろう。

絶対にあり得ない。

ジギスムントが反逆するくらいなら、むしろフィオナが反逆する可能性の方が高いくらいだ!


「その情報は、確かか?」


ヘルムートは、あえて尋ねた。

問われた執政マルティナも、ヘルムートが何を考えてそんな問いをしたのかは理解している。

「はい。帝国第三軍からの報告と、隣接するジュワー子爵からの報告、両方で確認が取れております」

マルティナは、そう報告した。



アラント公爵ジギスムント。

彼は、先帝ルパート六世の第二皇子だ。つまり、ヘルムートの弟。コンラートの兄。

ただ、母が第三皇妃であり、決して身分も高くなかったため、第三皇子コンラートが誕生すると同時に、次期皇帝レースからは外れていた。


ジギスムント自身も、政治には全く興味はなく、文化、芸術の発展と保護に、その資産と立場を使っていた。

それは、臣籍降下してからも変わらず、帝国西部にある彼のアラント公爵領は、帝国の西半分において最も芸術振興の進んだ地域であると認識されている。

当然、争いごとも好きではなく、抱える軍事力も決して大きくない。


お金は、軍備に使うくらいなら芸術に使う……そう公言するような男なのだ。



そんなジギスムントが、反逆?

しかも、政庁を訪れていた第三軍司令官を殺害?


どう考えてもジギスムントのイメージに合わない。

ヘルムートは何度も首を振る。



彼は皇帝であるが……自分の帝国で、何が起きているのか全く理解できなくなっていた……。




「殿下、大変です!」

帝城第三尖塔……囚人の塔。

慌てて入ってきたのは、コンラートの補佐官ランド。

「どうした? ヘルムート兄様が、突然自害でもしたか?」

コンラートは、笑いながら問う。


もちろん、そんなことが起きないことは分かっている。


「冗談を言っている場合ではありません! 本日正午、アラント公爵のジギスムント様が、政庁を訪れていた第三軍司令官イーヴォ将軍を殺害して反逆したとのことです」

「なんだと!」

ランドの報告に、驚愕するコンラート。


さすがのコンラートにしても、ジギスムントの反逆は想定外であった。



それも、完全な想定外。



「最もあり得ないことが、最もあり得ないタイミングで起きたか? あのジギスムント兄様が反逆? いったい何をしたヘルムート兄様……イーヴォ将軍。いや、それはいい。今考えるべきことは、そこではない。リーヌスやロルフの反乱とは訳が違う。異母弟とはいえ、皇帝の弟が反逆したのだ。国内にも国外にも、与える影響が違い過ぎる。しかもこれは……私の命が危うくなるな。私がヘルムート兄様なら、真っ先に、捕らえている私を殺す。担ぎ出される神輿は少ない方がいいからな。まったく……状況が完全に変わってしまった」


そこまで呟くと、コンラートはランドに向かって言った。


「ランド、すぐに帝城を脱出して公爵領に戻る。ヘルムート兄様に知られぬように、急いでここを出るぞ」



いちおう、脱出するための準備は全て整っている。

元々の想定通りならば、脱出する必要はなく、コンラートは囚人の塔に居ながらにして、問題は解決されるはずだった。

だが、想定外の事が起きた!


もちろん、そんなときのための脱出準備だ。


コンラートは、自らの領地に向かう馬車の中で、小さく呟いた。

「何事も、思い通りにはいかぬものだ」


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