0383 <<幕間>> 帝国動乱 上
時間は、少しさかのぼる。
ルビーン公爵領は、帝国東部から南部にかけて領地を有している。
先帝ルパート六世の時代に、多くの有力貴族が取り潰された関係で、貴族の中ではかなり広大な領地を抱えている。
現皇帝ヘルムート八世即位時に、臣籍降下で開かれた公爵家の一つ。
先帝ルパート六世の第十四子、第十一皇女が開いた公爵家。
それが、ルビーン公爵家だ。
当主は、ルビーン女公爵フィオナ・ボルネミッサ。
先の皇帝魔法師団団長。
現在は、皇帝魔法師団は解散している。
ヘルムートの軍制改革により、二十の軍、十の魔法軍、それと近衛騎士団だけが存在する。
解散された皇帝魔法師団であるが、師団員は、ルビーン公爵領の魔法師団員となっていた。
六百人の師団員たちが、解散が決まった後、公爵家を開くことになったフィオナの元にやってきて、雇用を願い出たのだ。
もちろん、フィオナは全員を雇った。
帝国軍の中でも最精鋭といえる者たちが雇ってくれと来たのだ……しかも、自分が手塩にかけて育てた部下たちが。
雇わないわけがない。
そもそも、公爵家を開けば、どうせ公爵領軍を持つことになる。
領地内の治安を維持するためには、軍事力が必要だ……それは仕方のないこと。
であるならば、知らない者より知った者たちの方が圧倒的に良い!
こうして、元皇帝魔法師団は、ルビーン公爵領軍の中核戦力となっていった。
「師匠、聞かれましたか? コンラート兄様が大逆の罪に問われたと」
「フィオナ……その呼び方は。まあ、いい。その報告書は私も読んだ。皇帝陛下も、何を焦っておいでなのか……」
フィオナの問いに答えたのは、オスカー。
フィオナの夫だ。
それなのに、時々『師匠』と呼ばれる……。
長年の習慣はなかなか抜けないらしい。
「あ、ごめんなさい、つい……。とにかく、私は帝城に行きます」
「俺も行こう。何かあるとは思わんが……。いや、コンラート様が投獄されたとなれば、何かあるかもしれん。マリー、ユルゲンに伝えろ。いない間、公爵領軍の一切の権限を与えると」
「畏まりました」
オスカーの言葉に、フィオナの侍女長であり副官でもあるマリーは答えた。
シュタイン公爵コンラート・ボルネミッサ。
先帝ルパート六世の第三皇子。現皇帝ヘルムートの同母弟であり、フィオナの兄でもある。
ナイトレイ王国ウィットナッシュ園遊会での襲撃では、フィオナと共に襲撃対象になった事もあった。
そんなコンラートも、ヘルムートの即位と同時に、臣籍降下しシュタイン公爵家を開いた。
そのコンラートが、皇帝への反逆を疑われ、投獄されたという。
尋常な事ではない。
とはいえ、デブヒ帝国の歴史的にはよくあることでもある。
先帝ルパート六世自身、二十代で帝位に就いて以降、多くの兄弟を死に追いやった。
反逆する可能性があるから、先手を打った……当時も今も、ルパートはそう答える。
だが、フィオナには簡単に受け入れられなかった。
フィオナとオスカーは、帝城に着くとすぐに、皇帝への謁見を願い出た。
「申し訳ございません。陛下は、今は忙しいのでお会いになれないとのことです」
「そんな馬鹿な!」
ヘルムート八世の執政マルティナ・デーナーの答えに、思わずフィオナは叫んだ。
「フィオナ」
あえてゆっくりと、落ち着いた声で、オスカーが静かに呼びかける。
それでフィオナは冷静さを取り戻した。
「分かりました。ヘルムートお兄様……陛下に、フィオナは領地に戻りますとお伝えください」
「畏まりました」
やり取りは、ただそれだけ。
だが、いくつもの死線を潜り抜けてきた者たちにはそれだけで十分だった。
「ヘルムート兄様は、本気でコンラート兄様を殺す気ね」
「ああ」
「コンラート兄様の領地、シュタイン公爵領は、元のウォーラタール伯爵、ゲミュンテン伯爵の領地。つまり、帝国北西の要。直接外国に接してはいないけど……」
「北方はともかく、西方の抑えとして非常に重要な領地だ。よしんば、陛下がコンラート様の誅殺を計画されているのだとしても、今このタイミングでやるのは良くない」
帝城からルビーン公爵領に戻る馬車の中で、フィオナとオスカーは話し合っている。
「そう……。これまでは考える必要がなかった回廊諸国」
「うむ。騎馬の民なら、回廊諸国最東アイテケ・ボから帝国領まで決して届かない距離じゃない」
フィオナの言葉に、オスカーも同意する。
以前の回廊諸国とは違う。
強力な王。
機動力のある民。
そこに隣国たる帝国が隙を見せたとなれば……。
「帝国ほどの国力を持つ国に、強力な騎馬の民とはいえ攻撃してくるでしょうか?」
マリーが疑問を述べる。
「そう、普通ならあり得ない。でも、騎馬の王アーン王が、帝国への復讐心を抱いているのは公然の事実らしいの。彼のおひざ元、シュルツ国では一般民衆すら知っているそうよ。復讐心は、決して甘く見ていいものではないわ。時に、理性を上回ることもあるから」
「一国の王が、感情に流されるのは愚かだという者たちがいる。だが、王の感情は民に伝染する。民の激情は、国を大きく動かす契機となり得る。そんな、民の激情を率いて、分裂した王国を再統一した国王がいるだろう?」
「ナイトレイ王国のアベル王……」
オスカーの説明と問いに、マリーは生唾を飲み込みながら答えた。
あの戦争の最終盤、目の前のオスカーと、王国の水属性の魔法使いとの激戦を思い出したからだ。
あれこそ、人外の戦い。
「アーン王……伝え聞く限り、決して隙を見せていい相手ではない」
オスカーの言葉に、フィオナもマリーも頷くのであった。
帝城第三尖塔……別名、囚人の塔。
高貴な身分の者を捕えておくための牢獄。
そこには、シュタイン公爵コンラート・ボルネミッサが捕えられていた。
もちろん、鎖などで縛ってあるわけではない。
それどころか、魔力を封じるための物も、何も準備されていない。
「殿下……」
「ランド、そんな顔をするな。まあ、想定以上に強引ではあったが、いずれはこうなるだろうと言っておいただろう?」
コンラートの補佐官ランドが悔しそうに言い、コンラートは全く反対にあっけらかんと言い放った。
「本当に脱出されないのですか?」
「当然だろう。陛下が狙っているのは、私が脱獄することだ。そうすれば、大手を振って討伐できるからね。そのために、魔力を封じることなく、脱獄しやすいようになっている。そんな手に乗るのはもったいないだろう?」
「ですが……」
「今の状況だと、帝国内の有力者たちは、陛下が私を排除しようとしている……そう理解しているはずだ。そして、他はどう動くかと探っている。勝ち馬に乗ろうとな」
コンラートは、むしろ面白そうに解説する。
自らの命が、いつ絶たれるともしれない状況なのに。
「これが、ヘルムート兄さんではなく、父上であったなら……一瞬の躊躇もなく、全員が父上側についたろう。でも、兄さんは、まだそこまではない」
そこで、コーヒーを一口飲む。
いつの間にか、『陛下』ではなく、『ヘルムート兄さん』になっている。
聞いているランドは、何も口を挟まない。
「ヘルムート兄さんが、私を西方諸国への使節団に入れたかったのは、途中で殺すためだ。だが、父上が名乗りを上げた。そして、私は帝国に残った。邪魔者である私を消すには、使節団が戻ってくるまでに全てを終わらせる必要がある。だから、このタイミング……。けど、兄さん、準備をしていたのは兄さんだけじゃないんだよ」
最後の方の呟きは小さすぎて、ランドにも聞こえなかった。
それから二日後、帝城に急報が届いた。
「申し上げます。北方において、先のクルーガー子爵、リーヌス・ワーナーが反乱を起こしました」
「リーヌス・ワーナー? ミューゼル侯爵の息子か。侯爵家を潰した後、逃亡したと聞いたが……生きておったか」
報告に、ヘルムート八世は苦虫を噛み潰したかのように、顔をしかめた。
三年前の、ナイトレイ王国への帝国軍侵攻を指揮したのがミューゼル侯爵であり、作戦を立てたのが息子のクルーガー子爵リーヌス・ワーナーだ。
アベル王率いる王国軍に負けた後、帝国本土に戻ったが、先帝ルパート六世によって敗北の責任を取らされ、改易、つまりお家取り潰しとなっていた。
「北方には、帝国軍はいたか?」
「はい。帝国第十五軍が配されてございます」
ヘルムート八世の問いに、執政マルティナ・デーナーが答える。
「よし、なら、その十五軍に、リーヌスを攻撃させよ。できる限り速やかに排除せよ」
「畏まりました」
その時は誰もが、この反乱は簡単に鎮圧されると思っていた……。
四日後。
「報告いたします! 帝国第十五軍、壊滅……」
「なんだと……どういうことだ!」
報告に、思わず怒鳴ったヘルムート八世。
当然であろう。
リーヌスの反乱軍は七百人程度。
それに比べて、第十五軍は一万五千人……しかも正規軍だ。
装備も練度も一流。
万が一にも負けることなどあり得ない!
だが、その万が一が起きた?
「未確認の報告ですが、第十五軍から裏切り者が出たとの情報が……」
「馬鹿な……」
ヘルムート八世は絶句した。
帝国正規軍から裏切り者が出た?
そんな馬鹿なことがあり得るか。
この数十年、そんな話は聞いたことがない。
だが……。
帝国軍は、まだ自分には完全に従っていないのではないか?
帝位について二年。
完全に軍を掌握したと、自信を持って言えるかと問われれば……。
確かに、先帝ほどではない。
であるならば、裏切り者が出るのも……。
まさか、他の帝国軍にも……?
その疑念は、ヘルムートの心を少しずつ侵食していった……。
さらに二日後。
「申し上げます。帝国南西部において、先のモールグルント公爵の遺児ロルフを旗頭に、反乱が起きたとのことです」
「またか……」
執政マルティナ・デーナーの報告に、うんざりとした表情でヘルムート八世は答えた。
未だに、先に起きたリーヌス・ワーナーの反乱は、片付いていないのだ。
その鎮圧に、王都に駐留していた帝国第二軍をまわしたばかり……。
モールグルント公爵は、王国侵攻の終盤、帝国内で反乱を企てたとして、先帝ルパート自らが亡ぼした、最後の大物ともいえる大貴族であった。
その領地は、帝国南東部であり、その一部は、フィオナが治めるルビーン公爵領に入っている。
「どの軍をまわせる?」
「帝国第九軍が適当かと……」
ヘルムートの問いに、マルティナは答える。
彼女の頭の中には、帝国全軍と全魔法軍の配置と内情が詳細に記録されている。
「なら、第九軍をまわせ」
リーヌスの反乱、第十五軍の壊滅、さらに、モールグルントのロルフの反乱情報は、全て正確に、捕らわれているコンラートの元にも入ってきていた。
「ふむ、悪くないな。ここまで情勢が不安定化すれば、そう簡単には私を殺せないだろう」
「ようございました」
コンラートの言葉に、補佐官ランドは嬉しそうに頷いた。
この状況下で、もしコンラートを処刑すれば……間違いなく、コンラートの領地シュタイン公爵領は反乱を起こす。
公爵領には、コンラート子飼いの部下たちが多くいる。
彼らが、敬愛する主人を殺されて、唯々諾々と従うわけがない。
おそらく、積極的に、リーヌスやロルフの反乱軍と連携をとるだろう。
さすがに、それはヘルムート八世としても避けたいはずだ。
問題が多発している時に、さらに問題を増やそうとする為政者などいない。
少なくともある程度落ち着くまでは、おとなしくしている者に手を出すことはないだろう。
「確か、第一幕の最後は、あれだったな。さて……兄上の心、どこまで耐えられるか」
コンラートが浮かべた笑みは、とても無邪気なものであった。
「報告いたします! 第九軍、消滅いたしました!」
「……は?」
理解できない報告に、ヘルムートは思わず間の抜けた返事をした。
「消滅、だと?」
「はい。全軍が霧散し……誰も残っておりません……」
「あり得んだろう……」
完全に、ヘルムートは、帝国軍への信頼を失ってしまった。
裏切り、霧散……。
昨日、ちょっとしたきっかけで、岡山県の倉敷市立図書館に、
「水属性の魔法使い 第一巻」が入っていることを知りました。
そして、ちょっと調べてみると、岡山県内の図書館だと、岡山市立図書館にも入っていることを知りました。
しかも、一巻、二巻両方とも!
なんてありがたいことでしょう!
もちろん、全て貸出中です……。
岡山市立図書館の第一巻なんて、予約が19件も入っていました……。
まあ、どこも一冊ずつの蔵書ですからね。
でも、図書館に入っていて、しかも予約してでも読んでみたいと思っていただけるのはありがたい話です。
この先、日本中の図書館に入れば……それだけで売上冊数が……ふふふ。
はっ、いけません、悪い笑いが出てしまいました。
忘れてください!
いちおう言っておきますが、筆者は岡山県民ではありません。
ちょっと検索して知っただけです、はい。
どのような方法であれ、多くの方に読んでいただけるのは嬉しいことです。
図書館に入れてくださった方(市民の方か司書さんか分かりませんが)、ありがとうございます!




